ネーミングのセンスが商品の売れ行きを左右する?感性リサーチは、商品名の語感が消費者にどのようなイメージをもたらすか客観的に判定する独自の分析エンジンを開発したユニークな会社だ。語感がイメージ形成につながる仕組みや売れるネーミングのコツについて黒川伊保子社長に聞いた。
- プロフィール
- くろかわ・いほこ●長野県生まれ。奈良女子大学理学部物理学科卒業。富士通ソーシアルサイエンスラボラトリで人工知能や自然言語処理の研究に従事。原子力発電所に勤務する技師が、会話をするように世界中の事故やトラブルについて調べることができる日本語対応の逐次型事故トラブル情報データベースなどの開発に携わる。2003年に感性リサーチを設立し世界初の語感分析法を開発、多くの商品名やマーケティング戦略を手がけ大ヒットに導く。
──言葉と脳の研究を通じ、「語感」がイメージに与える影響について指摘されています。
黒川伊保子 氏
黒川 例えば「サシスセソ」を発音すると口腔(こうくう)表面の温度が下がるので、日本語の「さわやか」「すずやか」「清涼感」という感覚と結びつきます。英語でいえば「スムーズ」ですね。人間は息と口腔周辺の筋肉を動かして言葉を発しますが、s音を発すればみな同じように口腔表面の温度が下がり、かつ摩擦力を感じさせずソフトに息が抜けていく感覚を与えるでしょう。ここから「やわらかさ」「物事がスムーズにいく感じ」を感じ取ることはできますが、ごつごつした感じや熱さを感じる人はまずいないはずです。人間が言葉を発するときに体で感じる感覚――外から観察する場合にはその発音の物理構造――から言葉のイメージが導出できることを、私たちはサブリミナルインプレッション(潜在意識効果)と呼び、この効果は人類共通だと考えています。
──発音の物理構造とは?
黒川 音韻を発音するときに口腔内の高さ、喉や舌の筋肉をどのくらい使っているか、喉を通り抜ける息の速度などを指します。息の抜け方によって口腔表面を下げる音、逆に口腔内の温度を上げる音、空気が緩むことによって停滞感を与える音――これら発音するときに口の中で起こる物理的な効果についての情報が運動野を通じて小脳に伝わり、イメージを構成するひとつの要因となるのです。
かつて自動車業界では、カローラやシビック、コロナ、セドリック、カマロ、シトロエンのようなcではじまる車は売れるというジンクスがありました。c表記の発音は日本語でいうとs音とk音になりますが、どちらものどちんこの付け根の屋根の部分「軟口蓋(こうがい)」が丸くせり上がる、英語でいえばcurveやcircleという発音で、固い曲面が回転を感じさせる車にぴったりのイメージになります。
語感のイメージは人類共通
──言語によって受け止め方は違うのではないでしょうか。
黒川 確かにもう一つ上のランクのイメージ、例えば「高級感」などの上位概念になると文化によって違いができてきます。例えば英国人が厳格かつ高級感のある感じを出すためには濁音を使うことが多いですが、日本語では「やんごとない」などというようにヤ行のようなやわらかい音に高級感を見いだします。また寒い地方に住む人々は口腔表面を下げる音を好まず、砂漠の民が口を無防備に開ける母音を強く響かせる発音を避けるなど民族間による差異もあります。しかしやはり語感から受け取る基本的なイメージは共通していると思いますね。
──脳の機能が共通だからですか。
黒川 はい。空間制御をしたり身体制御をしたりする中枢は小脳ですが、ここは「歩く」「話す」など極めて微細な筋肉の連動を必要とする動きをコントロールしています。例えば話すという行為は横隔膜をあげて息を出しながら喉や唇、舌を同時に制御して初めて声を出すことに成功するわけで、それらの動きが0.1秒もずれたら音は出ません。この小脳を使った運動制御はイメージと連動しており、口を高くあげれば高らかな感じが、舌を固く使えば固い感じがするという素直な関係にあります。また、脳には生まれつき目の前の人の表情筋を写し取る能力が備わっているので、他人が固い口の使い方をしたのを見ることで「固い」というイメージが脳に生じます。言語脳の完成期といわれる8歳を過ぎると、文字面をみただけでも音韻の効果が脳に浮かぶといわれています。
──音韻の選択によって受け取るイメージが違うということですね。
黒川 ユーザーに明るい気持ちを与えたいと思えばそうした音韻を含んだコピーにすべきだし、信頼性を獲得したいと思えばそれに適した言葉を使うべきでしょう。過去にこんなことがありました。ある自動車メーカーから自動車のネーミングを依頼され、最終的に①聞き覚えのある英語の造語②聞き慣れないイタリア語の造語③英語の別の造語――の3つの案を出しました。それぞれ①信頼性②遊び心③パワフルさという3つの観点から当社の分析エンジンが選出した案です。そして社長プレゼンテーションで、放映予定のテレビCM広告を車名だけ変え3パターン見てもらいました。信頼性を重視した1番目のCMに続き、遊び心を感じさせる2番目のバージョンを流している最中に社長が「ちょっと待って」と再生を止めさせたのです。社長の口から続いて飛び出したのは「これ車違うだろ?」という言葉でした。もちろん車名が変わっただけで、自動車そのものはまったく同じです。自動車メーカーのトップでさえ自社の新車がイタリア車にすり替わってしまったと勘違いするほど、名前が人々のイメージ形成に与える影響は大きいのです。
──分析エンジンとは?
黒川 口腔周辺の筋肉がもっとも固くなるのは「か」という音で、喉が極度に緊張します。口腔周辺の筋肉が次に固くなるのは「た」で、今度は舌が緊張します。従って日本語の「かたい」という言葉は、日本語のなかでも上位2つの固い拍を並べた音なのです。一方、順番を逆にした「たかい」は最も口腔が高くなる「た」と2番目に高い「か」をつなげています。
私たちは、「か」「き」「く」「け」「こ」や「さ」「し」「す」「せ」「そ」といった一つ一つの拍ごとに、息が抜けていく早さや口腔の高さなど口の中で起こる物理効果を客観的に評価し、語感イメージを自動的に算出する分析エンジンを開発しました。「カローラとクラウンだったらカローラのほうが素早い感じがする」「クラウンは居住性が良い感じがする」といったことが一定の演算ルールで導き出せるような仕組みです。
──物理属性とは?
黒川 舌・喉・唇などの筋肉の硬さや口腔の高さ、舌が上あごに密着する度合い、息の流れの速さ、鼻腔に響くかどうかなど、口腔周辺の物理特性を64の属性に切り出し、音韻ごとにそれぞれの属性の相対数値を付し、データベースにしています。このデータベースを使えば、例えばある言葉がどれだけ硬くスピード感があるのかが割り出せるのです。ただし、それぞれの物理特性だけではイメージがわかりにくいので、「高級感」「機能性」「癒し感」などのイメージ語をあらかじめ物理特性の関数で表しており、分析したい言葉を入力すると、物理特性の値が出ると共に、訴求するイメージ語もリストアップされるようになっています。
ネーミング成功のための3法則
──経営者は具体的にどのようなことに注意してネーミングすればよいのでしょうか。
黒川 ネーミングの良しあしは①実体と語感のイメージが合致していると気持ちいい②性別や年齢などの属性が異なれば心地よい語感や不快な語感も異なる③時代がつくり出す語感の傾向がある――という感性分析の3法則で判断することができます。まず第一法則ですが、これは固いモノには固い語感が、スピード感のあるモノにはスピード感のある語感が適しているということ。ラーメンズというお笑いユニットの「名は体を表す」という舞台作品のなかに、「せんべいとマシュマロを知らない人間に実物を見せて、どちらがせんべいか聞いてみる」というくだりがあります。このシチュエーションではほとんどの人が正しい答えを言い当てると思います。「マシュマロ」は口の筋肉をやわらかくし、ほっこりとさせながら発音しますし、「せんべい」は舌を平たくする「え」段を使うとともに「せ」と「べ」では舌を固くさせるからです。
またドラッグストアなどでシャンプーが置いてある棚を見てみてください。スムーズさを表すs音、輝きを示す「ラリルレロ」、滑らかさを表現する「エ」段の音が多用されているのに気がつくはずです。呼ばれるもののイメージと呼ぶ音が一致すれば人間は心地よいと感じ、つい商品を手にとってみたくなるものなのです。
──女性と男性で感じ方が違うというのが2番目の法則ですね。
黒川 はい。年齢や性別で心地よいと感じる音韻が違うという法則で、特に男女の区別には注意する必要があります。例えば男性は力強さや大壮さを感じる濁音を好む傾向にあり、「キングギドラ」「ガメラ」「ガンダム」「ザク」など巨大ロボットや怪獣には「ガギグゲゴ」「ザジズゼゾ」などが圧倒的に多い。濁音は強い摩擦で重低音を響かせるので、「愛と暴力のホルモン」と呼ばれているテストステロンが大量に出ている若い男性が好感を抱きやすいからです。
一方エストロゲンが過剰に出て身体がほてって重たい感じがする女性にとって、濁音は不快。かわりに「カキクケコ」「サシスセソ」「ラリルレロ」など口先で軽やかに発音できてからだの温度を冷やす音韻が気持ちいい。「かわいい」「すき」「きらい」などの言葉を女性が好むのは、発音していて気持ちが良いからです。
──3つ目の法則は?
黒川 語感とイメージの関係性には、時代の感性に沿った流行があるということです。例えば2000年代初頭は、『世界に一つだけの花』(SMAP)がヒットするなど自己愛にあふれた歌がはやりました。映画では『電車男』や『世界の中心で、愛を叫ぶ』などが大ブームとなった時代です。「へたれ男子ブーム」ともいえる人の気持ちをベタ甘にさせるこんな時代は、親密感を抱く母音が流行します。シャープの液晶『アクオス』がヒットし、女優やスポーツ選手では「あいちゃん」ブームが巻き起こりました。お笑いタレントでもおぎやはぎやアンジャッシュ、アンガールズなどア行のコンビがブレークしています。子音は息をはじいたりこすったり破裂させたりして出すので攻撃的になりがちですが、母音は声帯振動音だけで出すので親しみを感じさせるのです。
ところが現在は人々の気持ちがりりしさを取り戻し、2013年ごろから「ヒーローの時代」に入ったと考えています。その証拠に、2000年前後からのITベンチャーブームで企業経営者がよく使っていた「ゆめ」や「未来」といった単語を最近はめったに聞かなくなりました。その代わりいまの経営者は「使命」という言葉をよく使い、すっきりとした子音を好むようになっています。
これからは「りりしさ」の時代に
──法則通りだと似たような名前ばかりになってしまいませんか。
黒川 もちろん、あえてルールを破って目立つというやり方もあります。シャンプーの領域のようにありとあらゆる商品で適正音韻が使われてしまう場合、どの商品名もs、h、l、r音になってしまいますが、例えばユニリーバの『ダヴ』は洗剤としては信じられない、場合によっては汚れた感じさえする音韻を使っています。
また花王の『セグレタ』もかなり危険。シャンプーの基本であるsとlが使われているものの、「グ」と「タ」がきしみ感を与えてしまいます。しかしこのパワフルさがかえって、「若い人向けのシャンプーでは私の髪はもうどうにもならない」と悩んでいる熟年女性に支持されることになりました。新しい商材の市場そのものを切り開き、そこでトップシェアをとるという目標があるときには、あえて法則の反対をいくというのは有効な手だてになると思います。
──今後の方向性について教えてください。
黒川 この「りりしさ」が漂う気分は2027年に向かって上昇気流を描きます。特に合間に2020年の東京オリンピックがあるので、人々がさまざまなモノやコトに「あこがれ」を抱く気持ちが高まり、そうした「あこがれ」に対してしっかりとお金を出す時代になります。従って企業は市場におもねるのではなく、高機能性を備えたハイエンドの商品やサービスを充実させるべきでしょう。ネーミングを考える時には、「カキクケコ」や「タチツテト」など筋肉をしっかり使う音にゴージャス感を出す濁音や長音を組み合わせるとちょうど時代にマッチすると思います。またカリスマ性を感じさせる「ハヒフヘホ」、いつの時代でも高級感を伝えられる「ラリルレロ」をうまく組み合わせるのもコツですね。
(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)