「安かろう・悪かろう」では許されないのが、人命に直結する航空宇宙産業である。大量生産品では人件費の安い海外に負けたとしても、優れた“ものづくり”技術が要求される航空宇宙産業にはまだまだ日本の町工場が活躍できる場がある。スペースビジネスで名を馳せる中小企業を紹介する。

 私が、父とともに経営している植松電機は、北海道赤平市という場所にある。そんな典型的な片田舎で、従業員20名の町工場が“宇宙開発”をしていると言ったら、われわれをよくご存じない人からすれば失笑ものかもしれない。本業はリサイクル用パワーショベルに取り付ける特殊なマグネットの製造。その傍らに取り組んでいるのが宇宙開発の仕事である。すでに小型ロケットの打ち上げに何度も成功しているし、人工衛星を製作する技術だってある。さらには世界に3つしかない無重力実験施設のうちの1つが会社の敷地内にあると言えば、だいぶ印象が違ってくるのではないだろうか。

 宇宙開発をはじめたのは、自分で考えて、自分で試せる社員を増やしたいという思いからだった。最初は2人ではじめたマグネットの仕事だったが、売れ行き好調でしだいに忙しくなってきたため人を雇うようになったが、みんな「自分の頭で考えない人たち」ばかりだった。ただ言われたことを言われたようにこなすだけで、「もっとこうすればいいのに」と自分の頭で考えることはしない。これは多かれ少なかれ、どの企業でもそうなのかもしれない。いまの学校教育では「素直でまじめ」が至上命題。それゆえ自分で考える訓練をしていない人が多いのだ。でもロボットでも代替が利くような社員ばかりでは、これからの時代やっていけない。中小企業が生き残っていくためには、自分で考えて、いろいろ試しながら新しい製品を開発するバイタリティが求められる。では自分の頭で考えられる社員を増やすにはどうすればいいか。自ら思考するために最も重要なのは「好き」であること。作りたい、知りたい、興味がある――。宇宙開発という魅力的なテーマでそこに火を付けることができれば、きっと人は育つのではないかと思ったのだ。

安全性に優れた小型ロケット

 最初に挑んだのが、小型ロケットの開発だった。固いポリエチレン樹脂を燃料にしたもので、ガソリン(液体燃料)を使う一般的なロケットにくらべて安全性に優れている。ガソリンは非常に燃えやすく、機体に引火すると大爆発を起こす。一方で、ポリエチレンは燃えにくいし、塩素などを含んでいないため環境にもやさしい。

 さらにガソリンの場合、貯蔵しておくにも輸送するにしても、危険物管理コストがかかる。これは法律で決まっているコストなので、知恵と工夫でどうにか圧縮できるものではない。ロケット打ち上げコスト全体のなかで、危険物管理コストの割合が大きすぎるのはあまりにバカらしい。だったら、ロケットを大きくしてトータルのコストをふくらませて危険物管理コストの割合を小さくしようと、ロケットは大型化する傾向にあった。ロケットに乗せる人工衛星も、要求される機能が増えていたことから大型化の方向にあり、この2つが完全にリンクしていた。

 ところが80年代後半から90年代にかけてデジタル技術が発達すると人工衛星が急激に小さくなり、必ずしも大きなロケットがいらなくなった。でもロケットを小さくすると今度は危険物管理コストの割合が増えてしまう。その解決策として北海道大学大学院の永田晴紀教授が考えたのが、危険物を使わないロケットエンジンであり、それを実用化したのが私たちの小型ロケットだった。

 開発の初期段階は、当然うまくいかなかった。何度もエンジンを爆発させた。それでも何回も何回も燃焼試験を繰り返していくうちにやがて成功にこぎ着けたのだが、同時に従業員たちの様子もずいぶん変わっていった。

 爆発ばかりしていた最初のころ、溶接作業をがんばった社員は、爆発した後の残骸を拾い上げ自分の溶接のあとをじっと見つめていた。きっと自分の溶接のせいだと思っているのだろう。そして配線を手がけた社員は、配線の切れ端を真剣な面持ちで見ている。間違って配線をつないだために失敗したのではないかと自分を責めているのかもしれない。そんなときに、お前らなにやってるんだよ、と怒鳴り散らしたところで何もならない。私は彼らに対して「なんでだろう。だったらこうしてみたら」という言葉を投げかけていき、失敗も成功も「経験」という点では同じであると伝えた。そうするうちに、みんな自分の頭で考える習慣を身につけるとともに、失敗を恐れなくなった。

 2007年8月には全長5メートルの機体を打ち上げることにも成功。その後さらに人工衛星を製作したり、無重力実験施設をつくるなど宇宙開発の仕事にのめり込んでいった。

すべて「自腹」での宇宙開発

 前回打ち上げた人工衛星は、今後の人工衛星のあり方を世に問ううえで画期的な成果が得られたと思っている。以前から役目を終えた人工衛星がそのまま宇宙にゴミとして放棄されていることが問題視されてきたが、その原因はそもそも人工衛星の寿命が短いことにある。人工衛星は宇宙で自ら姿勢をコントロールしなければならない。そのときにガスを噴射して向きを変えるのだが、それは裏を返すとガスがなくなったら終わりということだ。そこで私たちが試したのは、人工衛星の内部にXYZの3方向に動かせるように、太陽電池で給電される仕組みのマグネットを入れ、地球の地磁気を利用して姿勢を制御するやり方。実験は見事成功。ゆっくりとした制御だが、半永久的に人工衛星を使い続けられることを証明してみせた。

 そして、私たちのロケットを利用してくれるお客さんを見つけたいという意向もあり、会社の敷地内につくったのが無重力実験施設である。無重力施設はほかにドイツと米国にあって、当社のものは世界で3番目。ほかは施設使用料として100万円前後のお金がかかるが、うちのはタダに近いことからNASAをはじめ世界中からさまざまな人たちが実験しにやってくる。そうした中で、アメリカの宇宙船開発企業・ロケットプレーン社と仲良くなり、いっしょに仕事をさせてもらうことができたりと、お金では買えないメリットをたくさん得ることができた。

 施設を安く提供できるのは、国の補助金などはもらわず全部自腹でやっているため、建設費用の回収にあくせくしないでいいからだ。ついでに言うと、ロケットや人工衛星の開発も自腹。だれかに出資してもらうと、首根っこをつかまれて支配されてしまう。だったら無理してでも、自腹のほうがいい。

 いずれにしても(1)ロケット(2)人工衛星(3)無重力の3点セットが社内にそろったことで、さまざまな宇宙開発の研究が単独で行えているのは確か。ロケットチームが無線のことで苦しんでいたら、人工衛星のチームが「それ、楽勝だよ」と助け舟を出すし、人工衛星のチームが「低温で試験したいんだよね」と口にした場合、ロケットチームが「じゃあ、液体窒素で冷やすかい?」と手助けする。いわば「一人宇宙開発」をクローズできる体制が整っているのだ。

「どうせ無理」をなくしたい

 私は、この世から「どうせ無理」という言葉をなくしたいと思っている。そのための手段が宇宙開発であり、それを通じて「諦めなければ夢はかなうこと」をみんなに知ってもらいたいと思っている。

 小中高の時代、教師をはじめ周囲の大人たちから「どうせ無理」と言われ続けてきた。「将来は飛行機やロケットの仕事がしたい」と先生にいっても、「お前は頭が悪いから無理だ」と返ってくる。それが悲しかった。たしかに学校の成績は悪かった。勉強はろくすっぽせずに、紙飛行機やペーパークラフトを作ったり、航空宇宙関連の本ばかり読みふけっていたのだからそれも仕方がない。

 でも、奇跡的に合格した北見工業大学では、試験勉強などしなくてもほとんど100点をとれるようになってしまった。大学生になってはじめて、自分がこれまで趣味としてやってきたことがれっきとした学問であることを知った。ペーパークラフトは設計・製図の勉強そのものだったし、紙飛行機を遠くに飛ばすための知識は航空力学や流体力学だった。

 その後、社会人になって名古屋の飛行機製造メーカーで働きはじめたが、必ずしも飛行機づくりに情熱を燃やす人ばかりではないことに失望。ここでは自分が理想とする飛行機作りはできないと見切りをつけ、モーターなど機械修理の仕事をしていた父親のいる北海道に帰ることにした。だが、修理して直すよりも新しいものに丸ごと交換すればいいという考え方に社会全体が変わったことで、やがて修理業は行き詰まってしまう。そこで新たに着眼したのが前述したパワーショベルに取り付けるマグネット。この事業で稼げるようになったおかげで念願の宇宙開発に取り組めるようになったわけである。

 宇宙は果てしないものだから、それに関する仕事は常に「より遠く」「より速く」「より軽く」が要求される。そこには、モアー(more)しかない。それが私を喜ばせる。最近は、自動車や家電などの既存事業だけでは生き残れないと考え、航空宇宙産業に目を向けている中小企業も増えていると聞く。これまでとは勝手のちがう世界でやっていくからには当然さまざまな障壁にぶち当たることが予想されるが、「どうせ無理」だとすぐに諦めないでほしい。諦めなければ絶対に夢はかなう。私はそう確信している。

プロフィール
うえまつ・つとむ 1966年北海道生まれ。89年北見工大応用機械工学科卒業後、航空宇宙関連企業に就職。94年、実父が経営する植松電機に入社。04年からロケット開発をスタート。著書に『NASAより宇宙に近い町工場』(ディスカヴァー)などがある。

(インタビュー・構成/本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 株式会社植松電機
所在地 北海道赤平市共和町230-50
TEL 0125-34-4133
URL http://uematsu-electric.fte.jp/

掲載:『戦略経営者』2012年11月号