セクハラ、パワハラ、マタハラ……。いま国内外を「ハラスメント」が席巻している。職場で発生するハラスメントは、シロかクロかを容易に判定できるものばかりではない。現実に起こっているハラスメント問題を元に、経営者目線で対応策を掘り下げてみた。

プロフィール
すずき・みずほ●株式会社インプレッション・ラーニングコンプライアンス・法務教育専門インストラクター。1955年生まれ。中央大学法学部卒。朝日アーサーアンダーセン管理部長、カルティエなどラグジュアリーブランドのリシュモンジャパン管理本部総務部長などを経て、2005年KPMG/あずさビジネススクール管理部長および講師。現在、法務・コンプライアンス分野の講師として上場企業の研修、教育で活躍中。著書に『現場で役立つ!セクハラ・パワハラと言わせない部下指導グレーゾーンのさばき方』(日本経済新聞出版社)がある。
特集

──ハラスメントと指摘される事例が増えている現状をどう感じていますか。

鈴木 ハラスメントとは、職場を健全に運営する上であってはならない言動を指します。例えばある行為をパワーハラスメント(パワハラ)と呼ぶか、アルコールハラスメント(アルハラ)と呼ぶかはあまり重要ではありません。セクシャルハラスメント(セクハラ)やパワハラの定義を正しく理解し、自信を持って部下を指導できるようになることがハラスメント対策の本質です。

──まずセクハラの定義を教えてください。

鈴木 男女雇用機会均等法第11条第1項のいわゆるセクハラ条項には以下のように記されています。
 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件について不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
 条文では「労働者」という言葉が使用されていますが、2007年の改正時、従来用いられていた「女性労働者」という文言から変わりました。つまり、男性上司から女性部下への性的嫌がらせだけでなく、女性から男性、あるいは同性間、さらに言えば部下から上司、同僚同士の言動もセクハラになり得るということです。
 ビジネスパーソン向けに研修講師を行っていると、男性社員から女性部下の服装をどう注意していいかわからないという相談を受けることがあります。女性の上司から注意してもらうのがいいのではという意見を述べた受講者がいましたが、危ないなと感じました。男性の女性に対する言動のみがセクハラに該当すると考えているわけです。注意のしかたが悪ければ、たとえ女性同士でもセクハラになる可能性は十分にあります。

──セクハラか否か判定するのが難しいケースもあります。

鈴木 セクハラ問題を概観すると図表1(『戦略経営者』2018年9月号11頁・図表1)のように整理できます。このうち、行為者にはセクハラする意図や認識がなく、あってはならない言動と断定できないけれども、相手が何らかの理由でセクハラと感じて反応する言動を「無自覚セクハラ」と呼んでいて、ここにグレーゾーンが潜んでいます。一例を挙げましょう。

 

熱血指導で知られる営業部長のAさん(男性)。営業成績を達成した独身女性の部下Bさんを祝うため、Bさんを誘い2人だけで夕食に行った。

 Bさんは単身赴任中で、Aさんとの年齢は親子ほど離れています。Aさんには親心から目標達成を祝いたいという気持ちがありました。客観的に見て明らかな性的な嫌がらせ行為はありませんが、BさんがAさんに対して下心を感じ、セクハラと受けとめる場合も考えられます。Aさんは親心ととらえている一方、Bさんは下心を感じている。このような「無自覚セクハラ」が発生する原因は、お互いの認識のずれにあります。

「髪切った?」はセクハラか

──無自覚セクハラにはどのように対処すればよいでしょうか。

鈴木 まずお伝えしたいのは、相手が不快に感じ、セクハラだと指摘されたらすべての事柄がセクハラになるという考え方は、誤りであるということです。この誤った考えがフロントガラスに付いた泥のように、現実を見えづらくしているのです。無自覚セクハラには以下の順序で対応するようにしてください。
①セクハラだと訴えられたら問題として受けとめ、発言を頭ごなしに否定したり、反論したりしない
②セクハラと指摘された事柄に合理性や妥当性があるか検討し、判定する
 2段構えで臨むのがグレーゾーンをさばくには有効です。そして合理性、妥当性の代表的な判断材料としては、次の三つの基準があります。
①行為者の言動に過去の認定事例との類似性があるか
②行為者の言動が現代の常識(男女平等思想)に反していないか
③行為者の言動は自社の社風、伝統、社是等から見て是認されるか
 以上の観点から検討しセクハラと認定された場合、行為者に理由を説明し、納得してもらわなければなりません。それが行為者と組織にとっての予防策につながります。逆にセクハラと認定されなかった場合は、セクハラを訴えた人に理由を説明する必要があります。検証作業をおろそかにしてグレーゾーンが積み重なっていくと、組織の風通しが悪くなり、モチベーションや生産性の低下につながりかねません。

──問題を放置するのは避けるべきだと。

鈴木 一つひとつの事柄についてセクハラに該当するのか否か、地道に検討することが大切です。検討を怠らなければ先の事例なら、異性間で食事に出かけるときは2人きりでなく、複数人でいくといった対応策も考えられるはずです。
 職場では次のような事例も起こりえるでしょう。

 

女性従業員のAさんはある日、髪を短く切って出社。好意を抱いているB課長から「髪を切ったんだね、似合うじゃん」と言われ、うれしい気分に。そのあと嫌悪感を持っているC課長から「髪を切ったんだね、似合うじゃん」と言われたが、不快感を覚え「どこ見てんのよ、セクハラよ」と言った。

 このケースでは、AさんはC課長の発言をなぜ嫌だと感じたのか、同じ内容を職場の誰から言われても嫌だと感じるのか、C課長に同じ内容を言われて嫌だと感じる女性がどのくらいいるかなどの観点から合理性、妥当性を検討する必要があります。B課長とC課長の言動は同じにもかかわらず、C課長の言動に不快感を持ったのはAさんの好き嫌いの感情によるもの。したがって、C課長の言動はセクハラにはなりません。

地道な検証がカギ

鈴木 あるいはこうした事例はどう判断すべきでしょうか。

芸能プロダクション事務所のA社は、所属女性タレントを売り出すため、水着を着た女性タレントのキャンペーンポスターを製作し、オフィス内に貼りだした。異業種から転職してきた女性社員のBさんは上司に対して「セクハラなのでポスターを外してください」と言った。

 かつては女性のビキニ写真のポスターやカレンダーを貼りだしていた職場はたくさんありましたが、最近はめっきり少なくなりました。世の中ではセクハラと見なされる場合が多くなっているためです。ただ、ハラスメントとは、職場を健全に運営する上であってはならない言動のことです。A社が所属タレントを売り出し仕事を獲得することで、Bさんは収入を得ています。士気高揚のためキャンペーンポスターを社内に貼るのは、職場を健全に運営する上であってはならない言動と断定できるでしょうか。A社ではセクハラにはならないという結論もあり得ます。

──無自覚セクハラのグレーゾーンは、ケース・バイ・ケースで判断するわけですね。一方のパワハラは?

鈴木 厚生労働省が2012年に発表したパワハラの定義を改めて確認しておきます。
 職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対し、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・肉体的苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為をいう。
 定義を裏返すと「行為者の言動が業務の適正な範囲に含まれているならば、パワハラにはならない」と解釈できます。まずこの点を頭に刻んでおいてください。業務を強制したり、相手がパワハラだと感じればすべてパワハラになると考えるのは誤りです。図表2(同13頁・図表2)のとおり、あからさまなパワハラ行為と、正しい指導の間にあるのがグレーゾーンで、「業務の適正な範囲」に対する認識のずれがモヤモヤした状況を生む要因といえます。

自社で線引きする

──業務の適正な範囲をどう線引きすればいいですか。

鈴木 厚生労働省は次のように解説しています。
 どのような行為が「業務の適正な範囲」を超えるものになるかは、業種や企業文化等の影響を受けるし、その行為が行われた具体的な状況にもよるから、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取り組みを行うことが望ましい──。つまり業務の適正な範囲については自分たちで決めなさいとうたっているわけです。最近、休日の業務メールにまつわるエピソードを耳にしました。

ある出版社の管理職Aさんは、制作している雑誌の締め切り間際の土曜日に出社し仕事をしていた。部下のBさんに週明けにやってもらいたい仕事を思い出し、Bさん宛てにメールで業務内容を送信。家族と楽しく休日を過ごしていたBさんは、メールの内容を読んでパワハラと感じた。

 Aさんは仕事中にBさんに任せたい仕事をふと思い出し、メールを送りました。返信や休日出社を求めているわけではありません。仕事柄、締め切り前なら休日に出社して仕事をするケースも考えられます。ただし、内部管理部門の担当者が切羽詰まった状況ではなく、休日に特にやることがないため出社して仕事をしているような場合、状況は変わってきます。パワハラと認定される要素が増してきます。同じ事象であっても業種や職場によって、業務の適正な範囲と見なすかどうかは変わってくるわけです。ですから、NGワード集などをつくってもあまり意味はありません。

──組織としてハラスメント問題に対応する際のポイントを教えてください。

鈴木 ハラスメントは許さないという姿勢とメッセージを経営者が言葉と態度で示すことが第一。そして責任部署を決め、ハラスメント問題についての自社独自の判断基準を作成するようにします。独自の判断基準は一朝一夕に確立できるものではなく、会社が永続するかぎりつづく作業かもしれません。ただ、会社の取り組んでいる姿勢を見せることが、ハラスメント問題の抑止力になります。ハラスメント撲滅に向けた経営層のコミットメントが何よりも必須なのです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2018年9月号