書籍や雑誌の市場規模が縮小するなか、出版点数は右肩上がりに伸びているという。大量にリリースされる新刊本のなかで本当に役立つビジネス書は何か。読者目線のビジネス書コンテストの運営を手がけるフライヤーの井手琢人プロモーションマネージャーに聞いた。

プロフィール
いで・たくと●早稲田大学第一文学部卒業。2003年、株式会社WOWOWに入社、メディア事業部→営業企画部→プロモーション部に所属。2010年、株式会社あさ出版に入社、宣伝・PR担当として数々の書籍のプロモーションを手がける。2017年、株式会社フライヤーに入社、書籍のプロモーションや書店・他メディアとのコラボ企画を手がける。個人では「井手隊長」名義で全国47都道府県のラーメンを食べ歩くラーメンライター&ミュージシャンとして活動中。

──「読者が選ぶビジネス書グランプリ」が話題を集めています。

井手琢人 氏

井手琢人 氏

井手 おかげさまで2月に結果を公表した「読者が選ぶビジネス書グランプリ2019」で、4回目を迎えることができました。私は出版社で6年ほど宣伝を担当し、フライヤーに入社して2年半ほどになりますが、このように読者の投票によって選ぶスタイルのビジネス書のアワードは他に見たことがありません。ほとんどが書店や出版社が主催するもの、選考委員が選定するものですからね。

──ビジネス書に限定している理由は?

井手 ビジネス書の読者は、あらかじめ知りたいことが明確な点で、文芸書などの読者とは層がやや異なります。そのためビジネス書に関しては、「インターネット書店でちょっとした紹介文を見て買って読んでみたら、思っていた内容と違った」ということが結構あるのが実態でしょう。こうしたことはできるだけ少ないほうがいい。そこでエンドユーザーが読んで本当に良いと感じた本を直接投票して選ぶコンテストとして始まったのがこの「読者が選ぶビジネス書グランプリ」です。書店や版元、選考委員など国内出版業界ではなく、運営も当社やグロービス経営大学院、フォーブスジャパンなど第三者が加わっているところに特徴があります。

──ランキングはどのように決定していますか。

井手 2019年度でいうと、2017年12月から2018年11月までに出版されたビジネス関連書籍が対象です。イノベーション、マネジメント、政治経済、自己啓発、リベラルアーツ、ビジネス実務の6部門で表彰を行い、そのなかから「日本一のビジネス書(グランプリ)」を選ぶという仕組みです。投票者は当社が運営するビジネス書籍の要約サイト・アプリ「フライヤー」の会員をはじめとしたビジネス書の読者で、エントリー作品は各出版社5冊まで。これに主催者が推薦する作品を加えた計71冊で投票が行われました。エントリー作品はこのように選ばれるので、必ずしも売り上げ部数が多かった書籍が入るとは限りません。売れ筋でなくても読み応えがあり、「これは良い本だった」と人に伝えたくなる本が受賞しているのがこのアワードのよいところだと思います。

翻訳書の強さ目立つ

──グランプリは『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(スコット・ギャロウェイ著、東洋経済新報社)が受賞しました。

井手 GAFAとは、ご存じの通り、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの4強のことで、流行語大賞にもノミネートされました。この4社を騎士に見立てたイラストの表紙にはどんな人でもイメージをかき立てられることでしょう。
 今や私たちの日常生活に密着し、必ず1日のうちどこかのタイミングで触れている4社ですが、どんな技術やシステムを使ってわれわれの個人情報を取得し、活用しているかは一般人には不透明です。この本がグランプリを取ったということは、この状況に不安を感じ、自分がこれらの企業によって操られているのではという危惧を抱いている人が増えているということを意味しているのではないでしょうか。本書ではもちろん、この4強の世界が未来永劫(えいごう)世界を牛耳っていくわけではないことにも触れられていますが……。評価の高い翻訳書に共通していえますが、本書も絶妙な言い回しが随所に見られるなど翻訳家の文章がとても上手で、読み物としても純粋に楽しめる内容になっています。

──各部門で気になった本は?

井手 個人的には『破天荒フェニックスオンデーズ再生物語』(田中修治著、幻冬舎)が印象に残っています。同書は、巨額の債務超過に陥っていたオンデーズという眼鏡店の株式を個人で70%買収した著者の話で、企業を再生させていく過程を小説形式でつづっています。良質なドキュメンタリーのようでもあり、映画化されてもおかしくないほどドラマ性があると感心しました。しかも現在の業績は非常に好調で、あちこちで店舗を見かけるようになっています。田中氏は著名なインフルエンサーの1人ですが、インフルエンサーといってもピンキリで、田中氏のように分かりやすい実績がある人の本が評価を得やすい傾向にあると思います。この本はいまだにかなり売れていて、事業再生物語としては非常に勇気を得られるお薦めの一冊です。
 それから自己啓発部門の『前祝いの法則』(ひすいこうたろう・大嶋啓介著、フォレスト出版)も一風変わったテーマで面白い。前祝いとは、例えば大学受験の日より前に「おめでとう」とお祝いすることによって、つまり先に祝うことで自らのテンションを上げ未来を変えていこうという考え方。本書によると、実はこの前祝いは「予祝」という日本古来の風習で、お花見の習慣もその年の豊作をあらかじめ祝ったものだそうです。高校野球では国学院久我山(西東京)や星陵(石川)の選手たちがこの本を読んで甲子園出場を決めたり、阪神タイガースの矢野監督の愛読書だったりすることも話題になっています。

──受賞作品は全部読みましたか。

井手 もちろん一通り目を通しています。せっかくなので残りの部門の受賞作品も簡単にご紹介しましょう。『ティール組織』(フレデリック・ラルー、英治出版)は、受賞作品のなかでもっとも読破するのが難しい本で、私もフライヤーの要約を読んでから手に取りました。12カ国語で翻訳されるなど、新しい組織の考え方としてバイブル的な扱いを受けています。
『ホモ・デウステクノロジーとサピエンスの未来』(エヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)は、前年のグランプリを獲得したベストセラー『サピエンス全史』の続編です。前作は人類がこれまでにたどってきた過去について扱っていましたが、同書の特徴はこれから人類が目指すであろう方向性について述べられていること。「ホモ・デウス」とは「神の人」という意味で、飢餓や疫病、戦争を乗り越えた人類は今後、不老不死や幸せ、新生を目指して「神の人」にアップグレードする――こうした想像を絶する世界が待っていると著者は主張しています。リベラルアーツにぴったりのスケールの大きな本だと思います。
 最後はビジネス実務部門の『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』(伊藤羊一著、SBクリエイティブ)。ヤフーアカデミアの学長を務める著者が論理的な話し方やプレゼンについて解説する内容で、上手に起承転結を構成し立て板に水のように話す必要は全くなく、たとえ口下手でも短いセンテンスでズバッと伝えることが重要だと主張しています。この本は部数的にも伸びました。

ロングセラーが増える傾向

──出版業界の動向やビジネス書の近年のトレンドについて教えてください。

井手 出版不況や活字離れが言われて久しいですが、実は書籍の新刊点数は右肩上がりで増え続けています。2018年の出版年鑑によると2017年の書籍の出版点数は年間約7.5万冊で、1989年の約2倍に達しています。
 そのうちビジネス書のジャンルでは、年間6000冊もの新刊が出ていると言われていますが、一昔前とは本の売れ方が変わってきたように感じています。大ベストセラーが出づらくなる一方、ロングセラーが増えてきたのです。かつては売り上げランキングにランクインしている本の顔ぶれが週ごとにがらりと変わるということがよくありましたが、最近はトップ3がしばらく変わらないということがよくあります。なかには2~3年前に出版された本が再びランキング上位に入ってくることも珍しくありません。人が本に求めるものが変わってきているのではないでしょうか。

──ロングセラーが多いというのは意外ですね。

井手 最新の情報や速報性の求められるニュース、空いた時間にちょっと調べたいものはすべてスマホで完結させることができますからね。そうした情報と、本でこそ読みたい情報を読者はしっかり区別しているのではないでしょうか。
 もちろん編集者によっては、本作りにかける時間をなるべく短くしてホットな情報をホットなタイミングで届けることを最優先させる、いわば週刊誌をつくるような感覚で書籍をつくっている例もあります。これはロングセラーを目指すのとは真逆の動きで、この二つの本の作り方が今後どうなっていくのかは注目ですね。最初から短期間で利益を最大化するのが目的となっている本と、数年にわたってランキング上位にとどまり続けるロングセラーを目指す本との二極化が進んでいるのが現状だと思います。

「アウトプット」の技術に関心

──評価の高いビジネス書の最新動向について教えてください。

井手 なんといっても「アウトプット」の重要性をテーマにしている本でしょう。デジタル化が進み情報量が急速に増え続ける過程で、知識と情報をいかに効率良く仕入れるかという「インプット」の技術がこれまで着目されてきました。しかし昨今はそれらの知識や情報をどのように活用し実践するか、つまり「アウトプット」の技術がビジネスで求められるようになってきています。
 フライヤーは7月、2019年上半期の閲覧数上位10冊のランキングを発表しましたが、『学びを結果に変えるアウトプット大全』(樺沢紫苑著、サンクチュアリ出版)、『メモの魔力 The Magic of Memos』(前田裕二著、幻冬舎)が1、2位となり、いずれもアウトプットに関連した書籍となりました。
 このランキングはフライヤーの有料ユーザーによる閲覧数に基づいています。彼らはお金を払って要約を読んでいるわけですから、読書に対してかなり前向きな人たち。この有料会員によるアクセス数に基づいたランキングなので、選ばれた本の価値はかなり高いとみてよいでしょう。必死になってアウトプットのスキルを磨こうとするビジネスパーソンの姿を想像することができます。

──その2冊はどんな内容ですか。

井手 最初の『アウトプット大全』は40万部を突破したベストセラーで、ビジネス書市場をけん引する存在です。本書は日本で初めて体系的にアウトプットの手法を解説した本ですが、イラストをふんだんに使って極めて分かりやすくまとめたという点に尽きるでしょう。私も読んでいて「これがほしかったのよ」と思わずうならされました。売れるべくして売れた、ビジネス書の範囲を超えた傑作といってよいと思います。
 2位の「メモの魔力」は著名なインフルエンサーで、ベンチャー企業「SHOWROOM」の経営者として知られる著者の2作目です。前作の『人生の勝算』は自伝的な内容だったのに対し、この本ではメモしたものをいかに自らのアクションに転用するかについて詳しく述べています。デジタル全盛のこの時代にメモというアナログな手法がかえって目新しさにつながったのか、かなりの注目を集め、上半期の書店売りではビジネス書の売り上げナンバーワンを記録していたと思います。

──読書離れについてどのように考えていますか。

井手 多くの経営者の方は社員に本を読んでほしいと思っていますが、どうやればいいか非常に悩んでいます。かつては社長が全社員分の書籍を購入し、各社員の机の上に置いて配ったという話をよく聞きましたが、今の時代にそんなことをしてもまず読んでもらえません。若手社員を読書に向かわせるハードルが上がっているなか、どうやって本を読ませるのかは難しい問題ですが、実は私はそんなに悲観していません。
 かつて私は放送業界に勤務していて、数年前に一度戻るチャンスがありましたが、結局出版業界を選びました。それは放送法や放送倫理による縛りがきつい放送業界とは対照的に、出版業界が極めて多様性と自由に満ちあふれているからです。
 実際面白い本や役に立つ本は毎年数多く出版されています。そうした本に出会うきっかけさえあれば、きっと誰もが読書の楽しさに目覚めてくれると思います。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2019年9月号