「釣女」「山ガール」「歴女」…。これまで男性が大半を占めていた分野でも「女子」たちの消費する姿が目立つようなった。男性/女性の固定観念にとらわれないことが未開拓の潜在需要を掘り起こすチャンスにつながる。

女子が消費を変える

――「女子」という言葉をよく見かけるようになりました。

深澤 「女」と「女性」の中間のような「女子」が求められるようになったのかもしれないですね。バブル経済は女性たちのライフスタイルに大きなプラスの影響――収入が増えただけでなく、バツイチ、シングルマザー、起業など生き方の選択肢が一気に広がりました――を与えた半面、現代の真面目な20~30代の女性が「バブル期に成功した女性のように幸せな結婚をし、子どもをもうけ、趣味は多彩で、なおかつバリバリ仕事もこなさなければならない」というプレッシャーを感じる要因にもなりました。
 美に対する要求水準も昔に比べればケタ外れです。メークのテクニックが飛躍的に向上し40~50代でも驚くほどの美しさを保っている女性がメディアにも頻繁に登場しています。私はほとんどいつもすっぴんなので、女友だちから「そんなんじゃだめ」とよく怒られていますが、彼女たちがこれからもずっと美の追求をし続けなければならないかと思うと少しかわいそうな気がします。男性が「少年のような心を持っている」というと褒め言葉になりますが、大人の女性が「少女のような」と形容されるとあまり良いイメージではありません。きちんとした女を演じなければならないしんどさを抱えている彼女たちが、「女」とも「女性」とも違う、よりフラットな感覚の「女子」に居場所を求めているのではないでしょうか。

――山登りや釣りなどこれまで男性主導だった分野への「女子」の進出が目立ちます。

深澤 そうですね。「女性にはマニアがいない」とうれしそうに話す男性がいますが、私の経験ではそんなことは全くありません。たとえば日本女性のコスメグッズのそろえ方はもはやマニア級ですからね。顔の面積は狭いのにそんなに必要なのかと。世界からみれば日本人は男女問わずオタクでマニアに映るはずです。「歴女」という言葉が流行しましたが、戦国時代もあれば明治維新もあり、史跡やお城などに事欠くことがない日本という地域性そのものにハマる要素があるわけで、なにも驚くべきことではありません。一昔前までは女性らしさに結び付かない趣味や嗜好をなかなか他人に言い出しにくかった雰囲気があったのに対し、今は「山ガール」や「釣り女」など自らの楽しみを堂々と口にする女性が増えてきただけなのです。

――マニアやオタクは男性だけの特権ではないと。

深澤 その通りです。かわいらしい雑貨で女性に人気の「フランフラン」の社長に以前インタビューしたことがありますが「『必要な物』より『楽しい物』を売っている」とお話しされていました。女性だからといって何も実用一辺倒じゃない。私はくだらないものやがらくた、ジャンク品に囲まれて暮らしたい、といつも思っています(笑)。
 仮に色をピンクにしたりキラキラさせるだけで7割の女性が満足するとしましょう。しかし残りの3割の女子たちは「女性らしさ」とひとくくりにできない多様性を持っている「マニア女子」なのです。ほんの2、30年前までは白物家電には例外なく花柄があしらわれていて家中お花畑のようでしたが、女性の意見を取り入れた結果、ブルーやブラックのカラーが意外に売れてオジサンたちをびっくりさせたものでした。中小企業も、こうした残り3割の多様な女性のニーズに着目した商品開発を目指すべきだと思います。それには、社内に勤務している女性社員が格好のサンプルになるかもしれません。一度ゆっくりと時間をとって、普段の生活のちょっとしたストレスや欲しいものなどについて聞くとよいでしょう。

働く女性は暇じゃない

――女性限定の「女子会」サービスも増えました。

深澤 「今晩女子会だから」と言えば夫が何も反論できないいい免罪符ができました(笑)。しかし、ここで企業側に勘違いしてほしくないのは「働く女性は男性が思っている以上に忙しい」ということです。確かに恋愛の話などのガールズトークでだらだら飲み会をする女子会もありますが、新橋のガード下でクダを巻いているオヤジの単なる女性版だと考えてはなりません。
 少なくともバブル経済を経験している40代前後の女性は「暇だから」という理由で集まることはなく、仕事以上の気合で女子会に臨むといっていいでしょう。ドレスアップする全員和装で参加する、6人以上集まらないと豚の丸焼きが出てこないコース料理をドタキャン厳禁で予約する、「安室奈美恵しばり」のカラオケ大会、夜通しでガンダムを見る――など明確にテーマを決めたり、ストーリー性を持たせたりしたうえで女子会を催すのです。これまであったディナーコースにケーキをつけただけで「女子会コース」にする、やる気の感じられないサービスはほとんど支持を得られないでしょう。

――働く女性たちの気持ちをきちんと理解することが重要ですね。

深澤 場所を選ばず仕事ができるスマートフォンを使いこなしているのはむしろ女性ではないでしょうか。節電の影響もあり今後は在宅勤務やコンピュータ利用の小規模事業所(SOHO)などのニーズが高まると思われますが、実は女性の方が「どこにいても仕事ができる環境でいたい」と思っているかもしれません。仕事と同じくらいの割合で常に家庭の雑務もやっつけなければならないからです。彼女たちのトゥ・ドゥ・リストの中には「エクセルのシートを仕上げないと」という項目と「トイレットペーパーが切れているから買わなくちゃ」いう項目が混在してるんですね。移動や待ち時間などのちょっとした空き時間もすべて有効に使いたいという思考回路ですから、たとえば、ご飯を炊きながら根菜もゆでられるという、冷静に考えれば本当に良いのかどうかわからないような商品にもグッとくるわけです。
 非常に忙しい彼女たちですから、できれば面倒くさいことは手を抜きたい。しかし完全に手抜きをしてしまうと罪悪感にさいなまれてしまう。そこで、手間が大きく省けてなおかつ「やった感」も得られるような製品が求められるわけです。先日スーパーで、根菜を一口サイズにカットしてそのままパックした製品が「レンジでチンで手軽に温野菜」というコピーで販売されているのを見て、「これはいいところついているな」と感心しました。電子レンジでチンだけだと罪悪感だけなんですが、温野菜というヘルシーな料理を食べることでその思いが少し緩和されるからです。野菜を食べないことに対する女性の罪悪感は想像を絶するものがありますから。同じように、全自動の掃除機よりも「自分で掃除した」と感じられる「クイックルワイパー」を女性は好むわけです。

――後ろめたさを感じさせない、というのがポイントでしょうか。

深澤 その典型的な例が、ユニクロの「ブラトップ」という大ヒット商品です。これはキャミソールやワンピースの内側にブラジャーの機能がついているもので、これ1枚だけでブラジャーをつけたことになるものです。昔はブラジャーをつけたくないおばちゃん向けにスーパーの片隅にひっそりと売られているだけでしたが、ユニクロが大々的にアピールしはじめたとたん大ブレーク。今やブラトップを持っていない女性はいないといってもいいのではないでしょうか。ブラジャーをしないという罪悪感を感じさせることなく、女性の体を締め付け感から解放するという究極の商品です。
 もう一つ、「BBクリーム」という化粧水や美容液、ファンデーションがオールインワンで入っている商品が飛ぶように売れているのをご存知でしょうか。これもまた、化粧で手抜きをしたいおばちゃんが使うというマイナスイメージしかなかったのですが、紫外線(UV)カットなど高い機能性を備えるようになり、今では国内外で大小問わずさまざまな化粧品メーカーがこぞって参入する分野になりました。ちなみに化粧したままで眠れる「24時間コスメ」も売れているそうですが、さすがに化粧は落として寝た方がいいかも(笑)。

――楽をしたい女性を対象としたビジネスチャンスはまだまだありそうです。

深澤 デザインのかわいい女性用のウオーキングシューズの種類が増えたり、ムレないで足に力が入る5本指の靴下が普及するなどそうした事例はたくさんありますが「だれか早くこのストレスから解放して」と叫びたくなる分野もあります。一例をあげましょう。仕事で使うジャケットなど女性の洋服が「こんなの使えない!」と言いたくなるほどポケットが少ないということ。名刺入れやキーケースなどちょっとしたものを入れる裏ポケットなどはまず付いていません。ポケットがあったと喜んで買ったものの後でよく見たら飾りで使えなかった、ということもありました。我慢できず釣具屋でポケットがたくさんあるベストを買おうかと迷ったこともありましたが、編集者の私がカメラマンに見えてしまうのでさすがに思いとどまりましたが(笑)。
 女性が身に着けている「ハイヒール」「ブラジャー」「ストッキング」はあくまで「女が女装する」ために必要なもの。マツコ・デラックスやミッツ・マングローブなどお姉系の芸能人がもてはやされるのは、「すっぴんのままじゃ女じゃないし、化粧をして女を演じているのは私も一緒だ」と共感できるからです。バブル期のボディコンだってコスプレ以外のなにものでもありません。そうした「女装女」のための市場はこれからも続くでしょうが、今後伸びるのは、女子が少しでも楽ができて快適な生活が送れるようサポートする「ウオーキングシューズ」「ブラトップ」「5本指の靴下」なのです。

プロフィール
ふかさわ・まき 1967(昭和42)年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。1998年、企画会社タクト・プランニングを設立、代表取締役社長に就任。06年に日経ビジネスオンラインで「草食男子」や「肉食女子」を命名、「草食男子」は2009年流行語大賞トップテンを受賞する。コラムニストとして、若者、女性、食、旅、メディア、カルチャーなどさまざまなテーマの執筆や講演をするかたわら、フジテレビ系「とくダネ!」など、テレビやラジオのコメンテーターも務める。著書に『草食男子世代』(光文社)、『女はオキテでできている』(春秋社)、『輝かない、がんばらない、話を聞かない 働くオンナの処世術』(日経BP社)など。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2011年6月号