対談・講演

いま、あらためて第3ステージの運動方針を確認する──『TKC会計人の行動基準書』を理解し、実践しよう

第135回TKC全国会理事会・会長講演から

「MIS」と「書面添付」の推進が金融機関との実質的な連携を後押し

 TKC全国会創設50周年に向けた第3ステージ(2019年1月~2021年12月)では、次の3つの運動方針を掲げています。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

1.「TKC方式の書面添付」の推進
2.「TKCモニタリング情報サービス(MIS)」の推進
3.「TKC方式の自計化」の推進

 われわれはこの3つの運動方針を踏まえ、政界、官界、学界、産業界、そしてマスコミ等の方々に対して、中小企業金融における税理士の役割を含めて、TKC会計人が実践している業務を正しくご理解いただくための運動に全力を注いでいるところです。

 2019年の運動を振り返ってみると、4月からTKC各地域会では、地域会会長と金融機関の頭取や理事長等とのトップ対談の実施や、MISの有効活用策を金融機関と検討する協議会の開催等が精力的に行われました。数年前までトップ対談をお願いしても、頭取や理事長と直接面会するのが難しい状況も一部に見られましたが、いまではどこの金融機関からも歓迎されるようになったことは大きな変化です。

 また、7月には令和初の第46回TKC全国役員大会が東京・帝国ホテルで開催されました。初日の式典では、前田泰宏中小企業庁長官が来賓として、TKC会員の実践力に対する期待の言葉を述べられ、大会2日目には、遠藤俊英金融庁長官が2年連続で基調講演の講師を務められ、「税理士には中小企業の最も身近な存在として金融機関との橋渡し役を担ってほしい」と熱く呼びかけてくださいました。

 この講演には、54金融機関から114名の役職者が参加されました。併せて9月から全国各地で一斉に行われたTKC20地域会による秋期大学にも多くの金融機関の皆様が参加されました。私はそのうち10地域会で講演させていただきましたが、全国的な金融機関との連携の深まりを直に感じることができました。

 そして7月から11月にかけて、MISや書面添付の実践件数拡大などを目的とする「書面添付シンポジウム」が、国税局や金融機関等からの外部講師を招いて全国約50会場で開催されました。各地域会による積極的な広報活動の結果、全体の参加者数約5000名のうち、金融機関等からの参加者は490団体1438名に達し、盛況のうちに終了しました。

 シンポジウムでは書面添付制度の歴史を踏まえた「TKC方式の書面添付」の全体像や、決算書の信頼性は識別可能であること、金融機関と税理士の連携強化の重要性などをアピールしました。多くの金融機関の方々が、書面添付の実践は税理士が自分の確認した範囲内において申告書には1円の間違いもごまかしもないと、その資格をかけて証明する行為であるという点に驚かれ、関心も持たれたようです。

 これからもMISや書面添付の目的と意義を中心に、できるだけ多くの金融機関トップの方々を始め、現場の融資・渉外担当者にも認知を広めていくことが重要です。こうした金融機関との実質的な連携強化への取り組みを継続して、信頼できる決算書に基づく担保や個人保証のない円滑な中小企業金融を定着させて社会に貢献してまいりましょう。

会計で会社を強くする「TKC方式の自計化」推進の好機

 今年は、次世代自計化システム(巡回監査支援システム含む)がTKCから提供される予定です。われわれはこれを好機として捉え、MISと書面添付の推進の前提となるTKC方式の自計化を強力に推進していかねばなりません。

 TKC方式の自計化システムは、中小企業経営者の財務経営力と資金調達力を強化するもので、自社の数字を理解してわが言葉として金融機関等に説明できる中小企業経営者を育てる「会計で会社を強くする」ためのシステムです。また、税理士による巡回監査を前提としている仕組みなので、会計帳簿の適時性と正確性を確保し、信頼性の高い決算書を作成することができます。したがって、TKC会員は安心して金融機関等との信頼関係を深め、中小企業の最も身近な相談相手として関与先支援に邁進することができるのです。

 繰り返しになりますが、TKC方式の自計化の推進がMISと書面添付の推進の前提であり、そのためには、今一度、基本に立ち返り、事務所の巡回監査体制やその実施内容をしっかり見直しながら、関与先企業にとって「会計で会社を強くする」ためのTKC方式の自計化を推進していく必要があるということです。

3つの運動方針を支える「会員事務所の経営基盤の強化」

 このような状況を踏まえて、これから迎える第3ステージの2年目は、3つの運動方針の達成に向けて全力を注ぐとともに、その達成を支える年にしたいと思います。そのためには基本に立ち返り、TKC方式の自計化による巡回監査を中心とした「TKC会員事務所の経営基盤の強化」に取り組まなければなりません。

 この点について運動方針の中では、①『TKC会計人の行動基準書』の理解と実践、②「巡回監査士」「巡回監査士補」の増大、③「認定支援機関」としての経営助言業務の強化──の3点を具体策に挙げています。このうち「『TKC会計人の行動基準書(以下、行動基準書)』の理解と実践」は、「社会の納得」を得るうえで特に重要です。なぜなら、金融機関との連携が形式的なものから実質的なものへと転換し、金融機関からの期待が高まるほど、われわれの業務品質が必ず問われてくるからです。

 そこで、行動基準書制定の歴史的背景とその意義を改めて確認しておきます。なぜ行動基準書が制定されたのか、TKC全国会初代会長の飯塚毅博士は次のように述べられています。

行動基準書の制定は、米国公認会計士協会(AICPA)の制定にかかる約2000頁に及ぶ「職業専門家としての行動基準書」“Professional Standards”に範をとったものであり、その基本とする考え方は、職業専門家集団の社会的権威の向上は、その集団的な自律強化の方向にしかない、という点にあります。
(『TKC会報』1978年8月号巻頭言「なぜTKC会計人は日本を制する、といえるのか」)
 TKC会員が、全国家機関および全金融機関から、絶対の信頼と尊敬とを頂ける条件は、TKC会員の学識、品格、行動等のすべてに関係しており、その行動基準書は彪大なものとならざるを得まい。(中略)TKC金融保証(株)が設立登記をみた現段階での緊急かつ取り敢えずの課題は、会員会計人の関与先に対する独立性の問題と巡回監査体制確立の問題の2点であろう。
(『TKC会報』1977年11月号巻頭言「先見力と行動基準書」)

 つまり、職業会計人としての関与先に対する独立性の保持と巡回監査体制確立のためのルール付けが行動基準書のエッセンスであるということです。

 この行動基準書は飯塚毅博士の理論を基礎にして昭和53年に初版が制定され、その後改定を重ねて現在、第4版が運用されています。初版時に制定委員として尽力し、平成7年の第2版のときに編纂委員長を務められたのが佐藤健男先生です。佐藤先生は令和元年9月にお亡くなりになりました。佐藤先生が行動基準書について「その位置づけは職業会計人のモデル像」とおっしゃっていたのが印象的でした。それを裏返せば行動基準書を義務と捉えるのではなく、目標とすることだといえます。そうだとすれば、各々が自分のレベルで取り組むことができるはずです。われわれは佐藤先生のご遺志をしっかりと引き継いでいかねばなりません。

行動基準書を会計事務所の成功のバイブルとして見直す

 いまさら行動基準書を実践しても儲からないし、それは建前ではないかといわれる方がおられるかもしれません。そういう方にはもう一度、行動基準書の内容をよく確認してほしいのです。

 私は行動基準書を建前論ではなく、会計事務所経営の王道、つまり成功のバイブルであると位置づけています。飯塚毅博士や有力な先達の会員先生方の事務所が成長・発展された成功のエッセンスがそこには書き込まれていると考えています。私の事務所で約20年前から導入しているISO9001(品質マネジメントシステム)の前提は、行動基準書への完全準拠です。そこに記されているルールを守ることで、品質の高い事務所経営が成り立つわけです。私の事務所も完璧とはいえませんが、限りなく行動基準書に準拠できるように日々努めています。

 また、会計事務所のガバナンス強化への対応にとっても行動基準書がこれから重要になります。職員数が5人、10人、15人と増えるにしたがってガバナンスが強く求められます。大企業に次いで中小企業にもガバナンスが必要とされてきている中で、自らの事務所を率先して対応させるという姿勢も大事です。ISOも、皆様がTKCに入会して最初に提供される『飯塚毅会計事務所の管理文書』もガバナンスの一つとして参考になるものですが、その最たるものが行動基準書です。ぜひこれをガバナンス強化の手段として役立ててほしいと思います。

 さらに、会計事務所の法的防衛の視点も忘れてはなりません。行動基準書のエッセンスである巡回監査の徹底断行について、飯塚毅博士は次のように述べられています。

 繰り返すようだが、真正の事実ではないと知りつつ業務を行った場合が故意であり、知らずにやったときは相当注意義務違反となる。行政処分は刑事処分とは全く別であり、1枚の始末書で、税理士の資格剥奪が可能なのである(憲法第38条第3項参照)。巡回監査は絶対に無理しても断行すべきものであり、損得計算、銭勘定の対象領域ではないのである。ご注意あれ。
(『TKC会報』1992年5月号巻頭言「なぜ巡回監査は絶対必要なのか」)

 会計事務所の成功のバイブルとして、ガバナンス強化や法的防衛の面からも、皆様の事務所が盤石な体制になるように行動基準書を理解し、実践してほしいと念願しています。

行動基準書に基づく事務所経営について金融機関の認知を得る

 将来的には、われわれTKC会計人は行動基準書に基づいて事務所経営を行っているということの認知を金融機関等から広く得ることが重要です。この点について、行動基準書の範としたアメリカの先例を重く見ておく必要があるでしょう。

 飯塚毅博士は1966年に株式会社TKCを創設しました。1962年のニューヨークで開かれた第8回世界会計人会議に出席されたときに、AICPAのJ・L・ケアリー専務理事と面会して銀行等による関与先奪取の現実を知ったことがそのきっかけとなっているのはご承知の通りです。このような厳しい状況に対して当時のAICPA幹部が達した結論について、飯塚毅博士は次のように記されています。

銀行が会計人から奪った顧問先の財務に関するデータは、専門の職業会計人による厳密な監査を経たものではないから、多数の誤謬を含んでおり、単に電算機を使ったという形式だけで、その実質は厳格な税務調査には堪えられない。銀行には、その取引先の財務を精細に監査するだけの人員はいないし、勿論監査の訓練もなされていない。(中略)第二に、銀行は企業を外見からしか知り得ない。個別企業の内容と実態の詳細は巡回監査(中略)を毎月的確に実施している職業会計人だけが知悉しているのであって、銀行にはこの能力はない。たとい銀行が融資の保証として不動産等の担保を取っていたとしても、銀行は世評を懼れて大胆な担保権の行使はしたくない筈だ。だとすれば銀行は、この点でも、厳格な行動基準書に準拠している職業会計人の責任ある助言に頼らざるを得なくなる筈だ。とすれば、職業会計人を銀行の被害者として位置づけるのは間違いで、職業会計人と銀行とは、相互補完の関係に立つべきものだ、ということだったのであります。
(飯塚毅『激流に遡る』TKC出版、1982年、185頁以下)

 1960年代のアメリカの状況は、日本の税理士業界が置かれているいまの状況と似ているのではないでしょうか。金融行政の変革に伴って「事業性評価」や「目利き」等により、金融機関は取引先企業の実態を掴もうとしているわけですが、そのマンパワーには限りがあり、独力では難しいのが現実です。加えて「経営者保証に関するガイドライン」に沿った、経営者保証を求めない融資の推進も期待されています。これに対して、中小企業金融における税理士の役割を果たすためにも、TKC会員事務所は行動基準書に準拠した業務品質を確保しておく必要があります。

自律強化の中で税理士の社会的権威の向上を獲得しよう

 一方で、日本と同じく税理士制度のあるドイツの税理士も、厳格な自律強化のもとで会計事務所経営を行っており、社会からの絶大な尊敬を得ています。

 ドイツでは1961年に日本の銀行法や信用金庫法にあたる信用制度法が制定され、この法律の下で金融が行われています。信用制度法第18条では、一定額以上の融資に年度決算書の徴求を義務づけています。このような義務規定に対応するために、ドイツ経済監査士協会とドイツ連邦税理士会は、年度決算書の信頼性を確保するための基準やチェックリストを策定してきました。

 そうした中で、実は1998年に、日本の金融庁にあたる連邦金融制度監督局から「年度決算書の信頼性は、それを作成した税理士の適格性に拠る」という通達が金融機関向けに出されました。要するに、税理士から提出される年度決算書に関する証明書の中にはいい加減なものもあるので、金融機関は信用できる税理士を選別すべきだということがそこには書かれています。その経緯は、私の著書『税理士の未来──新たなプロフェッショナルの条件』(中央経済社)の中で詳しく説明してあります。

 この通達が出されたのと同じ1998年に、ドイツ連邦税理士会とドイツ税理士連盟は品質保証システム構築のための「税理士業務における品質保証に関するドイツ連邦税理士会の指針」を決議しました。そして、この指針を具体化するツールとして2004年に『税理士業務における品質保証と品質管理』(Qualitätssicherung und Qualitätsmanagement in der Steuerberatung)を、DATEV社を含めた3者の共同編纂で刊行しました。2007年にTKCから発行された日本語版の厚さは約7㎝に及び、故・武田隆二先生のご指導の下、河﨑照行先生、古賀智敏先生、そして坂本が監訳を担当しました。

 ドイツでなぜそれほどの品質保証に関する書籍が刊行されたのかというと、税理士に対しては「このルールに従って業務を遂行しないと金融機関から信用が得られない」という内部統制を求めるためであり、金融機関等には「厳しい品質基準に従って業務を行っている税理士全般を信用してほしい」と伝えるためでした。当時、DATEV社の社長を務められていたディーター・ケンプ教授は日本語版の「発刊に寄せて」の中で、ドイツ税理士を取り巻く環境変化を踏まえ「税理士は自らの活動の質的、量的な成果だけに目を奪われるのでなく、自分の事務所のサービス・プロセスの構成や監視にもいっそう力を入れて取り組むことが不可欠である」と記されています。つまり、結果だけで満足するな、事務所としてサービス・プロセス重視の考え方を持つべきだと警鐘を鳴らされたのでした。

 このようにドイツにおいても厳格な基準書を作りあげ、金融機関等からの認知を得ながら自らの襟を正して職域を守り、税理士業界を発展させてきた歴史があるのです。

 TKC全国会創設50周年(2021年)を誇り高く迎えるためにも、ドイツやアメリカの好例にならって行動基準書を実践することで自らの事務所経営を見直し、自律強化の中で社会的権威の向上を獲得し、3つの運動方針をさらに推進していきましょう。それがわれわれ税理士の輝かしい未来を切り拓くのです。

(会報『TKC』令和2年1月号より転載)