近ごろよく耳にするクラウド。これまでネットワークを介して処理するシステムはASPやSaaSなどとよばれてきたが、いよいよ当たり前のツールとして定着するきざしがある。クラウドとはいったい何か、そしてユーザーにとってどんなメリットがあるのか――。実際に活用している企業とベンダーを取材し、クラウドの中身に迫った。

――水谷さんは中小企業のIT活用を幅広く支援されていますが、そもそも「クラウドサービス」とはどういったものを指すのでしょうか。

水谷 所有せずに必要なときだけ車を利用する「カーシェアリング」という仕組みが広まりつつあります。それと同じくコンピュータの世界でも"所有から利用へ"という流れが加速しています。
 大きなきっかけは昨年の震災です。多くの企業がデータ管理の重要性を認識するようになりました。クラウドサービス(以下クラウド)は自社外の安全な場所にデータを保管し、災害から守るための手段としてにわかに注目を集めています。
 クラウドをひと言でいうと、「インターネット経由で利用する各種サービス」となります。身近なところだと、ヤフーやグーグルが提供しているメールサービスや、フェイスブック、ブログなども当てはまります。最近ではクラウド型の内部管理ソフト(グループウエア)や業務ソフトも増えてきています。ただふだん、経営者の方と話をしていると、クラウドといってもピンとこない人が多いのが実情ですね。

――自覚せずに使っている場合が多いと……。データ管理面以外で、クラウドがここまで話題にのぼるようになった背景は?

水谷 まずインターネット回線の充実化が挙げられます。全国津々浦々までブロードバンド回線が張り巡らされ、高速かつ安価に利用できるようになりました。手のひらサイズのモバイルルータなどを持ち歩けば、ほとんどの場所でインターネットにつながります。私も外出するときは、コンパクトなWiFiルータとiPadを鞄の中に入れています。
 またスマートフォンの登場も大きな要素。スマホは多機能携帯といわれますが、携帯電話というよりも「通話機能が付いているパソコン」と言った方がより正確でしょう。したがって会社や自宅のパソコンの中にあるデータをクラウドによりネットワークの"むこう側"に移してしまえば、外出先からもデータを参照でき便利になります。

手間とTCOを軽減

――業務においてクラウドを活用するメリットを教えてください。

水谷 一番のメリットはさまざまな負荷を軽減できることです。社内にデータを保管するサーバーを置くとなると、転倒防止用グッズの取り付けやサーバー室の耐震・防火対策、煙感知システム、さらには停電に備えたUPS(無停電電源装置)の設置などを含めると、かなりの手間とコストがかかってしまいます。
 システム処理が集中する繁忙期に備えてメモリを増設したり、ピーク時にあわせた設備増強も必要になってきます。裏を返せばピーク時以外は、資源を余らせてしまうわけです。従来のクライアント・サーバー(C/S)型システムでは毎月のシステム運用にかかる経費は固定費だったわけですが、クラウド化するとユーザー単位での課金になり、費用を変動費化できるのも特徴です。
 確かにクラウドを長期間利用しているとC/S型システムの導入コストを上回る場合もあります。しかしリソースを業務のピークにあわせる必要がなく運用コストを下げることができ、結果的にTCO(導入、メンテナンス等システム運用にかかる費用総額)を減らせます。

――システム運用のための手間とコスト大幅に減らせるのは大きいですね。

水谷 システム運用を管理する担当者を置く必要がなくなり、ソフトにつきものの更新の手間も省けます。加えてシステム導入時のスピードアップ化も見逃せません。これまで社内に新たなパッケージソフトを導入するとき、見積もり依頼、発注から始まり、インストールなどの設定作業にいたるまで、利用開始までにはそれなりの時間を覚悟しなくてはいけませんでした。
 しかしシステムの種類にもよりますが、クラウドなら早い場合申し込んでから1時間もあれば、セットアップが終わり使えるようになります。めまぐるしく変化する環境に対応するためには、経営にスピードが求められます。サービスの立ち上げに時間がかかると思わぬ機会損失につながりかねません。時間をかけずにスタートできるのは大きな利点です。

――具体的にクラウドサービスにはどんなものがあるのでしょうか。

水谷 例えばセールスフォース・ドットコムは営業支援(SFA)や顧客管理(CRM)ソフトをクラウドで提供しています。SFAはITによって営業部門を効率化する仕組みで、SFAの訪問履歴を見れば誰でも商談のプロセスがわかるので、担当者が不在でも取引先からの問い合わせに対応できます。
 CRMはITで顧客との長期的な関係を作るシステムです。昔は地元の商店街で買い物をしていると八百屋さんなどから「お子さん今年受験でしょう?この大根を食べれば風邪引かないよ!」などと気さくに声をかけられたものです。CRMの目的はそんなワンツーワンマーケティングにあり、顧客に「あなたは当社にとって大切なお客さまです」と伝えることにあります。
 セールスフォース以外にもマイクロソフトが提供している「オフィス365」や、アマゾンの「アマゾンEC2」などさまざまなサービスがあり「グーグルアップス」は300万社が利用しています。

――ユーザー目線でみるとソフトの選択肢は幅広いですね。

水谷 組み合わせて利用できる点は便利です。情報収集の手段としてはソフトウエアメーカーのホームページや、都市部ではクラウドの見本市がよく開催されているので、のぞいてみるのもいいかもしれません。

餅は餅屋にまかせる!

――一方、利用にあたりどんな注意点がありますか。

水谷 当然ですが、インターネットにつなげないと何もできないという点は要注意です。例えばオフィスの入居しているビルが法定点検のため停電になったり、利用しているルータが壊れたりすると、業務がストップしてしまいます。日常業務のうち緊急性が高く手作業で行うべき業務と、復旧するまで中断できる業務に区分けし、万一に備えておきましょう。
 なおかつ可能であれば、1週間に1回程度、外部メディアにバックアップを取りましょう。ただしサービスの内容によっては、バックアップできない情報があることに留意しなければなりません。バックアップをとるだけでは意味がないので、データを復元する手順を確かめておくことも大事です。

――データ流出を懸念する経営者もいます。

水谷 社外に重要な顧客データなどを預け「もし漏えいしたら」という不安は当然あります。しかし顧客の情報資産を預かるため、人一倍セキュリティー体制を強固にしているクラウドベンダーが外部から不正侵入されるような攻撃であれば、ふつうの会社はお手上げです。どの会社にもセキュリティーに詳しい社員がいるとは限りませんから、餅は餅屋にまかせるのが一番安心といえるのではないでしょうか。
 手元資金(データ)は自社金庫(サーバー)に保管しておくよりも、銀行の貸金庫(クラウド)に預けておいた方が安全なはずです。もっとも信頼できる事業者か見極める必要はありますが……。

――その事業者を選ぶさいのポイントは?

水谷 大切なデータを預けるわけですから、まずチェックすべきは安全性です。そのための指標として格付けがあります。プライバシーマークやISO27001、20000などの認証を受けているかを確認するとよいでしょう。認証取得には高額の費用がかかるため大手企業がほとんど。取得事業者でも情報漏えいすることはありますが、ひとつの目安にはなります。バックアップ頻度、サーバー室への入退室管理、データの暗号化、不正アクセスへの対応や監視体制なども確認しておくといいかもしれません。
 次にサービスの継続性です。サービスレベルとして稼働率が公表されていないときは直接問い合わせてみてください。稼働率を上げるために回線の二重化を行っている事業者は利用料がおのずと高くなります。
 以前クラウドがASPとよばれていたころ、大手企業でも収益が上がらない場合、サービスの提供を中断してしまうことがありました。ですからサービス解約時に、データを自社のパソコンにダウンロードできるか確認しておくことが大切です。

――安全性と継続性の他には?

水谷 付け加えるなら、サーバーが置いてあるデータセンターの所在地を確認してください。海外に設置されていると、当然その国の法律が適用されます。
 例えば米国は9・11の同時多発テロを機に「米国愛国者法」を制定しました。万一、クラウド事業者にデータ提供の命令が出されたとき、政府に会社の機密情報が伝わることも想定しておかなければなりません。

厳重なセキュリティー対策を

――セキュリティー対策はどうすればよいのでしょう。

水谷 まず問題になるのが、クラウドを利用するときのパスワード管理です。最近、米国のあるセキュリティー会社が公表した調査によると、数字の羅列のパスワードが圧倒的に多かったという結果が出ています。米国だけでなく日本も似たような状況で、家族の誕生日や電話番号などを使用していることが多いようです。もし数字やアルファベットのみのパスワードを使っているなら、数字、英大・小文字を組み合わせたパスワードに変更すべきです。
 またクラウドはインターネットを使って利用できるからといって、どんなパソコンでアクセスしてもいいというわけではありません。
 中小企業でも事業継続計画(BCP)や在宅勤務(テレワーク)の推進という観点から、家庭での利用を勧めるケースも出てきています。その場合はウイルス対策ソフトを常に最新の状態にしておき、パソコンを起動するBIOSパスワードを設定することをおすすめします。
 パソコンを家族と共有するのは厳禁。音楽や動画ファイルなどをダウンロードするとウイルスに感染するリスクが高まるので、業務用とプライベート用をしっかり区別しておきます。
 以上の点を順守する旨の誓約書を取得してから自宅での利用を認めるとよいでしょう。

――自宅以外の場所はどうでしょうか?

水谷 不特定多数の人が使用するパソコンは使わない方が賢明です。ホテルのロビーやインターネットコーナー、ネットカフェに置いてあるパソコンなどです。万一キーボードで入力された文字を記録する「キーロガーソフト」が潜んでいると、IDとパスワードが盗み取られてしまいます。

経営者の理解がカギ

――スマートフォンやiPadなどでクラウドを利用するケースもあるのでは……。

水谷 ええ。あるリフォーム会社では壁紙用やキッチン用など、何冊も分厚いカタログを営業車に積み込んで顧客先を訪問していましたが、タブレットPCを用いてクラウドで商品データベースにアクセスできる仕組みを導入し、カタログが不要になりました。
 またこんな事例もあります。5拠点ある自動車ディーラーでは、営業日報をクラウド化しました。営業マンが受注要因や提案で工夫した点を入力し、社長や経営幹部がすべてに目を通しています。以前社長は毎日全店舗に足を運んでいましたが、今ではその必要もなくなり、気になる日報があればすぐに担当者に連絡し、トラブルになりそうな案件を未然に防いでいます。
 ただ銘記しておくべきことは、スマホやタブレットは個人情報のかたまりだということ。どこかに置き忘れた場合、GPS機能を使って場所を特定し、遠隔操作でロックをかけたり、データを削除したりすることができます。日ごろから従業員に紛失時の対処法を徹底しておくことが大切です。

――うまく活用すれば色々メリットがありそうですね。

水谷 クラウドの特徴はなんといってもコストや時間をかけずにスモールスタートでき、トライアル&エラーできること。もし導入を検討されているのであれば、まずは予定表や社内メールを使えるグループウエアあたりから始めてみてはどうでしょうか。
 クラウドにかぎらずシステムを生かすも殺すも社長しだいです。社員の報告に対してコメントを書き込んだり、経営陣が積極的に参加することがカギを握ります。
 20世紀のビジネスモデルは人口が増えることを前提としていました。しかし今後はかつて経験しなかった人口減少社会での経営のかじ取りが求められ、新たな災害への懸念などリスクも増しています。クラウドは、スピードと効率性が求められる時代のニーズにマッチしたサービスなのです。

プロフィール
みずたに・てつや 三重県出身。水谷IT支援事務所・所長。AllAbout「企業のIT活用」担当ガイドとしてIT活用にまつわる、さまざまな記事をネットで発信中。中小企業診断士、ITコーディネーター、アプリケーション・エンジニア。三重県産業支援センター、商工会議所などで経営、IT、創業を中心として累計2900件の経営相談を行う。中小企業基盤整備機構で戦略的CIO育成支援アドバイザーも務めている。

(本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2012年5月号