生産性向上を目指すうえで不可欠なのが業務プロセスの見直しだが、実はこれを十分に実施できているのは大企業でもそう多くないという。業務プロセス改善の基本や中小企業の事例、業務改善に役立つITツールの最新事情などを取材した。

プロフィール
しぶや・りゅういち●神奈川県横浜市生まれ。中小企業診断士、情報処理技術者(ITストラテジスト、ネットワーク、セキュリティ)。学習院大学理学部卒業後16年間にわたり2社のIT企業で働く。2015年4月に独立しスモールスタートコンサルティングを立ち上げる。IT・マーケティングを得意とする経営コンサルタントとして、主に中小企業を対象にセミナーやコンサルティングを行っている。
業務プロセスを見直す

 2018年版中小企業白書では、中小企業の生産性向上施策の例として五つの手法が列挙されている。その筆頭にあがっているのが、「業務プロセスの見直し」だ。続いて言及されている「人材活用面の工夫」「IT利活用」「設備投資」「M&Aを中心とする事業再編・統合」の四つには、それぞれものづくり補助金やIT導入補助金、各都道府県に設置されている事業引継ぎ支援センターなど政府が推進する各種事業が背景として存在するが、具体的な政策がこれといってない業務プロセスの見直しが最初に言及されているのは注目に値する。中小企業を含めすべての事業者が生産性向上を考えるときに、一番はじめに意識が向かうのが業務プロセスの改善であることは間違いないだろう。

 ところが言うは易く行うは難しで、理想通りにいかないのが企業経営だ。一般社団法人日本情報システムユーザ協会(JUAS)が公表した「企業IT動向調査2018」によると、業務プロセス改善が未実施の企業は5割を超えている。JUASの構成メンバーは上場企業がほとんどだが、大企業でもこの程度の割合なのである。

 この調査でもう一つ面白いのが、業務プロセスの改善を「実施中」と回答している企業は、商品サービスの開発を行っている割合も高くなっていること。よく考えればこれは当たり前である。商品開発の過程で必ず業務プロセスが関わってくるからだ。とりわけ昨今は、製品をただつくって販売するだけではなく、顧客との接点をどうつくるかからはじまり、接客でどのような印象を与えたか、その後どのような交流をしたか、アフターサービスはどのように評価されたかという顧客体験をトータルで管理しなければならない時代だ。それらの横軸を貫く業務プロセスを、デジタルツールを適切に活用しながら上手に整理することが、スムーズな商品開発が実現するかどうかに深くかかわってくる。

タイマー使いタスクを細分化

 図表1(『戦略経営者』2020年4月号P31参照)には業務プロセスの五つの特徴をピックアップしたが、これらの特徴を踏まえて取り組むべきは、業務プロセスの「見える化」である。そのためには業務の棚卸しは避けて通れない。いやむしろ業務プロセス改善におけるポイントはほとんどすべてここに集中しているといってもよい。

 業務プロセス一つ一つに目的や担当者、承認者と関係部署、業務プロセスが開始されるトリガーとなる条件、期限などの情報を記入していく。棚卸しする業務プロセスの時間は2時間程度がのぞましい。同じ会社でも営業と技術では全く業務プロセスが違う。また経理部門は月末や決算月など特定の期間で異なる業務プロセスが発生する。各部門に固有のもの、共通のものを含め、もれなく棚卸しすることが肝心である。

 この作業は、製造業の企業には割合すんなりと理解してもらえる。モノと人の流れが目に見えて記録できるうえ、日ごろから5S運動などの改善活動に取り組んでいるからだ。業務プロセスの見直しは、日本の強みでもあった製造現場のノウハウをホワイトカラーにも広げる試みであるともいえる。しかしそうはいっても、ほかの人からみたら何の仕事をしているか分からないホワイトカラーがたくさんいる会社では、内容の記載漏れが多くこの洗い出しがなかなかうまくいかないこともある。

 そうしたときに有効なのが、タイマーを使った記録だ。例えば30分おきにタイマーを鳴らし、そのときに行っている作業を逐次記録していくのである。これをある一定期間続けることで、その人が行っている業務を正確にもれなく記録することができる。

 もちろん一人ひとりの記録だけで棚卸しを完遂することはできない。チームで行っている業務もあるからだ。こうしたプロセスはチームの構成員で内容についてすり合わせるミーティングを行う必要がある。

モチベーションアップも期待

 この業務プロセスの棚卸しを行うだけで多くのメリットが生まれる。まずそれぞれの業務プロセスの目的を確認することによる効果である。そのプロセスがいったい誰のために何を目的にしているのかを議論すること自体が、担当者が「こんな無駄なことをしていたのか」と気づくことにつながるからである。結論からいうと、「上長から言われたからやっている」「引き継ぎ手順書に書いてあったから」といった不明確な理由に基づく業務プロセスは、すぐにやめてしまっても支障をきたさないことが多い。

 こうして確認すると、「Aさんは定時で処理できないほど仕事を抱えているが、Bさんはスカスカ」といった業務量の偏りが浮き彫りになる。管理者はそこではじめて業務の負荷バランスを全体でコントロールできるようになるのである。これが業務の洗い出しを行うことでいきなり生まれるプラスの効果だ。またミーティングを通じメンバー間には共通認識ができるので、コミュニケーションミスの減少も期待できる。新人などへの教育研修に活用できるので組織強化にもつながる。

 進捗(しんちょく)が見える化されることによるモチベーションアップの効果も大きい。短時間ごとに分解されたタスクが一つ一つ消えていくと、例えば「3日でやってくれ」と言われた業務に比べ「仕事が進んでる感」が段違いだ。2時間ごとのタスク分解が基本なので、少なくとも1日で数個のタスクをこなすことができる。自然と社員のモチベーションも維持される。

 この手法は、ソフトウエアの開発現場でよく用いられるようになった「アジャイル開発」という手法のタスク管理方法を援用したものである。従来は①要件を決める②決定した要件をもとに仕様書や設計書を作成する③仕様書・設計書に基づき開発し、完成後に納品するという順番の「ウオーターフォール(滝)型」と呼ばれる開発手法がメインだった。

 しかしITの世界は変化が激しい。最初に決めた仕様が納品時にすでに時代遅れになっていることもある。こうした変化にすぐに対応できるよう、タスクを細分化して管理するのである。例えば「提案書の作成」という業務があれば、「目的の決定」「コンセプトの決定」「構成要素の洗い出し」「役割分担の決定」「材料収集」「スライドの作成」「レビュー」などに細分化できるだろう。

ECRSの原則

 業務の棚卸しが終われば、いよいよ具体的に業務プロセス見直しに入る。そこで参考になるのが、「ECRSの原則」である。この原則は業務改善の順番と視点をまとめたもので、Eliminate(排除)、Combine(結合と分離)、Rearrange(入れ替えと代替)、Simplify(簡素化)の英語の頭文字をとっている。

 最初のEはその業務をなくしてしまうこと。上司が読んでいない日報はその最たるものだ。現場では「これ意味ないよね」と言い合いながら仕方なく書いているが、当の上司はさらっと斜め読みしているだけで実際に指導にはほとんど活用していないことはよくあることだ。

 さすがに日報を手書きで紙に記入している会社はほとんどないだろうが、リモートワークやテレワークがまだまだ遅れている中小企業では、日報を書くためだけに遅い時間に出先から会社に戻る人も多い。日報をなくせば移動時間と残業時間の減少につながり、社員の疲労蓄積も抑制できる。さらには会社へのエンゲージメントも高まるだろう。

 同じことは定例ミーティングにもいえる。製造業の朝礼などうまくまわっているケースは別だが、形骸化していたり雑談ばかりだったりするものはやめても問題がないだろう。

 異なる業務プロセスを同時に処理できるようにする「結合」の効果も高い。例えば勤怠管理と交通費精算の業務は親和性が高い。自宅から営業先に直行する場合、勤怠における直行の処理と、自宅から営業先、営業先から会社までの交通費の精算はセットで発生する。しかし勤怠管理は人事部門、交通費精算は総務部と管轄するセクションが異なるので手続きは別々に行わなければならない。ところが最近では、この二つの業務を同時にできるツールが普及しつつある。交通系ICカードと社員証を兼用している場合などは、会社に設置してある読み取り機にカードをかざすだけで瞬時に時刻と交通費のデータが記録される。あとはそれぞれの部門がデータを自由に使えばよいのである。

 「リアレンジ=入れ替え」は、ホワイトカラーの業務になじみやすいだろう。例えばデザイナーが業務を進めるときは、クライアントにラフスケッチを数案提示、そのなかから一つ決定してもらったうえで実際の制作に入る。要するに意思決定者の承認プロセスを制作工程の前の段階に移動しているのである。ウオーターフォール型の開発工程では承認プロセスが後ろになりがちだが、コミュニケーションの食い違いなどで、最終段階でちゃぶ台がひっくり返される経験がある人は多いはずだ。承認プロセスと制作プロセスを入れ替えることで、これを予防することができる。

全体最適の視点忘れずに

 最後に経営者の役割について触れておこう。まず業務プロセスを改善しようとすると、現場を変革しなければならない。現場に入ってあれこれやると必ず従業員から反発や不安の声が出てくる。例えば時間短縮などを目的にRPAの導入を支援するような場合、担当者は「自分はクビになるのではないか」と恐れてしまう。ましてや残業代を収入源としてあてにしている人ならなおさらである。こうなると現場が非協力的で改善がなかなか進まない。

 ではどうするか。経営者が従業員に対し、付加価値向上のために今後どうするか語ることである。業務プロセスの改善と付加価値の向上が掛け算になってはじめて組織の生産性が上がるからだ。一番大切なのは、効率性を高めて空いた時間でいったい何をしようとしているかである。業務プロセスの見直しとその後の付加価値向上のための計画をセットで考え、それを明確に従業員に伝える必要がある。

 常に全体最適の目配りを効かせるのも重要である。業務プロセスを見直した結果、営業部門の業務は非常に効率化したが、裏でそれを支えている営業事務が悲鳴をあげていたり、総務部門などに新たな業務が発生したりすることは少なくない。特定の部門だけ残業時間が減ってもそのしわ寄せが他部門にいけば何のための改善かという話になる。企業経営の基本は、情報や人材、材料、お金を調達してそれに付加価値を付け、市場に提供すること。この一連の流れがもっともスムーズにいく結果になるかどうかを常に意識しながら、活動の方向性をうまくかじ取りしてほしい。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2020年4月号