東京都大田区山王3丁目、JR京浜東北線大森駅から歩くこと約10分。昔ながらの商店街が連なるその地で「超・地域密着経営」を実践する百貨店がある。経営危機を乗り越え、地元高齢者からの圧倒的な支持を集めているダイシン百貨店だ。今年8月には新装開店して勢いに乗る同社の西山敷社長に、地域に根差した百貨店経営の極意などについて聞いた。

プロフィール
にしやま・ひろし●1947年3月、東京都生まれ。工学院大学建築学科卒業後、1969年に大手スーパーチェーン長崎屋に入社。ショッピングセンターの開発、フランチャイズチェーンの開発に携わる。1977年に独立し商業建築計画研究所(現商業建築)を設立、数多くの商業施設の建築設計を手掛ける。2004年に当時のクライアントだったダイシン百貨店に請われ、社外取締役に就任。2006年、同社社長に就任。
ダイシン百貨店代表取締役社長 西山 敷氏

西山 敷 氏

――店舗を8月にリニューアルオープンされました。これまでは昭和の香り漂う雰囲気が特徴的でしたが、新しいダイシン百貨店はどのようなコンセプトで生まれ変わったのでしょうか。

西山 レトロな百貨店として親しまれてきた旧本店は耐震性能などに問題があり、老朽化が目立っていました。そのため建て替え工事を進めていましたが、おかげさまで今年の8月4日にグランドオープンを迎えることができました。新しい店舗全体のコンセプトは、ヒト・コト・モノを結びつける「場所」でもあり、成長を続ける生き物でもある「森」をイメージした「オオモリノモリ」としました。単なるスーパーマーケットではなく、コミュニケーションの場としても使ってほしいという思いが込められています。実際、イラストや写真を効果的に使ったオープニング時のオシャレなチラシでは商品は一切載せておらず、ダンスパーティーなど各種イベントの開催告知や、荷物の無料配達や高齢者向け弁当宅配サービスなど、われわれが行っているサービスのアピールに紙面を割いています。モノではなくコトを伝える努力を前面に打ち出しました。

――高齢者を意識した商品構成でシニアマーケティングの先駆けとして取り上げられることも多いようですが。

西山 それは、この地で60年以上も営業を続けている当店が、年間5~10個しか売れない品物でも、それをお買い求めるお客さまがいる限りは欠品にしないようにするという方針を継続してきたからです。たとえば、私はヘアリキッド「バイタリス」の世代ですが、それより前の世代の高齢者の方には「ポマード」を使う方がまだいらっしゃる。だからその数がどんなに少なかろうと売り続けるのです。必要とされているものを提供する、ただこれだけのことをしているだけなので、これをシニアマーケティングの商品構成というのは本来おかしい。なぜならマーチャンダイジングは歴史が作り上げるものだということを見誤るべきではないからです。

――特別なマーケティングをしているわけではなく、長年営業した結果だと。

西山 そうですね。日本人の3分の1が団塊の世代以降の年齢になったのは歴史的事実で、そうするとこの地域で生まれてからずっと住み続けている方も60歳を超えてきます。そうした人々が60年間使い続けている製品が脈々と引き継がれてきて、その積み重ねの結集が私たちの店舗になったというわけです。改装前の数字ですが、年間365日当店を訪れていただいているお客さまが何と200人以上もいました。社員ですら毎日は来ないのに(笑)。

――商品の品ぞろえに加え、高齢者が買い物をしやすいようなサービスも工夫していますね。

西山 高齢の母親が買い物に出かけたとき自分はどうするか? と自問してみてください。車で迎えにいって物を持ってあげるでしょう。考えてみれば当たり前の話ですから、70歳以上のお年寄りや体の不自由な方には、ご購入いただいた品物を宅配する「しあわせ配達便」というサービスを、自社業務の一環として行っています。それから、なかなか手作りのおいしい食事をとることが困難な在宅の高齢者を対象に500円の夕飯弁当を日替わりで宅配する「ダイシン出前弁当」も、着実に利用者が増えています。将来は3食すべてご提供できたらいいと思いますね。また自転車に乗れないなど移動にお困りの高齢者の方のため、ポイントカードを提示するだけで乗れる巡回バスも運行しています。

――食品チェーンなどのテナントが入っていないのも特徴です。

西山 当社では「食育」を理念の一つとして掲げており、できるだけ自前でつくった食事を提供するよう努めています。1階のベーカリーショップのスタッフは職人ひとりをのぞいて全員が見習い状態ですが、それでも1日20万円ほどを売り上げています。「鮮魚」「青果」「精肉」の生鮮3品は市場での仕入れから自社スタッフが対応し、総菜はレトルトを使わずすべて手作りで調理しています。そのためプリンスホテルから最高チーフクラスのシェフを2人引き抜いたほどです。
 また本格的な和食が楽しめる4階の「ひさごや」は、30数年付き合いのあった板前に自分の店を畳ませてまでまかせているお店ですが、2000円近くしてもおかしくない本格的な和食ランチを1200円で食べられるとあって、高齢者の方を中心に好評です。このほか大衆食堂の「ダイシンファミリーレストラン」、木のぬくもりでゆったり落ち着けるカフェ「文士村・馬込茶房」など、すべて自社スタッフで運営しています。

「帰属される百貨店」に

――もう一つ、ダイシン百貨店といえば地域密着経営が有名です。

西山 人間にとって国家や会社などの組織に帰属するということは非常に大切です。なかでも、土着の身分証明ともいえる生まれ育った地域は特に重要でしょう。ここにはそうした地域への帰属意識が高い方が数多くいらっしゃる。そのふるさとに帰属するのと同じようにダイシン百貨店にも帰属してほしい、そんな思いをこめたマーチャンダイズを心掛けており、会社の理念としても「住んでよかった街づくり」を掲げています。

――きちんとした街づくりの理念が大切なわけですね。

西山 たとえばポイントカードのポイントがたまった場合にはお買い物券を発行しているのですが、当社のお買い物券は地元の商店街でも使えるのが大きな特徴です。この仕組みがうまく回るようになると、お客さまがダイシン百貨店と地元商店街にますます帰属するようになり、地域の消費活動も活発化していくに違いありません。
 最近はターミナル駅でのビル型開発が都市開発の主流で、その駅ビルに託児所を開設する動きが広がりつつあります。しかしそれでいったいどのような事態が生じるでしょうか。両親は駅直結のビルに子供を預け都心に働きに行きます。仕事を終えれば帰りがけに子どもをそこでひろい、駅ビルで買い物をしてそのまま帰宅してしまうでしょう。通勤・通学の手段として利用するだけだった駅が生活の場になってしまっているのです。私はそういった傾向には賛同できません。基本は住む地域で、その場所で子供を育て、買い物をし、生活をする――。住環境と通過する場はきっちり分けたほうが良い、というのが僕の持論です。そのためには、昔からある地域の商店街をもっと賑わいのある場所にする必要があるのです。

――それにしても、「半径500メートル圏内シェア100%」はすごい。催事場などを利用して各種イベントを積極的に展開されていますが、お客の入りはどうですか。

西山 ダンスパーティーやコンサート、展示会などお客さまに楽しんでいただけるイベントを開いていますが、とくに盛況なのが「山王夏祭」。屋上スペースなどを利用してプール、ゴーカート、花火、スイカ割り、ニジマスのつかみ取りなどが体験できるようにしているのですが、子どもたちに大人気。最初は4000人ほどだった来場者数は、5回目を迎えた今年には2万人にまで膨れ上がっています。ターゲットとする顧客層についての私の持論は「1番はベビー、2番は老人、あとの中間はくっついてくる」なので、子どもたちに喜んでもらえるととてもうれしいですね。

倒産の危機から会社を救う

――ところで西山社長はダイシン倒産の危機から救った経営者としても知られています。

西山 はい。この会社の社長は私の「本業」ではありません。もともと私は建築家の端くれで設計事務所を経営していました。ダイシン百貨店の店舗設計などを手掛けるなど取引先でもあったのですが、放漫経営で大きな借金をつくった2代目経営者が急死した際に、社員の方に請われたのがきっかけで経営に携わるようになったのです。

――なぜ取引先の設計事務所社長に頼んだのでしょう。

西山 会社には土地や建物など創業者が築きあげた資産が相当ありましたが、それでも立ち行かなくなるほどの借金を抱え銀行管理のような状態になっていました。2代目が急死した後、創業家の遠い親戚が社長に就任し、現場の連中が役員になり右往左往しながら対処していたのですが、銀行サイドは100億円もの借金があったため「どこかでつぶさなければならない」と思っていたのでしょう。その動きを察知したその社員の方が「このままでは会社がつぶされてしまう。今の経営陣では銀行の言われるがままだ。西山さんの顔で何とか銀行に対抗してほしい」と頼み込んできたのです。なんでこの顔だと対抗できると思ったのかはわかりませんが(笑)。

――それですぐに社長に就任されたわけですか。

西山 いいえ。最初は社外取締役として経営陣の一員として再建にあたりました。まず取り組んだのが不良債権の処理。1年間で70~80億円の土地を売却し借金を大幅に減らすことに成功しました。私はそれまで店舗設計を請け負うことで50~60億円の建物を作り、結果的には不良債権発生にかかわったわけですが、それを天命のように自分で刈り取ることになりました。金融庁のブラックリストからも外れ、金利も半分になりました。この実績を銀行と経営幹部が認めてくれ、今度は「社長をやってほしい」と依頼してきたわけです。幸運なことに株式もすべて私が取得することになり、創業者のような形で平成18年に社長に就任することができました。金融機関からは「日本で最もきれいなマネジメント・バイ・アウト(MBO)の例だ」などとほめられたこともあります。

――就任直後にはどのような改革を行いましたか。

西山 私が社長に就任したときの第一声は、「私にあいさつしない従業員はくびにする」というものでした。これで実際に何人もくびになりましたよ。7人いた役員も即刻解雇し1億円の経費を削減しました。それから社内で「屋上から立小便してでもテレビに出るぞ」と宣言し、広報活動にも注力しました。大手百貨店はだれもが名前を知っているのに、地域に根差して誠実な商いを続けている私たちについての認知度はあまりにも低い。これをどうにかしたいと思い、宣伝効果が最も高いテレビへの露出をはたらきかけました。結局、NHKやテレビ東京の『カンブリア宮殿』に出演することができ、少しずつ知名度が上がってきていると思います。

会員制度をより強固に

――今後の目標を教えてください。

西山 社員がここで安泰と感じられ、豊かに暮らせる企業体にしたいですね。たとえば心臓病で手術をしなければならない75歳のお年寄りや、子どもを抱えたシングルマザーといった人たちを現在雇っています。これからはこのような困難を抱えた人間とそうでない人間の格差がどんどん拡大していくかもしれません。しかし私は、しっかりまじめに働いていれば皆が平等に楽しめ、安心して生活できるような企業を目指したい。
 それからお客さまに対してはポイントカードを使った新たなサービスを提供したいと考えています。現在ポイントカードの会員数は10万人、そのうち常時動いているのが6万人いるのですが、そのうち1万人のお客様に「老齢年金1年分の50万円を投資してください」とお願いして50億円集めるファンドをやってみたいですね。投資した人はダイシン百貨店を“自分たちの会社”として意識できますし、株主還元ならぬ利用ポイント還元を受けることができます。財務体質の改善ととともにお客さまのリターンにもつながる仕組みです。

――ポイントカードを活用したサービスは可能性がありそうですね。

西山 インセンティブをどんどん付与して、会員制度をより強固なものにしていく戦略を立てています。実はすでにポイントカードと医療カードが一緒になっている新たなシステムもつくりました。これは世界中どのパソコンでもこのカードIDを使えば、健康診断の履歴を閲覧でき、提携医療機関の医者とのメール交換が可能になり、糖尿病向けレシピも検索でき、ペースメーカーの使用状況など個人のセキュリティー情報が閲覧できるという画期的なものですが、関係機関との交渉がうまくいかず実現に至っていません。しかし今後必ず実現したいと考えています。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

会社概要
名称 株式会社ダイシン百貨店
創業 1948年1月
所在地 東京都大田区山王3-6-3
TEL 03-3773-1721
売上高 66億円
従業員数 250人
URL http://www.daishin-jp.com/

掲載:『戦略経営者』2012年11月号