左から刈谷敏久税理士、岩田武彦社長、吉田祐志氏

左から刈谷敏久税理士、岩田武彦社長、吉田祐志氏

高知県高知市でキュウリやトマト、新ショウガなどの施設園芸農業を営むいわた農園。9年前に法人化を決断した岩田武彦社長は、品目ごとの利益管理や作型管理で「もうかる農業」に果敢に挑戦している。刈谷敏久顧問税理士、監査担当の吉田祐志氏を交え、農園の特徴や環境問題への取り組み、『FX農業会計』での活用の実際などを聞いた。

全施設で自動化設備導入し収量の安定化を実現

──施設園芸が盛んな高知県で農家を継いだとお聞きしました。

岩田 高知市春野町は、町の中心部に近く、太平洋に面する桂浜もすぐのところにある、平野の多いあたたかな地域です。高知県は温暖な気候を利用した施設園芸、いわゆるビニールハウスの栽培が盛んで、特に全国の生産量の4割を占めているキュウリの大産地として知られていますが、春野町も同様に施設園芸が盛んな土地です。私はこの春野町で、そうした施設園芸を営む農家の長男として生まれました。特に家業を継ぐことを意識していたわけではありませんが、大学卒業後に自然に農園で働くようになりました。

──現在は法人化して経営されています。

岩田 就農して3年目に父親が脳梗塞になり、仕事に復帰することが難しくなりました。私と妻、母、パート従業員2人がいましたが、やはり父親が抜けたのは大きな痛手です。30アールだった規模を半分の15アールに縮小しなんとか継続しましたが、大黒柱が抜け、私の技術不足もあり、父親のようにはうまくいかないことが多くなりました。
 このまま農業を続けるべきかどうか真剣に思い悩む時期が数年続きましたが、結局「自分が市場で値段をつけて売る直販を少しずつ手掛けていかなければならない」という結論に至ったのです。しかしそれには、家族だけでそのまま続けていくわけにはいきませんでした。やはり会社として組織としてきちんと経営する必要があるだろうと、9年前に株式会社化しました。

──法人化で実現したかったことは何ですか。

岩田 確かに私が朝から晩までほぼ毎日作業すればなんとか農園は回っていくと思います。しかし当時ですら月に1回休みがあればいいほう。昼間仕事以外に外に出ていく機会はほとんどありませんでしたから、休みの日にごくたまに町に出ると、「世の中にはこんなに人がいるんだ」と驚いたほどです。さすがにこの状況が一生続くのは嫌だなと思い、きちんと休暇をとれる体制づくりや労働環境の整備を法人化の目的の一つにしました。また近所に住む方をパートで雇っていたのですが、そうした方の年金や社会保障もきちんとしたいと考えました。

──農作物の種類や販路の現状について教えてください。

広々とした平野部で150アールの農地を展開

広々とした平野部で150アールの農地を展開

岩田 施設園芸全体で約1.5ヘクタール、加えて露地ショウガを約40アール栽培しており、全体の約7割をJAに販売しています。ビニールハウスはキュウリ、トマト、新ショウガがメインで、とくに最近はガリの原料になる新ショウガの生産量が増えています。新ショウガとは3月から6月までが出荷時期の早堀りのショウガのことで、サラダでも食べられるような辛味のない味と柔らかさが特徴です。そのほかキュウリやトマトは直売所での販売に力を入れており、この2種類については全体の売上高の約5割が直売所販売となっています。

──会社の強みや特徴について教えてください。

岩田 現在の施設園芸農業では、温度や水分量などのセンサーをフルに活用した自動化が進んでいます。当社でも全施設でそうした機械を導入しており、栽培技術のムラの低減や失敗の回避に努めています。また加温設備には木質ペレットを原料としたボイラーを使用、燃焼して出た排気ガスも再度ハウスに取り込んで植物に吸わせています。この仕組みはカーボンニュートラルなので、環境にやさしい営農を実践しているといえるでしょう。

吉田 岩田社長は偉そうなことも大きなことも口にしませんが、環境への配慮や社会貢献の意識はとても高いと思います。栽培面積も15アールから150アールまで10倍に拡大するなど経営手腕も抜群。最近は労働環境の改善や障害者雇用など、ヒトに対する積極的な取り組みも目立ちます。

──障害者雇用に積極的に取り組まれているとか。

岩田 人手不足だったこともあり、ハローワークの紹介で数年前に障害者雇用をはじめました。やはり作業のスピードが遅く最初は大丈夫かなと正直思いましたが、結局2年くらい雇用契約が続き、仕事としては問題なく務められるということが分かりました。その経験から、農福連携により積極的に取り組むことを決め、3年前から市内で就労継続支援B型事業所を開設しているユウアンドアイに通われている方を自社農園で受け入れています。

隅々まで整備が行き届いたキュウリのハウス内(左)。ショウガは成長真っ盛り(中)

隅々まで整備が行き届いたキュウリのハウス内(左)。ショウガは成長真っ盛り(中)

予実管理と資金繰り管理でキャッシュを安定的に確保

──刈谷&パートナーズと顧問契約を結んだいきさつについて教えてください。

岩田 法人化にあたり専門家の支援を受けたいと思い県庁に相談したところ、紹介されたのが刈谷先生でした。最初に言われて記憶に残っているのが、「時間の合っていない時計は意味がありません」ということ。それまで私は感覚的にある程度「もうけている」と感じていたのですが、実際はそんなに利益が出ていませんでした。決算時のときなどにあわてて時計を巻き戻して費用などを計算していたので、かなりの時差が生じていたわけです。会社のお金と個人の境界に不明瞭なところもあり、そうした課題ひとつひとつにアドバイスしていただけました。

──TKCシステムの活用状況はいかがでしょう。

岩田 最初は『e21まいスター』を導入し、ほどなくして『FX2』に移行、『FX農業会計』がリリースされたときに刈谷先生からご説明いただき、すぐに導入を決めました。最初はなるべくコストをかけたくないと考えていたのですが、次第に作物ごとの詳細な費用を知りたくなったのです。
 FXシリーズに移行しコストは確かにかかるようになりましたが、それより部門別の損益を把握できるメリットのほうが大きいと思いますね。それぞれの作物ごとに細かく収益を分析することで、全体の栽培面積を作物ごとにどのように振り分ければよいか適切に判断できるようになりました。

刈谷 私は「会計で農業を強くする」が持論なのですが、岩田社長はまさにそれを実践されています。普通農家は予算を立てたりしないものですが、岩田社長は当初から「予算に基づいた経営がしたい」と明確な意識を持っていました。もちろん当事務所の担当者が毎月監査に行くわけですが、予算に対し現状はどうなのか常に気にされているので、それ以外にもしょっちゅううちの事務所に来ています(笑)。

岩田 部門別管理を重ねているうちに、春野で特産化されているショウガがやはり一番利益になるということが分かってきました。従って現在はショウガの栽培に特に力を入れています。しかしショウガは年に1回しか収穫がないので、キャッシュ面ではどうしても不安定になりがちです。年に2度ほど訪れる大きな支払期日をにらみ、年間を通じて施設で収穫できるキュウリやトマトの売り上げ見込みなどの予測を立てながら、資金繰りがスムーズにいくように常に心がけています。

「MR設計ツール」で収穫サイクルの損益分析

──会計における農業特有の課題はありますか。

トマトの花

トマトの花

刈谷 農業は、それぞれの作物で定植から収穫までの期間(「作型」)が異なるので、一般の企業会計の通りではなかなか損益を把握するのが難しいという課題があります。例えばナスは9月定植で翌年の6月に収穫します。米は4月に田植えをして8~9月には刈り取ります。しかしこれらのさまざまな作型が決算期をまたぐ場合、1会計年度にすべて機械的に押し込んでしまうと、まさに成長している最中の作物も、出荷している最中の作物も途中で区切られてしまうので、作物ごとの損益を正確に把握することができなくなります。そうした難点をクリアするために、栽培開始から収穫までのサイクルで作型別に損益分析を行うための帳表をワンクリックで作成できる機能として「マネジメントレポート設計ツール」を活用しています。

──今後の抱負をお話しください。

岩田 私も50歳を過ぎました。10年先を見据えて、ここ2~3年で後継者の育成に本腰を入れようと思っています。経営が安定しているうちに後継者を含めた社員の育成を強化していかないと、衰退は免れないと考えています。

(本誌・植松啓介)

会社概要
名称 株式会社いわた農園
設立 2011年
所在地 高知県高知市春野町
売上高 約1億円
URL http://iwatanouen.com/
顧問税理士 税理士法人刈谷&パートナーズ
税理士 刈谷敏久
高知県高知市伊勢崎町14-8
URL:https://www.kariya-ao.jp/

掲載:『戦略経営者』2020年10月号