後継者の確保――中小企業経営者にとって永遠のテーマである。最近の中小企業庁のアンケート調査によると、「事業承継が円滑に進まなかった理由」として「後継者を探したが、適当な人が見つからなかった」との回答が22.5%(2位)に上った(平成26年中小企業白書)。息子や娘に家業を継がせようにも、業績の不安定さや将来性のなさを理由に拒まれるケースも増えてきている。サラリーマンの方が無難な人生を送ることができるのでは……というわけだ。しかし、そのような現象は、実は親子間のコミュニケーション不足から来ているケースも少なくないのではないかと、中小企業大学校東京校企業研修課の宮里道代さんはいう。
 「当校の経営後継者研修の"親子面談"で、父が"5年後には子どもにこうなって欲しい"あるいは子が"将来は自社をこうしたい"と熱く語ってお互いに感激するという場面に出くわすことがあります。親子が面と向かうと照れもあってうまくコミュニケーションがとれない。それが結果的に、後継者難の理由のひとつになっているのではないでしょうか」
 たしかに、子どもは子どもで、親が創り上げた会社の後継者に甘んじることに反発する感情もあるだろう。そのため、家業についてはあえて見て見ぬふりをし、忙しく働く親の姿だけで「あんな苦労は嫌だ」と断じてしまう。

経営の基礎をたたき込む

 しかし、長く続いている企業は、必ずどこかに後継者が気づいていない魅力を内包しているものである。その魅力を正しく理解し、創業者や親の事業にかける思いを感じ取れれば、子どもは後継者としてのマインドを自然と持てるようになるはずである。
 さて、そんな後継者マインドの醸成に成果をあげている研修がある。先にふれた中小企業大学校東京校の「経営後継者研修」だ。この研修は、国が行っている唯一の後継者育成プログラムで、34年の歴史を誇る。卒業生は1100名。親子2代での受講という例も増えてきた。毎年、少数精鋭の20名前後の若者が10カ月もの長期間、基本的に同校の寮で共同生活をしながら、後継者としての基礎固めをしていく。
 全体像は図表の通りである。財務やマーケティング、経営戦略、人的資源管理、法務などの基礎的な経営スキルを体系的に学びながら、一方で経営コンサルタントなどのメンターが個別指導を行うゼミナールで学習し、そして、それらで学んだものを駆使して徹底的な自社分析を行う。この「自社分析」が、自社の魅力と可能性を発見するポイントである。
 「自社分析は8分野(『戦略経営者』2014年9月号73頁図表参照)ありますが、そのすべて、つまり8回、自社に戻って社長や従業員と話し合いながら分析を行ってもらいます。すると、自社の歴史はもちろん、歴代の社長がこれまでどのような思いで経営をしてきたかが理解でき、あるいは従業員への感謝の気持ちも湧いてくる。結果、より会社に愛着が持てるようになり、"会社を継ぐのは自分だ"という決意もできてきます」(宮里さん)
 それにしても、この10カ月という研修期間の長さはほかに例がない。まさに「合宿」である。そのため、入社間もなく、あるいは他社から自社に戻ってくるタイミングで受講する例が多い。すでに会社で一定の役割を果たしている後継者だと、10カ月も仕事を空けるわけにはいかないからだ。しかし、一方で、「徹底的に」「集中して」「繰り返し」取り組むことで、経営に必要な基礎的能力を定着させることができるという大きな利点がある。
 また、「生涯にわたる人的ネットワークの構築」も当研修の魅力のひとつだと宮里さんはいう。
 「後継者は孤独なので、同じ悩みを持つ同年代の仲間の存在は心強いと思います。その意味で、当研修では全国さまざまな業種の会社から来られるので、ビジネス的にバッティングすることはなく、自由に話ができ、一生つきあっていける仲間づくりが可能です」
 また、1100名の卒業生とOB会でつながったり、ゼミの講師はもちろん、講義などで登壇する約40名の講師(税理士、中小企業診断士、弁護士、弁理士など)との関係性をつくっておくこともできる。これも通常では考えられない人脈である。

「ゼミ論」発表会にて

 7月25日、当研修のいわば"卒業論文"ともいえる「ゼミナール論文」発表会に出席させてもらう機会を得た。
 6名の発表者の堂々とした態度。分かりやすく、ユーモアあふれるプレゼンテーションにまず驚かされる。
 いずれもSWOT分析などの手法で自社の強みと弱みを理解した上で、将来の発展へ向けてのアクションプランを提示していく流れは同じ。だが、それぞれに個性が感じられ、また若者らしい明るさと思い切りの良さがそこここにみられて会場を笑顔にしていた。
 たとえば、後欄の座談会にも出席していただいた創業700年という兵衛旅館(有馬温泉兵衛向陽閣)の跡取りである風早尚氏の発表もそう。氏のプレゼンは「昭和バブルを引きずる大型旅館のビジネスモデルは崩壊の危機にある」との話へと行き着く。そして出した結論が「全面建て替え工事」。「タイミングを失うと建設費も上がるし、売り上げが落ちた後では対応できなくなる。構造部分が老朽化しているのだから、リニューアル程度では二重投資になりかねない」とし、「今年度中に私が中心になって全面立て替えへ向けてのメドを立てる」というのだ。
 これだけでも興味深いが極めつけは発表終了後。質疑応答、ゼミ講師の講評と続き、最後に、現社長であり尚氏の父親、風早和喜氏が感想を述べる場面。和喜氏は、大筋で尚氏の発表を褒めながらも、結論に関しては苦笑するように「もう少し検討が必要」と言葉をにごした。息子の成長に目を細めながら、その威勢の良さに戸惑い気味の現役社長。周囲に笑いのさざ波が立つ。
 風早氏以外のプレゼンもそれぞれに例外なく味があり感動があった。やはり、これは中小企業大学校東京校の経営後継者研修の10カ月が、特別なものである証拠なのだろう。

(本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2014年9月号