2016年1月1日からスタートする社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)。社会保障や税分野に大きな変革をもたらす制度だけに、個人や企業が知っておかなければならない知識や準備すべき事柄は多い。制度の基本についてもう一度おさらいするとともに、必要な実務対応と経営者の心構えについてまとめた。
Q「マイナンバー制度」や「社会保障・税番号制度」と呼び名がいろいろありますが、内容に違いはありますか。
A いいえ。同じものです。行政文書など正式な文書では「社会保障・税番号制度」と記されることが多くなっているようです。マイナンバーという言葉は、国民ひとりひとりに固有の12桁の番号「個人番号」が割り振られることから、それを分かりやすく表現する呼び名として民主党政権時代に公募で決まったもの。それ以来通称として社会に普及してきましたが、実は法人にも13桁の「法人番号」が付くことになっています。法人番号を「マイナンバー」と呼ぶのはちょっと違和感があるので、個人番号と法人番号を合わせた制度全体については「社会保障・税番号制度」(番号制度)という言葉を用いるのが適切でしょう。しかし略称の「番号制度」が少し無味乾燥な感じもするので、制度全体をマイナンバー制度と呼ぶことも一般的になっています。
Q そもそもなんのために導入されたのでしょうか。
A 少し長くなりますが、制度の導入趣旨についての政府の公式見解を引用しましょう。すなわち「番号制度は、複数の機関に存在する個人の情報を同一人の情報だということの確認を行うための基盤であり、社会保障・税制度の効率性・透明性を高め、国民にとって利便性の高い公平公正な社会を実現するための社会基盤(インフラ)である」。つまり、より公平で公正、かつきめ細やかな社会保障が的確に行われる社会の実現を目指す、という目的で導入されました。
Q ということは、これまで同一人物だということを確認する作業がうまくいっていなかったということですか。
A 住民が各種手当・サービスの受給を行政機関に申請するケースで説明しましょう。そうした場合、現状では、住民票関係情報は市町村、障害者関係情報は都道府県知事、医療保険給付関係は医療保険者、年金給付関係は年金基金や年金事務所……等、それぞれの機関に出向いて書類をそろえる必要があります。
一方集められた書類の提出を受けた行政側は、受給判定のために、それらの書類と自治体内で保管するデータを結びつける「名寄せ」という作業をしなければなりません。氏名や住所で各書類の個人が同一人物であることを確認する作業ですね。しかし同姓同名の人がいたり年度途中で引っ越したりした場合は、識別にとても手間がかかってしまいます。転記・照合・電算入力ミスなどの発生もゼロではありません。また各機関の間や団体内部の業務間での情報連携が十分とはいえないため、個人の特定が正確にできず、本来給付を受けることができる人が未受給になったり、逆に本来給付を受けられない人が不正に受給したりといったことがどうしても発生してしまいました。このような不公平が生じてはならないということで、国民ひとりひとりに固有の番号を割り振り、その番号に紐付けする形で複数の機関に存在する個人情報を連携できるような仕組みをつくることにしたのです。
利用は原則3分野に限定
Q 個人番号は具体的にどのような場面で使われるのでしょう。
A 番号法では個人番号の利用範囲を基本的に①社会保障分野②税分野③災害対策分野の3分野に限定しています。①の社会保障分野は、年金の資格取得・確認、給付などに関係する「年金分野」、雇用保険等資格取得・確認、ハローワーク等の事務で必要な「労働分野」、医療保険の保険料徴収や福祉分野の給付、低所得対策事務などの「福祉・医療・その他分野」などでの利用が想定されています。また②の税分野では確定申告書や税務当局への各種届出書などへ記載することになるでしょう。最後の③では、よりスムーズな被災者救済実現のため、被災者生活再建支援金の支給事務や被災者台帳作成事務に利用することが定められています。いずれにしろこの制度が開始されれば、各機関から提出される資料に記載されている個人番号を照会すれば簡単に名寄せを行うことができますから、過去に問題になった「消えた年金問題」や生活保護費不正受給問題のようなことは起こりにくくなります。政府はこのほか制度のメリットについて▽より正確な所得把握が可能になり、社会保障や税の給付と負担の公平化が図られる▽真に手を差し伸べるべき者を見つけることが可能となる▽社会保障や税に係る各種行政事務の効率化が図られる▽ITを活用することにより添付書類が不要となる等、国民の利便性が向上する――などとPRしています。
Q 行政コストの削減にも効果がありそうですね。
A はい。以前から、個人を特定するこのような業務は、審査書類の多さと業務間連携の希薄さ、重複作業の発生などで極端に無駄な経費が発生していると指摘されてきました。そうした状況は、この番号制度やITの大胆な導入によって解消することが期待されています。
たとえば社会保障などの給付申請を行う場合、今後はある1カ所の行政機関で申請するだけで済むかもしれません。受付窓口となった機関が他の行政機関に照会して情報を取得し個人を特定することが可能になるからです。そうなれば住民票や課税証明書、健康保険の被保険者資格喪失証明書などの添付書類が省略可能になり、これらにかかる業務コストが大幅に減ることは間違いないでしょう。
情報は従来通り分散管理
Q ところで個人番号は全国民に付くのですか。
A 住民票コードが住民票に記載されている日本国籍保持者や、特別永住者等の永住外国人などの全員が対象です。生まれたばかりの赤ちゃんにも12桁の番号が与えられることになります。
Q プライベートな情報がもれてしまうのが怖いですね。
A はい。個人情報の追跡と突き合わせが簡単に行うことができるとても便利な番号なだけに「集積・集約された個人情報が外部に漏えいするのではないか」という懸念が出てくるのは当然です。成りすましなどの不正利用によって財産を奪われる被害を負うのではないかという心配や、国家によりさまざまな個人情報が一元管理されてしまうのではないかという懸念が出てくるのも無理はありません。こうした国民の懸念を払拭するため、この制度ではシステム面、制度面双方における保護措置が講じられています。
Q 具体的にはどんな措置でしょう?
A まずシステム面から説明しましょう。よく情報の一元管理をする新たな組織ができるというようなイメージを持たれる方もいますが、それは誤解です。番号制度が導入された後も個人情報は従来通り各行政機関が保有し、個人情報を特定の機関がデータベースなどで保有することはないからです。番号制度は、あくまでも他の行政機関からの照会があったときに情報の提供を行うことができるようにするためのもの。個人情報を一元的に集約するのではなく、分散して管理する方法を採用しているのです。ほかにも①照会に際しては個人番号を直接用いず機関ごとに異なる「符号」と呼ばれる別の番号を用いて情報連携を実施する②アクセス制御により、情報にアクセスできる人の制限・管理を実施③通信を暗号化する――などといった措置がとられることになっています。
Q 制度面ではどんな対策がとられていますか。
A 個人番号を含む個人情報を特定個人情報といいますが、その特定個人情報の利用が厳しく制限されています。具体的には、番号法に規定されている社会保障分野、税分野、災害対策分野の3分野にかかわるもの以外は、情報を収集したり保管したりすること、あるいはファイルを作成することが禁じられています。またこれらの運用が適切になされているか監視・監督する独立性の高い第三者委員会「特定個人情報保護委員会」も設置されました。委員会は苦情の申し出に対しあっせんを行う苦情処理を行えるほか、法令違反に対し立ち入り検査する権限も持っています。
さらに各個人が自分の特定個人情報がどのように使われたかということを確認できる「情報提供等記録開示システム」(マイ・ポータル)の運営が予定されているのも、国民が自らの情報をコントロールできるという点では特筆すべきポイントでしょう。このシステムは番号法附則により法律施行後1年をめどとして設置することが政府に義務づけられています。インターネット上でこれを見ることによって、自分の特定個人情報をいつ、誰が、なぜ情報提供したのか確認できるほか、そもそも行政機関などが持っている自分の特定個人情報がなんなのかということも確認できるようになっています。ちなみにこのマイ・ポータルでは、一人ひとりに合った行政機関などからのお知らせを表示する情報表示機能も加わる予定です。
Q 本当に悪用される心配は少ないのでしょうか。
A やはり心配ですよね。しかし番号法にはとても厳しい罰則が定められているという大きな特徴があります。たとえば同法第67条では、正当な理由なく特定個人情報ファイルを提供した場合は4年以下の懲役あるいは200万円以下の罰金刑を科すという規定になっています。このケースについては、同じような個人情報の取り扱いを定めた法律である個人情報保護法や住民基本台帳法などではそもそも罰則規定がありません。行政機関個人情報保護法では罰則が定められているものの、番号法に比べ約半分の重さです。
さらに注目すべきは、法律を犯した個人のみならず、その個人が所属する法人にも罰金刑を科す「両罰規定」が盛り込まれたこと。仮に法人が罰金刑になろうものなら、地方自治体の公共入札資格を失うことにもなりかねません。同種の法律に比べ明らかに罰則が重くなっていることで、犯罪行為の発生に対し一定の抑止効果をもたらすと期待されています。
Q ところでこの個人番号はいつ分かるのですか。
A まず今年の10月以降、市町村長が、各人の個人番号が記載された「通知カード」を住民票登録のある住所に郵送することが決まっており、個別に役所に確認にいかなくてもよいことになっています。紙製で顔写真のないこの通知カードはあくまでも本人に番号を通知するためのものなので、単独では身分証明には使えません。
Q 身分証明書として使えると聞いていたのですが……。
A それは「個人番号カード」のことですね。通知カードが届いた後の2016年1月以降、市町村に出向いて申請すれば、ICチップ付きの個人番号カードの交付を受けることができます。この個人番号カードは顔写真が付くため、今後は運転免許証のように幅広い場面で使える身分証明書としての役割を担うことが期待されています。ちなみに個人番号カードの交付を受ける場合は、通知カードを返納する必要があります。
Q ICチップにはどんな情報が記録されるのでしょうか。
A カードを盗まれたり紛失してしまったりしたときに情報が漏れてしまうと心配ですよね。しかし個人番号カードに記録されるのは、氏名、住所、生年月日、性別、個人番号、本人の写真、公的個人認証に係る電子証明書、市町村が条例で定めた事項などに限定されています。地方税関係の情報や年金給付関係の情報などプライバシー性の高い個人情報は記載されないことになっています。
Q 個人番号の質問ばかりしてきましたが、法人番号の取り扱いについて同じような厳しい制限がありますか。
A いいえ。法人番号も個人番号と同様に10月以降、各法人に書面で通知される予定ですが、この番号は誰もが知ることのできる情報として公表されることが決まっています。しかも個人番号のように社会保障や税、災害救助などの分野に限定されることなく官民問わず自由に利用が可能。また法律上、各市町村長が付番して通知することになっている個人番号とは異なり、法人番号の管轄は国税庁になります。同庁は今後、商号や所在地、法人番号を検索して閲覧できるサービスをウェブサイトで提供する予定なので、法人番号は商号と同じようなレベルのオープンな情報ととらえてよいでしょう。
(構成/本誌・植松啓介)