個人間で手軽にやり取りができ、時価総額が急拡大している仮想通貨。代表格であるビットコインを支える技術がブロックチェーンだ。ブロックチェーンがビジネスや世の中にもたらす変革の可能性を探った。
- プロフィール
- おきな・ゆり●NIRA総合研究開発機構理事。京都大学博士(経済学)。1984年日本銀行入行。1992年日本総合研究所入社。専門分野は金融システム、社会保障、税制等。慶應義塾大学特別招聘教授。
──ブロックチェーンとはどのような技術ですか。
翁 仮想通貨であるビットコインの取引を裏側で支えている技術で、データを分散して管理することから分散型台帳とも呼ばれています。取引データのかたまり(ブロック)をつくり、承認プロセスを経たうえで要約データが次のブロックに書き込まれます。こうして次々とブロックが生成され、それぞれが数珠つなぎにされていくイメージです。
──注目されている背景は?
翁 やはりビットコインをはじめとする仮想通貨が広まりつつあるのが大きいですね。ことし4月には改正資金決済法が施行され、日本政府も仮想通貨交換サービスの法制を整備しました。
ブロックチェーンは〝帳簿のイノベーション〟ともいわれており、紙で記録していた取引情報を電子データで保管し、ネットワーク参加者が合意後、分散して保有します。メリットに着目した企業、金融機関、あるいは政府において、ブロックチェーンを活用したさまざまな実証実験が行われている最中です。
──ブロックチェーンの特徴を教えてください。
翁 従来、取引内容は紙の帳簿に書き込んだり、電子的に入力して管理していました。いずれの方法も特定の人や組織が集中管理するという点では変わりありません。こうした中央集権的な管理方法の問題点として、データを記録するシステムの構築にコストや時間がかかり、サイバー攻撃などによってデータが消失するリスクがあります。そのため、システムダウンなどに備えて、データのバックアップやBCP対策に費用を投じているのが実情です。
一方、ブロックチェーンは中央政府や組織などに依存しないビットコインを起源に持つ技術。ネットワーク参加者が取引履歴のデータベースを分散して保有し、管理する点に特徴があります。参加者のコンピューターをピアツーピアでつなぎ、お金や物の取引情報を互いにやり取りして確認し、共有できるわけです。
──ブロックチェーンが生成される仕組みを詳しく説明してもらえますか。
翁 取引データの整合性についてネットワーク参加者の合意を得る方法をコンセンサス・アルゴリズムといいます。アルゴリズムにはさまざまな方法がありますがビットコインでは、マイナー(採掘者)といわれる人々が自発的にコンピューターに計算させて競っています。競争に勝ったマイナーは取引を適正なものとして承認し、参加者に伝播(でんぱ)します。その報酬としてビットコインが与えられるのです。
まれに複数のマイナーによって答えがほぼ同時にみつかり、チェーンが分岐してしまう場合があります。でもビットコインでは、最も長く連なったチェーンを正しいチェーンであるとみなすルールがあるため、しばらくすると適正なチェーンが判定されるようになっています。
3つのメリット
──ブロックチェーンを活用するメリットは?
翁 障害に強いのが第一。分散型のシステムですから、1台のコンピューターがサイバー攻撃を受けてダウンしても、他のコンピューターが情報を共有しているので取引を継続できます。金融システムなどでは高い可用性をすでに実現していますが、高価なハードウエアやバックアップ設備が必要です。安価なハードウエアをネットワークでつなぎ、高い可用性を実現したところにブロックチェーンの特筆すべき優位性があります。
それから、データの改ざんを行うことがむずかしい。ブロックチェーンのブロックは、ひとつ前のブロックの情報を要約して連結しています。ある取引を改ざんしようとすると、以降に連なっている全てのブロックの内容を書き換えなければなりません。したがって、仮想通貨にブロックチェーンを用いた場合、不正取引を防止する機能を安価に構築できることになります。
仲介者が存在しないため、コストを抑えられるのもメリットです。例えばインターネット上に築いたブロックチェーンで国際送金できれば、金融機関などを仲介しないで済み、取引手数料は不要で、やりとりもスムーズになります。各コンピューターがデータを保有して透明性が向上し、監査などの仕組みの必要性が低下するため、管理コストの低減にもつながるという指摘もあります。
当事者間の契約をブロックチェーン上に記述し、自動的に執行する仕組みを「スマートコントラクト」といいますが、この仕組みが活用されれば従来の取引に付随する膨大な作業も不要になります。
欧州で進む実用化
──ビットコイン以外にも実用例があるそうですね。
翁 官民問わずさまざまな領域で活用が始まっていて、英国のベンチャー企業であるエバーレッジャー社はダイヤモンドの鑑定情報や取引履歴、移転証明をブロックチェーン上で記録、管理しています。ダイヤモンドの取引市場では鑑定書の偽造や宝石にかける保険金詐欺が横行し、社会問題になっていました。同社はブロックチェーンを活用することで、警察や保険会社もデータを参照できる仕組みを構築し、犯罪抑止につなげています。
また、エストニアのファンダービーム社はスタートアップ企業の投資資金を募る仕組みをブロックチェーンで提供しています。投資した企業が成長し資金を返せる段階を待たずに、投資資金を流動化し売買できるのです。また、世界中の15万社を超えるスタートアップ企業のデータを保有しており、同社を介して投資を行っている日本の投資家もいます。
──公共部門での活用は?
翁 電子政府のプラットフォームとしてブロックチェーンを活用している国の代表格がエストニアです。北欧バルト諸国のエストニアは日本の9分の1ほどの国土面積ですが、デジタル先進国として注目を集めています。2002年から国民にIDカードを発行し、131万人の人口のうち96%をこえる人がIDカードを保有。結婚、離婚、不動産売買以外の行政手続きはオンラインで行え、IDカードで3000以上のサービスを利用できます。
政府のIT関連予算は年間5000万ユーロ(約60億円)と他国と比べて圧倒的に少ないですが、それを可能にしたのが各省庁のデータベースを連携させる「X-Road(エクスロード)」という仕組みです。各省庁の保有する住民登録情報やヘルスケアなどの情報がピアツーピアでつながり、相互に参照できます。エクスロードの運用が始まったのは2001年のこと。ブロックチェーンのコンセプトである分散管理に通じる技術をいち早く取り入れた点は画期的だったといえます。
──効率的な行政を実現しているわけですね。
翁 税徴収の効率性の水準においてもエストニアは圧倒的に高く、日本とは大きなひらきがあります。確定申告の電子化は2000年にスタートしていますが、3回のクリック、最短3分で完了するよう設計されており、98%が電子納税されています。プライバシー対策としては、デジタル秘匿情報を許可していない個人が閲覧すると、すぐに検知されて履歴が書き込まれ、大きなペナルティーが科されることになっています。
会計ルールを審議中
──翻って日本での活用はいかがでしょうか。
翁 金融にITを取り入れるフィンテックという言葉をよく耳にしますが、特に金融取引で実証実験が積極的に進められています。日本取引所グループでは、市場での取引成立後の資金決済といったポストトレード処理において、ブロックチェーンを活用した実証実験を行いました。その他にも大手都市銀行が独自の仮想通貨発行を計画していたり、行内食堂での食券販売システムにブロックチェーンを取り入れている地方銀行もあります。
──ブロックチェーン技術の課題点を教えてください。
翁 ビットコイン取引で問題になっているように、スケーラビリティー(拡張性)という課題があります。ブロックチェーンでは取引件数が多くなるにつれて、ブロックに格納する情報の容量も大きくなる。そうするとブロックチェーンが長大化し、ネットワーク参加者に求められるディスク容量、マシンにかかる負担が大きくなるため、大量の取引に対応できなくなるおそれがあります。世界中のクレジットカード決済や証券取引をカバーするスケーラビリティーを確保するにはまだ時間を要するでしょう。
取引の承認にかかるスピードの問題もあります。ビットコインでは約10分ごとにブロックが作成されるようになっており、即時性が必要とされる取引には向きません。合意が覆らないことを保証するには、おおむね6ブロックが必要とされていますから、およそ1時間かかることになります。他にもまだ多くの課題があります。
──ブロックチェーンの活用は今後進むでしょうか。
翁 経済産業省では2016年に「ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査」と題するリポートを発表しています。それによると、社会インフラとしてブロックチェーンが活用されることにより、シェアリングサービスやサプライチェーンなどが進展、効率化され、潜在市場規模は67兆円にのぼると予測されています。
ブロックチェーン技術はIoTとの親和性が高く、スマートコントラクトにより例えばレンタカーを借りるときに、車のドアの前でスマートフォンを使って代金を支払うと、自動的にドアが開くといったことも可能になるかもしれません。エバーレッジャー社のように、取引履歴情報を活用した新たなビジネスも期待できます。
ただ、ブロックチェーンは発展途上の技術であり、仮想通貨に関する会計ルールも企業会計基準委員会で議論されている最中です。単に仮想通貨だけでなく、社会に大きなインパクトを与える可能性を秘めた技術なので、法制度も含めて動向をウオッチしておくべきでしょう。
(本誌・小林淳一)