寄稿
相続税の書面添付に積極的に取り組もう──『相続税の申告と書面添付』発刊の意義
相続税の書面添付を敬遠する4つの理由
TKC全国会会長
粟飯原一雄
TKC全国会の書面添付(税理士法第33条の2)推進活動は、昭和56年から始まり今年で34年目を迎えます。
先達会員の努力と、多くの会員の真摯な取り組みの結果、主に法人税を中心とする書面添付制度が定着し、今や国税当局や金融機関からも評価されるようになりました。
しかし、税理士の通常業務である相続税の書面添付については、TKC全国会の書面添付運動では主要課題としてきませんでした。
個々のTKC会員においても、相続税の書面添付を敬遠する傾向があり、その主な理由として次のような声がありました。
①相続税の書面添付は、更正事案が多いのでやるべきでない。
②TKCの書面添付は、月次巡回監査が前提である。
③相続税は「帳簿の証拠力」を担保するものが乏しい。
④相続人の財産、負債などを完全に把握することが難しい。
しかし、このような理由だけで相続税の書面添付に取り組んでこなかったとすれば、税務の専門家としては、いささか思慮が足りなかったように思えます。
「税理士業務の完全な履行」は税目を限定しない
TKC全国会第2代会長松沢智先生は、『TKC会報』の巻頭言で、書面添付は、税理士の公共的使命を具現化するものであると指摘しておられます。
「税理士にとっての書面添付の意義は、従来、税理士法第1条で規定された税理士の使命、つまり関与先との間において適正な納税義務を実現させるという解釈に留まる傾向にあった。しかし私は、書面添付の意義は、税理士法第1条を超えて、税理士の公共的な使命の具体的な表れとして捉えている。税理士法第1条に規定された税理士の使命を徹底させ、正しい申告を担保するものこそ、書面添付制度なのである。税理士は、申告納税制度の円滑な運営を図るための公共性をもつ職業として、納税者をして法令に基づく適正な納税義務の実現に努め、自ら良心に従い、『租税正義』の確立を目指す『法律家』である。『法律家』としての倫理観を自覚して職務を遂行することが、まさに納税者の信頼にこたえる道なのである。」(『TKC会報』平成13年8月号抜粋)
このように、書面添付を、税理士の公共的使命の表れと理解すれば、税目を限定するべきでないことは自明の理と言えます。
「TKC全国会の事業目的」においても、「書面添付」の実行を特定税目に限定するような記述はありません。
一、租税正義を実現するための社会的基盤の整備に関する事業
二、税理士業務の完璧な履行を支援するために必要な事業
事業承継対策と適正な相続税申告は不可分
飯塚毅初代会長は、平成6年に「TKC全国会の21世紀に向けた政策課題」を発表しています。
「税理士法第45条の規定によって、税理士は『真正の事実』を踏まえて業務を遂行すべきことを義務づけられていることを瞬時も忘れてはならない。
職業会計人が、わが国の中小企業の健全な発展を願い、租税正義の実現の実質的な担い手であると自認する限り、法の求める税理士業務を完全に履行し、社会から信頼され尊敬される立場を獲得しなければならないことは当然である。」
ここでも「税理士業務の完全な履行」を特定税目に限定してはおらず、むしろ「中小企業の健全な発展」には、中小企業の事業承継対策と不可分の相続税業務が含まれていると考えるべきです。
冒頭の「相続税の書面添付は、更正事案が多いのでやるべきでない」などの考えは、税理士の使命条項を忘れた発想と言えます。「巡回監査が前提」や「帳簿の証拠能力確保」等については、相続税の特性に応じて、税理士の法的防衛面等も配慮した相続税の書面添付実践基準等を整備することによって対処できるものと考えます。
『相続税の申告と書面添付』発刊を機に条件整備を
元東京国税局長矢澤富太郎氏は「書面添付は、わが国における納税基盤整備のための重要な柱の一つである」と述べています。
平成27年度の税制改正による相続税の申告対象者増加に伴い、税務執行の円滑化のためにも相続税の書面添付制度の定着に向けた税理士の役割が重要となっています。
このような背景を踏まえて、平成27年3月20日開催の第160回TKC全国会正副会長会において、「TKC全国会の書面添付活動は、相続税を含むものとする」と決定しました。
また7月には、資産税関係に豊富な経験を持つ会員を中心とする「相続税書面添付検討チーム」(リーダー:内海敬夫書面添付推進委員長)による、書籍『相続税の申告と書面添付──安心の相続を実現するために』(全会員に配布予定)が完成しました。今後、書面添付推進委員会において、TKC方式による相続税の書面添付の条件整備を検討し、当書籍をテキストとする研修会を各地域会で実施する予定です。相続税の書面添付実践に向けて会員諸兄姉のご理解と積極的な取り組みをお願いします。
(会報『TKC』平成27年9月号より転載)