ここ数年、よく耳にするようになった「Society5.0」。今後、日本あるいは世界が進むべき道を示唆する言葉であることは間違いない。中小企業基盤整備機構で行われた内閣府の土屋俊博氏の講演から要点を採録する。

プロフィール
つちや・としひろ●長野県生まれ。東京大学卒業後、「ITで地方を活性化したい」との思いでエレクトロニクス大手のNECに入社。経営企画畑を歩きつつ、中小企業診断士の資格を取得。業務のかたわら、地域活性化やベンチャー企業の支援に携わる。令和元年6月より内閣府に出向。科学技術・イノベーション、スマートシティなどの分野の政策立案を手掛ける。

「Society5.0」(ソサエティ5.0)について「聞いたことはあるが内容の詳細は分からない」という方が多いのではないでしょうか。第5期科学技術基本計画(『戦略経営者』2020年1月号P12上図参照)のなかで、将来の理想的な社会像としてソサエティ5.0が提起されました。「サイバー空間と現実空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」──狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな社会(『戦略経営者』2020年1月号P13図参照)という意味合いです。では、それはいったいどのような社会を指すのでしょうか。

経済と課題解決を両立

 ソサエティ5.0をの実現度を表現する明確なKPI(評価指針)はありません。イメージを挙げるとすれば、「IoTですべての人とモノがつながり、情報共有のもとに新たな価値が生まれる社会」「AI技術により求める情報を自動で探索・分析してくれる社会」「少子高齢化、地方の過疎化などをイノベーションによる克服する社会」「ロボットや自動運転などの技術により人の可能性が広がる社会」などと表現できるでしょう。

 重要な点は、経済発展と社会的課題解決を両立していることです。環境を犠牲にして経済の発展を得るというような世界は望ましくはありません。たとえば、農業分野で言えば、生育・気象・市場・食のトレンド情報をAIで解析し、超省力・高生産なスマート農業を実現すれば、食料の増産、人手不足の解消につながります。あるいは、エネルギー分野において、使用状況や気象、発電所での需給調整などの情報を、やはりAIによって解析することで、エネルギーの安定供給や温室効果ガス排出抑制が実現できるでしょう。さらに、医療・介護や防災の分野においても、さまざまな情報を一元管理し、AI解析を行うことで、高齢者の健康促進・最適治療・コスト軽減、罹災者の迅速な避難、物資の最適配送などを実現することが期待されます。

社会への実装〝スマートシティ〟

 このように、ソサエティ5.0は、理想社会を実現するための欠かせない概念といえそうですが、肝心なのは、これを社会へどう「実装」していくかです。

 先行的な社会実装の場を「スマートシティ」と呼んでいます。

 IoTやAIなどの先端技術を活用し、都市の課題を解決し、地域間格差をなくす実証実験の場です。スマートシティの取組は、すでに世界中で行われています。EUでは街中のセンサーでデータを収集し、交通の最適化や廃棄物管理の効率化等に活用、カナダのトロントではグーグルの関連会社がセンサーで収集したデータを都市空間の設計に反映させる構想を公表しています。シンガポールでもセンサーネットワークによる国土の3Dモデル化に乗り出し、また中国でも多額の投資を行い、世界の最先端技術を導入し急速な技術実証・実装を推進中です。

 さて、日本はどのような動きをしているのでしょうか。大きく二つあります。まず、スマートシティの共通アーキテクチャを設計・構築すること。そして、総務省や国土交通省、経済産業省など、スマートシティに関する事業を行う府省が事務局となり、450を超える自治体や企業の知見を共有する官民連携プラットフォームをつくることです。

 さらにそのノウハウのグローバル展開にも取り組み始めています。先のG20の会合の中で「グローバル・スマートシティ連合」の設立が提唱されました。そして相互運用可能なデータ連携基盤の基本的考え方や成功事例を都市間で共有する取組に乗り出しました。

 実際、官民一体となった地域への実装のためのモデル事業は日本各地に勃興しつつあります。

 つくば市(茨城県)では、いわゆるMaaS(サービスとしての移動)への取組が進展中です。筑波大学内における顔認証によるキャッシュレス決済、つくば駅と大学附属病院間の燃料電池によるシャトルバス(自動運転)、利用者のバイタル情報のリアルタイムモニタリングによる運転制御、電動車いす利用者に信号灯の色を伝達して安全な通行を支援する交通インフラなど、官民学一体となった施策が展開されています。

 会津若松市(福島県)の取組も有名です。地域と市民とのワンストップデジタルコミュニケーションプラットフォーム「会津若松+(プラス)」を通じ、さまざまなサービスを提供。たとえば、GPSを搭載した除雪車の位置情報を提供したり、母子健康手帳の電子化、学校情報の配信など、10近くのアプリケーションがすでに稼働しています。アプリケーションをサービスごとに作ると、その都度サーバーやデータセンターなどを用意する必要があります。しかし、会津若松+のような基盤となるプラットフォームがあれば効率的であり開発費用も少なくて済みます。

 柏市(千葉県)の柏の葉スマートシティでの取り組みは、東日本大震災の際の計画停電がきっかけでした。同市が手がける太陽光発電や蓄電池などの分散電源エネルギーを街区間で融通し合うスマートグリッドの運用によって26%の電力のピークカットを達成し、省エネルギー、CO2削減を実現しています。

 札幌市(北海道)の取り組みも出色です。同市は健康寿命が短く(政令市中ワースト3)、自動車分担率の増加に伴う公共交通の衰退という課題を抱えていました。これを解決するため、地下空間の歩行と公共交通利用にポイントを付与し、市民の行動の変容を促しています。さらに、同事業から得られる人の流れや健康データなどを用いて、市民の行動モデルを構築し、将来的にはそれを都市整備に活用する計画です。

 前橋市(群馬県)もやはり、高齢化が進捗するなかで、自動車移動の比率が高く、公共交通が衰退しているという悩みを持っています。そのため、バス路線を抜本的に見直し、交通結節拠点のハイスペック化、アプリによる情報提供、低速電動モビリティ・GPS付きシェアサイクルといった新たな移動手段の導入、あるいは、自動運転バスの導入による運転手不足支援にも取り組んでいます。

 各省庁は、これら地域の積極的な取り組みに対し、支援を行っています。総務省の「データ利活用型スマートシティ」、国土交通省の「スマートシティモデル事業」、経済産業省と国土交通省の「スマートモビリティチャレンジ」などに、数多くの地方公共団体や民間企業、団体が参画しています。詳しくは「官民連携プラットフォーム」のウェブサイト(http://www.mlit.go.jp/scpf/)をご覧ください。また、内閣府のまち・ひと・しごと創生本部は、各省庁間の連携を強化するとともに、デジタル人材の育成・確保を実践。また、自動運転、ドローン、AI、IoTなど未来技術の活用に取り組んでいる自治体にハンズオン支援を行っています。

キーワードは「連携」

 ソサエティ5.0は、いわゆるデータ駆動型社会ともいわれています。個別分野ごとに採集したデータを別の分野に連携していくことで、よりデータの利活用が可能となります。しかし、データ形式がそれぞれ違うと、連携がうまくいきません。そのため、共通のデータ利活用基盤をつくり、各データをその基盤に合わせる形に標準化することで、ブロックをはめこむようにスムーズな連携を実現しようという取り組みが検討されています。(『戦略経営者』2020年1月号P14下図参照)つまり、アーキテクチャ(概要設計)をそろえて、プラットフォーム(都市OS)化するということです。都市OSにおいてデータのやり取りを行うAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェース)は、国際標準に準拠したものであればなおよいでしょう。

 そうすれば、地域において、スマートフォンなどの端末を使って防災、モビリティ、観光、医療などのアプリを必要に応じてダウンロードすることができるようになるのと似たように、別の地域で開発されたアプリをその地域に容易に実装することが期待できます。

 このデータ連携の取り組みは、内閣府の「戦略的イノベーションプログラム」(SIP『戦略経営者』2020年1月号P15図参照)で進められています。テーマごとにPD(プログラムディレクター)を選定し、PDは推進委員会を設置し、各省庁の研究課題をまとめ、研究機関や大学、民間企業と協力しながら研究開発を行います。SIPの第1期(14~18年)では、自動走行のためのダイナミックマップ(工事・渋滞等の情報を紐づけた高精度3次元地図)基盤の整備、基盤的防災情報流通ネットワークの災害での実用、農業データ連携基盤の構築などの成果を生みました。18年からは第2期がスタートし、「ビッグデータ・AIを活用したサイバー空間基盤技術」「自動運転」「スマートバイオ産業・農業基盤技術」「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」など12の領域において、PDのもと研究が進められ、来年度までには各分野間のデータ連携基盤をつくり、さらに22年までの本格稼働を想定しています。

成功への6つのポイント

 さて、地域のスマートシティ化に向けてはどのような取り組みを行えばよいのでしょうか。これを6つのポイントに分解します。

 第1に、その地域が解決すべき課題は何なのかをはっきりさせることです。国土交通省のニーズ調査によると、交通・モビリティ、観光・地域活性化、防災、健康・医療、エネルギー、環境が上位にあがりました。さらに、同省ではスマートシティの実現に資する技術の提案も受け付けているので、これらのニーズとシーズを整理し、うまく組み合わせて施策に反映させることが重要となります。

 第2に「方針・宣言」。地方公共団体では、庁内の情報システムを担当する方がスマートシティの担当を割り振られるケースが多いと聞きます。それでは業務量も過大となりがちで、また地域課題の対応を行っている原課の方との連携が問題となります。トップがきちんと方針を打ち出し、職員や市民にアピールする必要があります。例えば浜松市では今年10月、「デジタルファースト宣言」を行い、AIやICTなど先端技術を活用し持続可能な都市づくりを推進することを宣言しました。また、つくば市では同じく10月に「スマートシティ倫理原則」を公表。これは、個人データのセキュリティ確保や安全性を担保し、先端技術の社会への実装は常に〝市民のため〟であることを示す日本初の倫理原則でした。このような両市の毅然とした〝宣言〟は、他の団体も見習うべきものです。

 第3に、人材育成・組織整備も大きな課題です。東京都は近頃、次世代通信規格5Gのネットワーク整備を迅速に進めるため、デジタル技術に詳しい管理職を10名程度採用すると発表しました。しかし、シンガポールは約1000名、ニューヨーク市では約3000名のデジタル人材を抱えていると聞きます。諸外国の先進自治体と比較し日本の自治体におけるデジタル人材は圧倒的に足りていません。育成にはそれなりの時間がかかるので、まずは民間人材の抜擢や、兼業や副業という形で受け入れることも考えるべきでしょう。

 第4に「実施体制の構築」も課題のひとつです。柏市のUDCKでは、市や商工会議所、大学など7団体が共同で運営する任意団体で、複数のコンサルタント会社も加わりながら街づくりを多面的に支えています。また、変わったところでは、奈良市の平城宮跡歴史公園の「スマートパークチャレンジ」があります。ここではモビリティ、アプリ、クラウド、データプラットフォームなど課題テーマを提示しながら民間技術を公募、公園マネジメントの改善に関わる座組の創出を模索しています。

 第5に、もっとも大事ともいえる「ビジネスモデル」です。投資効果をどのように上げていくのか、あるいは受益者に対してどのような価値を提供するのかを考えた上で実装をしなければ、事業の継続性が担保できません。業務の効率化、サービスの拡充、公設民営モデルの活用、あるいはデベロッパーによる都市開発等、さまざまな選択肢もあり得るでしょう。事業性を分析し、収益モデルを構築することが大事です。

 最後に「制度設計」。加古川市(兵庫県)では、犯罪率の低減を目指し、市内に見守りカメラ1500台を設置しました。しかしながら、プライバシーの観点から市民からの反発が出ます。市では、見守りカメラの設置や運用に関する条例を制定、個人情報保護に関する法律や条例をベースにしながら、玄関や窓、ベランダなどは撮影しないような技術的仕組みを施しました。また、画像データの管理運用に関して警察署と協定を締結、犯罪防止の効果をひきあげる細やかな配慮も実施しています。

 ここまで縷々(るる)述べてきましたが、ソサエティ5.0の社会への実装を実現するには、全体を俯瞰(ふかん)して考えることが重要です。構成要素の関係性を可視化し、関係者の間での共通理解を図る。そうすることで、結果として各地にスマートシティが勃興する素地が整い、ひいては、中小企業がビジネスチャンスを得る可能性も増大するのだと考えます。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2020年1月号