《栴檀は双葉より芳し》という言葉があるが、それを地でいくような人物が村上太一氏だろう。25歳という史上最年少で東証1部上場を果たした“器量”の持ち主だからだ。求人サイト業界に「リブセンス旋風」を巻き起こした村上社長の発想力・行動力を聞いた。

プロフィール
むらかみ・たいち●1986年10月、東京都生まれ。02年早稲田大学高等学院入学、05年早稲田大学政経学部入学。05年7月「早稲田大学ベンチャーコンテスト」で優勝し、翌年2月に資本金300万円で「リブセンス」を設立。昨年12月史上最年少で東証マザーズに上場を果たし、今年10月東証1部に市場変更。

高3の時のアルバイト探しが事業化のヒント

リブセンス代表取締役社長 村上太一氏

村上太一 氏

――2011年12月に東証マザーズ上場を果たし、今年10月1日に東証1部に市場変更しました。いずれも、史上最年少での上場ということですが、その感想をお聞かせください。

村上 上場したからといって、うれしいとか達成感というのはなく、通過点だという認識です。マザーズにしろ東証1部にしろ手段の一つでしかなく、私がやりたいのは「圧倒的に利用される事業とかメディアをつくること」です。
 私は小学校高学年ごろから「将来は会社をやりたい」と思っていて、02年に早稲田大学高等学院に入学すると、その準備に取りかかりました。2年生のとき、簿記2級とシステムアドミニストレータ(システム管理者)の資格を取ったのも、その一環です。

――そもそもなぜ会社をやりたいと思ったのですか。

村上 幼い頃から他者にいい影響を与えるのが、純粋に好きだったことが根っこにあります。釣りが趣味なんですが、釣った魚を自らさばき、両親に食べさせて「おいしい」といわれることに喜びを感じていました。
 自分が将来幸せに生きたいと考えたとき、それは他者に喜んでもらえるようなことをすることにあると。それをどんな方法で実行すればいいかと考えたとき、事業を通じて行うのが一番いいだろうと思いました。社名を「リブセンス(生きる意味)」にしたのも、こうした発想によります。

――父方、母方の両方の祖父が経営者だったそうですが、そのことも影響していますか。

村上 影響はあると思います。父方の祖父は運輸会社(東証1部)の代表取締役専務を務め、母方の祖父は愛媛県で画廊を創業しました。普通、幼い頃、将来何になりたいかを考えたとき、やはり知っている職業しか選択肢に入らないでしょう。そんななかで身近に経営者が2人もいたというのは、起業家に憧れるようになった大きな理由でした。

――会社設立に向けて本格的に動き出したのは高校3年ごろからだったそうですが、そのときどんな事業を行おうと考えたのですか。

村上 不便や問題を解決するのがビジネスの基本だろうと思い、それがいったい何なのかを常々考えていたとき、あることに疑問を感じました。
 高校3年の夏休みに設立資金を稼ぐため、自宅近くでアルバイトをしようと思って、求人誌やネットで探したのですが、条件(勤務地等)に合うものをみつけることができませんでした。ところが、繁華街を歩いていると、よく飲食店やコンビニなどの店頭に「アルバイト募集」という貼り紙が出されていることがあります。
 実際、私もそれをみて隣の駅の飲食店でアルバイトを始めたのですが、ふと疑問に感じました。貼り紙に出されているアルバイト情報をネットに掲載してくれていたら、わざわざ自転車で隣の駅まで行き、探し回らなくてもよかったのにと。つまり、街にはけっこう求人があるのに、インターネットには載っていなかったということです。そこに不便さを感じたわけですが、なぜお店はネットにアルバイト情報を載せないのかといえば、費用が発生するからです。実際、私がアルバイトをさせていただいた飲食店によれば、ネットに求人広告を1回出すのに10万円はかかるとのことでした。
 そこで《アルバイト探しの不便さと、店側の悩み(求人コストの抑制)を同時に解決できるような仕組みをつくれば、両者に喜んでもらえるはずだ》と。このとき考えた“アイデア”が、今の当社につながる“成功報酬型”の求人サイトです。成功報酬型にすれば、募集広告は無料のため、それまで貼り紙(アルバイト募集)で行っていたところも、ネットにその情報を載せることができるのではないかと考えたわけです。

クライアント獲得のため率先して電話をかけまくる

――それを、大学1年のときに行われた「ビジネスプランコンテント」でプレゼンしたということですか。

村上 そうです。実は高校卒業直前の05年2月、朝日新聞に《早稲田大学でベンチャーコンテストが開かれ、優勝者にはオフィスが1年間無償で貸与される》という記事が載り、それを母が読んでいたのがきっかけです。母がその記事を切り抜き、トイレのコルクボートに貼ってくれていたのです。両親にはビジネスに興味があることを話していましたし、また、一緒によく『ガイアの夜明け』などのテレビ番組をみていました。“付属高校”で進学が決まっていたため、トイレに貼ってコンテストがあることを教えてくれたのだと思います。で、実際4月に早稲田大学に入学すると、大和証券グループ本社の寄付講座「ベンチャー起業家養成基礎講座」を受講し、前期の終わりにそのコンテスト(05年7月)があって、成功報酬型求人サイトというビジネスプランを発表したところ、優勝しました。
 このときのメンバーは私を含めて3名でした。1人は高校時代の級友(起業後すぐに辞める)、1人は友人に紹介された技術に明るい人物(別の大学に在籍)で、ビジネスプランコンテスト優勝後にもう1人(早大理工学部の学生)が加わり、06年2月、資本金300万円でリブセンスを設立しました。2月に設立した理由は、一つは試験が終わって事業に本腰を入れられるということ、もう一つは無償でオフィスを借りるにあたり、翌年の新学期前までに利用を開始してほしいといわれていたからです。

――その2カ月後(06年4月)に「ジョブセンス」という成功報酬型アルバイト求人サイトをオープンさせたわけですが、クライアントを獲得するため、自ら率先して電話営業をされたとか。

村上 はい。サイトを立ち上げたからといって、それだけで求人情報がたくさん集まるとは考えていませんでしたから、『会社四季報』などでアプローチ先をリストアップし、電話をかけまくりました。
 その際、「リブセンスの村上」というより「早稲田大学公認ベンチャーのリブセンスの村上」という言い方をすると、受付を突破して採用担当者までつないでもらえる確率が倍以上に高まりました。担当者に回してもらうと、「求人広告の掲載は無料で、成功報酬型のアルバイトサイトを立ち上げましたので、一度ごあいさつに伺わせてください」と申し上げると、かなりの方が会ってくれました。しかし、ビジネスは甘くなく、サイトをオープンした4月の手数料収入はわずか数千円でした。

――どこに「問題」があったのでしょうか。

村上 当初はユーザー(アルバイトを探している人)が「アルバイトをしたい」と企業側に応募した段階で、手数料をいただく仕組みでした。でも、これだと採用できるかどうかに関係なく課金されてしまうため、企業側にリスクがありました。そこで、半年後の06年10月に、応募があった段階で手数料をいただくのではなく、企業側がアルバイトを採用した段階で手数料を支払っていただく仕組みに変更しました。つまり、課金するタイミングを応募から採用に変えて、より魅力的な成功報酬型サイトに改良したということです。このほうが、例えば店単位で1人とか2人を採用するような場合、既存のひとワクいくらで求人広告を出すメディアに比べてコストパフォーマンスは相当高いと思います。

利用者に「お祝い金」を出すことにした2つの理由

――ユーザー数を増やすため、どんな作戦を展開されたのですか。

村上 1つはインセンティブとして「お祝い金」を設けました。これは、ジョブセンスを通じてアルバイト採用が決まると、当社から最大2万円のお祝い金がもらえるというものです。純粋にユーザーにわかりやすいメリットを与えることで、《アルバイト探しはジョブセンス》というのを、一種の通り相場というか常識にしたかった。要は、求人サイトで圧倒的に利用されるナンバーワンを目指したということです。
 さらに、もう1つお祝い金を設けた理由があります。先ほどお客さまから手数料をいただくタイミングを応募から採用段階に変えたと話しましたが、この採用したというのを、どうやって確認すればいいかが一つの課題でした。そこで、この課題を解決する方法として取り入れたのがお祝い金にほかなりません。
 つまりユーザーがジョブセンスを通じてアルバイト採用され、その旨を当社に伝える手段としてお祝い金を設ければ、自動的に採用の有無を確認できるわけです。これによって、ユーザーは志望企業から採用されるのを目指して頑張る、企業は優秀な人材獲得を目指して採用にあたる、当社は両者を橋渡して使命を全うする──3者が同じ方向(採用)に向かって力を注いでいく仕組みをつくったところが、同業他社との大きな差別化ポイントです。

――それは近江商人の「三方良し」(売り手良し、買い手良し、世間良し)の考え方と似ていますね。

村上 そういう発想はありました。

――ジョブセンスへユーザーを誘導するため、お祝い金以外にSEO(検索エンジン最適化)対策も行われたそうですが……。

村上 はい。設立当初は資金があまりなかったので、自分たちでSEO対策を行い、ノウハウを身につけていきました。具体的にはホームページを持っている友人・知人にリンクを張ってもらうなどして、常に検索結果が上位にくるように工夫しました。
 こうした“打ち手”が功を奏して、クライアント企業数は現在、2万社を突破し、求人件数も5万8953件にのぼっています。

――ジョブセンスを核にしながら新たに転職求人サイト「ジョブセンスリンク」や賃貸不動産情報サイト「DOOR賃貸」などを立ち上げていますが、その狙いは。

村上 求人だけなく、別の「領域」でも圧倒的に利用されるサービス・事業をつくりたいというのがおおもとにあります。その発想から不動産分野に着目して立ち上げたのが「DOOR賃貸」(10年4月)です。私自身が引っ越しをする際に、不便さを感じたのがきっかけでつくったものです。
 既存の賃貸サイトは、一つの物件を複数の不動産業者が情報提供していることから、使いにくいところがありました。そこで当社が考えたのは“1本化”です。例えばA業者、B業者から賃貸情報をもらって、それらのなかで同一物件があれば、当社が一つにまとめて、それをDOOR賃貸に掲載するカタチにしました。こうすれば物件情報の重複が省かれ、選びやすくなりますからね。このDOOR賃貸も成功報酬型で、ユーザーから問い合わせがあった段階で手数料が発生します。

――今期(12年12月期)の業績見通しを教えてください。

村上 売上高は前期の倍以上の約23億円、経常利益は約11億円の達成を見込んでいます。事業別売り上げでは、ジョブセンスを中心にした求人サイト関係が約80%、DOOR賃貸が約15%になると予測しています。

――会社設立6年で、東証1部にまで成長・発展させてきたポイントは何だとみておられますか。

村上 特殊なことをやっているという考えはなく、当たり前のことを徹底的にやってきたことで、今の当社があるとみています。今後も、その姿勢を貫き通し、他者にいい影響を与え続けられるような会社でありたいですね。

(インタビュー・構成/本誌・岩﨑敏夫)

掲載:『戦略経営者』2012年12月号