2021年7月号Vol.123
【特集】どう取り組む? 「自治体DX」推進の現場に聞いた取り組みのポイント
いまや一般社会も注目する「自治体DX」。
全国で推進体制などの整備が進む一方で
現時点ではまだ不明確な部分があることから
「どう進めるか思案に暮れる…」という担当者の声も聞こえてくる。
そこで、本稿ではあらためて自治体DXの基本を整理するとともに
現場の“声”を交えながら今後の取り組みを考える。
行政のデジタル化は、2000年に制定された「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」以来、連綿と続いてきた古くて新しいテーマだ。
それが16年に公布・施行された「官民データ活用推進基本法」を機に再び脚光を浴び、19年には行政手続オンライン化法を大幅に改正した「デジタル行政推進法」も制定された。また、『世界最先端デジタル(IT)国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画』や『デジタル・ガバメント実行計画』が毎年度策定・改訂されるなど、昨今では国家戦略としてデジタル化が継続的に強化されてきた。
新型コロナウイルス感染症により、その動きはさらに加速。今年5月には、デジタル庁の設置や自治体の情報システムの標準化・共通化などを盛り込んだ「デジタル改革関連法」が成立し、デジタル・ガバメントを計画的かつ実効的に推進するための道筋が示されたのである。
そして、これら国の動きを前提として市区町村が取り組むべきことを定めたのが『自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画』だ。
DXは、歴史的大転換となるか
『自治体DX推進計画』は25年度末までに、以下の「重点取組事項」などへ取り組むことを求めている。いずれも優先順位が付けられるものではなく、一体的な対応が必要だ。
◦情報システムの標準化・共通化
◦マイナンバーカードの普及促進
◦行政手続のオンライン化
◦AI・RPAの利用推進
◦テレワークの推進
◦セキュリティ対策の徹底
とはいえ、市区町村にとって最も気になるのが「情報システムの標準化・共通化」だろう。背景には、いわゆる2040年問題がある。職員の事務作業を軽減し、住民に寄り添った質の高いサービスの提供など“人にしかできない業務”に注力できる環境を整えようというものだ。システムの標準化で申請手続きの簡素化・合理化が進むことで、住民にとっても待ち時間短縮などのメリットにつながるとされている。
対象となるのは住民情報を扱う主要17業務を処理するシステム(基幹系システム)で、昨年9月に公表された住民記録システムを筆頭に22年夏までをめどに順次標準仕様書がまとめられる計画だ。これを受けて、システムベンダーが標準仕様に準拠したシステムを新たに開発、または既存製品を改修し、市区町村では25年度末までにシステム移行を完了させることとなる。これらのシステムは原則、デジタル庁が今後調達する「ガバメントクラウド」を活用することが検討されている。なお、ガバメントクラウドへの移行に必要となる準備経費やシステム移行にかかる経費については財政措置も予定される。
そして、もう一つの大きなテーマが「行政手続きのオンライン化」だ。22年度末を目指して、原則、全団体を対象に31手続きについてマイナポータルのぴったりサービスを活用したオンライン化を進める。それ以外の手続きも、25年度末までに積極的にオンライン化(マイナポータルの利用を推奨するが、それ以外の方法も妨げない)することが求められている。合わせて、転出・転入手続きのワンストップ化についても検討される計画だ。
市区町村では、これらに付随して条例等の改定などが必要となる。その全てを25年度末までに完遂しなければならない。まさに、DX──デジタル技術による破壊的な変革への挑戦が始まるのだ。
課題山積でも、取り組みは前向き
今回、現場の声として自治体DXを推進する3名の方にお話を伺った。
千葉県船橋市
総務部情報システム課 課長補佐
千葉大右 氏
東京都三鷹市
企画部情報推進課 課長
白戸謙一 氏
埼玉県町村会
情報システム共同化推進室 室長
本山政志 氏
中核市最大の人口規模(64・5万人)を誇る船橋市。20年度から5年間かけて、基幹系システムを地方公共団体専用のIaaS環境へ移行する計画だったという。かねてより最新のデジタル技術を積極的に採り入れ、市民サービスの向上と行政コスト削減に取り組んできた。時代環境変換への対応も柔軟で、今年1月には『業務改善に係る取組方針』を公表し、DX推進の方向性を明確に示した。
三鷹市(19・1万人)は、立川市と日野市とともに「東京都多摩地域三市住民情報システム共同利用運営協議会」を立ち上げ、今年11月の運用開始(日野市は21年11月末、立川市は22年1月予定)に向け、基幹系システムの共同化作業を進めている。3市は人口規模や予算規模、職員数など類似する点も多く、共同化作業の過程で業務の見直し・標準化などを進めてきた素地を持つ。これは今後の自治体DX推進においても大きなアドバンテージとなるだろう。
「埼玉県町村会情報システム共同化推進協議会」は12年に設立され、現在20町村が基幹系システムを共同利用する。特に、町村のような小規模団体では情報システム担当者が兼任や少人数というケースが少なくない。この点、協議会ではこれまでにも互いの知見を結集し、番号制度への対応など大波を乗り越えてきた実績がある。25年に予定されるシステム更改作業と自治体DXを平行して進めることになるが、これらについても構成団体間の相互連携で確実な対応を目指す。
3氏に話を伺うと、いずれも「自治体DXは〈利用者の利便性向上〉や〈行政サービスの向上〉、〈職員の業務改善・効率化〉などにつながるチャンス」と考え、前向きに取り組んでいる。その一方で、〈団体規模や組織体制が異なるのに、全てに最適な標準システムとなるのか〉〈システム標準化やガバメントクラウドへの移行検討に必要な情報の不足〉など、さまざまな面でまだ不安要素があることも指摘する。
では、具体的にどんな課題があり、市区町村では何をやるべきなのか。3氏の意見も参考にしながら、図表2に現状考えられる主なものを整理した。
「システムの標準化」では、やはり時間や労力など〈リソース不足〉が心配されるところだろう。これについては、7月7日に総務省が公表した自治体DX推進に関連する各種手順書が参考となる。そのうちの一つ『自治体情報システムの標準化・共通化に係る手順書』では、計画立案・システム選定・移行の三つのフェーズに沿って作業項目が分かりやすく解説されている。
ただ、最初に取り組む事項の一つ〈現行システムの概要調査〉では、システム更改のタイミングによって留意すべき点が異なることに注意したい。
25年に更改予定の埼玉県町村会情報システム共同化推進協議会では、「従来は更改の2年ほど前に事業者選定をすればよかったが、標準化を考えると3年前(22年)には準備を始めたい。全ての標準仕様が提示されるのが22年夏という状況で、これが可能か十分な検討が必要だ」(本山氏)という。
一方、三鷹市のように契約途中での移行となるケースでは、「現行システムにかかる保守契約などを途中解約すると、違約金が発生する可能性がある。移行にあたってはシステムの改修費とともに、関連費用も考慮しておかなければならない」(白戸氏)だろう。
業務計画やBCPへの配慮も
業務面への影響を心配する声も多い。
標準仕様書では、準拠システムに〈実装すべき機能〉のほか〈実装しない機能〉〈実装してもしなくても良い機能〉が示される。なお、「定義すべき機能の範囲内で分類されていない機能は(中略)、実装しない機能と同様のものとして位置付ける」とあり、仕様書に記載されていない機能は実装されないことになる。ここは重要なポイントだ。
これらの情報をもとに、業務フローや機能、帳票要件など現行との差異分析を行うことになる。実装してもしなくても良い機能は提供方法など未定だが、継続して情報収集し選択の有無を考えることが必要だろう。
また、標準化対象外のシステムとの連携も考えなければならない。特に、市区町村には地域特性などに応じて独自に行っている施策がある。これらについても代替案を含め対策を講じておく必要があり、情報システム担当者の苦労は相当なものとなるはずだ。
システムベンダーとしても、短期間での開発作業となり、十分な検証時間を確保できるのか危惧される(ちなみにTKCでは、23年度末までに標準仕様に準拠したシステムを開発し、数団体の協力を得て実務環境での実証を経て、全ユーザーのシステム移行を計画的に進める予定)。
こうした現状を踏まえ、千葉氏は「手段(システム移行)が目的化してはならない」と警鐘を発する。また、「担当者が頑張るという手段を選択しがちだが、それでは上手くいかない。システムベンダーとコミットして負担軽減を図り、職員は業務の見直しに集中するなど作業分担が大切」と語る。
また、白戸氏は運用後に目を向けて業務スケジュールへの影響に注目する。「例えば納税通知書の送付など、これまではシステム処理から帳票印刷、送付まで細かなスケジュールが決まっていたが、ガバメントクラウドへの移行によりそれらの調整作業も発生する。こうした運用を見据えた影響度合いも勘案すべき」なのだ。
その他、ガバメントクラウドに集約されることへの不安もある。特に、気になるのが住民サービスへの影響だ。
プラットフォームとシステムなどサービス提供事業者が複数となるため、障害原因の切り分けに従来よりも時間がかかることが懸念される。また、昨今ではクラウドサービスの大規模障害発生も相次いでいる。記憶に新しいところでは、今年5月にワクチン接種管理システムが利用できなくなった事例があった。そうした、万一の事態に備えた運用や業務継続性の確保についての検討も必要ではないだろうか。
他にも、動き始めて“見えてくる課題”があるはずだ。この点では国に対して目標時期の柔軟な対応が求められるとともに、市区町村としても“受け身”ではなく攻めの姿勢で早期に取り組むことが肝要といえるだろう。
どう推進するか
利用者(住民や事業者)視点で目に見える変化が「行政手続きのオンライン化」で、これについても先頃、手順書が示された。まだはっきりしない部分が残るものの、コロナ禍において、窓口業務や内部事務でも非接触・非対面など「新しい生活様式」に対応していくことは、避けられないテーマだ。
推進にあたっては、単に申請をオンライン化するだけでは不十分だ。「オンライン化をしても窓口対応は残る。窓口対応も含め、バックオフィスまで一連の業務プロセスをデジタル化することが必要」(千葉氏)だろう。
そのためには、行政手続きの棚卸し(根拠法、押印・署名、本人確認の有無、申請件数など)を行い、業務内容や処理フローを整理することになる。
「住民と職員の双方の視点からこの業務プロセスは本当に必要かを考えた上で、必要であればそれを人がやるのか、AI・RPAでやるのかを考える。これは団体ごとで判断が分かれる。外部の知見を得て、人口規模や組織体制が類似する他団体と比較しながら業務を見直すことも一考だ」(本山氏)
また、法制度改正などに伴い処理手順を変更した結果、最新の業務フローを文書化していない例もあり、この機にマニュアルの再整備も欠かせない。
では、市区町村では自治体DXをどう推進すればいいのだろうか。
図表3にもある通り、推進には人事や財政なども巻き込んだ〈首長や幹部職員によるリーダーシップや強いコミットメントが重要〉であるとともに、すべての職員がDXをきちんと理解することが必要といえる。この「DXの理解」は、目下、多くの担当者を悩ませている問題だ。
DXとはIT化や最新デジタル技術を導入することではない。デジタルを利用して、庁内では生産性の向上や働き方改革を図り、外に向けて既存サービスの質の向上や新たなサービス創造につなげるなど、職員や住民の生活をあらゆる面でよりよい方向に変えていくことなのだ。そのためには「デジタルは、情報システム部門が担当」という固定観念を捨てなければならない。
また、「市区町村を取り巻く外部環境の変化が激しく、もはや中長期計画では追いついていけない」(白戸氏)ことにも注目すべきだろう。三鷹市では『三鷹市地域情報化プラン2022』に代わり、今後の基本理念・方向性を示す『みらいを創る三鷹デジタル社会ビジョン』を掲げた。個別の実施計画は、年度ごとの予算に合わせて策定し毎年、評価・改善を図りながら取り組みを進める。こうした動きは、いま全国に広まりつつある。
25年度末はゴールではない
さらに、大切なのは「自治体DXは5年後がゴールではなく、継続的な取り組みだ」(千葉氏)ということだ。
この点、3氏は揃って「目指すのは利用者へのサービス向上だ。システム標準化や行政手続きのオンライン化は、その過程で“やるべきこと”の一つに過ぎない」と強調する。
自治体DX推進は、自治体間(あるいは組織内部)でまだ温度差があり、これが取り組みの足枷となっているのも事実だ。いわゆる“ひとり情シス”の状態で、意識があっても身動きがとれないところもあるだろう。
これについて、本山氏は「近隣団体との連携や外部人材の任用も選択肢の一つ。また、丸投げはダメだがシステムベンダーにも積極的に協力を求めることが肝要だ」とアドバイスする。
実際、TKCをはじめ多くの事業者が対応方針を早々と公表するとともに、積極的な情報発信など支援策の拡充に努めている(TKCの対応方針などは、TASKクラウドフェア2021オンラインをぜひご覧ください)。
TKCでは、基幹系システムベンダーとしての長年の経験・実績をベースに、標準システムへの円滑な移行を支援する計画だ。同時に、最新技術を活用したイノベーションの創出による新たな顧客価値の創造と、サポート体制の充実を図る。
こうした取り組みを通じて、一層の「住民福祉の増進」と「行政事務の効率化」の実現に貢献していきたいと考えている。
掲載:『新風』2021年7月号