寄稿

事務所総合力を高め、高付加価値経営を目指そう

低価格報酬の会計事務所経営はどうなっているのか

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 先日、日本経済新聞の朝刊を見ていたところ、「税理士懲戒、10年で3倍」というショッキングな見出しの記事が目に飛び込んできました。

「脱税を指南したり、無資格者に税理士の名義を貸したりして、懲戒処分を受ける税理士や税理士法人が急増している。2014年度の懲戒処分は計59件で、3年連続で過去最多を更新。10年前の約3倍の水準となった。」(平成27年9月22日付「日本経済新聞」朝刊)

 また、インターネットで「税理士」や「顧問料」で検索すると「格安の決算申告」や「月の顧問料は8千円から」など、顧問料の安さを強調する同業者のホームページが目立つようになったと記されています。
 記事では、税理士業界は顧客獲得競争が激化し、一部でモラル低下の原因にもなっていると報じていました。
 このような低価格・低報酬を標榜する事務所の経営は、一体どうなっているのでしょうか。
 例えば、月の顧問料を1万円程度の低価格に抑えて、1人の職員に対して給与を年間500万円程度支払うとすれば、職員1人が担当する関与先企業は40件程度になると試算されます。
 1人の職員がこのように多くの企業を担当するとなると、「巡回監査」を実施するどころではありません。
 恐らく、日々起票代行等に追われ、「帳簿の証拠力」を確保することなど当然、困難であり、決算書の信頼性は著しく損なわれることになります。
 また、このような会計事務所は、企業経営者にとって単なる帳簿作成の請負業者という「外注先」程度の扱いとなってしまい、税理士法第1条に明記されている「税理士の使命」が果たされるとは到底思えません。
 さらに、これらの会計事務所は、クラウド化が加速していく時代にあって、ますます低価格競争のなかにのめり込み、結果的に自らの首をしめていくことが予測されます。

「会計で会社を強くする」指導力が共通点

 低報酬による過当競争の当事者となってしまうのか、それとも事務所総合力を高めて堂々と社会の期待に応え、高付加価値経営の事務所を目指すのか、本年度の年度重要テーマ研修は、そこを視点としました。
 共通テーマを「TKC会計人のビジネスモデルを構築しよう!」として、総合力が高く、高収益力を誇るTKC会員事務所の所長を講師に迎えて、その事務所経営から学ぶ企画としました。
 本研修は7月からスタートしましたが、研修申込事務所の数は5000事務所を超え、例年の年度重要テーマ研修の平均受講者数を大きく上回っています。
 受講後のアンケートには、「今後の事務所経営のあり方を考える良い機会になった」などの高評価が多く寄せられています。
 講師担当会員に共通しているのは、所長として強いリーダーシップを発揮している点と、事務所全体が関与先に対して会計指導力を発揮している点にあります。つまり「会計で会社を強くする」指導力が事務所のベースとなっているということです。
 しかし、このような強い指導力はどうすれば身につくのでしょうか。TKC全国会初代会長の飯塚毅博士は、「TKC会計人は自己鍛錬によって経営者の心の指導ができなければならない」と述べています。

「税法であれ、会計であれ、テクニックの指導は易しい。しかし、経営が人間による経営である限り、結局は、その経営者の心を、どう方向づけ、どう指導してゆくか、が最後に問われる所である。会計人が、ビジネス・ドクターといわれる以上は、会計人は、経営者の心の指導能力も、身につけて置かねばならない。(中略)経営者という人間に方向を与えてゆく仕事、それはこの世で最も偉大なる仕事であり、会計人はその任に耐えるだけの自己の人間性の錬磨に励まねばならぬ。」(『TKC会報』昭和51年12月号巻頭言抜粋)

 TKC会計人は、税務と会計の職人に留まってはなりません。今や指導者として「会計で会社を強くする」会計指導力を発揮することが求められているのです。

事務所総合力の源泉は巡回監査体制にあり

 事務所総合力を高める上で、そのベースとなるのが所内の巡回監査体制です。
 われわれTKC会計人は、毎月関与先の会計資料が存在する現場に赴き、「巡回監査報告書」を活用して巡回監査を実施することを標準業務としています。
 TKC全国会は、巡回監査の徹底断行がなぜ必要かを発足以来訴え続け、『TKC基本講座』には具体的な実践方法が書かれており、研修も行われています。しかし、それを実施していない事務所が一部にあり残念に思います。
 巡回監査の必要性について『TKC会計人の行動基準書』(第4版)では、次のように記述しています。

 1.税理士法第45条に規定する「真正の事実」を確認し、「相当注意義務」を履行した証左とするため。
 2.会計帳簿の証拠力を担保するため。
 3.各法令及び一般に公正妥当と認められる企業会計の基準等に準拠した会計帳簿の作成を指導するため。
 4.関与先の財務書類の信頼性を担保するため。
 5.納税申告書の適法性を担保するため。
 6.経営者に適時に正確な財務情報を提供するため。
 7.関与先の経理担当者の資質や内部統制の向上を図るため。

 1の「真正の事実」について飯塚毅博士は次のように述べています。

「真正の事実とは何か、に関する有権解釈規定は見当たらない。解釈による以外はないようである。だが、真正の事実とは、すっぽんぽんで素っ裸の、何ら人為的な造作を加えない、単純にあからさまの、事実、という意味でないことは自明である。例えば、顧客が明らかに脱税していても、その事実をそのまま認めて、税務の処理をせよ、と法が期待していないことは明白だろう。税理士は産業廃棄物処理業者ではない。従って『税理士は顧客から与えられた資料をいかに汚れていてもそのまま受けとめて税務の処理をしていれば良い職業だ』とはいえない。(中略)
 真正の事実とは『真実の正しい事実だ』となる。そうなると税理士は、顧客から提供された生(なま)の資料のうち、違法不正の資料部分が見つかったときは、これを訂正させ正しい資料に直させて、その上で税法上の処理を行う義務がある、ということになる。それは伝票や証憑書の一枚一枚を巡回監査によって検証してみなければ分からない。(中略)
 真正の事実ではないと知りつつ業務を行った場合が故意であり、知らずにやったときは相当注意義務違反となる。行政処分は刑事処分とは全く別であり、一枚の始末書で、税理士の資格剥奪が可能なのである(憲法第三八条第三項参照)。巡回監査は絶対に無理しても断行すべきものであり、損得計算、銭勘定の対象領域ではないのである。」(『TKC会報』平成4年5月号巻頭言抜粋)

 会計事務所が「会計で会社を強くする」指導力を発揮し、事務所総合力を高めていく中で、「社会の期待に応えられる事務所体制」が構築され、高付加価値経営が実現していくのです。そしてこのたびの講師担当会員はそのベースとなり源泉となるものが「巡回監査体制である」と等しく強調しています。
 ぜひ全てのTKC会員が、例外なく巡回監査体制をつくり、事務所総合力を高めていく基盤としていただくことを強く願っています。

(会報『TKC』平成27年12月号より転載)