コロナ騒動によって大きくつまずいた日本経済だが、あらためて今後10年を俯瞰(ふかん)すると、コロナに勝るとも劣らないショックが次から次へと襲いかかってくることが予想される。前月号に引き続いて未来予測を得意とする鈴木貴博氏に話を聞いた。

プロフィール
すずき・たかひろ●百年コンサルティング代表。東京大学工学部卒。ボストンコンサルティンググループ等を経て、2003年に独立。未来予測を得意とし大手企業の経営コンサルティングに従事するほか、経営評論家として各種メディアなど多方面で活躍。著書に『仕事消滅』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『日本経済予言の書』(PHP研究所)などがある。

──ご著書『日本経済予言の書』において、2020年代に到来するだろう新たな七つのショックについて言及されておられます。

鈴木貴博 氏

鈴木貴博 氏

鈴木 一つ目の「アフターコロナショック」については前月(『戦略経営者』2020年10月号P25~27)にお話ししたので、二つ目の「トヨタショック」からご説明します。
 背景としてあげられるのは大きく二つ。「電気自動車へのシフト」と「自動運転の普及」です。最近、米カリフォルニア州の知事が、2035年にガソリン車の販売を禁止する旨の指示を出したという報道がありましたが、欧州や中国はそれよりも早期での電気自動車への完全シフトを考えています。電気自動車には内燃機関としてのエンジンが必要ないので、たとえばブリヂストンでもヤマハでも、あるいはアイリスオーヤマでもつくれてしまう。つまりトヨタをはじめ従来型自動車メーカーの技術的優位性がなくなるということです。
 さらに「自動運転」への対応でもトヨタは圧倒的な遅れをとっています。たとえば、米国のテスラモータースでは、自動運転のためのAIやソフトウエアは、ダウンロードによってアップグレード可能な設計になっています。一方で、トヨタなどの日本車は、いまだに新商品が誕生すると同時に過去の商品が陳腐化するスタンドアローンの設計思想で開発されている。20年に発売されたトヨタ車は、25年に完全自動運転時代が来ればまったくの時代遅れになってしまいます。

──トヨタの凋落(ちょうらく)が日本経済に及ぼす影響は?

鈴木 現在の自動車は約2万5000点もの部品でできていると言われており、部品メーカーなどを巻き込んだ巨大な産業ピラミッドとなって莫大(ばくだい)な雇用と付加価値を創出しています。この構造が崩壊すれば、大変なことになる。その意味でも、日本を代表する製造業であるトヨタの今後の対応が、日本経済の命運を握っているといっても過言ではありません。

亜熱帯型伝染病の恐怖

──三つ目に挙げておられるのが「気候災害ショック」です。

鈴木 温室効果ガスは、京都議定書やパリ協定での目標を上回るペースで増加しており、このままでは、少なくとも50年代には世界の平均気温は2度上昇すると予想され、ここが、地球環境が後戻りできないポイントだと言われています。その意味でも2020年代は、非常に重要な意味を持っています。この10年間で思い切った排出抑制に動かないと、深刻な未来を招くことになります。

──深刻な未来とは?

鈴木 異常気象です。まず台風。20年代の10年間で、3~4回、これまで経験しなかったようなスーパータイフーンに見舞われる恐れがあります。それから集中豪雨。これも怖い。死亡者の数では、台風よりも豪雨災害の方がリスクが高いという統計が出ていますし、何より予測が難しいのがやっかいです。ピンポイントでいきなり発生しますからね。さらに熱中症による被害も急増するでしょう。昭和の時代は熱中症による死亡者は、せいぜい年間2けたでしたが、最近は1000人を超えています。日本が「熱波」に襲われる時代がそこまで来ています。

──日本の気候帯は温帯のままではいられなくなる?

鈴木 このままだと亜熱帯に変わります。そうすると伝染病が増える。これまでは伝染病を媒介するような外来生物が入り込んでも越冬が不可能なので、日本では繁殖できませんでした。しかし、亜熱帯化して越冬できるようになると伝染病が一気に増加する危険性があります。もうひとつは農業です。気温が上昇すれば、当然ですが、それまでとれていた作物がとれなくなります。少なくとも40年代、もしかすると30年代には、この問題が深刻化すると言われています。これは日本だけの問題ではありません。たとえば、小麦、米、トウモロコシといった人間の食生活になくてはならない作物が世界的に不作になると、各地で飢饉(ききん)が発生する可能性さえあります。

コンビニ業界にも黒船が

──次なるショックは?

鈴木 「アマゾンエフェクト」です。コロナ禍によって、インターネットを活用した生活様式への転換が加速しています。当然、ネット通販も生活の手段として広く定着しつつある。それ自体は良いことかもしれませんが、留意すべきは今後、本格化していくであろう「アマゾンショック」です。米国では、すでに毎年のように複数の大規模小売りチェーンが閉店しています。それに比べると日本はまだそこまではいってない。しかし、20年代にはかなりの数の大手、中堅小売りチェーンの体力が徐々にそがれ、倒産が増加するでしょう。コロナ禍がアマゾンショックを本格化させる推進力になっているのです。

──残るのはイオンとセブン─イレブンくらいですか。

鈴木 セブン─イレブンも安閑とはしていられません。アマゾンが米国で20店舗ほど実験的に展開している無人スーパー「Amazon Go」の存在が気になります。「Amazon Go」では、お客はQRコードをゲートで提示して入店。商品を次々ショッピングバッグに入れて、店舗を出れば買い物終了。数分でスマホにレシートが届きます。ショッピングカートやレジはありません。アマゾンは、20年代の早い時期にこの店舗を本格展開する意向のようで、当然、その先には日本への進出を見据えています。おそらく日本進出の際には、既存の大手コンビニチェーンを買収することになるでしょう。いきなり1万店舗からのスタートとなれば、一気にシェアを獲得する可能性があります。

──アマゾンの影響を受けるのは小売業だけではなさそうですね。

鈴木 メディアも危ない。「アマゾンプライム会員」になることで、音楽や映像を大量に享受することができるシステムは、日本のメディア業界を根本的に変える力を持っています。たとえば、現在の広告市場を見ると、2兆円以上あった地上波テレビの広告は、いまでは1.7兆円強。一方で、インターネット広告は19年に2兆円を大きく超え、地上波テレビを追い抜きました。これも大きくみればアマゾンエフェクトです。

ポピュリズムへの誘い

──人口ピラミッドの崩壊もショックのひとつに上げておられます。

鈴木 30年の人口ピラミッドは最悪の形になることが確実です。現在の日本の労働力人口は約6000万人ですが、30年にはここから850万人がマイナスとなり、このままでは産業がまわらなくなります。解決策としては、日本を移民国家にするか、あるいは60代、70代の高齢者を労働市場に引き込むか……。
 AIの存在が救世主になる可能性はあります。ホワイトカラーがエアコンの効いたオフィスで行っている仕事は、近い将来AIで代替可能になります。これによって不足している850万人の労働力をカバーする。一見幸せですが、ことはそう簡単ではありません。AIで代替する仕事は850万人分では済まないからです。おそらく非正規社員が行う「現業」だけが人間の仕事として残り、賃金は下振れし、若者が切り捨てられる社会になります。

──防ぐ方法は?

鈴木 高齢者に対するさまざまな支援を本当に必要なものだけにすること。たとえば、資産のある高齢者の医療費負担を増やすとかね。そして、その分の財源を若者に移すことができれば回避可能でしょう。しかし、高齢化社会は、政治家をポピュリズムへと引きずり込みます。ようするに、選挙での影響力が高い高齢者の不利になる政策は実行に移せないわけです。このポピュリズムも20年代を襲うショックのひとつです。
 企業も同じです。とにかくクリーンでなければいけないというポピュリズムに由来する傾向が目立っていますが、そのしわ寄せは弱者が引き受けることになります。大企業や正社員が、表面上はクリーンを装いながら、グレーやブラックな部分を中小企業や非正規社員に押し付ける、そんな社会が出来上がりつつあるのです。

分断社会の到来

──そして最後に言及されているのが「デジタルチャイナショック」です。

鈴木 デジタルチャイナとは、「監視社会化」のことです。コロナ騒動において話題になりましたが、中国では行動歴から個人のQRコードが赤黄緑で表示され、コロナリスクの少ない緑の人しか移動できないという施策がとられるほど、監視社会化が進んでいます。つまり、政府が国民を管理するツールとしてITを使い始めているということですが、それで本当に良いのでしょうか。企業もそうです。われわれの個人情報は、インターネット経由でIT企業に吸い上げられています。行動傾向が把握され、SNSなどでそれらの企業から頻繁にレコメンド情報が届くようになる。そして、われわれの行動は知らず知らずのうちにコントロールされていくという状況は、さまざまな社会的不具合を生む危険性をはらんでいます。
 ひとつ例をあげましょう。米国の共和党と民主党のそれぞれの支持者は、近年、非常に仲が悪くなっているというデータがあります。理由は、SNSなどのネットメディアです。共和党支持者には民主党を誹謗(ひぼう)する情報だけ、民主党支持者には逆の情報だけがネットを通じて常にもたらされる状態は、人間の心理を極端に傾けます。そして、お互いが分断されていくのです。日本でも同じことがおこっています。年配の方と若者、都市部在住者と地方在住者が、それぞれに耳当たりのいい情報を受け取り続けることで、分断を引き起こしています。このような状況はディストピア的社会到来の兆しとさえ言えるかもしれません。

──暗たんとしてしまいます。

鈴木 とはいえ、これはあくまで「私の」予言であり、このままいくとそうなる可能性が高いというもの。大事なのは、これらのリスクにわれわれひとりひとりが気づき、よく理解したうえで、それを意図的に変えていけるように動いていくべきだということです。私は「未来は変えることができる」こともまた真実だと思っています。

(本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2020年11月号