昨年暮れに公表された平成28年度税制改正大綱。世間的には29年4月の消費税10%への引き上げに伴う軽減税率採用が目玉だが、並んで、大企業の法人税実効税率の20%台突入にも大きな注目が集まっている。中小企業経営者にとって今回の大綱はどんな意味を持つのか。2章に分けて解析する。

プロフィール
いまなか・きよし 昭和26年生まれ。昭和45年、天王寺商業高校卒業。昭和59年、税理士事務所開業。昭和63年、経営サポートシステムズ設立、代表取締役就任。財団法人都市農地活用支援センター・アドバイザー。財団法人区画整理機構・派遣専門家。財団法人日本医業経営コンサルタント協会・大阪支部副支部長。NPO近畿圏定期借地借家住宅推進機構・理事。「必ず見つかる相続・相続対策 不動産オーナーのための羅針盤」(大蔵財務協会・共著)など著書多数
中小経営者のための平成28年度税制改正徹底解析

──今回の税制改正大綱の特徴を教えてください。

今仲 まず言えるのは、与党内のすりあわせの過程で、消費税の軽減税率を導入するかどうか、あるいはどのような方式にするのかの議論に時間がかかってしまい、抜本的な改革が先送りされてしまったということです。とくに所得税制改正の分野、例えば懸案となっていた配偶者控除の見直しなどにメスを入れることができなかった印象があります。
 法人税の分野で最大のポイントと言えるのは、大企業、すなわち資本金または出資金の額が1億円超企業の実効税率を20%台(29.97%)にまで引き下げたことでしょう(『戦略経営者』2016年3月号P13 図表1参照)。
 安倍晋三首相は早くから、20%台への引き下げを標榜(ひょうぼう)していました。しかし、昨年、27年度改正の段階では28年度での20%台突入は公言されていません。ところが、フタを開けると1年前倒しでの予想外の結果となりました。これでドイツ(29.72%)の税率とほぼ同レベルとなったわけですが、ただ、現在、日本の産業界が直接戦っているのは主にアジアの国々です。そう考えると、中国の25%、韓国の24%台、シンガポール17%などと比べて競争力はどうなのかという問題は残っています。その意味からも、今後もさらなる税率引き下げへと向かうトレンドは止まらないかもしれません。実際平成30年度には、29.74%への引き下げが予定されています。

──引き下げた分の財源はどこから持ってくるのでしょう。

今仲 そこが大きな問題ですね。大企業への法人税を引き下げるには、どこかで増税してバランスをとる必要があります。そのために、今回の大綱では、法人税引き下げの恩恵を受けない中小企業にとっては、増税色が強くなっているのです。
 具体的な財源ですが、まず「赤字法人課税」の強化、つまり外形標準課税の引き上げが挙げられます(同P14 図表2参照)。付加価値割、資本割での税率がいずれも引き上げられます。結果として赤字法人への課税が強化されることになります。これも1億円超の大企業が対象であり、懸案となっていた中小企業への外形標準課税導入については見送られましたが、実はこれに関連するであろうと思われる注目すべき改正が2つあります。

──何でしょう。

今仲 まず、「中小企業者の30万円未満の少額減価償却資産(上限年300万円)が全額損金算入できる」という制度の延長(平成30年3月31日まで)です。
 これは一見、ただの延長のように思えますが、実は改正案には「対象法人から常時使用する従業員数が1000人を超える法人を除外」というただし書きが新たにつきました。つまり、1000人超の従業員を持つ企業は中小企業とは見なさないということになります。
 さらに、新設された償却資産税の中小企業生産性向上設備減税(後述)の「中小企業の範囲」にも「従業員数1000人以下」という範囲が付け加えられました。このように、従業員数による基準が税制改正に出現したのははじめてのことです。
 これらを総合して考えると、あくまで推測の域を出ませんが、今後、外形標準課税についても、国は、資本金だけでなく従業員数による枠をかぶせてくる可能性が十分にあるということです。なぜなら、一部大手・中堅企業で、資本金を故意に一億円以内に抑えることで、外形標準課税から逃れようとする例が散見されるからです。これら企業に網をかぶせて課税するには、従業員数など資本金以外の要素を基準に加えるしかありません。

「第3の矢」の目玉が縮小

──ほかにはありますか。

今仲 法人実効税率引き下げの補てんという意味では、「生産性向上設備投資促進税制」(同P14 図表3)の縮小もそうです。これによって大企業・中小企業ともにかなり大きな影響を被るでしょう。
 あまり知られていませんが、実はこの制度は、アベノミクスの景気浮揚策、いわゆる「第3の矢」の目玉でした。機械・装置や建物、構築物など、たとえ何百億円の設備投資をしたとしても即時償却(あるいは機械・装置5%、建物・構築物3%の税額控除)できるわけですから、すごい節税効果です。安倍政権はこの制度によって、企業の研究開発意欲の向上を促し、実際、設備投資を上向けました。そして、とくに大企業の収益向上に貢献しました。これが、図表3の通り、平成28年度は縮小、そして平成29年3月31日をもって廃止となります。これによって企業の設備投資意欲にかげりが出ないか心配です。

──これに替わる新たな制度が創設されたとか。

今仲 まだ全体の約7割が赤字というように、業績が上向いているとはいえない中小企業にまで設備投資促進の税制をなくしてしまうのはどうかということで「創設」されたのが前述した償却資産税の中小企業生産性向上設備減税です。これは、機械・装置に係る償却資産税の課税標準を、最初の3年間、2分の1にするというもの。償却資産税とは、毎年、土地・建物以外の資産の償却残高にかかる固定資産税です。ただ適用されるのは生産性向上計画を行政に提出し、認定を受けた計画に従って取得した機械・装置についてだけ。範囲もやや狭いし、節税効果も限定的です。一括損金算入ができた従来の制度に比べると、10分の1以下程度の効果しかないのではというのが実感です。とはいえ、減税となることは確かなので、設備投資をする際には間違いなく活用するようにしてください。

──結局、生産性向上設備投資促進税制の廃止が一番の痛手ということになりますか。

今仲 雇用促進税制の縮小も経営者には痛いですね。国にとっては有力な「財源確保策」だと思われます。内容を見ると、原則廃止といってもよく、中小企業者にとっては非常に影響の大きい改正になりました。この制度は、中小企業の場合、従業員(雇用保険一般被保険者)を2人以上増やした会社は、1人当たり40万円の税額控除が受けられるというもの。それが、指定されたいわゆる「過疎地域」(28道府県100地域)を除いて廃止され、その指定地域にしても「無期雇用かつフルタイムの雇用者」つまり正社員であることが条件となっています。
 生産性向上設備投資促進税制と雇用促進税制。この2つは、元気な企業が業容拡大のために積極的に活用してきたものです。それらが実質廃止されるわけですから、その悪影響が懸念されるところです。

──大綱をざっと見ても増税がめじろ押しですね。

今仲 建物付属設備および構築物の減価償却に定額法しか使えなくなるという制度変更も、「財源確保策」のひとつです。従来は定率法を使用し、早期に償却することが可能でした。償却全体で見れば同じ額ですが、短期的には定額法と定率法の差額が経費で落とせなくなり、税金が増えます。
 また、エネルギー環境負荷低減推進設備等を取得した場合の特別償却(30%)または税額控除(7%)の見直し延長(同・P15 図表4)にもマイナス要因が含まれています。風力発電設備の即時償却制度の廃止もそうですが、より影響が出そうなのが、太陽光発電設備の固定買い取り価格制度の認定設備が即時償却できなくなること。太陽光発電の場合、これまで買い取り制度と即時償却制度のダブルで恩恵を受けることが出来ていましたが、今年度からは買い取り制度だけになります。加えて、買い取り価格がどんどん下がってきている状況のなかでの制度改正なので、今後はますます厳しくなるでしょう。さらに、車両運搬具は税額控除の対象資産から外され、電気自動車は、税額控除も特別償却も対象外となっています。

「大企業偏重」は的外れ

──経営者にとってのプラスになる制度改正は?

今仲 一般的に大きいとされているのが「交際費等の損金算入制度」の延長。中小企業が支出する800万円以下の交際費等が全額損金算入できるというもので、これが、2年間延長になりました。制度そのものはまったく変わっていません。おそらくこの制度は、2年後以降も、続けられるのではという気がします。
 話題になっている「企業版ふるさと納税」の創設ですが、ふれこみほどには節税効果は期待できないと思われます。地方自治体が地域再生法に基づく再生計画を策定し、国の認定を受けていることが条件となります。マスコミなどでは、どの地域でも活用可能であるような書き方をされているようですが、計画を策定した自治体の、その計画に記載された寄付事業が税額控除されるというものなので、非常に限定的となる可能性が高いと思います。計画を策定する地方自治体がいったいどれほどあるのか、あるいはその内容がどんなものなのかがいまだ不透明であり、過度の期待は禁物です。

──法人税制以外では何か?

今仲 所得税制の分野になりますが、通勤手当の非課税限度額が月額10万円から15万円に引き上げられます(同P16 図表5)。都会では新幹線通勤も増えてきている昨今、この改正は大きいと思います。
 同じ所得税制改正で画期的だと感じたのは、学資にあてるため給付される金品が原則非課税となるという制度変更です。従来、会社から大学など教育機関に就学する場合、その費用は従業員の給与に上乗せされ課税されていました。なぜなら所得税法9条に学資金等は非課税にならないということが明記してあるからです。しかしそうすると、給与が学資金で上がる分だけ累進的に所得税が増え、従業員が不利をこうむってしまうことになります。結果、「そんなことなら就学したくない」と感じ、就学しても意欲がそがれたりといったケースも出てくるでしょう。学費の部分を原則非課税にすれば、これらマイナス要因はなくなります。大学・研究機関等と企業を結びつける絆を太くし、日本の産業界の研究開発力を底上げすることが、この制度改正の狙いです。企業・従業員双方にとって好ましい改正だと思います。

──全体にプラスの改正は少ないようですね。

今仲 このほか、国家戦略特別区域の指定法人の所得の特別控除制度の創設など、いくつか減税制度はありますが、いずれも一般の中小企業にとって高い効果が見込めるとはいえません。その意味では、大企業への実効税率引き下げのしわ寄せが中小企業に来ているといわざるを得ないでしょう。
 とはいえ、これが「大企業偏重だ」という意見にはにわかには賛成できません。なぜなら中小企業のかなりの割合が、なんらかの形で下請け事業者であり、大企業の収益は中小企業へとトリクルダウンしていくことが期待されるからです。現実に、アベノミクスによって円安となり、大企業の業績も株価も飛躍的に上がりました。この影響は、まだ十分には中小企業に波及しているとはいえませんが、すでに一部では納入価格の上昇などで恩恵を受けているのは事実です。いずれにせよ、法人税引き下げ後の産業界の展開、あるいは大企業と中小企業の関係性の変化が注目されます。

軽減税率の致命的問題点

──あとはやはり消費税ですか。

今仲 法人税以外でのポイントは、なんといっても冒頭で話した消費税への軽減税率の導入です。詳しくは後欄での解説にゆだねますが、その前に、この軽減税率における重大な問題点について2点、述べておきます。
 まず、導入時(平成29年4月)の問題点として、飲食料品を扱うメーカーや流通業者には、軽減税率適用商品と、標準課税の商品が混在するケースが出てきます。その場合、現場で税率別の在庫管理が必要になります。これが意外に大変で、倉庫・販売現場のレイアウトや従業員教育など相当な手間と訓練が必要になってくるでしょう。これを、増税前までに完了しておかなければならないわけです。もっといえばその2、3カ月前から入庫商品の在庫管理が求められる。これが遅れると、大変な混乱を招く危険があります。
 2つ目の問題点はもっと深刻です。インボイス方式です。インボイスとは、商品の流通過程で仕入先が発行する請求書・納品書のこと。そこには、商品の価格、仕入先に支払われた税額などが明記されており、これによって控除額が確認され、脱税や二重課税の防止に効果があります。日本の消費税においても4年後(33年4月)からこのインボイス方式が導入されますが、発行できるのは課税事業者だけです。中小・零細の免税事業者は発行できません。つまり「適格請求書発行事業者」になれないということです。

──するとどうなるのでしょう。

今仲 インボイス方式では、仕入れ側の課税事業者の仕入税額控除はインボイスに記載された消費税額が根拠となります。そのためインボイスがなければ仕入税額控除を行うことができなくなります。結果として、課税事業者は、免税事業者との取引を避けるようになるでしょう。たとえば、タクシーや居酒屋にしても、個人営業の免税事業者は利用されなくなる可能性が高い。欧州の軽減税率を採用した国々で零細事業者がほとんどいなくなった理由はここにあります。このことは、政府税制調査会でもデータを示して明らかにされているわけですが、なぜかあまり報道されません。これなら、昨秋さんざんマスコミでたたかれた財務省の提案したポイント方式の方がよほどましです。あるいは、現在、TKCの政経研究会で提案している低所得者に飲食料品だけに使える商品券を配るというやり方もあります。いずれにせよ、インボイス方式は、見直しの余地のある極めて深刻な問題点を内包しているといえるでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2016年3月号