コロナショックに立ち往生するばかりでは先がない。苦難に立ち向かう“経営者スピリッツ”が突破口を切り開く。ここに登場するのは、決してあきらめず、前を向き続ける経営者たちである。

 3月下旬。屋外看板やLEDビジョンなどのデジタルサイネージの製造・販売を手掛けるタテイシ広美社では、それまで好調だった新規受注がぱったりと止まってしまった。もちろん新型コロナ感染症の影響である。

「地元では休業補償の申請をした経営者仲間がすでに何人かいて、私もそちらへと気持ちが傾きかけていました」と立石良典社長。踏みとどまるきっかけとなったのは、ある顧客からの「感染防止用アクリルパーテーションをつくれないか」との要望だったという。

「実は、それまではアクリルパーテーションの存在自体を知りませんでした。〝飛沫(ひまつ)〟という言葉すら、まだ人口に膾炙(かいしゃ)していない時期です」

臨機応変のスピード経営

ロナ禍に立ち向かう経営者たち

 立石社長は、短期間で比較的簡単に製作できるだろうこの製品に大きな可能性を感じる。また、偶然にも、材料のアクリル板は同社の倉庫に山積み状態だった。なぜなら、東京五輪関連の看板の受注によって、大量のアクリル板を購入済みだったからだ。周知の通り、東京五輪は延期。宙に浮いた状態だった材料をそのまま転用することができる。これを「絶好のチャンス」と考えた立石社長。さっそくアクリルパーテーションの製造に取り掛かった。

 とはいえ、存在すら知らなかった製品である。ものづくりのノウハウを総動員しながら試行錯誤を続け、結果的に試作は15種類以上にものぼった。

 立石社長はこう振り返る。

「当社の製造キャパを超えないような仕様や値決めを含めた適正な利益の取り方など、検討に検討を重ねながら製品づくりに全社で集中しました。1週間後に販売にこぎつけましたが、さらに、販売後も納入先の声を聞きながら改良につとめ、その都度製品の交換などにも応じました」

 まさに「走りながら実践する」ものづくり。コロナ禍のような非常事態には、臨機応変かつ「なりふり構わぬ」スピード経営が生き残りのカギを握ってくる。

 そして、このような猛スピードには、もう一つの背景があった。タテイシ広美社は、東京五輪需要をにらんだ強力な生産・販売体制を敷き、成果を上げつつあった。そのための人材の確保も進めていたため、「五輪延期」による仕事の消滅は大量の余剰人員を生み出す危険性があったのだ。

 余剰の材料と人材をそっくりそのままアクリルパーテーション事業へと転用することで、タテイシ広美は息を吹き返す。病院の受け付け、スーパーや飲食店のレジまわり、コールセンターなど、注文は全国から殺到した。3月の終わりから6月にかけて約4万枚を売り上げ、アクリルパーテーションだけで通常時の月商8000万円を超えた。

「当社の強みはオーダーメードの製品を2日で出荷できる仕組みです。これができるところは他にないと思います」(立石社長)

 そもそも、本業の屋外看板やデジタルサイネージの製造・販売において、受注から製造、出荷、設置までワンストップで請け負い、それを強みにしてきた。そのため顧客の要望に真摯(しんし)に向き合うことが習慣化されていた。

 一方、出荷の素早さは決して品質の拙劣さと結びつくことはない。というのも、同社では、凸版印刷と組んで超高精細LEDディスプレーを開発するなど最先端の製品づくりに取り組んでおり、経営のベースにものづくり企業としての矜持(きょうじ)、つまりは製品のクオリティーの高さという要素がすでに組み込まれているのだ。

多彩な製品群を提案

 さて、4月に入り、立石社長の胸中に次なる新製品のイメージが描き出された。「アクリルパーテーションに〝おんぶにだっこ〟では、いずれ限界がくる」というわけだ。

 やはり顧客の声がきっかけだった。「病院でトイレなどの扉の取っ手に触りたくない」という声を聞いた立石社長が考案したのが足で扉を開け閉めできる「足開閉ハンドル」だった。開発にあたっては看板のアタッチメントを製作する際の技術を応用。開き戸と引き戸に対応してコの字型とT字型を用意し、扉の形状に応じてオーダーメードで製作するスタイルをとった。現場はアクリルパーテーションによっててんやわんやの状況だったが、その隙間をぬっての開発だった。試作を積み重ねて使い勝手を向上させた上で販売に踏み切ると、とたんに病院、スーパー、コンビニなどからの引き合いが殺到。7月現在で累計600台以上を売り上げている。

 ここまでくると勢いがついてくる。次に手がけたのが透明フィルムパーテーションだ。いまではスーパーやコンビニのレジ前などで当たり前に見かける感染防止用フィルムだ。しかし、ここでも立石社長はひと工夫を施す。

「従来型の天井からビニールを吊り下げるタイプのものだと、設置工事が大変で天井が抜けるリスクもある。当社では、自立用のスタンドをセット販売することで、この課題を解決しました。おかげさまで、1日100台のペースで売れ続けています」

 スタンドについては、スーパーやドラッグストアでの売り場案内に使用するための製造ノウハウを転用した。もちろんフィルムは顧客の要望に応じたサイズにカット済みのものが提供される。

 そして、次なる開発商品が「高速自動検温システム」。

 センサーによる体温測定と顔認証システムを利用したマスク着用チェックを自動で行うことのできる製品で、三脚によってどこにでも設置でき、面倒な工事も必要ない。0.5秒以下で体温を測定できるので、「次々と検温しなければいけない施設などでの利用に最適」(立石社長)という。個別の部品を外部から仕入れて同社工場でスペックを調整しながら組み立てる方式で量産され、コストパフォーマンスを意識した製品となっている。さっそく先の西日本豪雨によって人があふれる避難所や病院、あるいは地元の幼稚園・保育園、小学校などからの引き合いが来ているという。

 さらに、7月に入ると「非接触タッチディスプレー」を発売。

 同社では、従来から空港や駅などの案内板を手がけてきたが、ボタンを押して情報を得るタイプのものの多くは、コロナ禍で使用不可になってしまっている。そんな状態から非接触モニターを活用することで「再び使ってもらえるようにする」との目的から開発したものだ。

 発売したばかりで、まだ目立った売り上げには結びついていないが、「タッチレス」分野は将来的な投資として有望だと立石社長は考えている。

ファーストペンギンたれ

 コロナ禍という突発的な事態をテコにして、矢継ぎ早に感染症対策製品を上市したタテイシ広美社。これにより約2億5000万円の新たな収益を創出し、今6月期決算では過去最高の売上高(12億5000万円)を記録。決算賞与は過去最高額に上った。

 立石社長が日々意識しているのは〝転機を生かす力〟。転機を生かすには①技術力が大手より劣っていてもキャッチアップするまであきらめない②先代(立石克昭会長)が培ってきた文化を維持しながらも他文化を積極的に取り入れる③目的を決めたら全社員がブレずに一丸となる――この三つを「なりふり構わぬ」速度感で実践することが必要なのだと立石社長はいう。コロナ禍に立ち向かう製品開発の成功は、この〝転機を生かす力〟が十全に機能した結果といえるだろうが、実は同社の底力の本質を知るには「本業」をひも解いた方が早い。広島県府中市という地方都市の企業でありながら、デジタルサイネージ分野での技術革新に的確に対応し、大手も一目置く存在として知る人ぞ知る企業なのだ。とくにここ数年の展開力はすごい。

 2017年に代表に就任した立石社長は、「ファーストペンギンたれ」をスローガンに、積極果敢なリーダーシップを発揮。前職である凸版印刷とコラボして外側からは映像画面、内側からは外の景色を見ることができるメッシュLEDビジョンや世界最高水準の高精細1.5ミリピッチのLEDディスプレーを開発するなど、最先端の製品開発にも挑戦してきた。とくに東京五輪需要関連の首都圏マーケットへの進出には目を見張るものがある。

 今年新たにオープンしたJR高輪ゲートウェイ駅(陸)に大型LEDビジョンを納入。成田空港(空)には14機もの同じく大型LEDビジョンを納入した。さらにはお台場のフェリーターミナル(海)の日本最大級LEDビジョン(横幅20メートル級)がまもなく竣工(しゅんこう)する予定。まさに「陸海空」を制圧する勢いである。

「東京五輪需要というチャンスをものにすれば、次の国際大会にも必ず声がかかる。是が非でも競争に打ち勝ち、そして稼いだ利益をみんなで分けようと社員たちにもはっぱをかけてきました。それがいま結実しつつあります。地方でも中央に勝てるとの実例を示すとともに、雇用を創出し、過疎化が進む府中市周辺の広島県中山間地域に活気を呼び込みたいですね」(立石社長)

 手書きの看板屋からスタートした地域密着の泥臭さと先端技術への渇望、そして地方創生を志す将来ビジョンがパズルのピースのようにかみ合えば、今後、コロナ禍を吹き飛ばすより強力な旋風が巻き起こるだろう。

(本誌・髙根文隆)

会社概要
名称 タテイシ広美社
創業 1977年7月
所在地 広島県府中市河南町114
売上高 12億5,000万円
社員数 60名
URL https://t-kobisha.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2020年9月号