次代の経営者を目指す後継者の育成を図る中小企業大学校の「経営後継者研修」。ナショナル商事の大石大介さん(26)とその父親である大石正和社長(60)は、親子2代にわたる卒業生だ。2人はこの研修を通じてかけがえのないものを手に入れた……。

緑豊かな中小企業大学校東京校

緑豊かな中小企業大学校東京校

 武蔵野の面影が色濃く残る東京都東大和市。そこに中小企業大学校東京校がある。今年7月23日と24日の両日にわたり、「第35期経営後継者研修」のゼミナール論文発表会がその講堂内で行われた。

 ナショナル商事の大石大介さんは23日午前中、壇上に立った。「自社と自身の将来構想とアクションプラン」について述べる論文の発表は、10カ月間におよぶ研修の集大成。いわば〝卒論〟だ。第35期の仲間23人や各ゼミの担当講師、そして自分の父親といった大勢の聴衆が見守るなか、自社の「内部固め」をテーマとした論文を発表した。時折ジョークをまじえながら発表する姿は堂々としたもの。論文発表後、大きな拍手が会場に鳴り響いた。翌24日の終講式を経て、大介さんは晴れて中小企業大学校を卒業した──。

10年以内にバトンタッチ

 大介さんが中小企業大学校の経営後継者研修を受講したのは、父親である大石正和社長の強い勧めからだった。いずれ10年以内には、大介さんにバトンタッチしたいと考えている大石社長。どうしても息子にこの研修を受けさせたいと思った。「実は私自身、第2期の卒業生なのです。金融機関などが主催する後継者研修もありますが、自分の体験から中小企業大学校に入れるのが一番いいと思っていました」(大石社長)。

 大介さんがナショナル商事に入社したのは、2年前。一時期、米国に語学留学していたこともあり、実務経験はまだまだ浅い。大石社長がこのタイミングで研修に参加させたのは、まず経営に関する「知識」を身に付けたうえで、それを実務に役立てていったほうがよいとの判断からだった。

 そんな父親の期待に背中を押される形で、大介さんが入学したのは昨年10月。自宅から通学することも可能ではあったが、校舎併設の寮に入ることにした。

「正直、10カ月間の研修期間は少し長いなと思っていました。実際、最初の2カ月間は1日1日が長く感じられましたが、年が明けたら急に時間の流れが速くなった。いま振り返ると、あっという間の10カ月間でした」(大介さん)

 カリキュラムには、「経営戦略」「財務」「マーケティング」「人的資源管理」など経営スキルの習得を目的としたものに加え、後継者としての心構えといった「経営者マインド開発」を狙いとしたもの等もある。

「経営者マインド開発の授業では、『会社を継ぐというのはお前らが考えているほど甘くはない』などと発破をかけられたりもしました。今までそんなふうに言ってくれる人はいなかったので大いに刺激になりました」(同)

 1日の研修時間は9時40分~16時40分(土日祝日は休校)。座学スタイルの授業だけでなく、グループディスカッションを中心とした授業も少なくない。座学だけでは一方通行の勉強になりがちだが、グループディスカッションでは、ただ黙っているというわけにはいかない。それなりの知識がないと発言できないので、みんな真剣に勉強せざるを得ない。

 また、「自社分析」を10月から5月までの期間で行っていくことも、研修の受講者に課せられた課題の一つ。講義で学んだ知識(8分野)を生かしながら、いわゆるSWOT分析(強み・弱み・機会・脅威)を行う。

 ナショナル商事は、添加物の卸販売を業務とする会社。①食品添加物②飼料添加物③医薬品添加物の3つを柱としている。①については主に麺業界に卸しており、ラーメン等の食感改良材、着色料、保存料として使われる。生麺向けの添加物では業界シェア3割を握るという。②は要するに豚、牛、鶏、魚向けのサプリメントで、飼料メーカーに卸している。③に関しては、肌荒れ・にきび等の改善に効果的な医薬品(ビタミン剤)の原料となる「ビタミンB2」を中心に販売している。

自社分析で〝気づき〟を得る

 大介さんが会社の「強み」としたのは、財務体質がよい点や、従業員の帰属意識が高い点など。一方で「弱み」としたのは、採用制度や教育制度など、人を育てるための仕組みがきちんと整っているわけではないところだった。

 そして、「機会」と「脅威」については、TPP(環太平洋連携協定)が深く関わってくるという。国内のブランド家畜(豚や牛)の生産者たちが、海外と差別化するために飼料にもお金を投じるようになればナショナル商事にとっては大きなビジネスチャンスとなる。だがTPPによって豚肉等の関税が引き下げられれば、廃業を余儀なくされる国内生産者が出てきてもおかしくない。だとすれば、それは会社にとっての脅威である。

 こうした自社分析をしたり、講義を通じて中小企業の実情を詳しく知るにつれ、大介さんはナショナル商事がこれまで自分が想像していたよりもはるかに良い会社だと思えるようになったという。

「うちには明確な経営理念・ビジョンさえもなかった。研修に行く前は、それを少し恥ずかしいと思っていました。でも、研修に参加したほかの仲間たちの会社も似たり寄ったり。そもそも中小企業の場合は、それが当たり前なんですよね。今まで、どこの大企業と比べていたんだって感じです。研修を通じての一番の『気づき』はまさにそこだったのかもしれません」(同)

 大石社長は、研修を終えた大介さんの成長ぶりをこんなふうに表現する。

「やっとふつうの言葉で話せるようになりましたね。研修を受ける前は、いちいち『これはこういうことだ』と説明しないと、会社経営に関する議論ができなかった。それが今は、共通言語で会話ができるようになっています。ようやく同じ〝土俵〟にあがってきてくれた気がします」

 大介さんは大学時代、教育学部で学んだ。だから中小企業大学校に入る前、経営について本格的に学んだことはなかった。その分、ロッククライミングのインストラクターの経験も含めて、「人を育てる」ことには以前から高い関心を持っていた。そんな大介さんがゼミナール論文のテーマに、人材教育に主眼を置いた「内部固め」を選んだのはある意味、当然の流れだったかもしれない。

「論文発表会のときも話したように、従業員が成長できる会社を目指していきたいと思っています。そのためには、教育制度をきちんと用意することも必要だし、理念・ビジョンを構築して『働くことの意義』を自覚してもらうことも欠かせません」(大介さん)

 いま現在、中途採用した社員の育成は、教育担当として付いた先輩社員によるOJTで行われている。だから教育方針は人によってまちまち。いまはそのベクトルがそろっているからいいものの、いずれそのベクトルがどんどんずれていく可能性もある。だから、新たに教育制度を導入し、同じ方向性のもとに人材育成をしていきたいと考えているのだ。

 また、大介さんは「従業員一人一人が〝指し手感覚〟で働く組織にしていきたいとも思っている」という。指し手感覚とは要するに、「自分が仕事をやっているから会社が回っている」といった気持ちで自発的に働くこと。それが大事だと思うようになったのは、経営後継者研修で所属したゼミの小林茂之講師の影響が大きかった。フォロワーである社員をいかに指し手感覚にしていけるかこそが、経営者に求められるリーダーシップの神髄なのだ。

 ただ、これら内部固めに関する取り組みを、独断的に推し進めるのはあまり得策ではないと大介さんは考えている。いかに現社長を巻き込んでいけるか。そこが重要なカギを握るとみているのだ。

「いま働いている従業員は父親が雇った人たちです。私が一人で社内改革を推進しようとしても、なかには内心『俺はお前に雇われたわけではない』と思う社員もいるはず。その意味からも、社長の協力が不可欠なのです」(同)

 これに対して大石社長は、「自分の目の黒いうちに変えることは変えておけ」とのスタンスでいる。

「私自身、先代の社長が亡くなって『自分の代になったら、これをやろう』といろいろ考えていたことがありましたが、結局はできなかった。やはり親が生きているときに力を借りてやるしかないんです。最終的に社員にとってプラスになる組織改革なら、喜んで協力するつもりです」(大石社長)

研修で得た「横のつながり」

 実は、大石社長が中小企業大学校の経営後継者研修を通じて大介さんに最も期待していたのは、「横のつながり」を作ってもらうことだった。つまり、いずれ親の会社を継がなければならないという同じ境遇にいる同世代の仲間である。この期待に大介さんは十分すぎるほどに応えてくれた。

「寮生活だったこともあり、中学や高校の時よりも仲のよい友人ができました。たとえ10年後に会っても、まるで昨日のことのように一瞬にして元に戻れる関係になれたのではないかと思っています。お酒を酌み交わした時間も含めて、コミュニケーションの量が圧倒的に多かった」(大介さん)

 大石社長が横のつながりを作ることを望んでいたのは、いずれ社長になったときによき相談相手になってくれるのが、経営後継者研修で出会った仲間たちであることを身をもって知っていたからにほかならない。

「学生時代の友だちも大切ですが、そうした人たちに経営の悩みを話すようなことは一切ありません。じゃあ誰にならできるかと言うと、同じ経営者の仲間しかいないんです。そのかけがえのない仲間を作れるのが、中小企業大学校の経営後継者研修の素晴らしいところです」(大石社長)

 大石社長が大介さんに社長の椅子を明け渡すのはもう少し先のこと。それまで大介さんは、仕事の実務を含めて覚えなければならないことが山ほどある。しかし経営後継者研修に参加する前は強く感じていた「いつかは会社を継がなければならない」というプレッシャーは今ではほとんど感じることがなくなったという。研修で知り合った仲間たちに後れを取るわけにはいかない──そんな気持ちが心の底から湧き上がっている。

(取材協力・石川宏史税理士事務所/本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 ナショナル商事
創業 1955年7月
所在地 東京都千代田区五番町12-4
売上高 31億円
社員数 28名

掲載:『戦略経営者』2015年9月号