「自計化」とは、企業が自社のパソコンを使って、会計ソフトに必要なデータを入力すること。タイムリーに自社業績が確認でき、データから有効な戦略を引き出すことも可能になる。とくに、TKCシステムの「変動損益計算書」「部門別管理」を前面に押し出した設計思想は、経営者の意識変革を促し続けてきた。

宮田 146年という、われわれには想像もつかないような大変な歴史をお持ちです。

藤安秀一社長

藤安秀一社長

藤安 一応、1870(明治3)年創業としていますが、実際は「不詳」です。薩摩藩の御用商人だったので、江戸時代中期くらいからの歴史があるのではないでしょうか。年貢米や大豆、麦、塩なども、一度、私どもに入ってから藩におさめる形だったようです。しかし、食糧難の時代には盗賊なども横行していて、それらの産品を「もろみ」にして寝かせるという対策を講じ、その「もろみ」から、みそ、しょうゆなどを細々と作りはじめました。つまり、自然発生的に現在の業態がなりわいとなったのだと聞いています。

宮田 メーカーでありながら、販売、物流にも特徴があるとか。

藤安 昭和30年代くらいまでは、黙っていても売れていました。みそ、しょうゆは庶民の必需品ですから。ところが、スーパーの台頭などによって競合が激しくなり、商品に付加価値とブランド力(「ヒシク」ブランド)をつけることが求められるようになってきた。価格競争に陥らないための差別化ですね。そのためには、商品開発はもちろんのこと、ニーズを吸い上げるために顧客と直接つながることが必要です。そこで、設備投資・維持コストはかかりますが自社トラックを持ち、顧客を直接訪問して商品を卸していく手法を推し進めました。中間を入れずにですね。そうすれば、多くのお客さまとそれぞれにお取り引きするので、リスク分散にもなります。

宮田 独自の流通チャンネルをつくりあげてきたと。

藤安 そうです。現在はやや卸経由が増えてきましたが、それでも自社営業が6割を占めています。

宮田 卸をはさまないメリットは何ですか。

藤安 お客さまの声がダイレクトに聞けるというのが最大のメリットでしょう。1つはクレーム対応がスムーズにできること。これは絶対的最優先事項であり、クレームレスポンスのスピードを速くすることを徹底しています。それから2つ目には「こんな商品が欲しい」などという顧客ニーズが上がってくること。それをもとに研究開発室で製品化するので、当然、現場の技術力も上がってくる。当社では年4品くらいの新商品をコンスタントに発売しているのですが、その原動力となっています。

変動損益計算書に出会う

宮田矢八郎氏

宮田矢八郎氏

宮田 1993年に社長になられて、変動損益計算書(『戦略経営者』2016年7月号P14参照)と出会われるわけですが、そのいきさつを教えてください。

藤安 私は簿記が分からず、資金繰りの経験もありませんでした。つまり、まったくの素人だったわけです。戦時中に主計だった父(先代)から「会計はしっかりやらんといかん」と言われ、興味を持たないとダメだなと思う程度でした。で、社長になりたての頃、こんなことがありました。青年会議所で会計を勉強した際、損益分岐点の出し方が分からないんです。愕然(がくぜん)としました。表向き分かったふりはしていましたが(笑)。

宮田 経営者としては切実な問題ですね。

藤安 そう。当社はメーカーなので設備投資をしなければなりません。そのため、借り入れを起こすわけですが、その借り入れが終わったと思ったらまた設備投資。その繰り返しです。苦しくて仕方がない。なんとかならないかと。そこで、財務をコントロールする必要性を感じたのです。

宮田 そのために、まず何を?

藤安 中小企業大学校に通ったり書籍を読んだりしながら勉強した結果、損益分岐点を有効な形で求め、活用するには、変動費と固定費を分解して限界利益(粗利益)を出す変動損益計算書の考え方が必要だと知ったのです。損益分岐点が明確になれば利益計画も立てやすくなる。つまり、当社には税務会計はあるが、戦略会計、管理会計が欠けていたということです。さらにいえば、年に一度、税務署に提出する決算書をつくるだけの顧問税理士はいらないと考えました。月次でしっかりと戦略的に財務面をサポートしてくれる税理士さんが必要だと感じたのです。そのことを当時、当社の担当だった塩倉宏さんに話すと目が点になっていました(笑)。

宮田 そこで、塩倉さんに向けて「TKCに入ってもらえないか」とおっしゃったそうですね。

藤安 変動損益計算書といえばTKCだということは知っていましたから。一緒に勉強しようやと……。私も塩倉事務所とは3代にわたるお付き合いですから情の部分はありましたが、やはり経営者として成長したいという気持ちの方が強かったのです。今思えば随分酷なことを言ったかもしれませんが、その時は私も必死でした。後から聞いた話では、塩倉さんは、その日のうちにTKCの門を叩(たた)いたそうです。

宮田 いまのお話に、経営者が税理士に何を求めているかが明確に出ていると思います。経営を良くするために月次でデータを分解・把握していく。さらにすばらしいと思うのは、藤安醸造さんでは、このデータの内容を社員と共有されているそうですね。

藤安 塩倉事務所の協力のもと、毎月20日前後に私を含めて係長、課長クラスまで十数名で前月の業績検討会を開き、TKCの自計化ソフト『FX2』(『戦略経営者』2016年7月号P29参照)の帳表をプロジェクターで映しながらさまざまなことを話し合います。会社の実態を知ると同時に、財務管理の見方を勉強する場ですね。

宮田 月次の業績検討会が社員教育の場になっていると。

藤安 はい。通常、経理担当でもない限り、社員は財務データに関心を示しません。しかし、私が帳表を見ながら質問を投げかけると必死で考えるようになる。また、逆に私も、「この数字だから実態はこうだよね」などと問いかけることで、自分の考え方が正しいのか否かをはかっている部分もあります。社長だけが正しいと思い込んでいると「裸の王様」になりかねませんから。

ポイントは限界利益と人件費

宮田 実際、変動損益計算書はどのように設計をされましたか。

藤安 塩倉さんと何度も話し合いながらつくりあげました。たとえば製造原価のなかの労務費などを固定費に移しました。私は人件費は変動させてはいけないと考えています。当社は家族経営を標榜(ひようぼう)しており、ほぼすべてが正社員採用ですからね。それから固定費のなかの光熱費なども従量制の部分を変動費に移しました。そのような細かな作業の末に「限界利益」を出すことができるようになります。そこから人件費の割合を出せば正しい「労働分配率」が出てくるわけですね。さらに、TKCシステムにはBAST(黒字企業の最新業績順位表、『戦略経営者』2016年7月号P66参照)というデータがあって、ベンチマークする数値が確認できます。これもひとつ重要な指標にしています。

宮田 商品の売価を決める際にはどうですか。

藤安 これも変動損益計算の考え方を使います。それまでは「原価の3倍」などとざっくり計算していました。しかし、変動損益計算では、前述の通り、原価計算をするときに変動費と固定費に分け、限界利益を割り出します。そこから固定費を回収し損益分岐点を上回る形の売価を決定するので、非常に確実で柔軟な価格設定が可能になります。うっかり間違って、最終利益が出なくなってしまうこともありません。

宮田 限界利益率の目安は?

藤安 概ね50%が目安でしょうか。それ以上取れたらそれに越したことはありませんが。近年、この限界利益率が穀物相場の高騰と資材値上げ等で若干下がり気味なのが悩みの種です。私は長年、内部留保を充実させることに主眼を置き経営をしてきました。「転ばぬ先の杖」でしょうか。ますます激変する経済環境に耐えうるためです。

宮田 部門別管理は?

藤安 当社の場合、メーカーでもあり卸、小売りでもあるので、部門別管理は技術的に非常に難しい部分があります。そのため、常時確認している状況ではありませんが、ただ、データを引っ張り出せるようにはしています。『FX2』の部門別管理機能を使って、大きくは製造部門(3部門)と営業部門(2部門)で把握し、ほかに研究開発部門や管理部門など計25部門で売り上げと経費を管理しています。たとえば製造部門でいえば、社内で「コンピューター価格」(社内振替価格)と呼んでいる営業へ渡す製品の金額を売上高として利益管理を行っています。また、営業は、当然ですが、そのコンピューター価格を変動費に入れ込み、限界利益を算出しています。

宮田 研究開発部門に5名も配置されていますが、これは?

藤安 冒頭の話に戻りますが、価格競争に陥らないよう製品に付加価値をつけるには、他社にないものを開発する必要があります。例えばしょうゆでは、近年、用途別に細分化されたニーズが出てきました。刺し身用はもちろん、湯豆腐に適したもの、煮付けに適したものなどをユーザーが個別に求めるようになった。ここに的確に対応していかないと、いくら歴史のある味といっても支持されなくなります。そのため、常に新しい製品を世に問いながら限界利益率を上げるような努力が必要なのです。

宮田 コストセンターである研究開発部門が、実は利益を生みだす源なんですね。

藤安 その意味では会計も同じでしょう。会計だけでは飯は食えませんが、会計が戦略をつくる重要な指標となり、利益を生み出すことは十分にあり得る。私はそう思っています。

プロフィール
ふじやす・しゅういち 1954年1月、鹿児島県生まれ。中央大学を卒業後、藤安醸造に入社。1993年7月に代表取締役に就任。「伝統」と「革新」を融合し、黒字経営を続けている。

(本誌・高根文隆)

会社概要
名称 藤安醸造株式会社
創業 1870年
所在地 鹿児島市谷山港二丁目1番10号
売上高 約9億円
社員数 63名
URL http://www.hishiku.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2016年7月号