対談・講演
多様性に対応できる本物の専門家を目指して
坂本孝司 TKC全国会会長 × 野村修也 中央大学法科大学院教授 弁護士
中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也氏は、法制審議会や金融審議会等を通じて各種の立法にも関与してきた。1998年に金融監督庁が発足した際には初の民間官僚として参事に就任し、金融庁顧問として不良債権処理にも尽力。TKC全国会坂本孝司会長との対談では、多様な業務を担う専門家としての税理士の役割や会社法改正における記帳条件の明確化、経営革新等支援機関制度を通じた金融機関との中小企業支援等について語り合われた。
司会 TKC会報副編集長 内薗寛仁
とき:令和2年10月19日(月) ところ:TKC東京本社
弁護士を目指し法学部に進むも学問が楽しくなり学者の道へ
──今回は、坂本会長の強い希望で、野村先生にお越しいただきました。先生は、大学教授や弁護士のお仕事をされているほか、TV等マスメディアでのコメンテーターとしてもよく知られています。
坂本 著名な野村先生にお会いできて嬉しいです。
中央大学法科大学院教授 弁護士
野村修也氏
野村 私も坂本会長とお話しできる絶好の機会ですので楽しみにしていました。
坂本 先生には、TKC・中央大学クレセント・アカデミー「税理士のための租税法務講座」で企業法(会社法)の科目をご担当いただいているので、多くのTKC会員も親しみを感じています。
野村 ありがとうございます。クレセント・アカデミーは、中央大学がもともと社会貢献活動の一環として行っているものです。例えば、今はコロナの影響で休講となっていますが、私が学内で部長を仰せつかっている陸上部のコーチが講師となって、高齢者の方々にケガをしないジョギングの仕方をご指導したりしています。今でも文化的な講座はオンラインで開講していますので、例えば『平家物語』を一緒に学ぶなどしながら、仲間の研究者の知見を社会の皆さんに還元する役割を果たしています。専門法務の科目もいくつかあり、その中で、TKCさんとの「税理士のための租税法務講座」は、最も重要な講座となっています。
坂本 租税法務は、私どもの重要な業務ですから本当に助かります。
──それでははじめに、野村先生が教育者を目指そうと思われたきっかけから教えていただけますか。
野村 高校生の頃から弁護士に憧れていたので、法曹を多く輩出している中央大学法学部に進学しました。大学の近くの安いアパートを借りていたのですが、そこに住んでいたのは全員学生で、夜になると一つの部屋に集まって鍋などを囲みながらよく呑み明かしていました。そこでは、哲学や歴史、科学、経済など、雑多な議論がいつもありました。しかし、まだ1年生の私には話に全くついていけず、いつも悔しい思いをしていました。
坂本 いまの野村先生とは大違いですね(笑)。
野村 そんなこともありませんが(笑)、そこで食費を削っていろんな分野の本を買いあさって読むようになりました。そうしていくうちに司法試験の勉強よりも学問そのものが楽しくなり、3年生になってゼミの永井和之先生(元中央大学総長・学長、現中央大学名誉教授)に「学者になりたい」と言ってみたのです。そうしたら「まず堅実に司法試験の勉強をしてから考えなさい」と断られてしまいました。それでも諦めきれずに、半年後くらいにまた「学者の道に進みたい」とお願いしましたところ、先生は何を思われたのか、「それなら研究室に君の机と椅子を用意するから、そこで好きなだけ勉強なさい」と部屋の合鍵まで渡してくれたのです。
坂本 それは期待の表れでしょうね。
野村 どうだったのでしょうか。実際、研究室には宝の山のように貴重な本がたくさんあったので、朝から晩までそこで過ごすことが多かったです。そして4年生になって進路を決めるときには、他の道を選ぶことは全く考えず大学院を受験して法学修士を取得し、博士課程に進みました。結果、永井先生の最初の弟子になりました。
金融監督庁発足時に抜擢され不良債権処理に関わる
──ご経歴を拝見すると、1998年の金融監督庁(現金融庁)発足時に検査部参事として初めて政府の仕事に就かれています。当時、大蔵省(現財務省)で民間から抜擢されるというのは極めて異例の措置だったと思います。その経緯やその後の政府でのお仕事について教えていただけますか。
野村 福岡市の西南学院大学に呼ばれて約10年勤めていたのですが、1998年に中央大学法学部に教授として戻ることになりました。その前年の1997年は、山一証券が自主廃業した年でして、それから日本は金融危機に陥りました。
TKC全国会会長 坂本孝司
坂本 大手行の合併や統合が重なって公的資金が注入されるなど、当時は大変な騒ぎでしたよね。
野村 大蔵省の不祥事も重なったことから国民は怒り心頭で、大蔵省解体論が出てきました。当時、「政策新人類」と呼ばれて金融再生を推進していたのが、自民党では塩崎恭久さんや石原伸晃さんです。
坂本 塩崎先生は、私どもが推薦、提携している国会議員で構成する自民党コンピュータ会計推進議員連盟(通称TKC議連)の会長をお務めいただいています。
野村 それは知りませんでした。私も塩崎さんとはご縁が深くて、厚生労働大臣をお務めの時には顧問をさせていただきました。金融監督庁の設立にあたって民間人を入れることを提案されたのも金融政策に精通していた塩崎さんたちのアイデアだったと推測します。民間人の登用は官僚にとっては晴天の霹靂だったと思いますが、不良債権処理の観点から公認会計士と、コンプライアンスの観点から商法の有識者を加えることになりました。
坂本 意欲のある若手研究者として、またご専門が高く評価されたのでしょうね。実際に仕事をされて雰囲気はどんな感じでしたか。
野村 私が採用されたのは、当時たまたま日本で一番若い商法の教授だったからだと思います。きっと大蔵官僚の皆さんは、その方が扱いやすいと思われたのでしょう。そんな感じでしたから、着任しても最初はギクシャクしていました。しかし、しばらくして特にベテランの検査官の皆さんがすごく可愛がってくださったんです。私の出勤日は検査官のアポイントで埋まっていて、会議室で質問に応じていたのですが、実際には、これから問題になりそうな案件について検査官の皆さんから教えていただいていたような気がします。その後、不良債権処理をめぐる実務対応で徐々に信頼関係が築かれていき、2年経ったところで参事としての任期を1期延長していただきました。
その間、金融検査マニュアルを策定したり、コンプライアンスの概念を普及させたり、まだ30代の半ばでしたが、国のために働くという貴重な経験をさせてもらいました。
──その後、金融庁顧問(金融問題タスクフォース・メンバー)として、不良債権処理にあたられました。以降、金融行政をはじめ、最近では新型コロナ対応・民間臨時調査会等々、多分野で大活躍されています。
野村 それほどでもないのですが、いろいろなご縁で国との関係が強くなりまして、年金や原発の問題など、何かあるたびにお声掛けいただいています。
十種競技のオリンピアンのように多様な事柄を高いレベルで対応したい
坂本 それにしてもですね、出演されているTV番組などを視聴すると、野村先生の幅広い分野に対する歯切れのよいコメントに、いつも惚れ惚れしています。勉強や準備することが多くて大変ではないですか。
野村 勉強は楽しいですから平気ですが、たまに視聴者や関係者の方から「専門外のことを偉そうに語るな」という声もあります。
坂本 そんなひどいことを……。
野村 ええ。専門分野の違いにこだわる人からは、多様なことを語っているように思われるかもしれません。しかし私は、あくまでも法律家の立場からこの事象はこう見えるとしか発言していないのです。
確かに、どんな仕事もその専門分野を規定せねばなりません。ただ、その規定の仕方は、一つの作業や行為で切り分けるのではなく、事象に対する光の当て方で分けるべきだと思うんです。税理士の皆さんも経営助言をすることがありますよね。それに対して、「なんでコンサルティングの専門家でもない税理士が経営助言をするのか」と言う人がいるかもしれません。しかしそれは間違いです。あくまでも帳簿というコアな部分から事象を評価するという専門性を発揮されているからです。
坂本 おっしゃる通りでして、税理士は、税務業務だけの専門家と規定されるような幅の狭い仕事ではありません。私はこれからの税理士には4大業務があると考えており、その研究を1冊の本にしています(『税理士の未来──新たなプロフェッショナルの条件』中央経済社)。4大業務とは、税務・会計・保証・経営助言を指しています。もちろん、個々の税理士によって提供する業務に濃淡はありますが、その正しい「会計帳簿」をベースとして重なっている領域全てを担うのが、専門家としてのわれわれの役割なのです。そのことを社会に発信することに全力を注いでいるところです。
野村 同じように、私の大学教授という立場に関して、一般的に規定されている枠を打ち破りたいと思っています。そのために、いろんなことを行っているとも言えます。
例えば、陸上には十種競技という種目があって、走ったり、投げたり、跳んだり、何でもしますね。普通、「何の選手ですか?」と聞かれれば「100メートル走です」とか「長距離のマラソンです」と答えるわけですが、十種競技の選手はそうはいきません。しかも、種目別のトップ選手には記録面では敵わないでしょう。しかし、オリンピックの十種競技で優勝した選手は、キングオブアスリートとしてオリンピアンの理想として最も尊敬されます。このように、多種多様な事柄を高いレベルで対応できる人が本物なのだと思っています。私はそれを目指しています。
また、多種多様な事柄に対応することで、相乗効果が生まれます。税理士の皆さんにとって簿記の知識があるのは当然でしょうけれども、コンサルティングをすることによって簿記を使って仕訳をする、いわゆる記帳の重要性にあらためて気づくこともあると思います。逆に、簿記の知識をより深めることで、経営助言に自信が持てることもあるのではないでしょうか。その点、これからの税理士さんの仕事が、殻に閉じこもらない形で多様性を持っているという坂本会長のお話は、それだけ活躍の場が広がっているということであり、うらやましい限りです。
帳簿は経営者自らが活用するもの 正確性の推定には伴走者の存在が重要
──野村先生のご専門に関しまして、平成17年6月成立の改正商法及び会社法に「適時性」「正確性」の記帳条件が初めて明文化されました(商法19条2項と会社法432条)。これは、飯塚毅博士が1966年にTKCを、1971年にTKC全国会を創設して以来の念願でした。この記帳条件についてご所見を伺えますか。
野村 ご承知の通り商法でも会社法でも帳簿を付けるのは、商人、つまり経営者自身です。これがしっかり守られることによって帳簿の信頼性は高まるわけですが、加えて専門家が経営者に伴走しながら記帳のプロセスや帳簿をしっかり見ているということが大事です。
坂本 本来、仕訳というのは経営者の意思決定であり、それが2重にチェックされていれば、おのずと信頼性は高まるはずですね。
野村 もちろん、後からまとめて帳簿を付けるのではなくて、日々の正しい記帳が習慣化されているということが前提となります。
これは夏休みの宿題のように、ある子供は毎日欠かさず絵日記を付けているかもしれないし、ある子供はもしかすると夏休みの最終日にまとめて書いているのかもしれない。しかし、そのどちらなのかは出来上がった絵日記を見ただけでは判断できません。したがって、TKC会員事務所の皆さんによる巡回監査のようなチェックが行われることによって、信頼性が強化されます。私は、帳簿に正確性があるという推定が働くためには、伴走者の存在が必要であり、そこに税理士の皆さんが果たす重要な役割があると考えています。会社法の関連でいうと、会計参与制度がそれと同様で、これはコーポレート・ガバナンスの観点からもすごく大事な仕組みだと思っています。
坂本 手書きで帳簿を付けていた時代は、文字のインクの色が日によって微妙に違ったりして、毎日付けているのか、まとめて記帳しているのかが分かりました。しかし、いまは会計ソフトを使うのが当たり前ですから、極端に言えば1年分の仕訳をまとめて入力しても整然と明瞭に帳簿ができてしまいます。
──コンピュータ会計の法制化に関しては日本でも電子帳簿保存法(以下、電帳法)が平成10年にできて、訂正・加除履歴の保存等(真正の真実)の要件によって適時・正確な記帳とそれに基づく帳簿が保証されます。他方で、その規制対象はあくまで税務署長に申請・承認された企業だけのため、それ以外の多くの中小企業が「期中は電帳法未対応の会計ソフトを使って処理し決算書は紙で出力する」という非常に問題のある状況にあります。
坂本 日本の中小企業のほとんどはすでに会計ソフトで電子帳簿を作っているわけですが、デジタルデータは自由に遡って訂正加除ができて最後の決算書だけ紙で出力して保存しています。そのため電帳法の適用外となり、データの改ざんに歯止めがかかっていないのが現状です。
野村 それはゆゆしき問題ですね。
坂本 特に、日本はこれからデジタル化を本格的に推し進めていかなければならない中にあって、電帳法についても、痕跡を全く残さずに会計データを自由自在に加除訂正できなくする欧米並みの仕組みに整えることが喫緊の課題です。
認定支援機関の役割を果たして税理士を目指す次世代を増やしたい
坂本 最後に1点、野村先生にお伝えしたいことがあります。当然のことながら、コロナ禍の苦難を如何に乗り越えるかが中小企業とそれを支える税理士の最大の課題です。そのために、TKC全国会では、関与先中小企業の経営改善・経営革新に全力で取り組んでいるところです。平成24年8月に「中小企業経営力強化支援法(現中小企業等経営強化法)」が施行され、その中で経営革新等支援機関(以下、認定支援機関)制度が創設されました。この制度は、認定支援機関である税理士等と金融機関が連携して中小企業の経営力を強化する仕組みです。私どもは、当初より認定支援機関として経営改善支援に積極的に取り組み、これまで405(経営改善計画策定支援)事業で6千件以上、プレ405(早期経営改善計画策定支援)事業で約8千件の実績を挙げているのですが、もっとこの制度を社会に広げたいと思っています。
野村 特に、コロナ禍にある今日のような非常時では、中小企業に対して、そうした経営改善や経営革新支援が極めて重要となるということですね。これは、中小企業のほうから認定支援機関を使いたいという要望があるのですか。
坂本 そういう場合もありますが、むしろわれわれのほうから関与先の社長に対して、「金融機関とバンクミーティングをしながら経営改善に取り組みましょう」と働きかけています。債権者である金融機関にしても、実効性のある利益計画があれば安心ですし、利益計画を作った以上、半年に1回はモニタリングを兼ねてミーティングをしましょうということになります。
私は、TKC全国会会長とTKC全国政経研究会(政経研)会長を兼務しているのですが、このコロナ禍において、政経研会長として中小企業支援施策等の提言を集中的に行いました。その結果、令和2年度第2次補正予算(経営改善支援事業80億円)をはじめ、様々な政策提言が反映されています。こうした社会からの期待にしっかりと応えていかねばならないと思っています。
野村 有意義な仕組みですから、もっとワークするとよいですね。例えば、コロナ禍における給付制度などにおいて、不正が行われないように、認定支援機関の皆さんが責任をもって関わるということも考えられるのではないでしょうか。
坂本 実は最近分かったことですが、ドイツにも日本の持続化給付金のような制度があって、その申請手続きについては、全て税理士等が行うことになっています(「コロナ橋渡し給付金」については『TKC会報』令和2年11月号20頁参照)。それはドイツでも当初、給付手続きのための偽サイトによる不正があったため、全ての申請手続きをデジタルで、かつ税理士等が行うことになりました。この制度を今後のわれわれの運動の参考にしたいと考えています。
いずれにしましても、私はもっと税理士が社会の認知を得て、活躍できる場が広がることを願っています。われわれの仕事は、多様で自己規定するのが難しいのですが、「将来、何になりたい?」と聞かれたら「税理士」と答える若い世代が増えるようにするのが夢なのです。それに向けて頑張りたいと思います。その意味からも、野村先生のような社会への情報発信力のある方にわれわれの取り組みをご理解いただけるとありがたいです。これからもよろしくお願いします。
野村 こちらこそ、坂本会長を始めとする皆さんのご活躍を期待しています。
(構成/TKC出版 内薗寛仁・古市 学)
野村修也(のむら・しゅうや)氏
中央大学法科大学院教授・弁護士。1962年生まれ。北海道函館市出身。専門は商法・会社法・金融法。法制審議会や金融審議会等を通じて各種立法に関与。金融監督庁参事、金融庁顧問、総務省顧問、郵政民営化委員、東京都参与、司法試験考査委員、法制審議会委員などを歴任。年金記録問題の検証委員を務めたほか、福島第一原発事故の際には国会事故調査委員会の委員(主査)として報告書のとりまとめに尽力した。
(会報『TKC』令和2年11月号より転載)