寄稿

会計帳簿に訂正・加除の履歴を残す規制を

決算時に訂正・加除できるパソコン会計ソフト

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 『中小企業白書(2012年版)』によれば、中小企業の財務・会計面でのIT活用によるパソコン利用状況は、小規模事業者で60.1%、中規模となると85.8%となっていました。今後も経営者の若返りが進む中で、多くの企業にパソコン会計ソフトによる自計化が浸透していくものと思われます。

 このような中での最大の懸念事項は、パソコン会計ソフトの多くが決算時に期中取引の遡及的訂正・加除を簡単にでき、かつその内容の履歴の確認ができないという会計帳簿の業務品質に関わる重要な問題点が放置されていることです。

 TKC飯塚真玄会長は、自社の社内報『とこしえ』で「オフコン文化が会計を殺した」という表現で「(オフコン文化とは)簿記の原則を無視した会計帳簿を愛する文化のことである」とパソコン会計ソフトの問題点を明確に指摘しています。会計資料を遡って自由に訂正・加除できる点を、セールスポイントとしているパソコン会計ソフトが横行しているのです。

 コンピュータ会計において是認される品質基準の論理を知らない職業会計人や事業者が、採算性や使いやすさという判断基準だけで購入する例が増えているのです。

訂正・加除の履歴確保は、簿記の常識

 平成10年に「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」、いわゆる電子帳簿保存法(コンピュータ会計法)ができました。

 これは高度情報化社会に対応し、国税の納税義務の適正な履行を確保しつつ、納税者等の国税関係帳簿書類の保存に係る負担を軽減する等のため、コンピュータを使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法について定めた特例法であります。

 そこでは、電子帳簿の保存にあたって真実性の確保の観点から、施行規則第3条において「電磁的記録に係る記録事項について訂正又は削除を行った場合には、これらの事実及び内容を確認することができること」と明記されています。

 ところがこの法律には大きな抜け道がありました。

 コンピュータ処理された国税関係帳簿書類を電子保存する場合には、この規定が適用されますが、期中でパソコンで会計処理を行ってきて、最後に会計帳簿を電子保存とせずに、紙ベースで保存する場合は、遡及的訂正・加除等の履歴確保の規制は適用されないのです。しかも、このようなことは、電子帳簿保存法の申請をしている企業(約9万社)やTKC自計化システム導入企業等を除く、大多数のパソコン会計利用企業が該当します。

 世界の常識である訂正・加除の履歴確保は、簿記の常識であることを意味します。この規制を整備することは国家の急務であると言わざるを得ません。

ドイツでは国税通則法と商法で遡及訂正を規制

 この点、正規の簿記の諸原則が早くから定着し、税理士制度のあるドイツではどうなっているでしょうか。

 今年の10月に、ドイツのDATEV社のディーター・ケンプ社長(Prof. Dieter Kempf)と幹部の方々がTKCとの定例ミーティングのため来日されると知って、事前に次の質問状を送りました。

 「ドイツの税理士は、自分の関与先がドイツのコンピュータ会計法(GoBS)に抵触する(DATEV以外の)PC会計を導入する場合に、どのような行動をとりますか」。

 これに対して次のような回答をいただきました。

 「GoBSに適合したPC会計を採用するよう、税理士がクライアントを説得するのが一般的である。DATEV会員であれば、当然、DATEV方式のソリューションを推奨するのが前提であり、GoBSに適合しないシステムを税理士が採用することは考えられない。それは、職業法上の責任があまりにも大きくなるからである」。

 この回答を補足するならば、TKC全国会副会長坂本孝司会員の著書『会計制度の解明』(中央経済社)では、ドイツでは正規でない会計ソフトウェアの流通は考えられないと指摘しています。

 「HGB(ドイツ商法典)上および租税法上の規定に従った記帳の内容および真実性の責任は記帳義務者自身にある。記帳義務者が記帳のためにソフトウェアを使用する場合には、その者が自らの責任で、正規のソフトウェアを選択しなければならず、特定の会計ソフトウェアがAOないしGoBSの条件を満たしていない場合には、そのソフトウェアを利用している記帳義務者だけがその責任を負うことになる。(中略)ただし、ドイツにおける会計ソフトウェアベンダーは、民事上の損害賠償ないし製造物責任に基づく損害賠償に備えて、通常、専門的知識を有する第三者である監査法人に、自らの会計ソフトウェアの正規性を監査させており、正規でない会計ソフトウェアが販売されることは一般には考えられない状況である」。(坂本孝司『会計制度の解明』271頁「第8章 EDV簿記における責任」中央経済社)

 ちなみにドイツ国税通則法(AO)の第146条4項とドイツ商法典(HGB)第239条3項では痕跡を残さず帳簿を訂正・加除することを次のように固く禁じています。

「ドイツ国税通則法」(AO)
第146条 簿記と記録に関する秩序規定
 4.記帳及び記録は、その当初の内容が確認できないような方法で、これを変更してはならない。
 変更が最初にされたか、また後にされたかが不明確であるような変更をしてはならない。
「ドイツ商法典」(HGB)
第239条
 3.記帳及び記録は、その当初の内容が確認できないような方法で、これを変更してはならない。変更が最初にされたか、また後にされたかが不明確であるような変更をしてはならない。

訂正・加除を示唆するダイレクトメール

 最近、「記帳代行の仕組みづくりセミナー」というDMが多くの会計事務所に送られています。講師として某公認会計士・税理士の名前があり、内容は「記帳代行業務を効率化するための実務マニュアル大公開」となっていて、「資料回収はヤマト運輸か佐川急便」「領収書は整理させるな」「成果物(残高試算表)は渡さない」などと書いてありました。要は、成果物は期中では企業側に渡さず、決算時に不釣り合いを直すための訂正・加除をしてから渡すということだろうと思います。この税理士のホームページを拝見したところ、その業務内容に「巡回監査業務」の文言が入っていたので驚きました。巡回監査の意味を正しく理解せずに、このようにご都合主義で使用する税理士がいることは困ったものです。社会から決算書の信頼性が強く求められる時代にあって、税務と会計のプロであるべき職業会計人として本当に情けない限りです。

税理士法第45条違反でないと立証できますか?

 この問題についてTKC全国会飯塚毅初代会長は、昭和58年8月号『TKC会報』巻頭言で次のように警鐘を鳴らしています。

 「実態を知っている税務官吏なら、第一に先生に向かって、こう質問しますでしょう。『先生のつくられた財務諸表は、遡及して誤謬修正をおやりになりましたか、または、全く修正はしませんでしたか、その事実だけで結構ですから、何らかの証拠書類で、その点をお示しください』と。

 これだけで、税理士先生は答えに窮するはずです。証拠書類が出せないからです。次に『先生のお使いになっているオフコンは、遡及して修正ができるそうですが、(中略)遡及修正のデータを後からぶち込んでも、あたかも初めからそうなっていたかのような帳表がつくれます。それは、電算機会計の国際常識(各国の規制条文)には違反していることですが、そのプログラムの内容を調査上必要としますので、分かり易い文書で見せてくれませんか』と。

 ここで、税理士先生は対応が不能となりましょう。見せられないからです。次にこう質問します。

 『そういたしますと、先生は、税理士法第45条にある、故意に(事情を知って)真正な事実には反していないという点を、何で立証なさいますか。立証手段は、何でも構いませんから、例えば、月々の監査報告書でも結構ですから、お見せください』と。

 この時に、この税理士先生は、内心で『ああ、自分は税務のプロではなかった。一人前の税理士だとは、とてもいえないな』と、独白することになるでしょう」(『TKC会報』昭和58年8月号)

 国の財政が悪化している状況において、このような不備が放置されることは、国家と国民にとっての大問題であり、日本の会計制度の悪質化が加速することが懸念されます。早急に、帳簿に訂正・加除の履歴を残す規制整備を願う次第です。

(会報『TKC』平成25年12月号より転載)