景気回復の継続期間は、戦後最長の「いざなみ景気」にあと一歩のところまで迫っている。しかし一方で、「実感を伴わない(景気回復)」と指摘する向きも……。はたして2019年の日本経済は、どちらの方向に進み、どのような影響をわれわれに与えるのだろうか。日本総合研究所の湯元健治副理事長に予測してもらった。

プロフィール
ゆもと・けんじ●1957年、福井県生まれ。京都大学経済学部卒業後、80年、住友銀行入行。調査第一部、経済調査部などを経て92年、日本総合研究所調査部主任研究員海外チームリーダーに。その後、経済戦略会議(故小渕首相の諮問機関)事務局主任調査官、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)などを歴任。09年、日本総合研究所理事。12年、同副理事長、18年、同副理事長兼シニアエグゼクティブエコノミストに就任、現在に至る。

 日本経済の景気回復は、安倍政権発足とほぼ同時に始まり、2018年11月で71カ月に達した。戦後、最も長かったのは、いざなみ景気の73カ月で、それに次ぐ記録である。現状、景気後退要因はあまり見当たらず、記録更新は時間の問題と思われる。ただ、巷間(こうかん)言われている通り、「力強さ」や「実感」に欠けているのは確かだろう。データを細かくみると上昇、下降を繰り返しながら、ようやく回復基調を保っている印象が強い。また、2018年は自然災害が重なり、それが景気の下ぶれ要因となっている。家計を見ると、賃金の上昇力が相変わらず弱く、産業界に目を転じても、大企業では増収増益が続く一方で、中小企業は業種や地方によるバラツキが目立つ。

「回復」から「拡大」へ

 2018年のGDP年率成長率は、1-3月期が前期比マイナス1.3%、4-6月期がプラス2.8%、7-9月期がマイナス2.5%と足踏みしている。企業業績を見ても、4-9月の中間決算は、史上最高益を更新した企業が多かったが、7-9月期に限ってみると半数がマーケットの見通しに届いておらず、自社目標にも3割の企業が未達である。純利益も頭打ち。株価の動きを見ても、2018年はアップダウンが2度あった。2月初めに急落して、そこからじわじわと戻ったが、10月に再び米国で株価が急落し、日本市場も連動した。年末にかけて日米とも株価が乱高下しており、今後3番底も懸念される状況だ。これが、企業の決算に影響することも考えられる。

 外国人観光客が2018年9月に、5年8カ月ぶりにマイナスとなったことも少なからず日本経済にダメージを与えた。しかしこれは、台風21号など自然災害による関西国際空港閉鎖が主な原因であり、同空港が再開(9月21日)されて以降は最悪期を脱し、前年並みに戻りつつある。

 日本経済の景気上昇の駆動力は個人消費、設備投資、輸出である。まず個人消費だが、小売り分野については夏場にかけて業績が前年割れの百貨店が見られたりもしたが、基本的に外国人観光客で潤っている。外食は販売単価、客数ともプラス、自動車販売も元に戻した。設備投資は7-9月期は米中貿易戦争への様子見から前期比大幅なマイナスだったものの、2018年に入っての日銀短観の数字を見ると、製造業で16.5%の伸び、非製造業もプラス4%を記録している。輸出は心配な部分はあるものの、大きく下降する可能性は少ないというのが大方の見方だ。

 これらを総合して考えると、2019年のGDP成長率は1.0%のプラスと予想する。日本経済の潜在成長力は1%程度であり、これを上まわれば需要が供給を上まわっているということを意味する。政府も景気「回復」から「拡大」へと表現を変えてきている。自然災害の影響を除けば、着実に景気回復が進んできているといえるだろう。景気回復の戦後最長記録達成は、ほぼ間違いないと見ていい。

消費税上げの影響は軽微か

 とはいえ、リスクはある。プラス1.0%という成長率も、以下のリスクが大きく顕在化しないという前提での話である。

 一つ目は2019年10月に予定される消費税率引き上げだ。前回、2014年の税率引き上げ後、1年以上にわたって消費が低迷した過去の経験があるだけに、不安の声が上がるのも当然だろう。しかし、今回の引き上げに伴うマイナスの影響は、前回の半分程度にとどまるとみている。なぜか。

 まず、前回の3%に対し、今回は2%と引き上げ幅が小さいこと。さらに軽減税率が導入されるので、実質1.6%程度の引き上げにしかならない。また前回は社会保険料負担が数兆円規模で増えたが、今回は1兆円弱と半分以下。失業率も2.4%と記録的な低さで、有効求人倍率も1.62倍と44年ぶりの高さだ。つまり、前回の税率引き上げ時よりも、はるかに所得・雇用環境が改善しているのだ。加えて、政府も消費税対策を用意している。駆け込み需要の反動を少なくすべく、段階的な価格転嫁を指導する方針を打ち出したほか、保育・教育の無償化(1兆7000億円規模)も実施予定だ。さらに、2019年度と20年度の予算編成および税制改正で、公共投資の他、自動車減税、住宅ローン減税の拡充を行うことを公言。キャッシュレス決済時に5%のポイント還元、プレミアム付き商品券の販売なども実行される見込みだ。

 東京五輪後に建設投資が落ち込むというリスクが喧伝(けんでん)されているが、現状、建設投資は全国の都市の再開発に振り向けられており、とくに東京、首都圏に限ったものではない。また、介護施設の建築需要、あるいは外国人観光客の増加にともなう宿泊施設の建設ニーズなども顕在化してきており、そう心配することもないだろう。東京五輪を契機にさらに外国人観光客数が増加することも予想される。

 こう考えると、国内の個人消費が景気の足をひっぱる確率は低い。問題は海外である。

 まずあげられるのは米国の景気後退懸念だ。現在、米国の長短金利の差は0.1%強にまで縮小している。過去の例から、長短金利差が逆転すると、1年以内に景気が下降線をたどることが多く、現在の米国の状況は経験則的には、景気後退に近づいているとも言える。ちなみに、長短金利差の接近・逆転は、政策金利が引き上げられ、金融引き締め効果が強くあらわれることを意味している。

 ただ、米国の景気は足もと、力強く拡大中である。GDP成長率は、4-6月期年率4.2%増、7-9月期同3.5%増と衰える気配はない。失業率も48年ぶりの低さである。米国の金融当局は、政策金利の引き上げを2020年までに5回程度行うとしているが、マーケットではあと1~2回で打ち止めではないかと予想。物価上昇率も目標の2%をほぼ達成して安定しており、利上げを急ぐ理由はない。さらに言えば、短期金利の水準が中立金利(2.9%)を下回っている状況下で、長短金利差の縮小を過度に問題視する必要もないだろう。これらの理由から、米国経済が2019年にリセッション入りするリスクは小さいといえるだろう。

米中貿易戦争が最大のリスク

 さて、最も懸念されるのは、やはり米中貿易戦争である。トランプ政権は鉄鋼とアルミを対象に25%の関税上乗せを行ったのを皮切りに、中国製品500億ドルに対して25%、2000億ドルに10%の関税を賦課した。さらに、2019年1月から、この10%を25%に引き上げるとともに、追加で2670億ドルの中国製品にも関税を追加することを公言していた。これらが実施されると、世界経済に大きなダメージを与えることは確実だったが、12月1日の米中首脳会談において、追加措置の実施を90日間延期することとなった。ところが、世界が胸をなで下ろしたのもつかの間、中国の通信機器大手ファーウェイの副会長がカナダで逮捕された。この逮捕劇は、米国政府の要請に基づいて実施されたものであり、いったん小康状態になったと思われた米中間の緊張が再び高まった。もともとハイテク関連分野では、米国が中国の技術盗用・移転強制などを問題視しており、ZTEなどの中国通信企業に対してすでに制裁措置を実施していた。ファーウェイ副会長の逮捕は、同分野における米中のフリクションを一気に高める危険性がある。今後の注視・警戒が必要だろう。

 中国経済の減速もリスクのひとつだ。中国は2年ほど前から、国有企業や地方政府などの過剰債務を削減するデレバレッジ政策を推進しており、シャドーバンキングと呼ばれる直接金融的な資金調達ルートを強力に引き締めてきた。しかし、その薬が効きすぎて、ベンチャーや中小企業の資金繰りが急速に悪化。社債のデフォルトも増加。2018年の春から中国人民銀行は預金準備率を引き下げ、デレバレッジの微修正を行うも、いまだにシャドーバンキングからの資金供給量が回復する兆しはない。このような状況は中国経済にかなりのマイナス影響をもたらしており、GDP成長率が現在の6.5%から6%を切る水準に落ち込むリスクが懸念されている。そうなると世界経済のみならず日本経済も無傷ではいられない。そこで、期待されているのは中国政府による財政出動だが、そもそもリスクが高く、採算の悪いプロジェクトを取り締まってきたのがこれまでの流れだったこともあり、政策の一貫性という意味でいうと、今後の舵(かじ)取りは難しくなる。その上、米中貿易戦争の影響が2018年10月以降の経済指標に顕在化することが予想され、はたして中国政府が6%以下への底割れを防ぐ政策を本当に打てるのかは未知数。また、中長期的には、中国が今後成長していくために、国を挙げて注力しているハイテク産業に対して振り上げられつつあるトランプの拳も大きな不安要素だ。

ゼロ成長転落のシナリオも

 中国経済の落ち込みは、米国よりも日本に強い影響を及ぼす。10月以降の日本の株の戻りが、米国に比べて弱いのは、そのことが原因だと思われる。米中貿易戦争や中国経済が、今後、悪い方向に流れると、日本経済がゼロ成長から若干のマイナス成長へと転落するシナリオも考えられなくはない。とはいえ、それらはイメージ可能なリスクであり、突然やってきたものとは違う。身構えることはできるし、ある程度の対策も打てるだろう。つまり、リーマンショック時のような混乱は考えにくいということだ。

 さて、さまざまなリスクはあるものの、既述のように、2019年も景気拡大は続くと見る方が自然である。とはいえ、中小企業には、足もと、今後ますます深刻化する人手不足を克服するための打ち手が必要だ。女性や高齢者、外国人活用における安倍政権の対策も、将来的な不足人員をカバーするにはとても足りないからである。そのためにはAIやIoT、ビッグデータなどを活用した経営革新に本気で取り組むべきだろう。最先端ハイテク技術は大企業の専売特許ではなく、廉価に購入できる時代。価格競争に埋没しがちな中小企業こそ、これら技術を活用しながら潜在的な顧客やニーズを探り、付加価値を高めていく必要がある。加えて、業務全般を棚卸しし、これまでの常識や慣習にとらわれず、不必要な仕事はどんどんカットする思い切りも求められる。経営革新と無駄な仕事の抽出・排除、このふたつを同時に進めることで、中小企業の生産性向上が可能になると考える。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2019年1月号