昨今、数回使うと壊れてしまうような「安かろう悪かろう」の傘がはびこるなか、安い上に高品質の傘をつくり続け、いまや17%のシェアを握るまでに急成長したシューズセレクション。傘を進化させる革新的なアイデアと巧妙なマーケティングで、日本の傘文化を変えつつある同社の林秀信社長に話を聞いた。

プロフィール
はやし・ひでのぶ●1946(昭和21年)12月、長崎県生まれ。飲食店経営などを経て1986(昭和61)年、シューズセレクションを設立。500円とは思えない高品質でカラフルな傘を看板に、傘専門メーカーとして急成長を遂げる。
シューズセレクション社長 林 秀信氏

林 秀信 氏

――年間販売数2050万本、シェア17%という、傘のブランドとしては前代未聞の実績だと思います。それにしても、なぜ「傘」だったのですか。

 私は長崎の郊外で育ちましたが、近所に傘貼り職人の方が住んでいて、5、6歳の小さな頃から傘づくりの様子を見ていました。当時の傘は番傘で、紙に油を塗って1枚1枚貼っていくわけです。次第に出来上がっていく傘に、なぜかとても興味をそそられましてね。それ以来、「傘をつくりたい」という潜在意識が植え付けられたのだと思います。事業として不動産業や外食業などを手がけた後、40歳を超えてから、傘関係の職人さんが集まっている茨城県古河市に縫製工場をつくって、傘づくりをスタートしました。当初は、デザイナーズブランドの下請けとして注文品をつくっていましたが、徐々に自社の「waterfront」(ウォーターフロント)ブランドの製品の方を増やしていきました。

――ところで、傘のどんなところがお好きなのでしょうか。

 お互いに引かれ合うものがあるんでしょうね(笑)。明確な理由はありません。「音楽好き」「登山好き」なんかと同じようなものですよ。それと、昔は今と違って傘は貴重品。私の田舎では年に2回行われるお祭りで買わなければ、他に購入の手段がありませんでした。買ったら買ったで、長年にわたって大切に使うのです。品質もいまと比べて格段に良かった。
 そんな貴重品への憧れが傘を好きになった理由なのかもしれません。もちろん、傘そのもののフォルムや機能的な美しさも魅力です。傘はバランスが命。バランスの良い傘をつくるというのが私の究極のテーマなんです。

「つくる」と「売る」を両立

――当初、傘の業界に徒手空拳で臨まれたわけですが…。

 傘のパーツメーカーは、歴史の古いところが多く、しかも細かく分業化されていました。そのため、傘1本つくるためには、ハンドル、中棒、露先、ハジキなどといった傘のパーツをそれぞれの町工場に造ってもらう必要がある。1軒1軒説得して歩き、時間をかけて傘を「つくる」体制を整えました。簡単ではありませんでしたが、そのプロセスは“好きこそものの上手なれ”じゃないですけど楽しかったですね。
 それから次に「売る」ことを考えました。従来のように、注文された品を必要な数量分だけつくって卸すのではなく、自分で売るわけです。「つくる」と「売る」がつながればビジネスとして成り立つわけですから。

――アパレル産業でいうSPA(製造小売業)ですね。

 はい。しかし、最初は試行錯誤でした。たとえば、傘は雨が降らなければ売れないという現象を理解できなかった。真夏の炎天下でも飛び込み営業で小売店を訪問していましたが、まったく仕入れてくれないのはどうしてだろうと…。そこから、「雨が降らなくても売れる傘」を開発しよう考えました。

――雨が降らなくても売れる傘とは?。

 お客様が欲しいと思う魅力を備えた傘です。決め手は品質、デザイン、値段のバランスではないかと思っています。
 当初、自社ブランド製品でよく売れたのは16本骨(通常の傘は8本)の傘でした。価格は3900円。当時、5000円以上するような傘を3900円という破格の値付けにしたことが顧客に強く訴えたわけです。この頃から「品質を大幅に高めた上で値段を下げる」という、周りから見ると手品のようなことを(笑)追求するようになりました。

――それから、いよいよ折りたたみ傘の大ヒットにつながっていくわけですね。

 2000年に発売した『スーパーバリュー500』が原点でしょうか。タクシーの初乗り料金よりも安く、しかも皆さんが驚くほど品質の良いものをつくりあげたつもりです。そして、その2年後に『スーパーミニ』『ポケミニ』が大ヒットして、会社として成長軌道に乗りました。とくに後者などは、世界で初めて5段の折りたたみ構造を開発し、全長15センチという手のひらに収まる長さを実現(開いた時の大きさは半径48センチ)して、月間30万本を売り上げる大ヒット商品となりました。

より短く、細く、薄く

――安い傘はすぐに壊れるという印象がありますが、『waterfront』は耐久性も極めて高いと評判です。なぜですか。

 傘に対する愛情と、買っていただいたお客様に対する思いと感謝の気持ちの現れだと思っています。私の気持ちのこもった傘を皆様にお届けするという姿勢ですね。ちなみに当社のショールームでは、24時間365日、湿度を50%前後に維持しています。人間と同じような気持ちで接しているわけです。
 それから、いまでは生産を国内から海外に切り替えていますが、良い材料を現金購入してグロスの原価を抑えるとともに、協力工場においてもしっかりとした品質管理を行ってクオリティーを担保しています。

――短く、細く、薄くというのが『waterfront』ブランドの方向性のようですね。

 薄さ2.5センチ(最厚部分)を実現し、2004年に日経優秀製品・サービス賞(優秀賞)を受賞した『ポケフラット』(500円)。また、直径3.5センチの『ぺん細』(500円)。それから、直径が2.8センチの『ファイブスター』(1000円)と、次々に小型化を実現しています。最終的には「万年筆」サイズの傘をつくりたいと思っており、いま構想を練っているところです。

――それらの開発プロセスでの技術革新は?

 当社の製品は500アイテムを数え、それぞれに開発ストーリーはありますが、やはり、小型化への技術革新が根幹になっていると思います。たとえば『ペン細』では、骨と骨が重なり合う部分を入れ子状に収納することでサイズダウンに成功。ペンのような細いシルエットが特徴です。『ファイブスター』はその技術を、もう一段推し進め、文字通り、6本の骨を5本に減らし、その分、骨の素材に鉄の2倍の強度がある超合金を使用しました。現在のところ「究極の製品」といっていいでしょう。これを万年筆のサイズまで持って行くにはどうすれば良いのか…いまの私の頭のなかの最大の懸案事項です。

――創業以来の傘に関する革新性は、すべて林社長の発想なのでしょうか。

 それが私の存在価値だと思っていますし、傘の神様が私に与えてくださった能力なのでしょう(笑)。当社では商品開発部などという部署はありません。基本は、私が頭の中で考えた上でラフな図面を書き、職人さんたちにサンプルをつくってもらう。口頭で説明することもあります。もともとそういう形でスタートし、ここまで来ましたから、商品の開発に関わる情報は資料としては何も残っていません。これもメーカーとしては珍しいのかもしれませんね。

外国人観光客にも大人気

――商品力はもちろんですが、マーケティングも大変にうまいという印象があります。

 前述したように、「つくる」と「売る」を両方手がけることで、良い形で良い商品を消費者にお届けすることができます。当社でも、一時、問屋さんを使ったりもしましたが、それだと、その先がブラックボックスになって具体的な売り方を提案することができない。そのため、直接小売店に売り込んだのです。ホームセンターやスーパー、コンビニはもちろん、ドラッグストアや本屋さんなど、いままで傘を置いていなかった業種の店舗にも積極的にアプローチしました。ちなみに本屋さんでは、紀伊国屋や文教堂、有隣堂など、大きな本屋さんにはほとんど置いてもらっています。現在、取り扱い店舗は5万店に上ります。

――これまでは、傘を販売していなかったところで売るという戦略ですね。

 そう。たとえばキヨスクやニューデイズといった駅構内の販売店にしても、従来は雨の時にビニール傘を置く程度でした。ところが、我々の傘は、多くの店舗で常時販売されています。それだけよく売れるんですね。これも、そもそもでいえば提案営業の結果といえます。

――とてもカラフルなショールーム(『戦略経営者』2011年6月号73頁・写真参照)をお持ちですが、それも、取引先である小売店にアピールするためですか。

 ショールームは田園調布に2つ、いずれも500種類、数万本の傘が展示してあります。傘のショールームとして前例がないのではないでしょうか。ここで見ていただければ、売り場作りのイメージが湧いてくると思います。

――空港などでも良く売れるそうですね。

 成田や羽田で外国人が大量に購入しているようです。おそらくお土産需要なのでしょう。10本買っても5000円ですからね。たとえば、ロシアや北欧諸国の方なんかもよく買っていかれると聞いています。欧州では傘というと「重くて丈夫」なものが良いとされていますが、『waterfront』は軽くて丈夫なのでびっくりされるのではないでしょうか。ちなみに、海外のガイドブックに当社の傘を買える店が明記されていたりもしているようです。

――高いものづくりの技術という意味で、日本を象徴するお土産ということでしょうか。

 そうかもしれません。土産物需要を喚起する戦術の一つとして、当社の製品には「日本国内限定販売」という下げ札をつけています。以前は輸出もわずかながら手がけていましたが、いまは完全に止めています。“日本でしか買えない”という「日本ブランド」をアピールする方が得策だと考えたのです。
 ただ、並行輸入品はアジア諸国を中心に海外で頻繁に販売されています。たとえば中国では、500円の当社製品が2000円くらいで取引されていたりもするようですよ。

「アソート販売」を実践

――それから、ユニット単位で売る“アソート販売”も特徴ですね。

 たとえば「単品管理」の象徴ともいえるコンビニにも、われわれのアソート販売に対応していただいています。24本、36本、48本という単位で販売する方法ですね。つまり、商品の塊を、タバコの1箱と考えていただくわけです。

――色の配分は?

 当社が決めます。36本の12色だったら3本ずつという単純な配分ではなく、人気の色とあまり売れない色のバランスを勘案しながら組み合わせます。傘というと紺か黒、あるいはビニールというのが定番なので、売り場自体は地味になりがちです。そんな地味な売り場だと、雨の日以外は誰も近づかないでしょう。
 一方、パステルカラーをベースにした『waterfront』の売り場はとてもカラフルで消費者の視覚を引きつけ、さらには「選ぶ楽しさ」を提供します。以前、試しに1アイテムで100カラーをつくり、ある百貨店で販売したことがありましたが、このときはとても面白い売り場ができました。

――どんなお店でも『waterfront』を置けば、売り場価値が上がるということですね。

 我々の商品は「絵に描いた餅」ではなく、常に「本当の餅」であるべきだと思っています。ほぼ例外なく売り場の価値を上げることができる商品。つまり、見て楽しい上に、手にとってみると品質が高く安い。そのような製品を提供し続けることで、消費者に「外れがない」という信頼感をもたらし、ますます需要を喚起するわけです。私はドトールコーヒーをよく利用しますが、味とサービスが均一で外れがないですよね。われわれの目指すところも同じだと思っています。実は、あまり複雑なことは考えてないんですよ(笑)。
 よく色んな人に、「もっと多様な商品を扱った方が儲かるのではないか」と言われるのですが、私は寝ても覚めても傘のことを考えている人間で(笑)、傘にしか興味がないんです。ほかの商品を扱うつもりはまったくありません。

――今後はどんな傘をつくっていきますか。

 何度も話に出た万年筆サイズの傘。それからもう一つは、「折りたたまなくていい折りたたみ傘」にも取り組んでいきたい。

――折りたたまなくても良い折りたたみ傘ですか…。

 折りたたみ傘の最大のストレスは折りたたむことですよね。その意味で、折りたたまなくて良い折りたたみ傘ができたら画期的です。要するに、閉じたら自動的に折りたたんだ状態に戻っている傘ですね。これを日夜考えています。もしできたらすごいと思いますよ。楽しみにしていてください。私はNHKの「小さな旅」というTV番組のファンですが、これら2つの製品の実現を私のアーティストとしての「小さな旅」の終着点にしたいですね。
 いずれにしろ、私は、当社の製品がもっと普及すれば、世の中が良くなるのではと考えています。手抜きをしないクオリティーの高いものがこんなに安いのであれば、ほかのすべての商品に「こうでなくてはいけない」という消費者の目が注がれるようになるのではないでしょうか。そのためにも、もっともっと知名度を上げていかなければなりません。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

会社概要
名称 株式会社シューズセレクション
所在地 東京都目黒区平町2-2-20
TEL 03-3724-8689
年商 34億円(2010年2月期)
社員数 30名
URL http://www.water-front.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2011年6月号