昨年暮れ、「人手不足倒産」の件数が過去最高に達したとの報道があった。ますます苦悩の色濃い中小企業に、はたして突破口はあるのだろうか。現場取材と識者へのインタビューを通して探ってみた。

人手不足時代を生き抜く

 食品スーパーやドラッグストアなどの小売業界では、他の業種以上に適正な資産管理が求められる。店頭および在庫の品数を適切に把握することは販売計画の精度向上や商品ロス削減につながり、ひいては健全な店舗経営に結びつくためだ。とはいえ、人手不足が叫ばれて久しい今日この頃、多くの小売店ではおびただしい数の商品を店舗スタッフだけで管理することはきわめて難しい。

 このような小売業界特有の悩みを解決するサービスに特化したビジネスを行っているのが、棚卸し業務の代行サービスを中心とした事業を全国に展開するアセットインベントリーである。

「当社はバブル期真っただ中の1990年に創業しました。当初は首都圏を中心にサービスを提供していましたが、現在は東北から九州まで全国36カ所に拠点を置き、地方の小売店とも取引実績があります。事業を拡大していくなかで、長きにわたる棚卸し代行サービスで培ったノウハウを生かし、商品の陳列や撤去、レジ業務などのリテール人材に特化した派遣サービスを提供するアセットオールという関連会社を2004年に設立し、グループが一丸となって包括的な小売業界向けのサポートサービスを展開しています」(洞善康専務)

 今でこそグループ全体で2000人超というたくさんの従業員を雇い、リテールサービスの多重化に成功しているがかつては多くの企業と同様に人手不足という悩みを抱えていた。そして、これを打破するきっかけとなったのがシニア人材の採用だ。

ジェロントロジーを知る

 棚卸し業務は基本的に店舗の閉店後に実施するため、主に夜勤での就労となる。そのうえ、長時間の立ち作業を強いられるため、身体的な不安を考慮しシニア人材の採用には消極的だった。しかし、採用戦略を見直すにあたって、これまでの応募者のプロフィルを洗い直したところ、想定以上にシニア層からの応募が多いことが判明したのだ。

「かつては求人募集の案内を出しても応募者が集まらなかったり、当社が求める人材になかなか巡り合わないなど成果は芳しくありませんでした。これではいけないと採用計画を練り直すにあたり、あらゆるデータを調査したところ50代以上のシニア層からの応募が多いことが判明しました。ある月ではシニア層だけで全国で2000人程度の応募が寄せられていたこともあり、シニアを取り込むことが人手不足解消の突破口になると考え、シニア人材の採用プロジェクトを結成し、本格的に取り組むことにしました」(菅谷昌広採用室室長)

 プロジェクトを発足し、シニアにとって働きやすい職場を検討するにあたって参考にしたのがジェロントロジーの考え方である。その詳細を日本産業ジェロントロジー協会認定インストラクターとしての顔を持つ洞専務と小西剛東日本グループ長に解説してもらおう。

「ジェロントロジーとは年を重ねることによる働き方の変化をさまざまな学術的知見を通して追究する学問で、『老年学』『加齢学』と訳されます。当社もジェロントロジーの理論に基づいて業務内容を再設計し、シニアが負担なく働くことのできる職場環境づくりに取り組みました」(洞専務)

「腕や膝の曲げ伸ばしを伴う動きはシニアにとって負担が大きい一方、身体を左右に動かすのはそつなくこなすことができます。そこで陳列棚の中でも腕や膝の伸縮が求められる上段部と下段部を若いスタッフが担当し、中段部をシニアが担当するように分担することで、身体に負担を強いることのないよう業務を再設計しました。一方、従業員向けの業務マニュアルも文字の大きさや配色、図表や画像を挿入するなど内容を大幅に改訂し、誰もが読みやすい冊子へと作り直しました」(小西東日本グループ長)

 通常、棚卸し業務は5~6人で構成されるチーム単位で行う。実際に彼らの作業風景を見てみると、チームのなかに白髪交じりの男性が1人、周囲と積極的にコミュニケーションを取りながらも業務をこなす姿が目に留まる。

「チームのうち1割はシニアを配置できるように編成を組んでいます。シニア人材は社会人経験が豊富で若手アルバイトの模範となることも多く、仕事に取り組む姿勢はもちろん礼儀作法の面でも積極的にアドバイスするなど、他の従業員にも良い影響を与えています」(洞専務)

10分以内に折り返す

 今ではシニア人材以外にも、フリーターや学生アルバイトなど幅広い人材の確保に成功しているわけだが、その背景には熾烈(しれつ)をきわめる人材獲得競争に勝ち残るために設計された〝プロセス管理〟があると洞専務は説明する。

「当社では採用フローを『応募』『面接予約』『面接実施』『採用』『研修』の5段階に分け、段階ごとの歩留まり率を高く維持するための施策を講じることで人材の確保に結びつけています」

 その取り組みの一つが迅速なアウトバウンドコール(折り返しの連絡)だ。同社では求人募集にエントリーすると、10分以内に折り返しの電話がかかってくる。これはエントリーから10分以内であれば、応募者はスマートフォン等で引き続き求人情報に目を通している可能性が高く、連絡が取りやすいという仮説に基づいている。

「今や1人が複数企業にエントリーすることも多く、応募者に対していかに素早くアプローチをかけられるかによって歩留まり率も大きく違ってきます。当社では応募者対応を専門とするコールセンターを設けており、アウトバウンドコールを通じて詳しい業務内容の説明や面接日程の調整を行うなど、応募者のフォローを実施しています」(菅谷採用室室長)

 さらに、「チームの一員を決める重要なプロセス」(洞専務)と位置付ける採用面接には実際に現場で働いているアルバイトを起用している。これは事業所内で最も距離が近いチームメンバーが面接を担当することによって、採用後の人間関係形成が円滑に進むことを目的としているという。

「面接官経験のあるアルバイトはほとんどいないので、面接官向けのマニュアルを整備したり、研修を定期的に開催したりするなど万全なフォロー体制を敷いています。ちなみに面接官研修は『アセットグループアカデミー』というアルバイトも含めた全従業員のスキルアップを目的とした社内大学の講座の一つとして開講しています」(洞智也取締役)

 アセットグループアカデミーは、面接官研修以外にも業務の基礎を再学習するための講座や上級管理者向けのマネジメント研修など豊富な講座がそろっている。これは同社の創業者である洞定治社長の「『知識融合型』人材を育成する」という考えに基づいたものだ。

「組織は人で成り立っている以上、人が成長しないことには組織の成長も実現しません。当社の従業員全員が成長するために、ありとあらゆる『知識』を身につける機会を提供することは会社として当然の責務です」(洞社長)

 また、採用後に行われる実地研修では、バーコードリーダーの使い方や棚卸し業務の進め方などを動画で撮影したものを教材として用いる。業務の合間でもチェックできるよう「動画の長さは3分以内」(菅谷採用室室長)とコンパクトにまとめられている。

ノウハウを社外へ

 同社ではさらに発展的な取り組みとして、全従業員を対象とした「からだ測定」を実施している。これは従業員の「体力」「情報処理力」「仕事に対する考え方(個性)」の三つの項目を体力テストやアンケートを通して測定するイベントで、その結果に基づいて従業員のキャリアプランについて検討する機会として、定期的に開催している。

「例えば、体力に衰えが見え始めた従業員に対しては、比較的運動量の少ない派遣先をあっせんするなど、従業員の負担を取り除き、年齢にとらわれることなくなるべく長く働いてもらうための仕組みづくりの一環として行っています。従業員からも『現在の体力・適正を知ることができた』と好評です」(洞専務)

 今後は本業や社内での取り組みを通して培ってきたノウハウを社外へと伝播させるため、採用コンサルティング事業の立ち上げも行っているという。同社のノウハウが多くの企業へと享受され、人手不足に悩む企業を救う日はそう遠くないのかもしれない。

(本誌・中井修平)

会社概要
名称 アセットインベントリー株式会社
設立 1990年12月
所在地 千葉県柏市あけぼの4-3-23 パーソナルⅠ 1F
社員数 約2000名(パート・アルバイト含む)
URL https://www.asset-inventory.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2020年2月号