ユニバーサルデザイン(UD)の概念が日本に導入されて約30年。2020年の東京五輪・パラリンピックを前に再び注目が集まっているUDについて、最新事情や導入のヒントを探った。

プロフィール
かきうち・としや●1989年、岐阜県中津川市生まれ。立命館大学経営学部在学中の2010年にミライロを設立。障害を価値に変える「バリアバリュー」の視点から、企業や自治体、教育機関におけるユニバーサルデザインのコンサルティングを手がける。2015年、日本財団パラリンピックサポートセンター顧問就任。2016年、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アドバイザー就任。
ユニバーサルデザイン導入法

 バリアフリーの重要性についてはすでに日本では広く知られている。車いす利用者や高齢者でも移動しやすいように店舗や社内のフラット化を進めている企業もあるだろう。しかしその理由や動機としては、「法令順守」「リスクマネジメント」「身内に高齢者や障害者がいる」「障害者・団体と接点がある」など表層的なものがまだ多いはずだ。これらの理由や道徳的倫理的な観点からの活動だけでは取り組みは長続きせず、広がりも見られない。

 バリアフリーの根幹にあるのは、障害をとりのぞく=マイナスをゼロにするというアプローチである。しかし私は、自身の生い立ちから、このような考え方はこれからの時代に合っているとは思えなくなった。骨形成不全症という病で車椅子ユーザーだった私は高校在籍時に手術を受けるために休学し、その後懸命なリハビリに挑んだが、結局歩けるようにはならなかった。結果的にバリアフリーを実現することはできなかったのである。

 起業の出発点となったのは19歳のときに勤めたホームページ制作会社だが、営業成績は抜群によかった。なぜなら車いすに乗っていることで顧客に覚えてもらったからである。そのとき上司から「歩けないことが強みになる。胸を張れ」と励まされて以来、マイナスをゼロにもっていくのではなく、バリアからバリューを生み出す、「バリアバリュー」を座右の銘にしている。

 日本における障害者人口は860万人で全人口の7%。高齢者人口3000万人を加えると4000万人に達しようかという規模になる。これにベビーカーを利用する大人たちの数を含めると、健常者とは異なる不自由ごとや不満ごと、困りごとを抱えている人たちは全人口の3割を超えるといってよい。経営者はこのマーケットを無視することはできないはずである。

 積極的な顧客獲得を目的としてユニバーサルデザインを早期から導入した事例として結婚式場があげられる。結婚式は現在、近親者や友人70~80人を集めて挙式する方式が主流となっているが、招待客のなかに体の不自由な親族や知人がひとりくらいはいるはずである。そうした場合、ユニバーサルデザイン不対応の式場は最初から候補外となってしまう。車いすユーザー1人への対応を怠ることで、数十人の予約を逃すことになるのである。これは宿泊施設や飲食店などでも同様で、不自由ごとや困りごとを抱えている人の周囲には家族や友人、同僚などを含めた多くの人々がいることを忘れてはいけないのである。ではユニバーサルデザインの考え方を経営に生かすためにはどうすればよいのだろうか。社会に存在する「意識」「環境」「情報」の三つの壁を解消するアプローチが重要になるだろう。

「ユニバーサルマナー」を知る

 まずは「意識」の壁である。障害のある人への対応を観察してみると、無関心か過剰かに二極化しているように思える。性善説にたてば、人間は困っている人を見かけたらできれば助けてあげたいと思う。しかし具体的にどのような行動をとったらよいか分からず、結局声をかけられないという体験をしたことが一度はあるはずだ。

 一方、車いす利用者が飲食店を利用した際に、何も言わずにフロアスタッフがさっと椅子を引いて、テーブルに車いすがつけられるスペースをあける光景を見ることがある。実はこれは唯一の正解ではない。床ずれや褥瘡(じょくそう)を回避するため、なかには椅子に移りたいと思っている車いすユーザーもいるからだ。椅子か車いすのままか選択肢を提供するやり方がベストなのである。企業側の障害者や高齢者に対する思い込みや先入観が、おせっかいや過干渉、おしつけになってしまうということもあり得る。

 こうしたミスマッチを防ぎ、ほどよい対応がとれるようにするためには、困りごとや不安ごとを抱えている当事者のことを知り、具体的にどのような行動をとったらよいか学ぶ必要がある。

 学ぶためには書籍や教材、研修などさまざまな手段があるが、医療や福祉、介護、看護分野のものがほとんどで、一般的であるとはいえない。いわばテーブルマナーやビジネスマナーのように「さりげなくできたらかっこいい」と思わせるような「ユニバーサルマナー」が必要とされてきているのである。

 こうした背景からミライロでは2013年から、個人や企業などを対象とした研修事業「ユニバーサルマナー検定」を展開しているが、累積で6万人、400社が受講するなど年々関心が高まっている。接客が重要なサービス業、飲食業、ホテル業などの参加が多かったが、最近はレジャー産業や交通機関、製造業などからの申し込みも目立つようになり、幅広い業種や業態でユニバーサルマナーを身につけようという動きが広がっている。小中学校の授業で取り上げているところも増えており、新入社員などのほうがユニバーサルマナーに詳しい場合もあると思う。ハードを変える余裕がない会社でも、ユニバーサルマナーを学んでハートを変えることからはじめてはいかがだろうか。

 次は「環境」の整備である。実際には「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー法)や地方自治体のまちづくり条例などによって、店舗にある段差の解消やトイレへの手すりの設置などをすでに行った企業は少なくないはずである。しかしこれらの動機はあくまでも法令順守の観点による「仕方なく行う」ことで、必ずしも経済合理性からではない。バリアフリー仕様にしたのはいいが誰にも使ってもらえないということでは意味がない。少し肩の荷をおろして考えることも必要である。

 例えば宿泊施設では、手すりが過剰に張り巡らされ、必要以上にスペースが広すぎるまるで病室のような部屋がある。車いすを利用している私でさえ「そこまでやらなくてもいいのに」と思う。そうした客室は大概稼働率も低く、企業にとっては収益を悪化させる要因となってしまうだろう。ユニバーサルデザイン対応の施設を負債にしないためにも、例えば手すりを取り外し可能な設計にし、通常の客室と同じような雰囲気で使えるようにするなどといった工夫が必要である。

圧倒的に不足している〝情報〟

 三つ目の壁は「情報」である。車いすで利用できる店舗がどこにあるのか、あるいはその場所にいけるのかどうかなどの情報が圧倒的に不足している。自治体などが独自に調査したマップなどを発行しているケースもあるが、それも段差の有無などの簡易的な情報がほとんど。車いすユーザーにとっては段差がゼロかそれ以外であるかという情報はあまり意味がない。前輪を浮かせたり、誰かに押してもらったりすれば1段の段差は乗り越えられる可能性があるが、2段以上になると不可能になるからである。すなわち0段か1段か、2段以上かという情報が重要なのである。電動車いすユーザーにとってはコンセントを利用できるかどうかは大切な情報だし、紙幣や硬貨のカウントに不便を感じる視覚障害者や外国人にとっては電子マネーやクレジットカード決済ができるかどうかもぜひ知りたい情報のはずである。こうしたユニバーサルデザイン対応にいち早く着手した店舗は着実に増えているが、それがなかなか知りたいユーザーに届いていないのが現状である。

 こうしたギャップを解消するため当社では、高齢者や障害者、外国人など多様なユーザーが店舗や施設の情報を共有できるアプリ「Bmaps(ビーマップ)」を開発、現在は特定非営利活動法人CANPANセンターと共同運営している。日本国内を中心に建物の情報が約8万件集まり、日本語と英語、スペイン語での利用が可能なアプリに成長しているが、ベビーカーユーザーからも大きな反響がある。

 東京オリンピック・パラリンピックに向けて今後は外国人旅行客の利用も増加してくるのは確実だ。こうした情報共有がより進むことによって、ユニバーサルデザイン対応の可否が店舗の集客力を左右するという時代が来るのもそう遠いことではない。4000万人を超える人々が潜在的な顧客になるかどうかは企業にとっては大きな違いである。ユニバーサルデザインへの対応は、社会貢献やCSRといった観点のみならず、売り上げ拡大の機会としてとらえることもできるのだ。

多様な人材が活躍する会社へ

 考えてみれば、障害のある人が使いやすいものは、すべての人にとって使いやすいはずである。例えば人間は誰もが75歳を過ぎると視力や聴力、握力が低下し、重たいものを持つのが大変になってくる。高齢者はいわば同時多発的に障害を抱えるようなものである。ある種の不自由さに直面している人々が安心して簡単に使えるようなサービスや製品を最初から開発の思想に組み込めば、ターゲットごとに異なるバージョンを開発する手間が省けるだろう。これはユニバーサルデザインのメリットのひとつである。

 例えば当社はある大手マットレス企業と座椅子に使うクッションを共同開発した。トラック運転手やコールセンター勤務の人は日常的に椅子にクッションを敷いているケースが多い。しかし私たちはあえて、「ミライロ・リサーチ」というサービスを通じ、車いすユーザーへのモニター調査を行った。椅子に座っている時間が最も長い彼らが良いと思うクッションは、それ以外の人にとっても使い心地のよいものになるのは自然な考えである。

 また関西地方で霊園を運営している西鶴は、バリアフリー型霊園の展開をきっかけに業績を大幅に伸ばした。車いすユーザーからの「通路がせまい」「水場が遠い」といった改善要望を受け、通路幅の拡張や段差の解消、蛇口の位置変更などユニバーサルデザイン化を業界でいち早く推進。その結果、伴侶に先立たれた高齢者の方や体の不自由な方などを含め家族みんなでお墓参りにいける霊園として人気が沸騰し、なかには他の霊園からお墓を移す利用者も続出したという。ユニバーサルデザインをきっかけに規模拡大に成功した好事例である。

 ユニバーサルデザインを積極的に導入している企業は、障害者などへの理解を深め、適切なコミュニケーションの方法を知ることなどを通じ、自分とは違う他者への思いやりや配慮の気持ちが会社全体に育まれる。そうすると性別や出身などにとらわれることなく多様な人材が活躍しやすい環境づくりが社内で進む。つまり「ダイバーシティー経営」を実践する企業になるのである。

 多様な人材が活躍できる職場環境を実現するため、従業員一人ひとりの不自由ごとや不便ごとに真剣に向き合うようになれば、社内の業務はより洗練され効率的になっていく。例えば車いすユーザーがストレスなく社内を移動できるように、オフィスの整理整頓を徹底するようになるだろう。こうした企業は若者からの注目を集めやすくなり、採用で優位に立つ可能性が高くなるかもしれない。ユニバーサルデザインを「きれいごとだけで利益に結びつかない」と考える経営者は少なくないが、きれいごとを徹底的に追求した先には、販路の拡大やイノベーションのヒント、業務の効率化、優秀な人材の確保というメリットが期待できるのである。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年6月号