企業と金融機関、税理士が三位一体となって経営改善にあたるという「方向性」は、もはや既定路線となってきており、本誌においても度々取り上げてきた。今特集では再び、現場で試行錯誤するキーマンたちに話を聞き、その方向性の可能性について探ってみた。
◎専務理事 丸山順三
◎常勤理事本店営業部長中島支店長 山田敬司
◎審査部経営支援課課長 行方健一郎
税理士
◎茂澤直樹
◎石田直樹
茂澤 長岡信用金庫さんとTKC会員税理士は古くから交流会などで親交を深めてきましたが、昨今、あらためて、より強固な連携体制を敷き、地元の中小・零細企業を存続・発展させていこうと動き出しています。
丸山 非常にありがたい話だと思います。そもそも歴史的に見て、金融機関と税理士はそう近しい間柄ではなかったのは周知の通りです。しかし近年、中小・零細企業受難の時代に、そんな悠長なことは言ってられません。お互いの意見をぶつけ合い、関与先企業を底上げするという同じ目的に向けて邁進(まいしん)する必要があります。
石田 これまで、中小企業の決算書は信頼しがたいなどという声も散々聞かれました。そんななかでTKC会員税理士は「中小会計要領への準拠」「記帳適時性証明書の発行」そして「書面添付(※)」という〝三種の神器〟で、決算書の真正性を担保してきました。とくに書面添付は、TKC全国会が創設以来普及につとめてきたものです。その書面添付(制度にもとづく添付書面)を長岡信金さんでは支店だけでなく、本部での実態把握にも活用されているとか。
山田 税理士法に基づく書面添付については、数年前までは正直あまり明確な認識はありませんでした。しかし、よくよく見させていただくと、これは使えると……。顧問税理士が企業の申告書の適正性を〝職を賭して〟証明しているところに高い信頼性を感じます。内容に誤りがあれば罰せられるわけですからね。
丸山 茂澤先生の顧問先の添付書面を拝見しましたが、非常に参考になりました。たとえば、前年よりも大幅に増減している勘定科目における内容と理由、特損の詳細と確認内容、あるいは、法人と経営者の資金・資産の関係性、両者の資金のやりとりの詳細、役員報酬の合理性など、決算書だけでは分かりにくい、その会社の実態が分かる内容が記載してありました。これはわれわれにとって非常に有効な判断材料になります。
茂澤 添付書面とはもともと、税務署に向けて開示すべき資料なんですね。つまり、添付書面の記載事項に不明点・疑問点がなければ税務調査が免除される可能性が高まるのです。
石田 税務署が信頼できる書面だと認めたということは、当然、金融機関にとっても信頼できる書面であるとわれわれは考えています。ぜひ、金融機関の方々にも企業の信用評価の判断材料にしていただきたいですね。
※「書面添付制度」とは
税理士が申告書作成にあたり次のような項目について、添付書面に記載します。
- 関与先にどのような資料、帳簿類が備え付けてあり、どの帳簿類を基に計算し、整理し、申告書を作成したか。
- 今期大きく増減した科目の原因及び理由。
- 関与先からどのような税務に関する相談を受け、回答したか。
- 税理士として関与先の申告書内容について、どのような所見を持っているのか。
書面添付をすると、調査対象となる前に、税理士に記載内容についての意見を求められることがあります。これを「意見聴取」と言います。この意見聴取で疑問点が全て解決できれば、調査省略となります。また、調査に移行したとしても、既に調査を行うテーマが分かっており短時間で終了するのが殆どであり、税理士・関与先ともに負担が軽減されます。
日本税理士会連合会「書面添付制度をご存じですか?」より引用
融資判断への有効な資料に
茂澤 長岡信金さんが、本部において融資審査、企業格付けに添付書面を活用されているのはどんな理由からでしょうか。
丸山 前述した通りです。われわれが個別に聞き取りしにくい細かな部分まで記載してあるので、当該企業の実態がある程度分かるし、それをもとに経営者に効果的なヒアリングをすることもできます。その意味でも、添付書面のある決算書は非常に使い勝手がいいし、信頼できると言えます。
丸山 書面添付を抜きにしても、TKCの決算書の信頼性は高いと思います。通常の中小企業の決算書には、信用できない部分が多すぎて……。たとえば、現金残高なんて「本当かなあ」と(笑)。
茂澤 TKCの会計システム(FXシリーズなど)は、遡及的修正(加除・訂正)ができない(修正を行った場合は履歴が残る)という特性があり、それが大きいと思います。また、税理士の巡回監査にもとづいた月次決算を積み上げるスタイルなので、決算書と申告書がシームレスでつながっており、提出機関によって決算書を変えることなどできません。
石田 長岡信金さんの決算書評価の流れを教えてください。
行方 本部の決算書リーディングシステムによって、ざっくりとした資料をつくり、それを支店に流して中身を精査・修正・評価する形です。その際、信金中央金庫の信用リスクデータベース(SDB)と照らし合わせながら信用格付けや事業性評価の部分を決定します。
丸山 そのプロセスでは、定性評価、商流、業務フローなどを意識したローカルベンチマークシート(※)を作成して、最終判断へと至るわけですが、そのへんは細かな取り決めはなく、さじ加減の部分もあります。
茂澤 そんななか、添付書面の位置づけは?
丸山 支店長が添付書面の細かな内容を見て、各企業の経営状況を判断します。それから、融資などの稟議時に、決算書等と一緒に、添付書面も上がってきます。TKCの先生方のような細かい書面を提出する税理士はいませんから、有効な資料として活用させていただいています。
行方 勘定科目明細書を出さない会社とか、役員報酬などの知られたくない部分は省いて提出される方とかおられますからね。そういう会社の決算書は、TKCと違ってもの足りない感じがします。
※ローカルベンチマーク
企業の経営状態の把握するツールとして経営者と金融機関・支援機関等 双方が同じ目線で対話を行うための基本的な枠組み。事業性評価の入口 として活用されることが期待されるもの
経営者保証解除への入り口
茂澤 いろいろな金融機関の方からはよく、「決算書はあるのに申告書がない」会社が多いと聞きます。これはA銀行用の資料、これはB銀行用という感じで作り分けているのでしょう。
丸山 そう。残高証明書でさえ、つけている企業は少ないというのが実情なので、現預金もアバウトだと思いますよ。
行方 社長から頼まれて粉飾を行うのは、税理士の先生方にとってもリスクです。TKCさんの場合は、それができないシステムになっている上に「TKCモニタリング情報サービス」という、オンラインで会計事務所から直接金融機関に月次試算表や年次決算書が送付されるサービスも展開されていますよね。同サービスは、データの一部だけを抜いて送るなどという細工ができないので、とても透明性が高いと思います。
茂澤 われわれは、毎月、「 巡回監査」と名付けて企業にお邪魔し、全ての仕訳とその基となった領収書・請求書・納品書等の証憑(しょうひょう)書類を突合しているので、添付書面に書くべき事項はその場でコピーして蓄積しています。さらに、取引先別の残高、月々の売掛金などの推移も見ながら疑問点は経営者に質問し、そのデータを積み重ねています。そうしないと、添付書面は作成できないのです。
石田 ある有力地銀では、「TKCモニタリング情報サービス」による決算資料の提供を条件とした上で、添付書面に「法人と経営者本人との資産・資金の分離」などの記載があれば、経営者保証免除の可能性が高くなることを明言されています。これについてはどう思われますか。
行方 金融庁の意向もあり、当庫も含め、金融機関がかなり経営者保証解除のバーを下げている印象があります。しかし、解除するにはやはり「情報」が必要。ローカルベンチマークシートをすべての取引先を対象に作成できれば良いのですが、それはマンパワー的に無理でしょう。だとすれば、部分的でもいいから、その内容を添付書面に書いていただければありがたいですよね。
石田 TKCのシステムにもローカルベンチマークシートを作成する機能があり、これは経済産業省のフォーマットに独自の指標を加えたものになっています。
ところで、長岡信金さんでは、TKCの取り組みに対応して、経営者保証を免除されるというような施策を将来的に考えていただける可能性はありますか。
丸山 もちろんあります。金融庁もそういう方向性を示しているわけですからね。ただ、メガバンクや有力地銀に比べて、信金・信組にとっては対応が難しい部分もあります。というのも、われわれの取引先は零細・中小がほとんどで、法人と個人の分離があいまいなところがまだまだ多いからです。しかし、添付書面に、それらの条件をある程度クリアする内容を記載いただき、さらに顧問税理士を交えた検討会を行った上で経営者保証を外す、などといった取り組みは今後十分に考えられると思います。
名称 | 長岡信用金庫 |
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本店 | 新潟県長岡市大手通2-4-7 |
拠点数 | 17 |
預金 | 2,029億円 |
貸出金 | 861億円 |
URL | https://www.nagaoka-shinkin.com/ |