経営環境は依然として厳しいですが、社員のやる気を促す意味から今年も賃上げを考えています。中小企業の賃上げ相場はどれくらいかを教えてください。(飲食店経営)
2012年の春季労使交渉(春闘)は、例年以上に経営サイドに強い姿勢がみられます。経団連はベースアップを含む賃上げは「論外」として、定期昇給の「延期・凍結」の可能性にまで言及し、交渉が行われてきました。
この背景には、厳しい業績環境があります。日本銀行が企業に対して四半期ごとに行っているアンケート調査である「短観」によれば、2011年度の経常利益は前年度比4.8%減と減益の見込みになっています。大震災の影響に加え、欧州債務危機をきっかけとする世界的な景気減速、昨年後半から今年2月にかけての1ドル=80円を上回る円高が業績下押し要因になりました。こうしたなか、企業の支払い能力を示す労働分配率(人件費÷付加価値)は昨年の今頃の水準よりも高くなっており、経営サイドとしては人件費削減スタンスを強めざるを得ない事情があります。
今後の景気動向を展望しても、欧州債務問題はなお解決を見ず、好調であった中国経済にも減速の兆しがみられます。円高はやや修正されつつありますが、韓国メーカーの追い上げも厳しく、引き続き輸出産業の業績は明確な好転は難しい状況です。内需型の産業についても、復興需要関連ではプラスが期待されるものの、デフレが根強く続くなか、大幅増益は見込みがたい状況です。
一方、労働サイドの動きをみると、連合は昨年同様の1%の賃上げを主張していますが、自動車総連や電機連合など、いわゆる「パターンセッター」として賃上げ相場に強い影響力を持ってきた産別労組は早々にベースアップなどの賃上げの統一要求を見送りました。加えて、消費者物価も安定しており、生活防衛のための賃上げを主張しづらい環境にもあります。
以上の結果として、2012年の大手企業の賃上げ率は昨年(厚生労働省ベースで1.83%、経団連ベースで1.85%)をやや下回る1.8%程度にとどまると見込まれます。
中小企業についても、経営を取り巻く環境は厳しく、大手同様、賃上げ率は昨年をやや下回るのが平均的な相場となりそうです。経団連ベースでは昨年の賃上げ率は1.64%、額にして約4300円でしたので、このベースでいえば、2012年の賃上げは「率」で1.6%、「額」で4200円程度になると予想されます。
もっとも、以上はあくまで平均としての話であり、企業ごとで違いはあるでしょう。そもそも、現在のような「構造調整期」には、ばらつきの拡大が鮮明になる傾向がみられます。実際、厚生労働省の調べによる大手企業の賃上げ率の「分散係数(ばらつきを示す係数)」は2011年に0.17と、2008年の0.13から0.04ポイント上昇しています。
そもそも賃金とは単なる人件費コストにとどまりません。それが従業員のやる気に大きく影響するからです。競争が激化するなか、過去と同じ商品・サービスを提供しているだけでは企業は生き残れない時代になっています。設備投資資金を捻出するために賃金を抑えるケースも考えられますが、最も重要な経営資源である人材への投資として、あえて賃上げを行うケースがあってもいいでしょう。厳しい時代だからこそ、経営者に求められるのは、「賃金は経営哲学の現れ」であるとの意識を持って、戦略的に決めることだといえましょう。