今秋から来春にかけて提供を予定しているTKCの金融機関向けフィンテックサービスと証憑ストレージサービス(仮)。これらサービスを利用することによって中小企業にどのようなメリットがもたらされるのか。株式会社TKCの飯塚真規専務取締役・営業本部長とビジネス・ブレインの畑中孝介税理士に話を聞いた。

──TKCでは金融機関向けフィンテックサービスの提供を予定しています。

飯塚真規 氏

飯塚真規 氏

飯塚 金融庁は、昨年「金融行政方針」の具体的重点施策に「企業の価値向上、経済の持続的成長と地方創生に貢献する金融業の実現」を掲げ、「担保・保証に依存する融資姿勢を改め、取引先企業の事業の内容や成長可能性等を適切に評価(事業性評価)し、融資や本業支援等を通じて、地域産業・企業の生産性向上や円滑な新陳代謝の促進を図り、地方創生に貢献していくことが期待される」という方針を出しています。また、その具体的な取り組みとして、取引先企業の経営状況や課題を把握するための定期的な訪問やモニタリングを通して、関係構築することを求めています。TKCは、迅速かつ正確な月次決算によって、最新の経営状況が把握できるようになり、そこから事業性評価は始まると考えています。そのため、月次試算表提供サービス(仮称)をまず提供します。その上で、格付け等に必要になる決算書等を提供する決算書等提供サービス(仮称)と、リアルタイムに業績を把握できる最新業績閲覧サービス(仮称)という3つのサービスを提供しようと考えています。中小企業や会計事務所にとっても、自社の月次試算表や決算書の信頼性を金融機関に伝えるよい機会となるのではないでしょうか。

──3つのサービスを順番に説明してください。

飯塚 一番目の月次試算表提供サービス(仮称)は、TKC全国会会員の税理士・公認会計士による月次巡回監査と月次決算が終了した後に、金融機関に対しモニタリング用のデータを自動で提供するサービスです。もちろん、あくまでもこのサービスの利用は関与先企業の了解が前提で、どの範囲まで開示できるか企業側が選べるような仕組みにする予定です。

──内容をすべて公開してしまうのには抵抗がありますからね。

飯塚 はい。クラウドベンダーのなかには会計システムの中身をそのまま金融機関に見せるようなサービスを開発しているところもありますが、そこまで情報開示する必要があるのかという論点が必ず出てくるでしょう。従ってTKCでは、経営改善計画策定支援事業で使用しているモニタリング報告書の様式をベースとして、売上高から当期利益までのサマリーをメーンの提供データにする予定です。経営計画と実績、両者の対比も表記されており、金融機関が注視する経営指標をしっかりチェックできるようになっているのが大きなポイントといえるでしょう。しかも企業から会計事務所に対し「ここまでの情報なら開示します」とその範囲を指定できるので、会計データがすべて見られてしまうという中小企業側の懸念も払拭(ふつしよく)できると思います。

──ほかに送信するデータはありますか。

飯塚 さらにそれを補完する資料として、月次試算表、損益計算書、貸借対照表、資金繰り表などを提供できます。そこまですれば金融機関側からは「しっかり情報を開示してくれる」と高い評価を得ることができるでしょう。金融庁の行政方針も、かつての「しっかり貸倒引当金を積んで健全な経営をしていこう」という方向性から、地域経済の活性化や健全な発展のため中小企業の経営努力を積極的に支援する方向性に変化しています。経営者が金融機関に業績を定期的に報告することによって金融機関も企業からの相談に乗りやすくなり、両者の関係が強化されることにつながるでしょう。

──決算書等提供サービス(仮称)についてはいかがですか。

飯塚 月次試算表が12カ月積み重なり、決算調整を加えたものが決算書になるわけですが、この決算書と貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、またTKCならではの記帳適時性証明書などのデータを提供することを検討しています。さらには法人税申告書別表や科目内訳等を含め、実務的にどこまで開示するデータが必要か検討しています。これら3つのサービスの提供スケジュールですが、月次試算表サービス(仮称)と決算書等提供サービス(仮称)が今年の10月、最新業績閲覧サービス(仮称)は来年の4月を予定しています。

──最後は最新業績閲覧サービス(仮称)です。

飯塚 関与先企業はTKCインターネット・サービスセンター(TISC)に自計化システムのバックアップを置くことができますが、このデータを、関与先企業の承諾のもと金融機関がいつでも閲覧できるようにする仕組みです。もちろんこれも財務諸表や会計データそのものをすべて閲覧できるのではなくて、企業が金融機関に開示できる範囲をあらかじめ決めておくことになります。また取引先名や役社員の名前、給与の額なども不開示になります。これらの範囲をどのようにするかということについてはノウハウがないので、現在、常陽銀行と共同研究を進めているところです。

月次巡回監査の存在が強みに

──フィンテックサービスが話題になるなかで、TKCが提供するサービスの特徴とは?

飯塚 まず大きなポイントとなるのが、TKC全国会会員による月次巡回監査が月次試算表と決算書の正確性を支えている点です。会員税理士・会計士による巡回監査、または決算書の作成においては、法人税法第22条の4項で定義されている「一般に公正妥当と認められる会計処理」に含まれる「中小会計要領」に基づき会計処理が行われており、これが会計制度上の決算書の正しさの根拠になっています。つまり制度会計上求められている帳簿が遡及修正できないTKCシステムによって正確に作成され、なおかつ専門家による第三者検証がなされているという点に際だった優位性があるのです。他のクラウドベンダーを使っている中小企業と金融機関の間ではそのような仕組みをつくることはできません。

──データそのものの信頼性が違うということですね。

飯塚 はい。例えば最近ちまたでは自動仕訳のサービスがよく見られるようになっていますが、要するに過去の履歴を覚えていてそれを同じ取引で計上し続ける方法です。その仕訳が合っているかどうかという保証は全くありません。フィンテックサービスの検討にあたりいろいろな金融機関とお話しする機会がありますが、企業が自計化して、経営者が自社の業績を金融機関にきちんと説明でき、またそれを会計の専門家が毎月チェックするTKCのシステムにおいて、そのチェックした結果が金融機関にデジタルのデータで届けられるようになったら本当にありがたい話だという声が多く寄せられています。

──これまでの取り組みがあらためて評価されるようになると。

飯塚 そうですね。TKCの活動が王道として評価されるようになると思います。いままでは自社の取り組みについて金融機関に伝えきれていない側面があり、結果的に「TKCは粉飾が少ない」という肌感覚にすぎなかったのですが、内容をしっかり理解していただいたうえで高い評価を受けるケースが増えてきています。現在TKC全国会では金融機関向けの事務所見学会を展開し月次監査や経営計画作成でいったいどのようなことを行うのか積極的にピーアールされていますが、金融機関の評価が日増しに高まってきているのを感じています。

──月次監査に加え経営計画作成の観点でも評価されていると。

飯塚 予算を登録できるシステムであるということも大きな強みですね。金融庁が「事業性評価」を重視する方針を打ち出したり、中小企業等経営強化法で「経営力向上計画」が導入されたりと、国の中小企業施策が、経営計画を作成しそれがきちんと計画通り進捗(しんちよく)しているか継続的にチェックすることに力点を置くようになったからです。その点、TKCには経営計画を作成して予算と実績をしっかり比較しながらPDCAを回せる『継続MASシステム』がありますし、経営改善計画策定支援事業で培ってきたノウハウもあります。

──金融機関からの具体的なアプローチは?

飯塚 中小企業がどのような科目体系で会計処理をしているかは千差万別ですが、それに加えて評価するほうの金融機関の科目体系も別個に存在するわけです。従ってこれまで金融機関は紙で提出された試算表をもとに科目を組み替えて独自の資料を作っていたわけですが、その元データがすべてデジタルで提出されれば金融機関にとってはかなりの作業効率の改善につながります。すでに全国99の金融機関から問い合わせをいただいていますし、そのうち十数行からは「早く提携したい」との声をいただきました。会計の専門家がチェックした信頼性の高い試算表などのデータが月次決算後すみやかに提出される仕組みについて、かなりの期待が寄せられているのを感じています。

──中小企業側のメリットは?

飯塚 中小企業の財務情報の提供については、これまで金融機関が普段のつきあいのなかで「なんとか開示してもらえないか」とお願いしてきたもの。それを企業側から積極的に開示するようになるには、金融機関も付加価値をつけた何らかの新たなサービスを検討しなければならないでしょう。実際、ある金融機関からは、「このサービスを使えば場合によっては即時融資のサービスが可能になるかもしれない」と言う話を聞きました。この仕組み専用の低利ローンも将来的には登場してくると思います。資金が不足しているときにどれだけ早く融資が受けられるかというのは企業にとっては切実な問題ですので、これらの金融サービスが実現すれば中小企業にかなりのメリットになると思います。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2016年7月号