客による店員に対する嫌がらせ「カスタマーハラスメント」が問題視されている。昨今の不透明な社会情勢も拍車をかける要因だ。「接客業のみならず、さまざまな業種で遭遇しうるリスク」と企業のハラスメント対策に詳しい山田泰造氏は警鐘を鳴らす。

プロフィール
やまだ・たいぞう●日本大学経済学部卒業。専門は産業心理学。社員教育研修所で23年間指導教官として勤務し、さまざまな業界で人材育成、クレーム対応に携わる。全国の企業、業界団体、官公庁等での研修回数は通算1200回をこえる。『カスタマー・ハラスメント お客様は神様じゃない』(経法ビジネス出版)を6月中旬上梓予定。
山田泰造 氏

山田泰造 氏

 ドラッグストアの店頭に人だかりができているのをよく見かけます。品薄なマスクやトイレットペーパーを買い求めるためでしょう。現下の「異常事態」のなか、多大なプレッシャーにさらされているのが店舗スタッフです。「なぜいつも売り切れなのか」「倉庫に在庫を隠しているのか」などと客から詰問されるのは日常茶飯事。顧客対応に疲弊し、離職するスタッフもいると聞きます。

 院内での暴言、暴力は絶対に許しません──。ある病院にはこんな文言のポスターが貼り出されていました。「対応が気に食わない」「長時間待たされた」といった理由で暴言を吐いたり、暴力をふるったりする患者があとを絶たないのです。先日、健康診断を受診するため病院を訪ねたところ、名字とフルネームのどちらで呼び出すか、窓口で確認されたのには驚きました。以前、フルネームで呼び出した患者が激高したため、一人ひとりに尋ねているそうです。

 客による理不尽な要求、嫌がらせは増加傾向にあり、「カスタマーハラスメント」(カスハラ)と総称されます。クレーム対応や人材育成に関するセミナーを年間100回以上行っていますが、最近依頼されるテーマの大半はカスハラ対応です。参加者の業種は飲食、小売業はもちろん、製造業や業界団体、官公庁にいたるまで多岐にわたります。

「計画性」があるか

 店員の言葉遣いや商品の手渡し方法など、ささいなきっかけで突発的に発生するのがカスハラの特徴です。当事者は老若男女を問いません。しいて挙げれば、団塊世代に多い印象を受けます。会社を定年退職し、家でゴロゴロしながらテレビを見ていると、「どこか出かけたら」と奥さんに促され、外出し飲食店に入り、接客態度などに違和感を覚えると、説教が始まる……というパターンが散見されます。かつて勤務していた企業名や肩書を持ち出すのも特徴です。自分を認めてほしいという欲求があるのかもしれません。本人は教え諭しているつもりでも、店員が脅されていると感じれば、「脅迫」に該当するのです。

 カスハラといえる状況に遭遇したら、相手の要求が「謝罪」なのか「金銭」なのか、意図をまず見極める必要があります。そして、言動や要求が通常のクレームと悪質なクレームのどちらに該当するのかを判断しましょう。

 たとえば「購入した商品のサイズが合わないから返品したい」とか「サービスのこの点を改善してほしい」といったたぐいの要望、苦言は通常のクレームの範囲内といえます。企業側に何らかの瑕疵(かし)があることが明らかな場合、顧客に謝罪し、誠意をもって迅速に対応しなければなりません。

 一方、悪質クレームの特徴は「計画性」にあり、金銭目的である場合がほとんどです。あるラーメン店で起こった例を挙げます。

「お前の店はゴキブリをトッピングするのか」と、店主は客から思わぬクレームを浴びせかけられました。どんぶりの中をのぞくと、確かにゴキブリの死骸が浮いている。「申し訳ございません」。店主は釈然としないまま、ラーメンを作りなおします。客はラーメンを完食するや「店の評判を聞きつけ、わざわざタクシーに乗り、長時間かけてやって来た」と言い出しました。

 因果関係が不明確な言いがかりをつけ、金銭を要求する典型的な悪質クレームといえます。タクシー代の支払いを暗にほのめかしているのは明らか。通常、ゴキブリの死骸が料理に混入する可能性は低く、客が持ちこむケースが大半を占めます。こうしたクレームには、毅然とした態度で臨むことが肝要です。

 対応が許されるのは、ラーメンを改めて提供するところまで。タクシー代は渡してはいけません。悪質クレーマーが「タクシー代を出せ」と言わないのは、あからさまに要求すると恐喝罪にあたる可能性がある点を知っているからです。恐喝罪の罪は重く、刑法249条で10年以下の懲役と規定されています。

欠かせない現物確認

 悪質クレーマーのなかにはネットワークを組み、組織的に活動している者もいます。彼らの標的となったのが、玩具製造業を営む知り合いの社長でした。

「購入したぬいぐるみに針が刺さっていた」
「ブリキ製の玩具の先端がめくれていた」

 社長は自社製品に関するクレームに立てつづけに遭遇します。いずれのクレームも同一人物によるものです。刺さっていたという針をしっかり確認せず現金を手渡してしまったところ、似た手口で被害を受けてしまいました。数カ月後には別の人物が同様のネタをたずさえ、会社を訪問。不審に感じた社長が警察に通報したところ、2人は仲間であることが判明しました。

 これは悪質クレームの常習犯から聞いた話ですが、1日に複数軒の店舗をハシゴして金銭を脅し取ろうとする、たちの悪いクレーマーもいるそうです。彼らにとって、商品やサービスに言いがかりをつけるのは、ちょっとした小遣い稼ぎ感覚なのです。ことを穏便に済ませたいあまりに一度金銭を手渡してしまうと、格好のターゲットとされかねません。

 この製造業の社長がうかつだったのは、客が持ち込んだ針と工場の製造ラインで使用している針が一致するか、現物を確認するのを怠ってしまったところ。おそらくこのクレーマーは、自宅にあった適当な針を刺して持ち込んだはずです。また、そもそも経営者が前面に出て対応するべきではありませんでした。経営者は意思決定権者ですから、「社長なら話は早い」となってしまいます。それが彼らの狙いなので、可能なかぎり現場責任者が対応するべきです。

 近ごろは一般の顧客が態度を豹変(ひょうへん)させ、店員に土下座などを要求する事案も増えています。金銭目的ではないとはいえ、理不尽な要求であり応じてはいけません。土下座の強要も重い罪に問われます。かつてボウリング場のスタッフに無理やり土下座をさせた加害者が強要罪で起訴され、実刑判決が下った例もあります。

 あるいは顧客宅に訪問して謝罪するよう求められるケースもあるかもしれません。その場合は1人で訪問することは避けてください。複数名の社員が同行し、面談時には、双方のやり取りについてメモを取るようにします。ボイスレコーダーで録音するのも有効です。話し合いが難航し解決策を見いだせないときは、交渉窓口を顧問弁護士に切り替える旨伝えてください。「弁護士」と「警察」はクレーマーのひるむ2大フレーズです。

 それと「わび状」にも注意が必要です。要求どおりに提出したわび状がコピーされ、取引先にばらまかれてしまった企業もあります。不特定多数の人々に容易に転送できてしまうため、おわびのメールを送信するのも同様に危険です。

 万一、悪質なデマ情報をネットに掲載された場合は、一切反応しないようにしてください。反論するほど相手の思うツボであり、〝炎上〟を招きかねません。様子をしばらく眺めて収まる気配がなければ、サイト管理者に記事の削除を依頼します。根も葉もない情報に基づく誹謗(ひぼう)中傷による営業妨害は、偽計業務妨害に該当する可能性があります。

ロープレも有効

 カスハラ対策として事業者の方におすすめしているのが、「クレームカード」の作成です。

 クレームが発生したら、いつ、どこで、どのような内容のクレームを受け、どう対応したのかを1枚の用紙に書き留めておきます。クレームカードがあれば新たなクレームが発生したとき、過去の対応方法を参照でき、「指針」とすることができます。ポイントはささいな内容のクレームであっても、1件発生するたびに1枚の報告書にまとめておくこと。記録後は社内で回覧し、社員全員が確認できる場所に掲示しておきましょう。そして一定の期間掲示したら、用紙をファイリングし保管しておきます。

 あわせて「ロールプレイング」も実施するようにしてください。社員が2人一組で店員役とクレーマー役に分かれ、カスハラのシミュレーションを行うのです。できればオブザーバー役の社員がロープレの中身をチェックし、アドバイスを行うとよいでしょう。ロープレに何度も立ち会ってきましたが、日ごろからシミュレーションを重ねていれば、カスハラに遭遇したとき、落ち着いて対応できるようになるものです。 

 繰り返しになりますが「カスハラかな」と感じたら、まず相手の意図を見極めてください。要望に耳を傾け、通常のクレームと悪質クレームのどちらに該当するか判断します。金銭目的を主とした理不尽な悪質クレームには、対応できる事柄とできない事柄を明確に伝え、毅然とした態度を崩してはいけません。

 昨今は 「現物のないクレームには対応しません」という標語ポスターを掲示している店舗も見受けられます。そうした地道な取り組みもカスハラの抑止につながるでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2020年6月号