今年5月24日、「共通番号(マイナンバー)法」が成立し、2015年10月から「個人番号」の通知が始まる。共通番号制度とはそもそもどういうものなのか、中小企業ではどのような対応が必要になるのかを専門家の富士通総研主席研究員の榎並利博氏に聞いた。

 今年5月、社会保障・税の共通番号(マイナンバー)法が国会で成立しましたが、そもそも共通番号制度とはどういうものなのかを簡単に説明してください。

 共通番号制度とは、国民一人ひとりに12ケタの「個人番号」を割り当て、税の徴収や社会保障給付などに役立てようというものです。これが創設された背景には、主に2つの要因があります。

 従来、番号制度として「住民基本台帳ネットワークシステム(通称:住基ネット/2002年8月稼働)」の「住民票コード」がありましたが、これが社会のなかでほとんど使われなかったことが第1の要因です。なぜ使われなかったのかといえば民間の利用は一切禁止するとか、法改正時(1996年)に納税目的では使わないことを付帯決議するなど、非常に制約がある番号だったからです。

 もう一つの要因は、税や社会保障制度のあり方を見直す必要性が出てきたことです。国民皆保険、国民皆年金制度ができたのは昭和30年代ですが、そのころと現在では人口構造や経済成長率が全然違います。他方で、国と地方を合わせるとGDPの2倍を超えるような債務を抱え、財政基盤の立て直しが問われています。

 この2つの問題を解決するには社会保障(給付)と税(負担)の仕組みを抜本的に改めなければならず、そのためには、個々人の所得や給付状況を正確に把握する必要があります。そこで、さまざまな個人情報をひも付ける手段として考えだされたのが今回の共通番号制度です。

 個人番号の利用範囲を教えてください。

 利用範囲は、当面、社会保障分野、税分野、災害対策分野の3つですが(『戦略経営者』2013年8月号23頁・図表1参照)、施行3年後の2018年10月をメドに民間や医療への利用拡大を検討することになっています。

 施行までの流れは、まず個人番号を2015年10月をメドに市町村が住民に個人番号を記載した紙の「通知カード」を郵送して知らせます。

 次に16年1月から番号情報が入ったICチップを埋め込んだ顔写真付き「個人番号カード」を市町村の窓口で交布します。そして17年1月から「情報提供ネットワークシステム」(『戦略経営者』2013年8月号24頁の囲み記事参照)を介して行政機関同士などの「情報連携」が始まります。ちなみに、この個人番号カードに添付される顔写真は、本人持参のものにするか、あるいは市役所が現場で撮影するかはまだ決まっていません。

 共通番号制度が導入されると、税金や社会保障の申請・手続きがどのように変わるのでしょうか。一例を挙げれば、老齢年金給付の場合、現在は年金請求書を提出しなければ給付を受けることはできませんが、将来的には「マイ・ポータル」(後述)を通じて「年金受給についてのお知らせ」などの情報が行政機関から通知されるようになります。これによって、請求を忘れて権利を失うというようなことがなくなります。

 共通番号制度の導入にはどれくらいの費用がかかるのでしょうか。

 国会答弁などによれば共通番号制度を構築するための初期投資は約2,700億円、年間の運用コストは約400億円といわれています。一方、その経済効果については、「わたしたち生活者のための『共通番号』推進協議会」(代表:北川正恭早稲田大学大学院教授、事務局:公益財団法人日本生産性本部)が行った試算によれば、(1)社会保障や税に関わる事務の合理化などの効果が約3,000億円(2)医療機関の事務の合理化などの効果が約6,000億円(3)企業内の事務の合理化などの効果が約2,500億円──合計で年間1兆1,500億円の効果があると推計しています。

付番、本人確認、情報連携が共通番号制度の“3大要素”

 共通番号制度を実現するうえで付番、本人確認、情報連携が“3大要素”といわれていますが、それぞれどのような役割を果たしているのかを教えてください。

 付番とは、国民一人ひとりに唯一無二の個人番号を割り当て、最新の氏名・住所等基本情報と関連づけることです。これに対し、本人確認には2つの概念があります。一つは個人番号がそれを提示した当事者のものであることを確認するという意味です。通常の確認であれば今の運転免許証と同様、個人番号カードに添付された顔写真をみればチェックできると思います。それ以上に厳格な確認が求められる場合は、本人しか知らないパスワード(PINコード)を入力してもらいます。他人の個人番号をだましとるような「なりすまし」を防ぐためです。2つ目は一般的に使われる本人確認という意味です。具体的には、申請や届け出などの手続きを行うとき、個人番号カードを提示すれば本人であることを簡単に証明することができます。

 情報連携とは複数の行政機関において、行政機関ごとに管理している同一人の情報をひも付けして、その情報を相互に活用することをいいます。この3つの要素を有機的に結びつけることで個人が確実に特定(実在性の確認)され、個人番号が本人のものであることを証明(同一性の確認)でき、個人情報をひも付けることができるわけです。

 個人番号はどのような方法で国民一人ひとりに割り当てられるのでしょうか。

 土台は住民票コードにあります。すでに住民票コードが登録されている人以外に、共通番号制度の導入後に出生などで新規住民が発生した場合、市町村はその住民に対して住民票コードを割り当て、「地方公共団体情報システム機構」((『戦略経営者』2013年8月号24頁の囲み記事参照)へ通知します。同機構はその住民票コードからある関数を使って12ケタの個人番号を生成し、それを市町村に通知します。市町村ではそれを住民票に記載するとともに、その住民に通知カードで通知するという流れです。

 情報連携はどのような仕組みで行われるのでしょうか。

 情報連携は、個人番号とは異なる「符号」を使って行われることになります。それは最高裁が住基ネット合憲判決を出した理由として《本人確認情報の提供が認められている行政事務において取り扱われる個人情報を一元的に管理することができる機関または主体は存在しない》としているからです。つまり、直接個人番号を使って情報連携を行えば、一元的な管理とみなされるという懸念から、個人番号を使わずに、別な方法として考えたのが符号なわけです。

 ではその符号は誰がどうやって生成するのか。答えは、情報提供ネットワークシステムによってです。同ネットワークは、まず住民票コードから可逆暗号関数を使って「IDコード」(符号のもととなる符号)を生成し、次にこのIDコードから可逆暗号関数を使って、それぞれの行政機関向けに符号を生成するという仕組みです。例えば、X氏の住民票コードを「100番」、IDコードを「200番」とすると、A機関で保有されるX氏の符号を「300番」、B機関で保有される符号を「400番」というふうに、共通番号法の「別表第二」で定められている行政機関(都道府県、市町村、健康保険組合等)ごとに異なる符号が割り当てられます。国民一人ひとりに、相当数にのぼる行政機関向けの符号が付けられるということです。

 その情報連携のイメージをわかりやすく示したのがP25の図表2(『戦略経営者』2013年8月号25頁・図表2)ですが、それは情報提供ネットワークシステムを仲介して行われます。例えば日本年金機構が同ネットワークシステムに対し、C市に住む「番号花子」さんの所得情報をC市からもらいたいと要請すると、(1)同ネットワークシステムはその要請が別表第二に基づく業務上、あるいは機関として正当であるかどうかをチェックするとともに、花子さんの符号A(200番)からIDコードを生成し、このIDコードからC市における花子さんの符号C(300番)を生成します(2)そして、同ネットワークはC市に符号C(300番)の所得情報を日本年金機構に送信しなさいといった指示を出しますが、その際、C市は日本年金機構に対して一時的な番号を使って符号C(300番)の所得情報を送信することになります。

 万が一同ネットワークシステムがC市に日本年金機構での花子さんの符号は200番と教えてしまうと、C市での300番と日本年金機構での200番は同一人物であるということがわかってしまいます。それは一元管理につながるため「アクセストークン(許可書)方式」がとられることになっています。これは「案件」ごとに符号とは異なる番号をつけて情報連携することです。簡単にいえば日本年金機構に、その要請を例えば「500番で受け付けました。C市から500番の情報がきます」と教え、C市には「500番という番号を使って300番の花子さんの所得情報を教えてあげなさい」というわけです。こうすればお互いの番号をわからなくして、やりとりすることができます。このケースはあくまでも考え方を示したものであり、実際のシステム設計はこれからになります。

民間企業はどのような対応が必要か

 今回、個人番号だけでなく「法人番号」も導入されることになっていますが、これはどのように割り当てられるのでしょうか。

 法人番号は13ケタで、国税庁長官が番号を指定し、各法人に通知することになっています。法務省が保有する「会社法人等番号」を基礎として付番することになっていますが、その対象は(1)国の機関、地方公共団体、設立登記のある法人(2)税務署に開業届け出等を行った法人または人格のない社団等(3)付番を求める届け出をした法人または人格のない社団等です。

 共通番号制度の導入によって民間企業が行わなければならないことは……。

 個人番号を取り扱う機関として「個人番号関係事務実施者」と「個人番号利用事務実施者」の2つがありますが、前者は行政機関等へ個人番号付きの書類を提出する法人を指し、後者はそれらの書類を受けて業務で個人番号を利用する国や地方公共団体などのことです。

 民間企業は主に個人番号関係事務実施者の立場として、個人番号を取り扱います。具体的には社員ごとに所得税の源泉徴収、住民税の特別徴収、社会保険料(医療保険、介護保険、年金保険)の支払い業務などがその対象になります。このため、扶養控除の関係から社員だけでなく家族の個人番号も教えてもらい、それらを従来の「人事・給与システム」に記載・管理できる形にバージョンアップする必要があります。

 また、例えば新聞・出版社がコラムを執筆した大学教授に原稿料を支払う場合、2016年以降は、その人の振込先だけでなく個人番号も教えてもらい、税務署に提出する「支払調書」にはその教授の個人番号と新聞・出版社の法人番号も記載することになります。このように、個人や法人を対象とした取引結果を毎年大量に税務署に法定調書として提出している企業では、取引相手の個人番号や法人番号を設定しておく必要があります。

 他方で、民間企業でも一部個人番号利用事務実施者となる場合もあります。それは確定給付企業年金法や確定拠出年金法によって規定された事業主の場合です。例えば確定給付企業年金法に該当する事業主の場合は、老齢年金や脱退一時金の支給に対して個人番号を使って管理していくことになります。さらに別表第二の情報照会者としても位置づけられることになるため、情報提供ネットワークシステムを介して厚生労働大臣および日本年金機構に対し、年金給付関係情報を照会できるようになります。

 共通番号制度では、個人のプライバシー問題についてどう対処されているのでしょうか。

 これまでも住基ネットの導入に際してプライバシー問題に対応してきており、それをいっそう強化した内容になっています。とくに注目したいのは、情報提供記録の自己確認と第三者機関(特定個人情報保護委員会)です。前者が「マイ・ポータル」と呼ばれているもので、個人番号カードを使って自分だけがみられる自分専用のページにアクセスできるというものです。これによって、自分の情報がいつどの機関からどの機関へ提供されたのかを確認することができます。のみならず、行政機関が保有している自分の情報内容を照会したり、行政機関からのお知らせを受け取ったり(プッシュ型行政サービス)、申請や届け出を行うこと(ワンストップサービス)も、今後、予定されています。

 2018年に個人番号の利用拡大が検討されることになっていますが、どうみておられますか。

 将来的には医療分野にも利用されていくとみています。医療分野は国民にとって最も身近な分野であるとともに、その導入効果も大きいからです。例えば電子化したカルテを個人番号で管理すれば、どこの病院でも過去の治療歴を確認することができます。こうした医療体制に改めれば、万が一東日本大震災のときのように、紙のカルテを消失しても治療に遅れが出るようなことはないのではないでしょうか。

プロフィール
えなみ・としひろ 1981年東京大学卒業後、富士通に入社。SEとして自治体向けシステム開発に従事。96年富士通総研に出向。電子政府・電子自治体、行政経営の分野を中心に研究活動を行う。主な著書に『自治体のIT革命』(東洋経済新報社)、『マイナンバーがやってくる』(共著、日経BP社)など。

(インタビュー・構成/本誌・岩﨑敏夫)

掲載:『戦略経営者』2013年8月号