新規事業に取り組む際に中小企業にとってもっとも成功率が高いといわれるのが、既存事業の技術やノウハウを水平展開するやり方である。経済環境が激変するなかで果敢に新規事業に挑戦する中小企業の新商品・サービス開発の取り組みを取材した。
- プロフィール
- むらかみ・のぶお●福井大学大学院国際地域マネジメント研究科客員准教授。大学卒業後メーカー、流通業を経験後、大学院に進学。卒業後外資系コンサルティングファームや事業会社で多くの新規事業立ち上げに関わる。2006年に戦略組織コンサルティング合同会社を設立。新規事業実務と新規事業コンサルティングの両方の立場を経験したことを生かし、理論と実務、リアルビジネスとネットビジネスの両アプローチから中小企業の新規事業支援に携わっている。
ウィズコロナ時代の経営環境に苦悩する経営者は多いと思うが、そもそも昨年秋から景気は落ち始めていた。新型コロナ感染症拡大はあくまでその環境悪化をさらに促進しただけであって、経営環境の変化を見据えた対策に取り組みはじめるタイミングは、本来は昨年中だったというのが私の意見である。変化への対応の代表的な打ち手の一つが新規事業だが、その話になると多くの社長が「それは景気の良いときに……」とお茶を濁してしまう。しかしそれでは遅い。景気が悪くなってからではどうしても対応が後手にまわってしまうからだ。中小企業が今後生き残っていくためには、絶えず新規事業を起こし、新しい市場を切り開いていかなければならない。主な理由は次の三つである。
①製品寿命の限界
ほとんどの中小企業は単独製品事業であり、プロダクトライフサイクル(製品寿命)の影響を大きく受けやすい。時間を横軸、売上高を縦軸とすると、通常、導入期、成長期、成熟期、衰退期の4段階を経て、山型カーブを描き売上高は落ちていく。また製品だけでなく市場や業界自体が成熟化・衰退化しているケースが極めて多くなる。
②新規事業と事業承継
多くの中小企業が事業承継の時期に来ているが、先代からバトンタッチを行おうとしても、製品・市場が衰退期にあると、バトンを渡す側、受けとる側の双方で躊躇(ちゅうちょ)してしまうケースが非常に多く見受けられる。事業承継をスムーズに進めるうえでも、先代に心身ともに余裕があるうちに、新規事業に取り組み、軌道に乗せ、新たな事業展開の方向性を見いだしたうえでバトンタッチを行うことが求められる。
③新規事業と人材育成
新規事業に取り組むことは、事業承継者や管理者が経営知識や経営ノウハウを習得する方法として最適。「人材は育てるのではなく、自ら育つ」という認識に立ち、新規事業を成長する「場」として提供する。
大失敗しないためのポイント
では新規事業で大けがをしないために大切なことは何だろうか。ポイントは二つある。まず単にもうかりそうだからなどと言って、安易に見知らぬ業界に飛び込まないことと、「誰に売るのか」を考えることである。
釣りを例とすると分かりやすい。釣りに出かけるとき、何を釣りに行くのかを最初に考えるだろう。これは対象顧客をきちんと想定するということだ。釣ろうと思う魚が決まれば、おのずと釣る場所(対象市場・競合状態)が決まる。タイであれば海に行くし、アユであれば川に行く。さらにどのような竿(さお)や仕掛け(販売方法・ツール)で釣るか、餌(製品・商品・サービス)、魚を集めるまき餌(広告)などについて検討を重ね、最後に、釣った魚は食べるのか、逃がすのか(アフターフォロー)ということを考える。
新規事業で失敗する典型的な例が、日々マスコミに取り上げられたり、経営者の身近な企業が取り組んでいたりなど「今後伸びそう」「もうかりそうだ」などと感じただけで、見ず知らずの業界に安易に飛び込んでいくこと。時流に乗ることは大切だが、注目度が高い業界は、釣り人がたくさんいる釣り場に等しい。競合も多く、競争が激しいのが実情で、リスク覚悟で取り組むにしても、市場性・成長性・収益性や、競合他社・参入/撤退障壁などを慎重に見極める必要がある。
また失敗に陥りやすい二つ目のタイプは、「持っているエサで、なにを釣ろうか」と新たに取り組もうとする製品・商品・サービスから新規事業を考えてしまうこと。現在は買い手市場であり、そうやすやすと新規参入組が成功できる環境ではない。新規事業を考える時には、どのような課題が存在しているのか、そうした課題を抱えているのは誰か、それをどう解決するのかを徹底的に考えることが重要で、決して自社の製品やサービスを出発点とする発想をしてはいけない。そうではなく顧客の課題から出発すれば、製品やサービスの方向性、価格、品質などがおのずと明確になっていくし、リスクの軽減にもつながる。
さて新規事業の位置づけを考えるときに、私は「n字思考」「クロス思考」の二つを持つことをすすめている。n字思考とは、業界と製品・商品・サービスを、それぞれ既存と新規に分けて、新規事業への取り組む際のステップを明確にするための思考法だ(『戦略経営者』2020年11月号P28図表2参照)。②や③を行う余地のある企業が、話題になっているからといっていきなり流行中のフランチャイズに参入しても成功する確率は限りなくゼロに近いだろう。
一方、クロス思考は、新規事業の展開する方向を、水平(横展開)と垂直(縦展開)という視点で捉える考え方である。このうち、横展開にはエリア展開と水平展開の二つのタイプがあり、既存技術やノウハウなどを既存業界から新業界に展開する後者のタイプについて、私が住んでいる福井県の例でいえば、眼鏡フレーム業界でチタン精密加工技術を有している企業が、医療器具業界に進出した例が有名だ。
水平展開する技術はさらに、既存技術、周辺技術、新技術の三つに分類することができる。可能性がもっとも高いのは、二つ目の周辺技術だろう。これは「これを使わないと既存技術が生かせない」というもので、メッキ加工の例でいえば、前処理や後工程の技術にあたる。こうした周辺技術が新規分野に適用可能かどうかは、当たり前すぎて意外と当事者は気づかないもので、中小企業が独自性を打ち出しやすい領域である。一方、新技術は現在、設備と一体化していることがほとんどなので、水平展開のアイデアは製造設備メーカーにヒアリングするといくつか出てくるかもしれない。
技術やノウハウを水平展開する領域が決まればいよいよ事業の立ち上げだが、多くの中小企業で欠けているのが、テストマーケティングの実施である。以下のいずれかは必ず実施したい。
●社員、取引先、友人・知人に試食・試用等してもらい、率直な感想を聞く
●粗品、サービスとして提供し、率直な感想を聞く
●ヤフーオークション等に出品し、反応を見る
●モニター制度を設立し、試食・試用等してもらい、率直な感想を聞く
●展示会等に出展し、生の反応を探る
テストマーケティングが終われば事業の立ち上げに移るが、ここで必ずしておくべきなのは、ビジネスプランの作成である。「やってみなければわからない」という理由で事業計画を立てない場合が多くみられるが、それではダメ。経費積み上げによる必達売り上げと粗利益の水準は把握しておく必要がある。マネタイズをまったく考えずに銀行から融資を受け購入した結果、高価なマシニングセンタや3Dプリンターが想定されたように稼働していないといった事例はいくつもある。
エースクラス社員を投入する
プロジェクトのメンバー編成も重要なポイントだ。新規事業立ち上げ時においては、即決を求める事案が多数発生するため、社長自らが陣頭指揮を執り、決死隊として背水の陣で臨まなければ成功はおぼつかない。
さらにメンバーの選定では、エースクラスの社員を惜しみなく投入すべきである。人材の余裕がない中小企業では、エース社員とほかの社員の能力の差が極端に大きいことは珍しくないからである。実務への影響を考え、二の足を踏む社長も多いが、トップの覚悟を社内に示すためにこれは必要なことである。
そのうえでできれば成功報酬制度の構築にも着手したい。余裕人員がいないため中小企業では新規事業に携わる社員は、ほとんどが兼務になる。ただでさえ忙しいのに仕事が増えるので、「どうせ社長の気まぐれでは」「給与や賞与が同じならやる気がでない」となるのは当然の道理だろう。リスクが増えたのにリターンが同じでは誰も本気で取り組まない。新規事業に関わった人材をどう処遇するかはとても重要な問題で、実際に携わる社員には具体的な処遇について明示すべきだ。
①撤退基準の明確化
体力のある大企業であれば、「いつか化けるかもしれない」と不採算事業を保有し続けることも可能だが、中小企業ではそうはいかない。3年間赤字が続いた場合、累積赤字がいくらを超えた場合は撤退するなど、撤退基準を明確にする必要がある。ずるずる継続し本業に影響を与えるまで放置しておくと、プロジェクトメンバーのモチベーションが下がるばかりでなく、既存事業のスタッフから「新規事業のせいで業績が悪くなった……」と陰口がたたかれるなど不毛な社内対立も招きかねない。
②必要な経営資源の獲得または外部の活用
中小企業の経営資源は限られているため、人であれば公的支援機関の経営指導員、金であれば各種融資や補助金、モノであれば各種公的設備などを積極的に活用することをおすすめする。
③経営指標数値の日々の測定
新規事業は、毎日が存亡をかけた勝負。訪問件数や見積もり件数など主要な経営数値は日々チェックし、指示、指導していかなければならない。刻々と変わる状況を数値で毎日把握する必要があるので、部下へ丸投げするのはやめ、信頼できる顧問税理士などのアドバイスを受けながら、エビデンスとしての数字を社長が常に確認していかなければならない。
是が非でもDX推進を
ウィズコロナ時代の新事業を考えるにあたって一番のポイントは、「非接触」だと思う。コロナとの闘いが長期化する可能性もあり、非接触がすべてのビジネス様式に影響を与え続けていくのは間違いないからである。ここをどうやって取り入れられるかが会社の未来を左右するといっても過言ではないが、そのために是が非でもデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しなければならない。
ところがDXについて真に理解して積極的に業務のデジタル化を進める経営者と、そうではなくじっと嵐が過ぎ去るのを待っているだけの社長の二つのタイプに分かれる。特に中小企業の現状を見ると、両者の二極化が進んでいるように思える。
経営支援の現場を通じて感じるのは、DXが遅れている会社は、経営者のDXに対する関心が低いケースがほとんどだということ。変革には知識の獲得と価値観の刷新の二つが重要だが、「知識といっても何から取り組んでいいかわからない」状態から抜け出せず、「社員は経営者の監視の元に常にオフィスで働くもの」という価値観に疑問を持たない経営者が、DX推進を阻害していることが多いといえる。
来るべく新時代に柔軟に対応できる社員の数が圧倒的に不足しているのも問題である。このことは事業承継の大きなハードルにもなりうる。しかし、これから採用や人材教育に手を付けているようではもう間に合わないかもしれない。社長自らが必死に勉強したうえで、公的支援機関の支援メニューやIT補助金などの公的支援・各種サービスを積極的に活用することが必要になってくるだろう。
(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)