部下の能力とやる気を引き出すポイントは、上司の質問の仕方にある──。人は他人からの質問に対し自ら答えを出すとき、最大限の力を発揮するのだという。「良い質問」に徹底的にこだわる「質問家」の松田充弘氏に、経営者にとって参考になる「しつもん上司術」を聞いた。

プロフィール
まつだ・みひろ●質問家。しつもん経営研究所代表。一般財団法人しつもん財団代表理事。日刊メールマガジン「魔法の質問」主催。カウンセリングやコーチングの理論をベースに、自分自身と人々に日々問いかけるプロセスを集約し、やる気と能力を引き出し、人に行動を起こさせる独自のメソッドを開発。著書に『しつもん仕事術』(日経BP社)、『しつもんマーケティング』(角川学芸出版)など。
松田充弘 氏

松田充弘 氏

──「質問家」というユニークな肩書ですが、どんな活動をされているのでしょう。

松田 一言でいえば、教えたり指示命令したりすることなく相手の成果を引き出す仕事ですが、「問いかける」「質問する」という手法に焦点を絞っています。コンサルタントやカウンセリングでもなく、「質問」なのがポイントですね。しかし質問といっても、「分からないことを教えてください」という意味の「疑問」ではありません。私たちが行っているのは、相手のためになる問いかけ、すなわち相手自らが答えを見つけるための質問です。

──「質問」と「しつもん」を区別していますが、その意図は?

松田 私たちが一般的に用いる質問には、先ほど説明した「疑問」のほかに「クイズ」「命令質問」「尋問」「効果的な質問」を合わせた5つのタイプがありますが、最初の4つを私たちは漢字の「質問」と呼び、一方「魔法の質問」とも呼んでいる最後の5つ目をひらがなの「しつもん」として区別しています。

──漢字の「質問」ではダメだということですね。

松田 順番に説明しましょう。クイズは、正解が1個あり、出題者がすでにそれを知っているタイプの質問です。たとえば「このプランはどんなプロモーションすればよかったのだと思う?」といったものですが、これをされると人間は試されるような気分になってすごく嫌な思いがするのではないでしょうか。「分かっているんだったら教えてくれ」となりますよね。
 命令質問は、文字列で見ると「?」が最後についているので一見質問に見えますが、実態は指示命令にほかならないもの。たとえば「今度のプロモーション、ネットを使ってみたらどう?」という言葉などが典型ですが、これはほとんど「使いなさい」と同義です。これが指示命令にあたるのはすぐに伝わりますから、反発を招きやすくなるでしょう。そして最後の「尋問」は「何でそんなことも分からないの?」「何でこのやり方をしなかったの?」といった類のもの。これでは相手から言い訳しか引き出すことができません。

──では良い質問とはどういったものでしょう。

松田 いくつかご紹介しましょう。
「問題は何だと思う?」
(部下が大きな失敗をしたとき)
 重大なミスが発生したとき、どうしてもその責任を追及したくなります。しかし感情的に怒っても何の問題解決にもなりません。そうではなく、冷静に問題の原因を一緒に突き止めるための問いかけが必要なのです。間違っても「どう責任をとるつもりだ?」などとは言ってはいけません。本人が自らの力で原因と解決策を発見するための質問が重要なのです。
「どんなときにやる気がでる?」
(部下にやる気がみられないとき)
 NG質問は「やる気あるの?」。上司は、社員本人しか分からない「やる気の素」を見つけてあげなければなりません。たとえば当社では、「どんな風に仕事を頼まれたらやる気がでるのか」ということを全員に答えてもらい、その情報を共有するようにしています。「ハードルが高い仕事」「得意な分野」など人それぞれ異なるやる気の素を踏まえて仕事の割り振りをすれば、パフォーマンスに違いが出てくるのは明らかでしょう。
「今何が一番大変?」
(部下が疲れた表情を見せたとき)
 部下のメンタルサポートは上司の大事な仕事の一つになりつつありますが、「少し休めば?」という質問は逆効果です。「あんたが頼んでいるから疲れてるんだろう」と気持ちを逆なですることにもなりかねません。仮に休みをとることが実現しなくても、相手に寄り添うような姿勢を見せることがとても重要です。
「1年後にどんな成長があったら最高?」
(将来のビジョンを明確にさせたいとき)
 社員個人のビジョンも会社のビジョンの一部というのがどうしても社長の考え方になりがちです。しかし社員は会社のビジョンの向こう側に個人の将来ビジョンを必ず持っています。そうした個人の将来的なビジョンを意識させることが、「営業力を高めたい」「プレゼン能力を高めたい」「交渉力を身に付けたい」といった具体的な目標につながるのです。「夢は何?」といった質問は漠然としすぎていて行動に結びつきにくく、できれば避けた方がよいでしょう。

質問だけで売上が1・5倍に

──成果事例はありますか。

松田 あるリフォーム会社の事例をお話しましょう。私たちは、「あなたがしている仕事はなんですか」「その仕事によって誰がどんな風に喜びますか」「商品を買うとどんないいことがありますか」「御社の価値・隠れた価値はなんですか」といったごく基本的な質問を次々に投げかけたのですが、この問いについて営業スタッフ全員に回答してもらい、それを共有してもらいました。その結果、「もっとお客さまの本当のニーズを知ろう」ということで部門全体の意見が一致したのです。これはコンサルタントや私たちが提示したものではなく、その会社の営業スタッフが質問に対して考えた末に出した答えでした。
 いったいどういうことかというと、カタログを暗記してメーカー新発売のお風呂をただ販売するのではなく、たとえば「おじいちゃん・おばあちゃんが『孫に暖かい環境でお風呂に入ってもらいたい』と思っているということに気付く」ということです。それが分かれば、風呂だけでなく床のリフォームも自然に提案できますよね。こうして、顧客が本当に実現したいことを常に意識する営業スタイルに部門全体が挑戦した結果、売り上げが1・5倍に伸びました。

──部下の成長につながる質問をするためには、どんなことを心がければよいでしょうか。

松田 発する質問がいったい誰のためかをまず考えましょう。それは経営者や上司が知りたいことではなく、あくまでも社員自身の成長につながるかどうかということを常に念頭に置かなければならないということです。また意外に大切なのは、質問を発する側の精神状態がかなり影響を与えるということです。心にゆとりがなければ、相手に攻撃したりイライラをぶつけたりしてしまう可能性が高まります。休日はしっかりリフレッシュし、上司自らがストレスをためないようにしなければなりません。
 そしてまずは自分に対して、1日1個でもいいので毎日問いを投げ続ける癖をつけましょう。実は相手にどんな質問するかということより、自分にどういう質問ができるかということのほうが重要なのです。質問する力とはすなわち自分と対話する力であり、自分と対話ができない人は他人と上手な対話はできません。

──どんな質問がよいでしょう。

松田 たくさんありますが、あえて一つ挙げるとしたら、「自分の理想とする上司とは?」でしょうか。答えはすぐに出なくてもかまいません。翌日か1週間後、あるいは数カ月後になるかは分かりませんが、人は質問されたことに対しては必ず答えを出そうとします。そしてその答えに対しては責任を持って行動するようになります。理想の上司に対する答えを出した本人はその理想に近づけるよう真剣に努力するでしょう。

──松田さん自身の将来ビジョンを教えてください。

松田 私はいま、「魔法の質問」のメソッドで研修の講師役を務められる人材の育成に注力しています。経営者や管理職の元に出向き、ビジネス向けの「しつもん」で成果を引き出す「しつもん経営導入」の手助けをしているわけですが、この「ビジネス質問家」が各会社に1人いるような状況が理想ですね。そうすれば、外部のコンサルタントに頼ることなく一つでも多くの会社が、その会社らしいビジネスを展開できるようになりますから。今は全国に60人ほどの質問家がいますが、これを世界中に広めて、「シツモン」という言葉が世界共通語になればさらにうれしいと思っています。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2013年11月号