プロフィール
もり・としひこ●1979年、東京大学経済学部卒。同年、日本銀行入行。シカゴ大学大学院留学(経済学マスター)、信用機構局参事役(バーゼル銀行監督委員会・日本代表)、金沢支店長、金融機構局審議役などを経て、2011年、金融高度化センター長。2014年、日本動産鑑定会長。2018年、商工中金アドバイザー。2019年、金融庁参与。

 金融検査マニュアルが公表された1999年当時、金融機関の不良債権比率は8%を超え、まさに非常事態だった。2000年代に入り、政府は国是である不良債権処理に取り組んだわけだが、その際に金融検査マニュアルが大きな役割を果たしたのは周知の事実である。ただし、副作用もあった。金融機関が担保・保証への過度の依存と信用保証協会の保証制度ありきの融資を行うようになり、借り手の事業性を鑑みながら融資を実行するという原理原則がないがしろにされる傾向が強くなってしまったのだ。

資金繰り新時代

 あらためて金融機関にとっての憲法とも言える銀行法第1条を見てみよう。「……国民経済の健全な発展に資することを目的とする」と明記されている。これを今風にかみ砕くと、「金融仲介機能を発揮しながら〝事業性〟に基づく融資や本業支援(伴走支援型融資)を行い、中小企業の営業キャッシュフローを改善することで、賃金、雇用などさまざまな指標を引き上げ、国民経済を発展させることこそが、金融機関の役割」というわけだ。

 多くの中小企業は、少子高齢化や人手不足などの非常に厳しい環境のなか、日夜果敢に挑戦し、事業リスクをとっている。金融機関が担保・保証をいくらとっても、中小企業が挑戦している事業リスクそのものが減じることはない。反対に、しっかり中小企業に寄り添う伴走支援型融資を実践することにより、経営者との信頼関係を築くことができれば、粉飾決算などによる融資の不良債権化を防ぐことが可能となる。

 金融検査マニュアル廃止(今年度中に廃止予定)の最も重要な含意は、「(金融機関が)向き合うべきは金融庁や金融検査マニュアルではなく、中小企業経営者である」ということだ。さらに、今春に公表された金融行政に関する指針を概観すると、「形式・過去・部分」から「実質・将来・全体」へと広げた新しい検査・監督を実現するための大転換が行われようとしている。まさに〝時は満ちた〟と言うべきだろう。

融資構造のゆがみを正す

 これからの金融機関にとって重要なのは「過去」ではなく「将来」のキャッシュフローである。融資の返済は数カ月~数年にわたって続くので、返済原資があるかどうかは、融資先企業の〝将来キャッシュフロー〟で判断しなければならない。だとすれば、事業性を評価し「正常運転資金」を見極めることがカギになってくる。

 例えば、Aというボールペンを100円で仕入れ200円で販売する場合、これだけを見るとプラスのキャッシュを生んでいるので、必要な資金は正常運転資金だ。しかし、BやCといったボールペンも扱い、それらの商品の返品や不良在庫がかさんで事業全体で赤字や債務超過に陥るケースもある。この場合、金融機関は、その企業にAのような正常運転資金を生み出せる商材があるかどうか見極めることが必要だ。同時にそれ以外の商品を区分し適切に対応することが求められる。つまり、正常運転資金に対応した商流を厚くし、それ以外の部分を早期にキャッシュ化し正常運転資金の原資として使うよう仕向けていくのだ。これが将来キャッシュフローを厚くすることにつながる。

 ここで問題なのは、金融検査マニュアルによる資産査定の厳格化がひとつの要因とされているが、正常運転資金に対する融資が近年、「短期」ではなく信用保証付きの「長期」として実行されてきたこと。この20年、国内銀行の融資残高あるいは長期融資が増加するなか、短期融資は一貫して減少を続けてきた(『戦略経営者』2019年9月号12頁図表1参照)。これは「融資構造のゆがみ」と呼ぶべき異常な事態だ。「運転資金は短期、そして長期借入金や自己資本は設備投資にあてる」というのが資金繰りの大原則にもかかわらずである。

 結果、多くの中小企業が「営業キャッシュフローは黒字なのに、なぜか資金繰りが苦しい」という状況に陥ってしまっているのだ。それだけではなく、金融機関の目利き能力の低下も招いた。なぜなら、長期融資では金融機関側は約定返済を待っていればよく、経営者と対話するなどして事業性を評価する必要性がないからである。こちらの方がより深刻な問題と言えよう。

 一方、短期継続融資では、常に企業をモニタリングすることが必要になり、当然、前述したような運転資金の「切り出し」も容易になる。結果として、売れ筋や死に筋の商材が刻々と把握できるなど動態事業性評価が可能になり、組織的・継続的な本業支援ができるようになる。

専用当座貸越を活用する

 さて、このような融資構造のゆがみを正すには、具体的には何から手をつければよいのだろうか。短期継続融資のひとつである「専用当座貸越」の活用がまず挙げられるだろう。専用当座貸越とは、実地調査と必要に応じて時価評価した棚卸資産をもとに正常運転資金を算出し、それに対応した極度額(出し入れ自由な融資枠)を設定する仕組みである(『戦略経営者』2019年9月号13頁図表2参照)。

 メリットは二つある。

 まず、無担保・無保証で資金繰りの改善と安定につながり、事実上の自己資本になること。約定弁済がなく、売れてキャッシュ化したら即返済に回せて金利負担も軽減できる。成長を続けるためのライフラインだ。大企業に比べて業績の浮き沈みが激しい中小企業にとって、事業継続に欠かせない仕組みである。

 二つ目は、資金使途が明確になること。当座貸越では、企業が金融機関に貸越請求書を提出するが、仕入明細をつけることで、借り入れた資金とその使い道である棚卸資産が紐(ひも)づけられる。キャッシュ化した資金は当該金融機関に振込指定をする。これで、金融機関はモニタリングができて、新たな仕入先や販売先の紹介など本業支援が持続的に可能となる。

 一方、「正常運転資金のための長期借り入れ」には、中小企業にとってのメリットはあまりない。長期借り入れによってまとまった資金が口座に入金されると、経費の支払い、賞与、手形決済、修繕とさまざまな用途に知らぬ間に使われてしまい、結果として「どんぶり勘定」の温床となってしまう。さらに、約定弁済のために過剰な資金繰り負担を長期にわたり背負い続け、金利負担も大きく、本業に集中できなくなる。

 金融検査マニュアル廃止が打ち出されるなどの金融庁の方針転換が浸透するにつれ、専用当座貸越に取り組む金融機関が増えてきた。そのような流れのなかで、巡回監査、月次決算、経営計画策定、書面添付、記帳適時性証明書などの採用を前提に、有利な条件での当座貸越商品をユーザーに提示する例も出てきている。なぜなら、金融機関の能力不足を補う形で決算書の信頼性を担保し、「事業性評価」に資するからである。これは企業経営者と税理士と金融機関の三位一体となった経営改善の努力が、資金繰りのみならず、本業をも持続的に改善させるという実例である。

「リレバン社長」のススメ

 中小企業の経営改善を支援していると、1社当たりの取引金融機関が以前よりも増えていると感じる。一昔前は、メイン行を含めて3行くらいと取引している企業がほとんどだったが、いまや10行と取引している中小企業も見受けられる。長期融資の約定弁済負担が大きく、別の金融機関に新たな融資を依頼する、といった行為を繰り返す企業が増えているためだ。結果、約定弁済が雪だるまのように増加し、リスケや廃業、破綻に追い込まれてしまう。

 経営者のなかには、数多くの金融機関と付き合いがあることを誇りに思う向きもあるだろうがそれは錯覚である。これからは中小企業経営者が、取引先の業績改善や成長支援に真に熱心な金融機関を「選択」する時代。そのための眼力強化がポイントになる。

 さらに、そのような眼力を強化する以前に、経営者の方々には意識改革をお願いしたい。金融機関がいくら「伴走型支援」に取り組もうと思っても、「税金を払いたくない」と決算書を改ざんしたり、金融機関からお金を借りたら「俺の金だ」と私用に使ってしまうような経営者には近寄らなくなる。

 経営者に大事なのは①誠実②やる気③キラッと光るもの……の三つだ。この三つを満たしていれば、金融機関は伴走可能である。たとえ赤字や債務超過であろうと、誠実に財務データを公開し、やる気を持ってイノベーションに挑み、経営者やその事業内容のなかにキラッと光るものが垣間見える企業であれば、十分、金融機関が支援するに値する。その意味で私は、こうした社長を、金融機関(バンク)とリレーションシップをとれる「リレバン社長」と呼んでいる。

 リレバン社長の資格を得るには、まずは、顧問税理士の支援を受けながら決算書の信頼性を確保すること。ここがスタートラインである。そして、繰り返しになるが、生産性向上、つまりは営業(将来)キャッシュフローの改善に取り組むこと。そのためには、やはり顧問税理士と手を携えながら経営計画の策定などを通して将来のあるべき姿のシミュレーションを繰り返し、気づきを得ることから始めてもらいたい。即実践である。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2019年9月号