ミドリムシ(学名ユーグレナ)――植物と動物の性質を兼ね備えるこの不思議な生き物には、「食糧不足」「地球温暖化」「化石燃料の枯渇」などの問題を解決する力が秘められているという。世界で初めてミドリムシの食用屋外大量増殖法を確立したユーグレナの出雲充社長に話を聞いた。

プロフィール
いずも・みつる●1980(昭和55)年、広島県生まれ。東京大学農学部卒業後、2002年東京三菱銀行入行。05年8月株式会社ユーグレナを創業、同社代表取締役に就任。同年12月に微細藻ユーグレナ(和名ミドリムシ)の食用屋外大量培養に世界で初めて成功。内閣官房知的財産戦略本部の「知的財産による競争力強化・国際標準化専門調査会」委員(2010年)を務めるなどした若手起業家の一人。信念は「ミドリムシが地球を救う」
ユーグレナ代表取締役社長 出雲 充氏

出雲 充 氏

――ミドリムシを商品にするというユニークな事業ですが、そもそもミドリムシとはどんな特徴を持った生き物なのでしょう。

出雲 小学校の理科の授業で田んぼや川からくんだ水を顕微鏡でのぞいた経験が一度はあると思いますが、そこでミジンコやミカヅキモなどと一緒にミドリムシのことも学習したはずです。
 実はこのミドリムシ、葉緑素による光合成と二酸化炭素を吸って酸素を吐き出すという植物の働きと、光合成をせず動き回る動物の両方の性質を併せ持っている特異な生き物なのです。植物的な観点からいえばコンブやワカメ、藻の仲間ですが、動物の側面からは非常に小さな単細胞真核原生動物ということになるんですね。水たまりや川、海など身近な場所にどこにでもいて種類も100ほどあるのですが、われわれが育てているのはその中でも特別栄養価が高い優秀なものです。

――なるほど不思議な生物ですね。しかしなぜミドリムシにこだわるようになったのですか。

出雲 実は生まれてはじめての海外旅行がバングラデシュだったのですが、同国では6歳までの子供は1000人中250人ぐらいが病気で命を落とすと当時は聞いていました。中には充分な栄養を摂取することができなかったお子さんもいたに違いありません。この数字に衝撃を受けた私は、1000人中4人という日本の水準に少しでも近づけるためとにかく栄養満点の食べ物が必要だ、と強く思ったのです。
 しかしその日本も、食糧自給率が40%と低く痩せ過ぎの女性が増えるなど、決して褒められた状況ではありません。「臭くて骨を取るのが面倒」といって魚を全然食べない若者は、ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸など健康にとって非常に大事な不飽和脂肪酸が不足していると考えられます。こうした栄養についての国内外の問題を解決するためには、植物と動物の欠点を補い合いほとんどすべての栄養素をいっぺんに食べることのできるミドリムシを大量に育てるしかないと考えたのです。

脱「無菌」で大量培養に成功

――そこで自ら起業し、これまで誰も成功しなかった大量培養法の開発を目指したわけですね。

出雲 正直に言ってしまうと、そういうことを考えている研究者は山ほどいて、論文もたくさん存在していました。ではなぜビジネスとして成り立たなかったのか。それは、われわれが大量に育成することをねらった「栄養価の高いミドリムシ」はとてもか弱く、天敵から守りながら育てるのが非常に難しかったからなんです。雑菌や酵母、ミジンコなど常にミドリムシを補食しようとねらっている生物の存在が大量生産を妨げていました。
 ですから普通の研究者はできるだけそれらの悪い虫を排除した無菌状態で育成しようとしていました。しかしその方法では膨大なコストの発生を避けることはできません。そしてどんなに努力しても1匹くらいは悪い虫が入ってきます。1匹入るとあっという間に繁殖してミドリムシを食い尽くしてしまいます。

――どうやってその難問を解決したのでしょう。

出雲 蚊取り線香をイメージしてください。血を吸いたい蚊は人間に寄ってきますが、蚊取り線香の煙が嫌で逃げていくわけですね。それと同じように、食べようと思えばミドリムシを食べられるのだけれど、別の嫌なヤツが一緒にいるから近寄りたくない、という環境をつくればいいわけです。自然界では実際に、動物や植物がとても暮らせないような毒ガスが発生する火山地などでミドリムシが生息している例もあります。そのような環境を人工的に再現する方法を採用したことが培養方法の開発に成功した最も大きなポイントになりました。きれいな場所だけで育てるともやしっ子ばかりになってしまう人間の子育てと何だか似ていますね。

――画期的な技術ですね。特許は取ったのですか。

出雲 取得済みの特許は用途にかかわるものが多く、入り口のミドリムシを育てる根幹の技術は実は特許取得に向いていません。たとえばスマートフォンやICレコーダーは、疑わしい商品を分解して半導体部品を見れば一目瞭然なわけです。不法に権利を侵害した製品があれば訴訟で勝利に持ち込むことが十分できる、と思えるからこそ特許を取得するメリットがあるわけですからね。しかし、育ったミドリムシを見て、それをいったいどうやって増殖させたか識別することはできません。われわれの特許を侵害しているかどうか判断することが不可能なのです。コカ・コーラが特許を取得せずに「コンク」という濃縮液を自社のアトランタ工場から世界中に送っていることは有名ですが、われわれも現在は沖縄県石垣島にあるミドリムシ培養施設での増殖に限定して技術を守っています。

関連商品が大ブレーク

――育てたミドリムシはどうやって商品化するのでしょう。

出雲 ミドリムシを乾燥させ粉状にしたものを食品メーカーなどに販売しています。ミドリムシの粉は緑色で見た目はお茶の粉と変わりません。抹茶のような風味で後味は魚、という不思議な味覚です。当初は鳴かず飛ばずで大赤字の苦しい時期もありましたが、大手商社などが取り扱いをはじめてくれたおかげで2009年ごろから関連商品が大ブレークするようになりました。クッキーやカステラ、ソフトクリームなど商品の種類も増え、ミドリムシ商品の市場規模は09年10月から10年9月までの1年間で70億円に達しました。わが社の売上高もここ数年大変伸びており、今後も市場の広がりが期待できます。
 たとえば今女性たちの間で「生物コスメ」が流行しています。ぬめりの基となるムコ多糖体という成分の保湿作用で注目されたカタツムリがその火付け役となりましたが、次のブーム候補としてミドリムシが脚光を浴びつつあります。

――二酸化炭素を吸収する力もずばぬけているとか。

出雲 政府の補助金なども途絶え1回頓挫してしまた日本全体のミドリムシ研究の機運が再び高まったのは、実はその二酸化炭素の吸収力が着目されたからでした。最近では原子力発電所が定期点検後に稼働できない懸念があるなど一挙に火力発電所のウエートが高まっていて、CO2の吸収力に対し注目が集まりやすい環境にあります。
 なぜなら火力発電所の二酸化炭素排出量がとんでもなく多いからです。標準的な50万キロワット発電の石炭火力発電所で1年間に150万トンの二酸化炭素を排出するといわれていますからね。
 植物はもともと二酸化炭素を吸収しますから、排気ガスをビニールハウスにいれて植物を栽培すればCO2が減ると誰もが思うでしょうが、そう簡単にはいきません。発電所から出てくるガスには空気中の約300倍の二酸化炭素が含まれているからです。CO2は酸素に比べ血液中のヘモグロビンとの親和性が高く、普通の生物では窒息して死んでしまうんですね。二酸化炭素分圧がそれだけ高い環境下では動物も植物も普通生きていくことはできません。

――そんな厳しい環境下でもミドリムシは生きていけると。

出雲 そうです。驚くべきことに、われわれのミドリムシはその300倍の二酸化炭素をけなげにもぐもぐ食べ、それをどんどん酸素に変えていく力があるのです。その力を実証するため、現在愛媛県にある住友共同電力の発電所で煙突から出てくる排気ガスを培養施設に入れ、二酸化炭素を固定化する研究を実施しています。
 その結果どういうことが分かったのか。最もCO2を固定化するのに貢献している森林はアマゾンの熱帯雨林と言われていますが、環境さえ整えられれば、われわれのミドリムシはその数倍の能力でCO2を酸素に変える力があることが明らかになりました。ミドリムシを使って効率的に二酸化炭素を削減し、なおかつ商品の生産スピードも速められる一石二鳥の効果が期待できるのです。
 しかし発電所の排気ガスで育ったミドリムシを食用にするのはなんとなくイメージが悪い。そこで、そのミドリムシを搾ってオイルを生産することを本格的に検討するようになりました。

世界最先端のバイオ燃料

――バイオ燃料の可能性もあるというわけですね。

出雲 そうです。しかし悩ましいのは、バイオ燃料というのは用途が限定的になる可能性があるということ。私は自動車がハイブリッドやプラグインハイブリッドに切り替わり、さらに電気自動車、燃料電池車へと進化する道筋を予想しています。そうなると燃料が給油からコンセント、水素に変化するわけで、バイオ燃料の出る幕がない。しかし今後もずっと液体燃料を使わなければならないものが一つだけあるのです。その使い道に集中して研究開発を強化しています。それが一体何かお分かりになりますか?

――何でしょう? 全部電気で動きそうな気がしますが。

出雲 答えは飛行機です。バスもトラックも車もオートバイも全部電気から燃料電池に進化すると思いますが、飛行機だけは電気で動かすことができません。電力にするとモーターによるプロペラ機に退化してしまいますからね。しかも電池のエネルギー密度の限界で航空機内に人間を運ぶスペースがなくなってしまうことが容易に想像できます。本来座席を設置すべきところにびっしり電池を敷き詰めなければなりませんから。
 だから飛行機だけはずっとオイルを使わなければならない。そこで世界中の航空会社がバイオジェット燃料の研究開発を必死で行っているわけですが、飛行機の燃料はガソリンとは全然違う性質を必要とするため実用化に至っていないのが現状です。上空1万メートル、気温マイナス50度の環境でも凍結しない性状が求められるなど燃料としてのハードルが高いわけです。こうしたなかわれわれは、バイオ燃料としてのミドリムシの能力を高く評価している石油元売り最大手のJX日鉱日石エネルギー、日立プラントテクノロジーと共同でバイオジェット燃料の製造について研究を進めています。

――世界最大手の石油企業エクソンモービルが、藻によるバイオ燃料の開発に巨額の資金を投じていると聞いたことがあります。

出雲 エクソンが藻のバイオ燃料開発に投資した金額は約600億円ですよ! しかも世界最高峰の学者も招へいしています。規模の面からいえばとてもかないませんが、われわれのミドリムシも実用化に近い、と言える自信は持っています。それは、ミドリムシから採れるオイルがほかの植物に比べはるかに航空機燃料に適しているからです。
 実は成分を選り分けたりすることでほかの植物油からも飛行機の燃料を無理やり生産することはできますが、どうしてもコストが高くついてしまうんですね。一方ミドリムシオイルは、ほかの植物油に比べて精製過程が少なくて済むという、バイオジェット燃料としての優れた特性を持っているのです。

――今後も飛躍的な成長が期待できますね。

出雲 長期的には2030年までに本格的な世界展開を果たしたいと考えています。「燃料がほしい」というニーズにはミドリムシバイオ燃料を供給し、「食べ物・栄養素がほしい」という要望にはミドリムシを練り込んだミドリムシ食品を販売します。ミドリムシの生産量が増えれば増えるほどCO2削減効果も高まるでしょう。「栄養不足の解消」「二酸化炭素排出量の削減」「バイオ燃料の供給」というユーグレナの3本柱が世界中に広まることで、私が思い続けている「ミドリムシが世界を救う」という言葉を信じてもらえる日が到来することを期待しています。
 そこに至るまでの2018年くらいにはバイオジェット燃料の実用化にこぎつけたいですね。サラリーマンの方々が出張で乗り込んだ飛行機で、機長のこんなアナウンスを聞くのが当たり前になる時代が来るかもしれません。
 「羽田発伊丹行きご利用いただきありがとうございます。本日はミドリムシバイオ燃料をジェット燃料に混合した二酸化炭素排出量5%削減のエコフライトで皆様方をお届けします。お手元には、栄養価満点のミドリムシクッキーをご用意いたしました。では空の快適な旅をお楽しみください」

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

会社概要
名称 株式会社ユーグレナ
本店・研究所 東京都文京区本郷7-3-1
東京大学本郷キャンパス内東京大学アントレプレナープラザ7階
TEL 03-5428-3118
社員数 44人
URL http://www.euglena.jp/

掲載:『戦略経営者』2011年7月号