ESGやSDGsなどという言葉が、ビジネスパーソンの口の端に頻繁に上るようになった今日この頃。ソーシャルビジネスを上手に展開しながら、社会貢献と利益創出を両立している中小企業を取材し、その秘けつを探った。

今どきのソーシャルビジネス

 関西在住のスイーツ好きなら、まず知らぬ人のないDariK(ダリケー)のチョコレート。2015年、創業からわずか4年で世界最高峰のチョコレートの祭典「サロン・ド・ショコラ」(パリ)への出展製品に選出され、以降4年連続でブロンズアワードを受賞したことが、その実力を証明している。現在、直営3店舗を持ち、京都の多くの高級ホテルと取引実績がある。カカオ豆が本来持つフルーティーな酸味と苦みの絶妙なバランスは〝子供の甘いお菓子〟とのイメージが根強い日本のチョコレートの常識を変えたとも言われる。

 2013年に税務顧問に就任した福島安信税理士は「チョコトリュフを一粒いただいたときに驚きました。本当にチョコレートかと……。これはすごい会社になるかも、という印象を受けたのを覚えています」という。

 最大の特徴はカカオ豆をインドネシアから調達し、発酵、焙煎といった前工程から各種チョコレート製造までを一貫して手掛けているところ。通常、チョコレートメーカーは、前工程を施した製菓用のブロック(クーベルチュール)を外部業者から購入し、それを溶かして製品にする。しかし、一般的にクーベルチュールは、加工しやすいように油脂が加えられている。そのため、カカオの香りは相対的に弱まり、油分の多さゆえに重たい印象となりがちだ。

 DariKの吉野慶一社長はこう言う。

「サプライチェーンを一気通貫で手掛けているチョコメーカーは日本では当社がパイオニアであり、世界でも珍しいのではないでしょうか。さらにいえば、現地法人がカカオ農家と一緒になって生産を手掛けている例は、極めて少ないと思います」

インドネシア・スラウェシ島へ

 はじまりは突然だった。「世界3位の生産量を誇るインドネシア産カカオのチョコレートがなぜ日本で見当たらないのか」。社会人3年目、ひょんなことからカカオ豆産地を記した世界地図を目にした際の疑問である。ちなみに、日本はガーナ産のカカオが市場の大半を占めている。

 当時の吉野社長の職業は金融アナリストで、昔から胸に湧き上がってくる疑問は解決せずにはいられない気性。チョコレート好き。学生時代はバックパッカー。何度も訪れた経験のあるインドネシアへの旅立ちに、何のハードルも存在しなかった。

「本当に単なる好奇心だったんです」という吉野社長。しかし、彼国への1週間の滞在が、人生を大きく変えることになる。

 インドネシアのスラウェシ島を訪れた吉野社長だが、近隣にホテルがないため現地のカカオ農家に泊まり込んで視察を行った。疑問はすぐに解消された。インドネシアのカカオ農家は、「発酵」の手間を省いて出荷していたのだ。

 おいしいチョコレートをつくるためには発酵という工程は必要不可欠。にもかかわらず、インドネシアのカカオ農家は、これを省き、欧米の大手食品メーカーに卸していた。それが廉価なチョコレート菓子となって市場に流通していたのである。なぜ、発酵がなされないのか。

 最大の理由は、発酵してもしなくても「販売価格が変わらない」こと。同じ価格でしか売れないなら、発酵という余分な手間をかける動機がない。吉野社長は納得して、インドネシアを後にしようとする。帰国前日。吉野社長をバイヤーだと勘違いしていた農家から「買わないのか」と迫られる。

「その時、はじめてインドネシアのカカオをビジネスの材料として真剣に考えました。もし、発酵させて高品質の豆を日本で販売したら、ガーナ産にとってかわることができるのではないかと……」

 出した答えは「買います」。

不条理を見過ごせない!

 無謀にも思えるこの決断には、吉野社長の二つの思いが込められていた。まず、ソーシャルビジネスへのこだわりだ。

 インドネシアのカカオ農家は、自らが育てている作物に無関心で、最終的にチョコになることを知らない人さえいた。とりあえず収入のために働いているだけで覇気が感じられない。いくら熱心に働いても販売価格は変わらないのだから、ある意味当然とも言える。

「彼らが、この状態で一生を終えるのかと思うとやるせないですよね。このような不条理に対して何もしないという選択肢もありますが、僕は何かをしたかった」

 もう一つは、吉野社長がこれまでの〝生き方〟を見直した上で湧き上がってきた思い。

 慶応大学→京都大学大学院→オックスフォード大学大学院→モルガンスタンレーという典型的なエリート街道を歩んできた吉野社長。

「これまで学歴や職歴のブランドの上に吉野という人間がいたわけですが、そのブランドを外してどこまでできるのだろうか。そんな考えが浮かんできたのです。つまり、この選択は、自分自身の力を試したいというチャレンジでもありました」

 購入したのは600キロのカカオ豆。とりあえず、大手菓子メーカーに、購入を検討してくれないかと電話をかけるが相手にもされず轟沈(ごうちん)。そうなると、自分でつくるしかない。チョコの製造機械メーカーを探し出して話を聞くと、購入には2億円かかることがわかる。万事休す……と思いきや吉野社長はあきらめない。

「チョコの製造工程である焙煎、摩砕、皮むき、精錬などの工程を区切り、それぞれにオーブンを使ったり、海外から中古の機械を取り寄せたりして対応。50万円ほどで製造できる体制を整えました」

 あとは「人」である。ハローワークで人材(パティシエ)を募集した。多くが応募してきたが、吉野社長がチョコづくりの素人だと知ると、がっかりして去っていった。ようやく残ってくれた1人もパティシエで、クーベルチュールからチョコをつくるのはできたが、前工程は経験がない。2人で一から研究をスタートする。文献を読みつつ、試行錯誤を繰り返しながら発酵方法はもちろん焙煎やコンチングの微妙な度合いを研究。一方、インドネシアの農家にそれらノウハウを伝達していく。

頑張れば報われる環境を

 2011年4月、5坪ほどだが待望の販売店をオープン。吉野社長がインドネシアを訪れたのは2011年の1月だから、わずかその3カ月後。電光石火である。

 当初は苦戦したものの、小さな店舗にもかかわらず1年もたたないうちに、京都のフランス料理店やホテルなどの関係者の間で評判となった。

 ここで吉野社長は出色の戦略を展開する。

 実は、それ以前にもさまざまな国際機関が、付加価値をつけるためにカカオ豆を発酵させる必要性を訴え、専門家をインドネシアに派遣したりしていた。ところが、発酵させることができても、それを高く購入する者がいなければ意味がない。単にフェアトレードを実践するだけでは、経済はスムーズに回らないということだ。

 ではどうしたのか。

 取引するカカオ農家には、厳格な条件を課する。ただし、その条件をクリアすれば、直近3カ月のカカオ豆相場の2~3割増しの価格で購入する──という戦略を打ち出したのである。

 その条件の中身とは、「アグロフォレストリー(混植)の実践など〝スタンダード7カ条〟をベースとした取引価格の設定です」と吉野社長は言う。

 アグロフォレストリーとは、多様な農林産物を共生させながら栽培する農法。森を育むことを目的としているが、吉野社長は、元金融マンらしく、これをもう一歩推し進め「農作物のポートフォリオ」として戦略化する。

「カカオだけの栽培だと、天候不順で収穫できなければ収入がなくなります。なので、収穫期の異なるほかの農作物を栽培する、あるいは、樹高の違う農作物をバランスよく植えることで、日光を引き込み収穫量を増やすといったことで、もっとも合理的な混植の組み合わせを考えるのが、われわれのアグロフォレストリーです」

 要するにリスクヘッジである。同社の契約農家は、カカオのほかにバナナやパイナップル、ココナッツなど10~15種類の農作物を栽培しているという。

「スタンダード7カ条」とは、そのアグロフォレストリーの実践をはじめ、発酵の徹底、無農薬・減農薬、児童・強制労働のないことなど、7項目のチェック項目を設け、全項目クリアをAランク、5項目以上クリアをBランクの農家として、それぞれ取引価格を定めるというもの。4項目以下の農家とは取引自体を行わない。

「ただ漫然と農作物をつくるのではなく、頑張れば報われる状況のなかでこそ、農家の方々は仕事に対する意欲を持てるのだと考えます。一般的なフェアトレードは〝高い価格で買いとってあげる〟という考え方ですが、当社のビジネスモデルは違います。農家自らが品質を高め、正当な市場競争のなかで高く売れるように努力する。それをお手伝いするのが当社の役割なのです」

 現在、取引している生産者は約500軒。DariKに販売するようになって、所得は1.5~2倍に増えているという。取引価格の上昇だけでなく、DariKの指導によって生産性も目に見えて向上したからだ。

ひたすらチャレンジ

 とはいえ、海外の農家を束ね管理する取り組みは、たやすくできるものではない。調達時だけ現地に飛んでカカオ豆を仕入れるやり方ではとても無理である。だからこそ、2016年にDariKは、インドネシアに現地法人を設立し、腰を据えてビジネスを展開していく体制を整えたのである。これにより、継続的な取引を望む生産者に安心感を与えることもできた。

 現地法人には、日本人駐在員1名と現地採用の職員20名ほどが常駐し、アグロフォレストリーの指導やスタンダード7カ条のチェックを日常的に行っているほか、「チョコづくり教室」や「カカオ農園ツアー」といった活動を展開している。

「チョコを食べたことがない人が、良い(チョコ)素材をつくれるはずはありません」と吉野社長。チョコづくり教室は、生産者が自作のカカオを持ち寄り、その場でチョコをつくってみんなで食べるというイベント。発酵済みのカカオと発酵していないカカオでつくったチョコを食べ比べ、発酵したカカオの方がおいしいことを実感してもらう機会にもなるのだという。ちなみにチョコづくり教室は、インドネシアだけではなく、フィリピンやコートジボワールでも、JICAやJETROなどと連携しながら実践している。

「カカオ農園ツアー」は、毎年夏に、日本の消費者をインドネシアの農家のもとに招待するもので、もともとはDariKのファンづくり戦略の一環。通常、カカオの生産者と消費者が顔を合わせることはないが、このツアーはそれを可能にした。サプライチェーンの両端を結びつけることで、ユーザーは自動的により熱烈なDariKファンへと変貌していく。

 最初はツアー客を〝ゲスト〟と呼んでいた生産者も、食事を提供するなど交流を深めるうちに〝ファミリー〟と呼ぶようになり、「無農薬を拒んでいた生産者が無農薬栽培に取り組んでくれるようになった」(吉野社長)という。ファミリーに農薬まみれのカカオ豆を提供するわけにはいかないというわけだ。

 DariKファンばかりではなく、お菓子メーカーや家電メーカー、大手商社などからも多数が参加するのもこのツアーの特徴だ。

「ESGやSDGsという言葉が叫ばれる中、ソーシャルビジネスのケース・スタディーとして視察されることも多いようです」と吉野社長は言う。

 ミッションは〝カカオを通して世界を変える〟──吉野社長のチャレンジは止まらない。例えば、国内生産だけではなく現地生産の体制を整えて、関税や物流コストのかからないより安いチョコレートをインドネシアの人々に提供していくという計画。さらに、コーヒーメーカーのように、上からカカオ豆を入れるとわずか1分でチョコレートが出てくるという画期的なマシンの開発。このマシンを日本のみならず全世界に普及させれば、インドネシアだけでなく世界の貧しいカカオ生産農家の販売ルートを確保できる。

「インドネシアのカカオ農家は約50万軒といわれています。そのなかで当社の契約農家はわずか500軒。今の数倍の農家が、当社の契約農家になることを希望しています。店舗展開だけではせっかくやる気になった契約農家の増加に対応できません」(吉野社長)

 つい先ごろ、パリで行われた展示会でこのマシンが出展され、全世界の製菓関係者から多くの引き合いがあった。DariKのビジネスはこれからが本番である。

(本誌・高根文隆)

会社概要
名称 Darik株式会社
設立 2011年3月
所在地 京都府京都市北区紫竹西高縄町72-2
売上高 約3億円(グループ)
社員数 15名
URL https://www.dari-k.com/

掲載:『戦略経営者』2019年12月号