経済成長を実現する一つの手法として政府が推進する「規制改革」。話題にのぼりにくいニッチなルール変更でも、中小企業に大きなチャンスが開けることもある。最近行われた規制改革とそれを活用して新規事業創出などにつなげた事例を取材した。

プロフィール
かわもと・としお●総務省を経てNTTデータ経営研究所に入社。中長期の成長戦略立案、新規事業開発、事業構造改革を得意とする。スポーツ・不動産・メディア・コンテンツ・教育・旅行・HR・街づくりなど幅広い領域が守備範囲。著書に『マイナンバー社会保障・税番号制度-課題と展望』、『ソーシャルメディア時代の企業戦略と実践』(ともに、金融財政事情研究会)などがある。
規制改革でチャンスをつかむ

 ビジネス書の名著『ブルーオーシャン戦略』では、競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海、血で血を争う競争の激しい領域)」とし、競争のない未開拓市場である「ブルーオーシャン(青い海、競合相手のいない領域)」を切り開くべきだと説いている。しかしブルーオーシャンはそんなに簡単に見つからない。大抵の領域はすでにほかの事業者が参入済みで、運よく見つけたとしても、すぐに競合がまねをしてくるだろう。競合とは異なるポジションを意識するあまり、新規ビジネスの軸が定まらなくなってしまうこともある。ブルーオーシャンといっても、よほどのイノベーションを起こせるような会社でなければ、新しい価値を生み出して生き残ることはできないのである。

 では新規事業の戦略をどのように立てればよいのか。そのひとつの答えは、無意識に検討段階で排除してしまっている領域、規制があるためにビジネスができないと思われている市場を狙うことだ。規制という防波堤に囲まれている内側には、競争相手の少ない水面が広がっているからである。

 かつて総務省に勤務していた経験からいうと、法規制が未来永劫(えいごう)変わらないということはない。競争環境をコントロールして適正化し、消費者や国民にとって利便性の高いサービスを実現するのが行政の目的だからである。この改革の流れを止めることはできない。

 確かに対応が後手後手になってしまう側面は否めないものの、それでも規制改革のスピードは昔に比べ格段に速くなっていると思う。エアビーアンドビーの進出で民泊のルールが正式に整備されたり、ドローンを使った宅配事業の実証が千葉県千葉市で行われたりしているのがその好例だ。

IT化が進む不動産業

 規制改革によって新規参入した代表的な例を振り返ってみよう。航空業界ではJALとANAの2社以外にも門戸が開かれた結果、1998年にスカイマークが参入した。銀行業界ではセブン&アイホールディングスがアイワイバンク(現在はセブン銀行)を2001年にスタート、いまや消費者にとってなくてはならないインフラになったコンビニでのATM網を構築している。

 電力業界では2000年に参入したエネットが有名で、売上高2400億円を超える企業に成長した。携帯電話業界ではワイモバイル(現在はソフトバンク)に言及しないわけにはいかないだろう。

 ①参入企業が少なく寡占状態で、価格が高止まりしている②技術革新で急速に市場が拡大しているが、担い手が旧来のプレーヤーに限られる③ビジネスモデルが数十年も変わっていない――こうした業界で規制改革が行われると、一気にビジネス機会が拡大する。いずれの会社も売上高数千億円規模の大企業になっているのがその証明といえるだろう。

 さて業界ごとに課せられている主な規制とそれを改革する動きについてまとめてみよう。まずは不動産・宿泊業だ。適用法規は、宅地建物取引業法やマンションの管理の適正化の推進に関する法律、建築基準法などが有名。何かとIT化の遅れが指摘される不動産業界だが、それでもVR内見が普及するなど「不動産テック」と呼ばれるITを活用したサービスは拡大しつつある。

 例えば現在、不動産仲介業務などにおける「重要事項説明」についてIT化に向けた実証が行われている。これまで書面を確認しながら宅地建物取引士が対面で説明をしなければならなかったが、インターネットを介したビデオ通話でこれを可能にする試みだ。さすがに全面解禁は難しいので、社会実験を通じた改善点の抽出やリスクのあぶり出しが進められている。まずは法人間売買の社会実験がスタートし、次に個人の賃貸でも本格運用が開始され、今後は個人の売買取引でも社会実験が行われる予定になっている。

医療・介護分野でも改革進む

 次は金融業である。銀行法、保険業法、金融商品取引法、貸金業法、貸金決済法などが主要な法規制だ。規制産業の代表格ともいえる金融業界だが、フィンテックといった言葉に象徴されるように改革のスピードも速い。

 例えば「P2Pレンディング」「ソーシャルレンディング」などと呼ばれる融資型クラウドファンディング。これはインターネットを用いてファンドの募集を行い、ファンド業者が投資者からの出資を企業等に貸し付ける仕組みのことで、これまで借入人保護のために借入人の匿名化・複数化をすることで投資家が個別に貸金業登録しなくてもよいという制度があった。これを金融庁が、投資家への情報開示を図る観点から運用ルールを整理。貸金業登録を経ずとも投資家への借入人に関する情報開示を行うことができるとの解釈を示した。このことにより参入事業者のビジネスの自由度が上がり、市場が活性化することが期待されている。

 医療・介護分野の規制改革も幅広い業界に影響を与えるだろう。医師法、健康保険法、薬事法、介護保険法、健康増進法などが規制法規になるが、医療についてはオンラインでの服薬指導に注目している。すでに薬の対面販売はオンラインでも可能になっていたが、国家戦略特区で限定的に認められていた服薬指導が全国解禁されるというもの。ITの有効活用で患者自身および薬局が服薬情報の管理を行うことで、他の薬局や医療機関などとの情報連携がより効率的になるだろう。

 ケアマネジャー、ヘルパーなど要介護者の支援にかかわっている関係者は介護日誌等の記録を付けている。しかし医師はそれらの情報を参照できないため、医師の判断が必要な場合は個別に電話をして確認する必要があった。医療情報の連携が進めば、食事の内容や体の調子についてヘルパーが記録した情報を医者がすぐに確認することが可能になる。

 このようにIT技術の発展で規制が誕生した時代には想像もできなかったサービスがたくさん世に出てきた。そうした事業領域に中小企業やベンチャーが参入しているのも特筆すべき動きである。インフルエンザ検査キットとビデオ通話アドバイスを組み合わせたMICIN(『戦略経営者』2019年7月号16頁)、外国人旅行客がホテルにチェックインする際にパスポート情報を指紋認証で呼び出す仕組みを開発したLIQUIDなどがその代表例だ。

求められる経営者の熱意

 保育の分野では、質の高い保育施設の整備が喫緊の課題となっている。例えば大阪市は、市からの要請で開発事業者が保育所併設マンションを建設した場合には、マンションの住人が優先的に併設した保育施設に入園できる制度をスタートした。このことにより入園者数の確保がしやすくなり、マンション事業者に保育所併設に対するインセンティブを与えることが期待されている。

 農業・林業の分野も注目だ。日本には所有者不明の耕作放棄地がかなりあるが、そのまま放置されるのはもったいない。そこで一定の条件を満たせば、都道府県に設置されている「農地中間管理機構」が利用権を設定できるようにするための議論が続いている。

 また日本には膨大な広さの国有林が存在するが、産業の育成にはほとんど役に立ってこなかった。そこで民間の事業会社が国有林の伐採から販売までを行える改正国有林法が6月に成立し、民間企業の新規参入が期待されている。

 行政サービスのデジタル化も見逃せない。中小企業の事業機会の拡大につながる可能性があるからだ。政府系機関が情報システムを構築する際などは、政府調達の入札手続きを経て事業者を決定するのが通常だが、海外ではこの入札手続きをオンライン上のマーケットプレースによるマッチングで行っているところもある。大規模なIT企業が大半を占めていたのが中小ベンダーでも容易に参加できるようになり、実際英国では中小企業の参入割合が増加する効果があったという。政府や自治体向けの調達について中小企業の参加が拡大する可能性は高い。

 では規制改革をチャンスにつなげ、成功する秘訣(ひけつ)は何だろうか。対象業界に対する専門知識、収益を生み出すための仕掛けづくり、政府へのロビーイング活動などテクニックや戦術を要することはもちろんだが、それ以上に重要なことは次の3点である。

 ①ビジョン 業界の現状に対する強い疑問を持ち、誰のどんな悩みを解決したいのか、社会課題の解決を通じどのような世界を創り出したいのかという明確なビジョンがまず必要である。

 ②座組み・パートナー ビジョンを形に変えるためには、自社に不足するリソースを補う必要がある。一緒に同じ方向を向いて動いてくれる同志やアライアンスパートナーの存在が欠かせない。

 ③実行力 なかなか結果が出ない状況の中で社内の反対を押し切り、最後までやり抜く経営者の力が前提になる。既成概念にとらわれずあらゆる努力で突破する力と言い換えられるだろう。

 この業界を変えていきたいという強い意志と仲間の存在、そしてやり遂げる力が継続し、行政側にもそれをくみ取る環境があり、双方の思いがかみ合ったときにはじめて規制が改革される。そして当然のことだが、規制が変わる前から準備し、どこよりも先に動いた企業に先行者利益が多くもたらされるのである。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2019年7月号