100万部を突破したベストセラー、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』。この本には、かつての教え子である“ビリギャル”のさやかさんが、坪田氏の指導のもとやる気に目覚め、難関の慶應義塾大学に現役合格するまでの実話が綴られている。著者の坪田信貴氏に、人をやる気にさせる指導法などについて聞いた。

プロフィール
つぼた・のぶたか●これまでに1300人以上の子どもたちを個別指導し、生徒の偏差値を急激に上げてきた。著書の『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』で第49回新風賞受賞。
坪田信貴氏 坪田塾塾長

坪田信貴 氏

──著書の累計発行部数は100万部を突破し、今年5月には映画化もされました。これほどまでの人気になった理由はどこにあると思いますか。

坪田 金髪ギャルで偏差値30のさやかちゃんが、誰もがムリだと思っていた慶應大学合格という奇跡を起こす感動のサクセスストーリーであることもそうですが、彼女が必死に頑張っている姿をみて、不仲だった家族が〝再構築〟されていくという家族の愛と成長の物語であるところにも、多くの人たちの共感が集まっているのではないでしょうか。

──勉強をする習慣がなかったさやかさんの「やる気」に火を付けたことが坪田先生のすごさだと思います。どうやってその気にさせたのですか。

坪田 実はすごくシンプルなんですよ。本人がワクワクする目標を設定してあげるだけでいい。さやかちゃんの場合は、それが慶應大学合格だったのです。彼女が入塾面談に来たときに私が最初に聞いたのが「東大を目指す?」でした。すると、「東大はぶ厚いメガネをしたダサい男ばかりいそうでイヤだ」というんです。その日のさやかちゃんのファッションは、金髪をくるくる巻きにして、つけまつげの厚化粧に丈の短いTシャツ。完璧にギャルそのものでした。その格好と、東大はイヤだという発言から「ああ、この子はおしゃれなものに関心がある一方で、ダサいものが嫌いなんだな」と思いました。そこで次に「じゃあ、慶應はどう? 慶應ボーイって知らない?」って聞いてみると、「超イケメンでしょ?」と一気にテンションがあがった。さらに「きみが慶應にいったら超ウケない?」と言ったら、それ面白そうだと。そんな流れで彼女は本気で慶應合格を目指すようになったのです。
 このときに「慶應大学みたいな偏差値の高い学校にいったら、いい会社に就職できるよ。だから目指そうよ」なんて大人の理屈で言ったところでダメなんです。それじゃ、やる気にならない。いかにワクワクさせるか、いかにテンションを上げられるかが重要なカギを握るのです。先日、入塾面談に来た女の子も、大好きなセクシーゾーンの佐藤勝利くんと付き合えるのなら苦手な読書も絶対にするけど、クラスでそこそこ格好いい男子と付き合えるくらいの条件だったら、読書をする気など全然ないと言ってましたね。

──慶應合格というテンションの上がる目標ができたものの、高2時のさやかさんは聖徳太子を「せいとくたこ」と読むくらいの学力だったといいます。そこからどうやって学力を伸ばしていったのですか。

坪田 これもシンプルなやり方です。「勉強がわからなくなったところ」「つまずいたところ」に戻ってやり直しをしていきました。さやかちゃんの場合は、小学4年生のドリルからやり直しました。学校教育のカリキュラムは小学校1年生から高校3年生まで積み上がっていくかたちで作られています。勉強がわからなくなってしまっている子は、どこかでつまずいているだけ。そこをもう一度勉強してわかるようにしたうえで、さらに次の段階へと進んでいくことで学力はしだいに伸びていきます。それに思い切って小学生レベルにまで立ち戻ると、「勉強すればできる」という実感を持ちやすい。そうすると成長は早いんです。

成長を認めて伸ばす

──著書を読むと坪田先生はさやかさんのことを積極的にほめていたような気がします。指導方法のベースは「ほめる」なのですか?

坪田 平たく言えば「ほめる」という表現でよいのかもしれませんが、実は私はほめたり、叱ったりしているつもりはないんです。じゃあ何をやっているかというと、成長を認めたり、いっしょに喜んでいるだけなのです。要するに、生徒のポジティブな側面をきちんと認める。すると、さらにやる気を出してくれるようになる。これを「ポジティブ・フィードバック」といいます。

──そうした指導法はどこから生まれたのでしょうか。心理学の応用か何かですか。

坪田 心理学の影響を色濃く受けているのは確かですが、心理学だけに特化しているわけではありません。学習は「科学」だと思っています。つまり、「こうしたほうが生徒にとってよい」という統計データや科学的な根拠をもとに指導していくべきなのです。本来、学校で学ぶ5教科ってある意味、科学じゃないですか。でも教え方は全然科学的ではない。とにかく書けとか、気合いを入れろとか、そんな教え方がまかり通っている。それにはまったく賛同できません。

──「成長を認めて伸ばす」という指導法は、会社の上司・部下の関係にもそのまま応用できそうですね。

坪田 絶対にできると思います。

──でも、どちらかというと上司が部下をほめるよりも叱咤激励している会社のほうが多いような気がします。

坪田 それでうまくいっているのなら、そのやり方でいいでしょう。しかし営業成績があがらない部下に対して、「何回言ったらわかるんだ」といくら厳しい言葉で叱っても一向によくならないのなら、それは厳しく言う方法が間違っているからです。だとしたら、ぜひやり方を変えてみてください。「押し戸」を押して開けているのなら、そのままでいい。だけど「引き戸」をいくら押しても開かないからといって、さらに強い力で押そうとしても開くわけがないのです。この辺りも、やはり科学なんです。

──坪田先生自身、学習塾の経営者でもあります。

坪田 もちろん私の塾で教えてくれている先生たちにも、「成長を認めて伸ばす」の姿勢で接しています(笑)。それと先生たちに対しては、生徒にどんな指導をしたかをきちんと記録して残しておくように徹底させています。それがいずれ統計にもとづく科学的な根拠になるからです。
 ちなみに学習塾は現在、名古屋市内で2校舎を運営しています。生徒の8割が高校生で、個別指導のスタイルで教えています。一対一の指導のほうが、集団授業よりもその子に適した指導をしやすいからです。個別指導なら、サッカー好きの男の子にはサッカーの話、オタク系ならアニメやマンガの話、女の子なら恋愛の話をもとにした「たとえ話」でやる気を促したりもできるわけですが、集団授業では一つのことしか言えない。それがうまく伝わる子は伸びるものの、あまり伝わらない子は落ちこぼれていく。それで先生が「お前は勉強が足りない」と叱っているのは、私からすれば全く意味がわかりません。そんなの、その先生の授業が合っているかどうかだけの話だと思います。
 実はうちの塾は、地元の一部の人から「悪の巣窟」みたいに思われていた時期があるんです。成績が悪い子ばかりを集めているからと。事実、高校生のほぼ90%が中学英語からやり直す必要があるし、数学も一番やさしい白チャート(チャート式参考書。白、黄、青、赤と難易度が上がる)からスタートしなければならない。それでもやがてセンター試験の平均点が7~8割を超えるくらいまでにはなる。それは国公立の大学にほぼ合格できるレベルです。さやかちゃん以外にも、落ちこぼれだった子が有名大学に合格していったというエピソードは本当にたくさんあります。

地頭の良い悪いはない

──成績が悪かった子がその後、偏差値の高い大学に入れるのは、それまで勉強してこなかっただけであって、もともと「地頭」が良かったからということはないでしょうか。さやかさんも地頭が良かったからこそ慶應大学に合格できたのでは……。

坪田 逆にお聞きしますが、地頭ってそもそも何ですか?

──う~ん、知能指数とか……。

坪田 おっしゃりたいことはよくわかります。でも少なくとも私は、地頭の良し悪しなど気にしたことはありません。しかし世間は気にする。なにをもって地頭と言っているかというと、つまるところ「結果」なんです。さやかちゃんの地頭がもともと良かったと思われるのは、慶應大学に合格したという結果があるからに過ぎないのです。
 私からすれば、地頭が悪い人間などいないと思っています。たとえ両親が自分の子どもの地頭が悪いと思っていたとしても、ワクワクする目標を持たせて、やる気にさせることができれば東大に合格することだって夢じゃない。そのためには、たぶん血ヘドを吐くほどに勉強しなければならないでしょうが、もし東大に合格したらその日をさかいに世間から「地頭がもともと良かったんでしょ」と言われるようになる。こう説明すれば、私が世の中に地頭の悪い人間などいないと言っているのが何となくお分かりいただけるのではないでしょうか。
 これまで数多くの生徒に接してきて感じるのは、ほとんどの人間が知能という面では大した差はないということです。落ちこぼれる子がいるのは、勉強のやり方がわからなかったり、やる気の出し方を知らないだけ。それを教えてあげるだけで偏差値は確実に伸びていきます。

──ビリギャルの本に続き2作目の著書を出される予定もあるそうですが、坪田先生自身が目指しているものは何なのでしょうか。

坪田 ずばり世界史の教科書に載ることです(笑)。教え子の中から伝記になるような偉人をたくさん輩出し、それぞれの伝記のなかに私の名前が出てくるようになる。そして100年後の人たちに「いろんな伝記のなかに出てくる坪田先生って、実はすごい人物じゃない?」などと言われるようになって、やがて世界史の教科書に載るというのが夢なんですよ。

(インタビュー・構成/本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2015年6月号