第1次は水力や蒸気エネルギー、第2次は電力、第3次はエレクトロニクス・IT──。これらによって人類は3度の産業革命を経験してきた。そして第4次産業革命は、あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」などのテクノロジーの進化によってもたらされると言われている。その潮流はすでにそこまで来ている。

つながる町工場プロジェクト

 第4の産業革命を意味する「インダストリー4.0」。ものづくり大国ドイツでは、その実現に向けたプロジェクトに国を挙げて取り組んでいる。目指しているのは、ものづくり現場のデジタル化。ITで高度に自動化された「スマート工場」同士をインターネットでつなぎ、より効率的な生産体制を築こうとしている。

 実は、こうした動きは日本の中小製造業者の間でも始まっている。「つながる町工場プロジェクト」の名のもとに集まった今野製作所(足立区)、西川精機製作所(江戸川区)、エー・アイ・エス(同)の3社連携は、一部の人たちから「中小企業版インダストリー4.0」と呼ばれている。3社はいずれも「板金」を強みにする町工場。インターネットでつながることで、あたかも一つの工場のようになっている。

異分野同業3社の集まり

 西川精機の西川喜久社長(51)が、東京都の異業種交流会で以前から顔見知りだった今野製作所の今野浩好社長(53)と急速に親しくなったのは、今から5年ほど前だった。

「異業種交流会での話題というと、昨今の経営環境を嘆くグチばかり。そんな状況に嫌気が差していたときに、いろいろ話をするようになったのが今野社長でした」(西川社長)

 現状を打破するために何か前向きなことをしたいと考えていた2人は意気投合。さらにそこに、西川社長の古くからの知り合いだったエー・アイ・エスの石岡和紘社長(48)が合流し、お互いの会社がよくなるために3社共同で新たな取り組みをはじめようということになった。

 最初に取り組んだのが、「人材育成」だった。職人たちの高齢化が進むなかで、若い人材をどう育てていくかは3社に共通する課題であった。「溶接勉強会」などを定期的に開催し、職人たちのスキルアップを図った。

 3社は板金をなりわいとする同業者とはいえ、それぞれ得意分野が微妙に異なる。今野製作所は理化学・研究分野向け機器のオーダーメード製作などを手がけており、「多様なステンレス製品の溶接」や「3次元CAD設計・構造計算」などが得意だった。

 一方、西川精機の持ち味は「NCマシニングによる切削加工」や「レーザー切断加工」など。産業設備用の治具や医科学研究用機器・機材などの製造を数多く請け負ってきた。

 そして、エー・アイ・エスが得意なのは、「タレットパンチプレス加工」や「スポット溶接」などの技術を生かした、筐体(きょうたい)(箱物)の製作。飛行機の管制塔で使われる操作卓の筐体、産業用アルカリ電池のケース、給湯器のカバーなどを作っている。

「私たちはいわば“異分野同業3社”なんです」と西川社長はいう。それゆえ各社が得意にしている技術を学び合うこともできるし、外部から講師を招いて研修会を開くにしても3社共同でおこなえば金銭面の負担も少なくてすむ。また、6S活動(整理・整頓・清掃・掃除・しつけ・セーフティー)を3社合同ではじめたところ、競争意識が働くためか、これも予想以上の効果が得られた。

 そうこうするうちに、やがて3社で「共同受注」をはじめようという話が持ち上がった。「それぞれの長所を持ち寄って連携すれば、単独では技術面あるいは労力面で難しい仕事でも受注できるようになる。つまり、仕事の間口が広がると考えたわけです」(同)。

 この新規事業をはじめるにあたって、東京都中小企業振興公社の「地域資源活用イノベーション創出助成事業」に申請したところ、見事採択されて助成金をもらえることになった。こうして2014年8月に「つながる町工場プロジェクト」がスタートした。

業務プロセスの見直し

 3社がつながるために取り組んだのは、主に①業務プロセスの見直しと②工場のIT化の2つだった。外部の専門家を招いての「業務プロセス・ルール部会」と「ITカイゼン・情報連携部会」を毎月開催することで、その推進を図った。

 ①で指導を仰いだのが、バリューチェーンプロセス協議会(VCPC)の渡辺和宜氏だった。製造業の場合、現場のムダ取りはしっかり行っているものの、受注から納品までのプロセスの間にさまざまなムダが潜んでいることが多い。そこで業務プロセスを一度整理して課題を抽出し、「工程改善」を図っていくのがこの活動の狙いだ。

 一方、②で協力を得たのが、法政大学デザイン工学部システムデザイン学科の西岡靖之教授である。「コンテキサー(Contexer)」という西岡教授が開発した情報連携ツールを利用して作った「生産管理システム」を3社でそれぞれ導入し、作業の進ちょく状況を「見える化」できるようにした。

 実は、業務プロセスの見直しや生産管理システムの導入については、3社連携のプロジェクトがはじまる以前から今野製作所が先行しておこなっていた。板金業務のほかに、油圧ジャッキメーカーとしての顔も持つ同社では、より効率的な生産体制をつくることを大きな痛手を被ったリーマンショック以降の課題としており、その切り札として今野社長が目を付けたのが業務プロセスの見直しとIT化だった。

「また、『ビジネスモデル部会』という名称でメンバー同士が集まり、ウェブサイトの立ち上げに関することや、それぞれの会社の魅力・強みは何かについての話し合いも繰り返しました」(同)

クラウド上での受注検討

 プロジェクトが発足して約2年が経過した現在、3社は共同受注を開始している。3社共同で受注したケースはまだそれほど多くはないが、2社間で受注した仕事も含めれば、その数はもっと増える。

 3社で受注した仕事のひとつに、ある大学から依頼を受けた最先端の研究開発に必要な装置器具の製造があった。これは、大学の研究機関に営業の足がかりを持っていた今野製作所が窓口となって受注したものだった。この場合は今野製作所が「主管企業」となり、他の2社が「協力企業」となる。

 受注するかどうかの最終判断や、見積もりの提出、価格交渉などは主管企業の役割だが、「見積金額をいくらにするか」「この工程はどの会社が担当するか」といった打ち合わせは3社で行う。こうした3社間のやり取りについてはサイボウズ社の「キントーン(kintone)」をベースに作ったクラウド上のコミュニケーションシステムを活用する。受注案件ごとに各社の営業担当者などがSNS風にコメントを書き込めるようになっている。

東京町工場ものづくりのワ
http://www.machikoba.tokyo/

「3社共同で作ったウェブサイトの『問い合わせフォーム』を窓口に、新規の注文を受け付けることもしています」と、プロジェクトの事務局を担当する宮本卓さん(Creative Works代表)は語る。この場合においては、宮本さんがキントーンで3社の営業担当者とやり取りしながら、見積金額などを決めたうえで顧客に伝える。ちなみに3社のウェブサイトは、グーグルやヤフーなどの検索窓に「東京町工場ものづくりのワ」と打ち込むと出てくる。

一つの標準モデルになれば

 そして、キントーンを通じて仕事の中身や流れを決めた後、実際に作業に入った段階で使用するのが、コンテキサーで作った生産管理システムだ。「板金まるごと管理」と名付けたこのシステムを活用すれば各社で工程管理をしっかり行うことができる。エー・アイ・エスの石岡社長は、「いま現在どの工程の作業をしているかが、現場スタッフも含めて明確に分かるようになりました」と生産管理システム導入の効果を語る。

「できれば今年度中に3社が入れている生産管理システムをクラウド上でデータ連携させる予定です。そうなれば、たとえば今野製作所さんや西川精機さんが担当する仕事の進ちょく状況が、自社のパソコンからリアルタイムに把握できるようになります」(石岡社長)

 今年5月末、インターネットで町工場同士をつなぐ3社の活動は、インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ(IVI)が実施する「つながるものづくりアワード2016」で最優秀賞を受賞した。トヨタ自動車やパナソニックなどのそうそうたる大企業よりも高い評価がなされたことに、驚きの表情を浮かべる人も少なくなかった。

 今野社長がいう。

「私たち3社の取り組みが、中小ものづくり企業同士がITで連携する一つの“標準モデル”になればと思っています。そしてそれが、地域に町工場を残すための一助になれば最高ですね」

(本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 今野製作所
所在地 東京都足立区扇1丁目22番4号
設立 1969年10月
社員数 約30名
URL http://www.bankin-order.com/
会社概要
名称 西川精機製作所
所在地 東京都江戸川区松島1-34-3
設立 1960年
社員数 9名
URL http://www.nishikawa-seiki.co.jp/
会社概要
名称 エー・アイ・エス
所在地 東京都江戸川区西瑞江4-15-15
設立 2000年4月
社員数 18名
URL http://seimitsubankin.com/

掲載:『戦略経営者』2016年8月号