寄稿

「職業会計人の職域防衛と運命打開」に向けた今日的課題

「租税正義の実現」のための法制整備

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 TKC全国会の結成目的である「職業会計人の職域防衛と運命打開」の根幹には、「租税正義を実現するための社会的基盤の整備」(全国会会則第2条(1))があります。

 これは職業関連法規の不備・欠陥を是正するとともに、国家、国民にとってあるべき法環境であるかどうかをただしていく活動です。その今日的な課題として、今、TKC全国政経研究会(篠澤忠彦会長)が掲げる中心的課題は「帳簿の信頼性向上のための法環境の整備」です。

 パソコン会計が加速度的に普及する時代にあって、脱税の温床になりかねない状況を放置しておくわけにはいきません。

 IT時代における適時記帳の要件を、ドイツ国税通則法第146条4項にならい、わが国の所得税法及び法人税法の施行規則などに明文化し、当初の記帳内容の加除訂正履歴が分かるように(痕跡を残さない帳簿の遡及訂正・削除を禁ずる)規定を設けるべきです。このことによって決算書の信頼性向上のベースが整い、商法と所得税法、会社法と法人税法との整合性が図られることになります。

 飯塚毅全国会初代会長は、法制の整備について、『TKC会報』(平成6年4月号)の巻頭言で次のように述べています。

 「状況の大変化に対応するTKC全国会の基本理念は何かと申せば、第一に日本職業会計人の職域防衛・運命打開の目的達成を可能ならしむる条件は、日本国家、特にその租税と会計に関する制度が、世界の先進国の法制と比較しても遜色無く整備されている状態にあること。第二に、法体制からみて日本の法制が日本の職業会計人をもっと注目し、もっと有効活用し、もっと尊重する方向に整備されていかねばならないこと。」

 TKC全国政経研究会の掲げる「帳簿の信頼性向上のための法環境の整備」に向けて、全会員がTKC提携国会議員(自民党130名、公明党35名、民主党17名、合わせて182名)の方々に働きかけていかなければなりません。

 「法の目的は平和であり、そのための手段は闘争である」というドイツの法学者イェーリングの名言があるように、われわれは国会議員をご支援申し上げながら、平和を得るために法環境の整備を実現する闘いを展開しなければなりません。各地域政経研究会の今後の活動に期待します。

「中小企業の存続と発展」への支援活動

 「職業会計人の職域防衛と運命打開」のためのもう一つの今日的課題として「中小企業の存続と発展の支援」を挙げなければなりません。その内容は「TKC全国会創設50周年に向けての政策課題」に次の要点で落とし込んでいます。

 ①中小企業の黒字決算割合の向上に向けた支援
 ②決算書の信頼性向上に向けた支援
 ③中小企業の存続基盤強化に向けた支援

 この3つの支援活動のために、「事務所総合力」を重要業績評価指標として位置づけ、その判定基準を設けました。

 「事務所総合力」を重要業績評価指標として設定した第一の理由は、経営環境が厳しい時代にあって、中小企業の経営存続と発展を支援する事務所全体の能力を向上させなければ、今後、関与先企業を守りきれないからです。

 二つ目の理由は、会計事務所として税理士業務の完璧な履行とともに業務水準のさらなる向上を目指さなければ、IT化の進む中で事務所の存続自体が危ぶまれ、社会と国家からの絶対的な信頼を得ることもできないからです。

 「事務所総合力」の判定基準としては、「KFS実践割合」と「企業防衛付保割合」を指標として設定しています。

 「KFS実践割合」は、①黒字決算支援、②決算書の信頼性向上に向けた支援、を示す指標です。

 また「企業防衛付保割合」は、③中小企業の存続基盤強化の支援、を示す指標としています。さらに「KFS実践割合」を補完する指標として、「税務と会計の一気通貫割合」と「直前期黒字決算割合」を併記して、その動向を継続的に見ていくこととしました。

 TKCの飯塚真玄会長は、「会員事務所では税務と会計の分離が進んでいる」というショッキングな報告をしておられますが、税務申告のみにTKCシステムを利用するのでは、本来の会計事務所の強味が発揮されていないことを意味します。黒字決算支援や決算書の信頼性向上は、日々の会計がベースだからです。

 市販会計ソフトによる「自計化」が加速度的に進んでいる今日、TKC会員は、「職業会計人の職域防衛と運命打開」のために開発されたTKCシステムをフル活用し、会計指導力を発揮することが求められているのです。

7月から始まる「専任講師研修」へ職員の派遣を

 「TKC全国会創設50周年に向けての戦略目標」のロードマップの第1ステージ(2014~2016年)では、「TKC会員事務所の総合力強化と会員数の拡大」を活動テーマに掲げ、次の4つの行動指針を挙げています。

1.会計指導力を強化し、企業の存続発展に貢献しよう。
2.書面添付を推進し、税理士業務の完璧な履行を目指そう。
3.決算書の信頼性向上を図り、金融機関との連携を深めよう。
4.会員数の拡大活動に参画し、組織の活性化を図ろう。

 4つの行動指針の冒頭にある「会計指導力の強化」は、特に重要なテーマであり、その具体的行動として次の3項目を挙げています。

TKC方式による「自計化システム」を活用して経営者の計数管理能力の向上を支援する。
継続MASシステム」を活用して関与先の業績管理体制の構築を支援する。
巡回監査支援システム」を活用して巡回監査を通じて月次決算体制の構築を支援する。

 以上の3つの支援活動を実行するには、職員のスキルアップが不可欠です。そこで平成22年から、毎年、システム委員会の企画による専任講師による実践的な研修が実施されています。

 講師は会員事務所で顕著な実績をあげている職員の方々が務めています。本研修では日常業務の中で関与先経営者との対話を通じて取り組んでいる実践例などもレクチャーしています。

 会計指導力の強化は、所長一人ではなく、関与先企業を担当する職員諸君の戦力化が不可欠です。当研修は、既に多くの職員諸君が受講されていますが、知識をただ貯め込むだけでは何も変わりません。

 関与先企業の実践舞台で、この3つを徹底活用してこそ「会計で会社を強くする」ことにつながります。

 当研修は、本年も7月以降に全国56会場で実施することになっています。この機会にぜひ、職員の会計指導力のスキルアップを図り、戦力化していくために積極的な研修への派遣をお願いする次第です。

会員一人ひとりの実践行動に期待

 「TKC会計人の基本理念25項目」の第16項目には、次のような記述があります。

 「TKC会計人は、日本の職業会計人の職域防衛と運命打開とを、理想のスローガンとしてではなく、絶対的な現実の実践原理として、位置づけている集団である」。

 つまり「職業会計人の職域防衛と運命打開」は、単に紙に書かれている言葉やスローガンではなく、ましてやスピーチやプレゼン等で便利に使われるべきものではないということです。「職業会計人の職域防衛と運命打開」に向けた取り組みは、各地域会や支部の意思決定や行動、そして個々の会員の行動に実践原理として活かされていなければなりません。

 P・F・ドラッカーは次のように述べています。

 「知識労働者には自律性が必要であるからこそ、彼らに対し、なすべきことと、もたらすべきものを明らかにすることを要求しなければならない。
 知識は多様であって、知識労働者のもつ知識もそれぞれ異なる。したがって彼らは、自らが専門とする分野については、誰よりも詳しくなければならない。彼らは知識をもつことによって報酬を得ている。
 仕事に取り組むからには、自ら計画を立て、自ら行動しなければならない。(中略)何に重点をおくか、いかなる成果を期待できるか、それはいつまでに可能か。知識労働者には自律性と責任がともなう。」(『ドラッカー365の金言』上田惇生訳・ダイヤモンド社)

 職業会計人が知識労働者であるならば、責任ある実践行動が求められるということではないでしょうか。

(会報『TKC』平成26年7月号より転載)