企業のマーケティング戦略として注目を集めている「オウンドメディア」。ホームページや紙媒体など従来型の情報発信と何が違うのか。運用・制作の基礎知識と活用事例を取材した。

プロフィール
ふかや・あゆみ●東京外国語大学外国語学部卒業。ユニゾン(現Nico)にて官公庁向けドキュメント制作やマニュアル制作などに従事後、インプレスIT(現インプレス)にてエンジニア向けメディア「ThinkIT」の編集・記者となる。2009年から1年間の渡米を経て「Social Media Experience」を立ち上げる。2011年4月より現職。ソーシャルメディアやブロクを活用したコンテンツマーケティング支援を行う。Webメディア、雑誌の執筆に加え、講演活動、動画制作も行う。またフェレット用品を扱うオンラインショップ「Ferretoys」も運営。
オウンドメディアの可能性

Q1 オウンドメディアとは何のことですか。

 オウンドメディアとは、自社で所有(own)、管理しているメディア(媒体)のことを指します。自社が保有しているので、コンテンツの管理は自社が行います。自社で構築したメディア上に自社が管理してコンテンツを配信していれば、ウェブサイトやブログ、ECサイト、メールマガジン、スマートフォンアプリなどもオウンドメディアに含まれます。もちろんオウンドメディアはオンライン上だけとは限りません。自社で作成した会社案内やカタログ、パンフレットなどの紙媒体、DVDなどの記録メディア、イベントやセミナーの開催などもオウンドメディアに含まれると考えてよいでしょう。

Q2 オウンドメディアの他にどんなメディアがありますか。

 マーケティング活動においては、オウンドメディアにペイドメディアとアーンドメディアの二つを加えた「トリプルメディア戦略」という考え方が一般的です。ペイドメディアは外部のメディアなどに料金を支払って(pay=支払う)コンテンツを掲載するメディアのこと。広告がこれに該当します。最後のアーンドメディアとは、情報の拡散によって信頼や評判を獲得する(earn=得る)メディアのことを指します。
 情報の拡散に利用されるメディアは、口コミやソーシャルメディア、一般人のブログ、掲示板などです。数年前からよく見かけるようになった、オンライン上のコンテンツを選別してまとめたキュレーションサイト、レビューサイト、口コミサイトもアーンドメディアと考えてよいでしょう。新聞やテレビなどのトラディショナルメディアに取り上げられる場合でも、費用が発生していなければアーンドメディアと同等の効果を持つことになります。言うまでもなく、フェイスブックやツイッター、ユーチューブ、ライン、インスタグラムなどのソーシャルメディアはアーンドメディアの代表格ともいうべき存在です。

Q3 3つのうちでオウンドメディアが注目を集めている理由は?

 トリプルメディアの基本的な考え方は、3つのうち1つだけ運用すればよいのではなく、3つを連携させながら最大のマーケティング効果を得るというものですが、メディアをめぐる環境は時代とともにそのバランスが変化しており、その変化の中で最近クローズアップされているのがオウンドメディアというわけです。
 これまでは企業の発信力が弱かったので、多くの人に情報を届けるためにはペイドメディアに頼りがちでした。ところがインターネットの普及により、トラディショナルメディアに接触する人の数が減少傾向にあり、代わってソーシャルメディアによるアーンドメディアが一気に拡大しました。しかしアーンドメディアは、基本的に企業がコントロールできないという弱点を抱えています。
 企業が運用するページの発信情報はもちろん企業が出すわけですが、それがどのような形でシェアされるか、どのようなコメントが付くかは分かりません。拡散によって評判になることもあれば、逆に「炎上」するリスクもあるのです。ペイドメディアの減衰とアーンドメディアの隆盛という環境の変化に合わせて重要性を増しているのが、オウンドメディアなのです。

Q4 3つのメディアの具体的な関係性は?

 例えばある企業がプロモーションのためのキャンペーンサイトを会社ホームページとは別に立ち上げたとします。自社で運用しているこのオウンドメディアからキャンペーンの内容を発信し、ソーシャルメディアでシェア。そのキャンペーンに参加した人や興味を持った人がさらにシェアすることで情報が拡散されます。また、この企業の予算に余裕があればフェイスブックやツイッターなどのオンライン上で広告を配信(ペイドメディア)することもできるでしょう。このように、まず情報を発信する際にオウンドメディアを起点にするケースが最近かなり増えてきています。

Q5 オウンドメディアのメリットは何ですか。

 オウンドメディアからの情報発信を通して、自社の専門性や事業に対する真摯(しんし)な姿勢、ユーザーを喜ばせる取り組みを伝えることで、信頼を獲得することができます。「あの企業なら安心」と信頼されることは、短期的な利益だけでなく、長期的な関係構築に大きく貢献します。しかし自由に管理できるからといって、自社に都合の良いことばかりを並べていてはいけません。そのような情報発信は、信頼獲得につながらないばかりでなく、そもそも読まれない可能性すらあります。
 今は検索や口コミサイトなどさまざまな手段を使って消費者自らが調べる時代です。顧客や見込み顧客、潜在顧客にとっての「お役立ち情報」「真に価値のある情報」を発信することが大前提であることを肝に銘じましょう。そうした記事は、ソーシャルメディア上の友人関係などを通じて自然に拡散されます。多数のフォロワーを持ち、購買意思決定に大きな影響を与える「インフルエンサー」と呼ばれる人たちに取り上げられた場合、シェアが一気に広まり、オウンドメディアへのアクセスも飛躍的に増加する、いわゆる「バズる」状態になることもあります。

Q6 オウンドメディアが対象とする顧客層は?

 オウンドメディアを使った情報発信は、すでに買いたいものが決まっている人よりも、ニーズが顕在化していない潜在顧客、見込み顧客に訴えかけることに適しています。プロフェッショナルな視点に基づいた質の高いコンテンツを用意しておけば、検索やソーシャルメディアなど何かのきっかけでその情報を見た人や企業が、すぐに購入することがなくても、なんとなくサイトやお店を覚えていることがあります。その会社が提供しているサービスや製品が実現しようとしているコンセプトや解決しようとしている課題にまずは気づいてもらうこと、ここにオウンドメディアの重要な役割があります。
 また認知だけでは売り上げに結びつきませんので、その後どういうステップで購入に至るかを想定したカスタマージャーニー(顧客が商品に関連する情報や接点をどのように経由して最終的に購入まで結びつくかを旅になぞらえたもの)の考え方を取り入れるとよいでしょう。つまり一緒に旅をしながら「顧客を育成」するのです。その後、購入してくれるロイヤルカスタマー、ブランドを愛し積極的な情報発信をしてくれるファン、他の人にもすすめてくれるアンバサダーになってくれるのが理想です。

Q7 コンテンツの内容にはどのような種類がありますか。

 おおよそ次の4つのパターンが考えられます。まず企業経営者がどんな思いで事業に取り組んでいるか、業界動向についてどのように考えているか、働き方やスキルアップについてどのような意見を持っているかが書かれているいわゆる「社長ブログ」。2つ目がサービスに関連する情報をコンテンツ化するオウンドメディア。サービスの活用情報や業界の最新ニュースを配信することで、自社サービスへの誘導を図るものです。
 3つ目がサービスの導入事例や活用事例についてインタビュー取材を行い、記事風にまとめるもの。実際に導入した企業の担当者の生の声や写真、動画を交えることで生き生きとしたコンテンツになります。最後が、生活の知恵から最新の便利ツール紹介まで特定の分野に特化したハウツー系の記事。大きなアクセス数がなくても、本当にその情報を必要としている人が訪れるので、ロングテールのコンテンツ戦略が可能になります。

Q8 運営方針や目的の設計はどうしたらよいでしょうか。

 まず自社がすでに行っているマーケティング戦略の現状を洗い出してみましょう。オンラインかオフラインかを軸として、認知・集客施策、接客施策、リピート促進など分野別に整理してみると分かりやすいと思います。そのうえで現状手薄になっている部分なのか、それともすでに対策している部分をさらに強化するのか方針を明確にし、オウンドメディアの運営を通じて達成したい目標を定めます。具体的なゴールは業態や業種によって異なりますが、「売り上げアップ」「顧客のロイヤルティー向上」「ブランド認知」「エンゲージメント(つながり、交流)」などが考えられるでしょう。目的を明確にしてはじめて、オウンドメディア内のコンテンツやソーシャルメディアの活用について方向性が定まります。また目的に応じたKPI(評価指標)には、ページビュー(PV)やユニークユーザー数(UU)、コンテンツの公開本数、特定キーワードの検索エンジン表示順位、問い合わせ数や資料ダウンロード数などがあります。

Q9 オウンドメディアの運用にはどんな人材が必要ですか。

 ブログメディアを運用する上で欠かせない作業と役割を例にとって、どのくらいの作業と人が必要なのか見ていきましょう。まずコンテンツ全体の編集責任を負い、ブログ全体の方向性やターゲットの選定、予算確保と配分、他部署との調整を行う編集長。それから企画に従って関係者の調整や成果物の最適化を行う編集者。それから記事の執筆や図版の作成、写真撮影、コーディングなどを行うコンテンツ制作者、公開したコンテンツのアクセス、ユーザーの行動などを分析して評価するアクセス解析担当者などです。
 いろいろな企業のオウンドメディアの運用体制を聞いてみると、1~5人くらいの小規模で運用している場合がほとんどで、他業務との兼務である場合も少なくありません。中小企業の場合、最初から大きな予算をコンテンツ制作に充てるのは難しいので、まずは内部でコンテンツ制作と公開を行い、反応をみて外部委託するのか判断するのがよいでしょう。編集担当者が1人で、記事の執筆は各部署で持ち回りでやるというケースが想定されますが、注意したいのは更新が止まらないように気をつけること。そのためには、空いた時間で仕方なくやるのではなく、本業と同等のタスクとして取り組む体制を構築しなければなりません。経営者のリーダーシップのもと、オウンドメディアの運用を全社的に推進していく意思を社内で共有することが大切です。

Q10 外部委託するとどのくらい費用がかかりますか。

 独自ドメインを取得して一般的なCMS(コンテンツ管理システム)でブログを運用する場合を考えてみましょう。まずドメイン取得やレンタルサーバー初期費用、CMS構築費用、サイトデザイン費用などのイニシャルコストがかかります。有名デザイナーなどに依頼する場合は数十万円ほどかかることもあるようです。また定期的にかかるコストとしては、レンタルサーバー代やブログ記事ライティング費用、使用する画像の費用、コーディング費用などがかかります。外部の専門家に取材から記事の執筆まで依頼する場合は、1記事当たり最低数万円からを目安にしてください。

Q11 インターネット上の画像を利用するときの注意点は?

 オウンドメディアでの記事投稿で、注意するべきは「著作者人格権(著作権)」「肖像権」「商標権」の3つです。
 他の人が撮影した写真、制作したイラストなどを使うときは、利用の許諾を得る、または購入するようにしましょう。人物の撮影をするときは、被写体となる人に撮影の同意を得るようにします。その際同時に、写真の利用目的や利用媒体についても説明してください。商標権は、登録されている商標を排他的に利用できる権利で、知的財産権の一部になります。商品やサービス、ロゴなどが画像に写り込んでいる場合、権利者の確認が必要になる場合があります。
 繰り返すようですが、第三者の著作物を許可なく利用したり、個人の許可なく撮影したりすることは絶対に避けてください。仮に写り込んでしまった場合は、加工して処理するといった対応をとり、判断に迷う場合は、公開しないようにしましょう。写真素材サイトなどで販売されている画像は、こうした権利の問題がクリアになっているものがほとんどなので、そうしたサイトの利用を検討するのも選択肢の一つです。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2019年4月号