日本では、一度会社を倒産させた経営者が再起を図るのは非常に難しい。だが、自動画像処理サービスを手がける「とことん」の荒井潤一社長(60)は、その険しき道を前へと進み続けている。転機になったのは、一般社団法人MAKOTOと福島銀行が共同で設立した「福活(ふっかつ)ファンド」で1000万円の出資を得られたことにあったという。

プロフィール
あらい・じゅんいち●1956年、長野県生まれ。日本大学理工学部物理学科卒業。会社員生活を送った後、2001年に、意匠デザイン用アプリケーションを製造販売するNテクノロジーを設立。その後、倒産を経て2012年にとことんを立ち上げる。座右の銘は「直感精読」。
荒井潤一

荒井潤一 氏

 実は私、一度会社を倒産させたことがあるんです。2009年のことでした。なりわいとしていたのは、意匠デザイン用アプリケーションの製造販売。多額の資金を投じて、「ウェブ3Dエンジン」事業を展開していましたが、結局うまくいきませんでした。

 ウェブ3Dエンジンとは要するに、さまざまな物体の画像をインターネット上で3次元表示するためのソフトウエアです。主に使われていたのは、工業製品などの意匠設計の現場。工業デザインの世界では、製品の完成イメージを示すためにイラストを描いたりします。いわゆる「レンダリング」です。それを、コンピューターグラフィックスで360度、どの角度からでも見られるようにするためのソフトというわけです。いちいちモックアップ(模型)を作らなくても、完成後のイメージがきちんとつかめるとあって、それなりにニーズがありました。

完全な〝見込み違い〟

 こうした3次元表示のソフトを、意匠設計のデザイナーだけでなく、一般ユーザーも利用するのではないか。そんな考えで新たな事業を始めたところに、私のつまずきがありました。光の反射・屈折がリアルタイムで反映される、画期的なウェブ3Dエンジンを開発できたことから、もっと多くの人が使ってくれるのではないかと考えたのです。例えば、ネットショップで売っている商品の画像がウェブ上で360度、好きな角度から見られるようにしたら、その店の人気が高まると思いませんか。まさにそんな需要を狙ったのです。

 しかし、うまくはいきませんでした。そもそも世の中のニーズが私が想定していたほどになかったことに加え、パソコンのスペック上の問題もありました。当社が作ったウェブ3Dエンジンは意匠デザイナーが使うような高スペックのパソコンならサクサクと動くのですが、一般の人が使っているふつうのパソコンだと重すぎて動きが遅くなってしまうのです。

 客観的に見られる今だからこそ言える言葉ですが、完全な「見込み違い」でしたね。また、その事業を2001年からおよそ8年間も続けてしまったこともいけなかった。「やがて必要とされる時代が来る」と信じて粘り強く続けていたのですが、逆に傷口を広げる結果となってしまいました。

 やがて運転資金がショートし、それが引き金となって09年に会社は倒産。連帯保証していた荒井社長は自己破産をした。当時いた9名の社員は、みんな辞めていった。それまで開発したソフトウエア資産を生かして新たに会社を立ち上げた者もいたりと、それぞれ違う道へと進んだ。

 自己破産した後しばらくは、完全に気力を失いましたね。先のことを考える余裕もなく、ダランとした生活をしばらく送りました。でも働かないと食べてはいけない。その後、NTTのBフレッツ(光回線を使ったインターネット接続サービス)を訪問営業する契約社員として働くようになりました。売ったらいくらという歩合制の仕事で、それを2~3年続けましたが、結局は事業廃止にともない辞めざるを得ませんでした。

 つぎに職を求めたのが、タクシー運転手でした。横浜市内にある自宅の近所にタクシー会社があり、そこで雇ってもらったのです。1日おきのシフトで深夜から早朝まで働くのはなかなかつらかったですが、年齢も年齢だったので贅沢(ぜいたく)は言ってられませんでした。横浜観光のメッカである関内周辺(横浜市中区)も、ずいぶん車を走らせたものです。

セカンドチャンスを得る

 ただ、その頃はだいぶ前向きな気持ちを取り戻していました。というのも、新ビジネスのアイデアを見つけていたからです。きっかけは、印刷会社に勤務する知り合いから「切り抜きソフト」への〝待望論〟を聞いたことにありました。

 切り抜きソフトとは、デジカメで撮った画像などを好きな形に切り抜くことができるソフトで、商品や人物が写っている写真の背景を白抜きにするといったことが簡単にできます。「クロマキー切り抜き」が簡単にできるソフトといえば、メディア関係の仕事などに携わっている人ならすぐにイメージが湧くのではないでしょうか。

 例えば、ネットショップや新聞の折り込みチラシに掲載している写真は、商品だけを切り抜いたものを使用しているケースが多い。そのほうが見栄えがよいからです。こうした画像加工のほとんどは手作業でなされていて、それを自動化できる高性能なソフトを開発し、低価格な料金で即納できるサービスを提供すれば多くの需要を取り込めるはずだと、ビジネスチャンスを感じました。

 そこで12年に立ち上げたのが、いまの「とことん」という会社だった。再起を目指してとことんやり抜く──。荒井社長のそんな気持ちが、この社名に込められている。

 切り抜きソフトの開発にあたっては、知り合いのツテを頼ってプログラムを作ってもらったり、大学に技術的な相談をしたりもしました。タクシードライバーの乗務がない日に、そちらの仕事もやっていたわけです。

 やがて、あと少しで完成しそうなところまでこぎ着けると、その切り抜きソフトを軸にした新サービスを始めたいという気持ちが日に日に高まっていきました。とはいえ、自己破産している私にそのための資金を貸してくれる金融機関などあるわけがない。銀行に相談したところで門前払いされるのがオチであることは明らかでした。それならばと、自己破産した人を対象にした行政(横浜市)の相談窓口に行ったのですが、やはりそこでも色よい返事を聞かせてもらえませんでした。

 しかし後日、行政から有益な情報をもらうことができました。起業家向けの支援事業を行っている一般社団法人MAKOTO(本社・仙台市/代表・竹井智宏)の存在です。そこが、会社を倒産させた〝失敗経験者〟だけを対象にした再チャレンジ特化型のファンドを設立していることを知りました。すぐに応募の準備に取りかかり、事業の詳しい内容を記した書類や事業計画などを作成しました。

 すぐに投資とはいきませんでしたが、その後しばらくたってから、うれしい知らせが舞い込んできました。一般社団法人MAKOTOと福島銀行が共同で創設した「福活(ふっかつ)ファンド」の第1号投資案件として選ばれたのです。

 失敗経験を持つ経営者に何度も再チャレンジの機会を与える米国などとは違い、日本は一度でも会社経営に失敗すると再挑戦の機会がなかなか得られない。そんな状況に風穴を開けようという狙いから生まれたのが、福活ファンドだった。

 16年3月、1000万円の出資を受けることができました。1000万円という金額は、私が作った事業計画をもとに、月々の運転資金を見積もり、はじき出されたものです。この歳(とし)で再挑戦などできるわけがないと半分あきらめかけていたので、セカンドチャンスを得られたことは純粋にうれしかったですね。せっかくチャンスをもらったのだから、絶対に頑張らなきゃいけないと思いました。

 ちなみに福活ファンドを通じて出資を受けるにあたっては、会社の拠点を福島県内に置くことが条件となります。そのため、とことんの本社も福島県郡山市に移しました。とはいえ、切り抜きの画像処理サービスの利用者はネットショップが中心となるため、どうしても営業先は東京都内が多くなってしまいます。そうなると、郡山市の本社にずっと居続けるわけにはいかなくなります。しかし、今では福島銀行さんが画像処理サービスに関心のある見込み客を紹介してくれたりすることもあるので、わりと頻繁に福島県に足を運ぶようになってきています。

顧客獲得に向けての課題

 いま現在、①切り抜きサービス②画像修復サービス③画像変換サービスなどを中心に画像処理の仕事を請け負っています。

 ①切り抜きサービスについては、背景をグリーンやブルーにしたクロマキー撮影写真の切り抜きを1枚10~50円の低価格で請け負っています。クラウド(インターネット)上に画像をアップロードし、ワンクリックするだけで自動的に切り抜きがなされます。

 ②画像修復サービスは、写真画像のある特定の部分を消すためのいわば「消しゴムサービス」といったものです。電線や電柱、看板を消すといった使い方ができます。

 そして③画像変換サービスは、例えばショッピングモールA社の広告で使った商品写真を、別のショッピングモールB社の広告で使いまわす際にじゃまとなる写真の枠や飾り、あるいは文字などを消して、商品だけのすっきりとした写真に変換するサービスです。

 これらのサービスを利用すれば、今まで手作業でおこなっていた仕事が自動化され、人件費の削減につながることは間違いない。ただ、ソフトウエアを使ってこれらの画像処理を自動でおこなえるかどうかは、もともとの写真の状態によって左右されるところがある。たとえば切り抜きサービスの場合、グリーンやブルーの布を背景にして商品や人物の写真を撮ったのであれば、うまく切り抜くことができる。そうしたクロマキー撮影はテレビ業界では常識となっているが、とことんの主な営業ターゲットであるネットショップや広告チラシ制作会社の世界ではあまり浸透しているとは言い難(がた)い。白い壁をバックに撮影するといったことがふつうになされているのだ。

 しかしそれでは、切り抜きの画像処理をソフトで自動的におこなうのは難しくなります。「クロマキーで撮影してください」というのはなかなか受け入れてもらえないのが現状で、そこが当社のサービスの利用者数が伸び悩んでいた要因の一つにもなっていました。

 この点をふまえ、白い背景でも自動で切り抜きができるソフトウエア開発をひとりの社員(プログラマー)の力を借りながら進める一方で、「クロマキーでの撮影は面倒くさい」と言われて失注していたネットショップなどに対してもう一度積極的にアプローチをかけていきたいと考えています。たとえ画像処理の一部を手作業でしなければならないとしても、格安で請け負ってくれる海外業者に外注するなどして、まずはビジネス上の接点を築くことが大切だと思っています。

 また最近は、切り抜きエンジンを顧客の商品に合わせて最低化するサービスも始めました。クラウド型の切り抜きエンジンは不特定多数の商品を対象にせざるを得なく、すべてのユーザーに満足してもらえない原因がそこにあります。例えばアパレル系商品は反射が少ないので白色の見分けが比較的容易ですが、貴金属は反射部分が白くなり、背景の白との区別がつきにくい。ところが、切り抜き対象があらかじめ貴金属とわかっていれば、それなりに処理ができて品質を高めることができます。今後はこの新サービスを積極的に売り込んでいきたいと考えています。

 そろそろ売り上げを着実に伸ばしていかないとまずい、という焦りは正直あります。数多くの人たちに支援してもらって今の自分があるので、その恩返しのためにも何とかして飛躍のきっかけをつかみたいものです。失敗だらけで本当に情けないんですけど、最後は必ず成功させたいですね。

(本誌・吉田茂司)

沿革
2009年 3Dのソフトを開発していた「エヌテクノロジー」が倒産
2010年 自己破産した後、契約社員として訪問営業の仕事に就く
2012年 「とことん」を設立。タクシー運転手として生計を立てる
2016年 「福活ファンド」で出資を受ける
会社概要
名称 株式会社とことん
設立 2012年1月
所在地 (本社)福島県郡山市緑町9-12
(横浜事業所)神奈川県横浜市保土ヶ谷区上菅田町435-65
社員数 1名
URL https://tocoton.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2017年5月号