事務所経営
10年後に勝ち残る会計事務所の経営戦略
新春座談会
とき:平成30年11月29日(木) ところ:TKC東京本社
TKC全国会では創設50周年(2021年)に向け、三つのステージに分けて「職業会計人の職域防衛・運命打開」を目指す運動を展開している。本年から、「TKCブランドで社会を変える」ための基盤づくりを目指す第3ステージ(2019年1月~2021年12月)がスタートする。第3ステージの具体的な運動方針が示される1月18日のTKC全国会政策発表会に先立ち、これまでの運動を振り返り、TKC会員が目指すべき事務所像を展望する新春座談会を開催した。加藤恵一郎戦略特別委員会委員長の司会のもと、全国会運動方針を事務所経営の中心に据えて経営基盤の強化を図っている会員3名に、これからの会計事務所の経営戦略について語り合っていただいた。
事務所概要
「ソシオ・ビジネス」の視点と「インクルージョン」で事務所が変化
加藤 いよいよ2019年からTKC全国会創設50周年に向けた運動の第3ステージが始まります。金融機関をはじめとした「社会の納得」を得るために、「書面添付の推進」「TKCモニタリング情報サービスの普及・浸透」と、その前提としての「自計化の推進」が不可欠であるとの機運が高まっている中、同時に、自らの事務所経営を律していくことの重要性も忘れてはなりません。2019年からの第3ステージでは、事務所の内と外、両方に変革を促していく3年間となります。
そこで本日は、次時代を担う地域の若手有望株の皆さんに集まっていただき、第2ステージ(2017年1月~2018年12月末)を振り返るとともに、この第3ステージで目指すべき事務所像を一緒に考えていきたいと思います。最初に自己紹介を兼ねて、開業から現在までを振り返っていただけますか。苦労されたことも含めてお話しいただきたいですね。では、金成先生からどうぞ。
金成祐行会員
金成 私は大学卒業後に入社した石油会社で経理を担当していまして、その後、他社システム利用事務所に1年半勤務している間に税理士資格を取得しました。予備校の合格祝賀会でTKCのセンター長から事務所見学会に誘われ、「若くても開業できるんだ」との気づきを得て、TKCに入会しました。開業は平成6年5月、27歳のときです。実は生まれも育ちも福島県で、事務所のある東京都府中市は血縁も地縁もありません。それでも事務所経営ができているのは、TKCの先輩や仲間たちのおかげです。
事務所経営で苦労したのは人の問題ですね。開業後は拡大重視だったので、拡大スピードと所内整備のバランスが悪く、労働超過状態が続いて職員全員から退職願をたたきつけられたこともあります。他にもありとあらゆる人の問題を経験しています(笑)。
加藤 どうやって乗り越えたんですか。
金成 きっかけは二つあります。一つは、多摩大学大学院で経営学、特に「ソシオ・ビジネス」を研究したことです。「ソシオ・ビジネス」とは社会問題の解決を目的としたビジネスのこと。NPO法人などの形態でなくとも、志ある社会起業家として自分の仕事を捉えることで社会貢献が可能になるという考え方を学びました。それまではかなりガツガツしていて自己中心的な考え方で拡大に突っ走っていましたが、社会貢献というフィルターを通して会計事務所経営を見られるようになったのは大きいです。
もう一つのきっかけは、知的障害のある息子の存在です。息子とそのお友達と関わる中で、個性をインクルージョン(包摂)するという考え方が芽生えてきたんですよ。それまでは、職員を一つの枠にガチガチにはめるような事務所経営をしていたのですが、それよりも職員一人ひとりの個性を受け入れてそのまま伸ばそうという感覚を持てるようになり、それ以降、安定した経営ができるようになりました。どんな人でも包摂するという感覚が身に付いたのは息子のおかげ。本当に息子には感謝しています。
「今までと同じ業務」に危機感を抱きFX4クラウド・7000PJを積極推進
大江孝明会員
大江 私は20年前の平成10年6月、開業と同時にTKCに入会しました。一つ上の先輩から「絶対に入れ」と言われたのがきっかけですが(笑)、正直に言えば、最初は情報収集のために入ったようなものです。開業から3年間はTKCシステムも全然使っていませんでした。「巡回監査」はしていましたが、他社システム利用ですからお客さまは勝手に遡及訂正してしまう。だから結局、決算のときに元帳を全部プリントアウトして、1年分を丸々見る。決算修正もすごく多かったです。当時は私も拡大重視で、事務作業の量と手間がかなり多く、従業員にも相当苦労をかけていました。
そうしたら、当然ではありますが従業員は順番に辞めていき、3年後には全員入れ替わってしまったんですね。基盤のない拡大ほど悪いものはないなと痛感して、4年目からTKCシステムへの完全移行をスタートしました。そこから本当の意味での巡回監査ができるようになって、作業時間も残業も減りました。従業員の成長にも繋がったのがうれしいですね。今では黒字企業割合を大事にしていて、約7割まできました。今後の目標は8割を超えたいです。
高田 私は2代目で、先代はTKC四国会会長も務めていたのでほぼTKCオンリーの事務所です。平成5年9月に先代の事務所に入り、平成7年に税理士登録してⅢ型でTKCに入会しました。先代から言われて入会した、というのが正直なところです(笑)。
でも、それから2年後の平成9年1月、先代が突然亡くなってしまいました。「ちょっと調子悪いから病院行ってくるわ」と言って出かけてそのまま帰ってこなかったような形で、きちんとした引き継ぎもできずに承継したのですが、幸か不幸か、事務所は普通に回っていったんですよね。承継後に職員が辞めてしまうということもなく、職員たちは皆自分の持ち場をきっちりこなす。だから特段問題があると思っていなかったんですが、承継後に事務所見学会に行かせてもらったり仲間と一緒に勉強会をしたりしているうちに、「このままだと、まずい」と思うようになりました。そこから、自計化の推進や継続MASなどにも徐々に取り組むようになりました。
加藤 事務所は順調に回っていたのに、なぜ事務所改革をしようと?
高田 結局、今までと同じ業務をこなしているだけだと、関与先からすれば「何もしてくれない」という不満につながりかねないと思ったんです。世の中はどんどん変わっていますから、同じことをしているだけではダメだと。
運が良かったのが、四国会システム委員長を務めていたときに中堅企業自計化推進プロジェクトが発足して、FX4クラウド推進の機運が高まったことです。それと、その後に中小企業支援委員長のお役目をいただいたら、今度は7000プロジェクトと早期経営改善計画策定支援がスタートしたこと。いずれも立場上やらないといけないので事務所を挙げて必死に取り組んだのですが(笑)、これが事務所経営にとっては非常にプラスになりました。新しいシステム・サービスの提供や新しい取り組みがスタートしたら、とにかくお客さまに提案しようという雰囲気ができて、徐々に提案型の事務所へと変わってきた実感があります。
第2ステージを振り返って
関与先・金融機関に対して「書面添付の意義」の発信に力を注いだ
加藤 第2ステージは、「運動方針1」として①中小会計要領②書面添付③自計化が、「運動方針2」として①TKCモニタリング情報サービス推進、②早期経営改善計画策定支援の実践等──が掲げられていました。皆さんはこれらの運動方針をどのように事務所に取り入れましたか。特に力を入れた取り組みと推進のコツがあれば教えてください。
金成 私は全国会書面添付推進委員会副委員長のお役目をいただいているので、やはり書面添付には力を入れていました。ただ、もともと「全件実践」が事務所の方針なので、件数拡大というよりは記載内容の充実に力を入れていましたね。
大きな変化を実感できたのは、所内で飯塚毅全国会初代会長の著書『正規の簿記の諸原則』(森山書店)を読み込んだことです。坂本孝司全国会会長が書かれた『会計制度の解明』(中央経済社)をサブテキストにして、適時・正確な会計帳簿に基づいた書面添付の重要性とその意義について、事務所全体で理解できるようになってきたのは大きな財産ですね。最初は職員も理解に苦しんでいるようでしたが、それでも一生懸命読み込んでいたら、書面添付が大事だと理解してくれて、少しずつ自分たちなりに書き方を工夫してくれるようになりました。
もう一つ力を入れていたのが、TKCモニタリング情報サービスの推進です。当初から全関与先での利用を目標に、関与先をリストアップして毎月の巡回監査で推進状況をチェックして追いかけていました。今ではほぼ全件利用の状態です。
大江 私は自計化に力を入れましたね。第2ステージが始まる頃の自計化率は約50%でしたが、今では71.5%まで高めることができました。「新規のお客さまは例外なくTKC方式の自計化を前提にする」という顧問契約ルールに切り替え、ご納得いただけないお客さまは全部お断りすることにしました。「入口」を徹底したのがよかったんだと思います。
中小会計要領と書面添付は元々実践率が約9割だったので、質の強化にこだわりました。特に書面添付は、巡回監査の延長として、会計に関する項目を徹底的に書くというルールにしました。
高田勝人会員
高田 中小会計要領と書面添付はある程度数は出していたので、第2ステージでは外部への発信を意識していました。
というのも、古いお客さまでずっと昔から書面添付をしているお客さまは、お互いに代も替わって書面添付の意義をきちんと伝えていないことに気づいたんです。それで「TKC経営支援セミナー」で書面添付を説明する時間を設け、「書面添付連続提出表敬状」の贈呈もしました。金融機関との交流会や勉強会でも、意識して書面添付の話をするようにしています。これは第3ステージ以降も続けたいと思っています。
TKCモニタリング情報サービスの推進にも力を入れていましたが、それも「外部への発信」を意識していたから。TKCモニタリング情報サービスで提供する試算表・決算書は、TKC会員による月次巡回監査を受けたものであり、税務署に提出した書面添付と同じものが提供されている──つまり正確で適正なデータのみ提供しているという事実を、もっと周知していきたいという思いがありました。「TKCモニタリング情報サービスで来ない決算書は怪しい」と金融機関が思ってくれるくらいの状況が理想なので、これからも積極的に推進していきたいと考えています。
毎年少しずつ記載内容を増やし充実した書面を目指していけばいい
コーディネーター/
加藤恵一郎戦略特別委員長
加藤 お三方とも、数よりも質の追求に入っている段階ということですね。皆さんが力を入れていた書面添付はその重要性がますます高まっていますが、「記載内容の充実が難しい」との声をよく聞きます。ポイントは何でしょうか。
金成 毎年少しずつ記載内容を増やしていけばいいと思います。いっぺんにやろうとすると職員も腰が引けてしまうので。うちも最初は1行でした(笑)。
大江 私も9月に行われた「首都圏7地域会書面添付フォーラム」で講師を務め、初期の頃の恥ずかしい添付書面を公開しましたが(笑)、最初から完璧でなくていいんですよね。
私の場合、件数をゴールにすると職員がしんどいと思うので、書面添付の「その先」を意識して伝えるようにしました。例えば、「意見聴取の結果調査が省略されたら、お客さまは喜んでくれるよ」とか、「お客さまがお金に困ったとき、保証なしか、優遇利率で融資が受けられるようになるよ」とか。実際に、「意見聴取結果についてのお知らせ」を頂けたときは、お客さまはすごく喜んでくれますし、事務所に対する信頼もかなり厚くなります。そういう経験をすると職員のモチベーションも上がっていきますので、書面添付実践のインセンティブを職員に伝えるよう心掛けています。
加藤 最初から100点満点を目指さないのは大事ですよね。うちの事務所も、前年と比べて1項目でも多く書こう、という方針にしていました。税務署や金融機関が一番見たいのは、前年対比や業界平均と比べたときの数字の特徴なので、そのあたりを重点的に書くように指示していましたね。そうやって3年くらい経つと、自然と中身が充実してきます。ですから今は、4枚目の「※追加記載する事項」に達している、できるだけ情報量が多い書面を「良い書面」として位置付けています。
ただ新入会員をはじめ、これから始めようという方もたくさんいらっしゃいます。書面添付が実践できる事務所を作るには何からスタートすればよいか、皆さんからヒントをいただけますか。
金成 自分の経験から言えば、やっぱり自計化だと思います。ただし一気に推進するのではなく、マラソンのように少しずつ一定のテンポでの推進をお勧めします。自計化から始めて巡回監査体制を作るのが、時間はかかっても結果的にうまくいく近道だと思います。
大江 私もやっぱり自計化と巡回監査が入口ですね。入口でこけたら全部こけますから。「とりあえず他社システム利用で顧問を受けて、次の決算が終わったら移行しよう」と思っていると結局いつまで経っても巡回監査体制はできませんし、その後の書面添付も難しくなります。
高田 私も自計化と巡回監査が事務所づくりの基本になると思います。その上で、継続MAS、書面添付、中小会計要領の順番に全部やる。何か一つに取り組んでいるときは、全体が見えないと思うんですね。でも巡回監査ができて、自計化ができて継続MASで予算が見られるようになったら、だんだん業務に厚みが出てくるんです。それに書面添付と中小会計要領の全てがそろったとき、いつの間にかTKCビジネスモデルの事務所に近づけていることを実感できると思います。ですからまずは、一つひとつの業務に一生懸命取り組んでいただければいいのかなと思います。
金融機関との連携
金融機関向け勉強会をきっかけに経営者保証免除の動きが出始めた
加藤 TKC全国会では金融機関との連携を重視した運動を展開してきましたが、皆さんの事務所における金融機関との連携状況はいかがでしょうか。
大江 今回初めて「TKC経営支援セミナー2018」を地元金融機関向けに開催しました。4行の地銀・信金さんの行員さんを対象に、事業承継だけでなく、書面添付やTKCモニタリング情報サービスを知ってもらいたいと思い企画したのですが、悲しいことに書面添付やTKCモニタリング情報サービスはほとんど浸透していませんでした。例えば、地元地域会から「A銀行全体で400件」のTKCモニタリング情報サービスの実績があっても、50支店あれば1支店で平均8件。この程度ではまだまだ認知されないので、今後もさらに実績を積み上げないといけませんね。
埼玉りそな銀行やふくおかフィナンシャルグループが、TKCモニタリング情報サービス利用法人に対して、書面添付をカギにした融資商品を出されましたね。それと商工中金からも「対話型当座貸越(無保証)」がリリースされました。もし金融機関が無保証や当座貸越で融資してくれれば、当然、貸した側の銀行はその企業のことをもっと知りたくなるはず。そう考えて、四半期業績検討会には金融機関担当者を必ずお呼びしています。
高田 地元の伊予銀行壬生川支店とは半年に1回必ず勉強会を開くことにしていて、今年7年目に入りました。第二地銀の愛媛銀行と信用保証協会は不定期ですが、お互いタイミングが合ったときに開催しています。日本公庫とは年に1回の交流会を続けています。
私の地域は、一つの支店でお客さまの何割かはカバーされるという恵まれた環境で、日頃からの密なお付き合いもあり7000プロジェクトや早期経営改善計画策定支援は、ものすごくスムーズでした。事務所と金融機関担当者とで計画が必要な企業について相談して、両者で経営者を説得していたくらいです。
「経営者保証に関するガイドライン」(GL)に関しても大きなメリットを実感しました。最近、TKCモニタリング情報サービス利用・書面添付実践・財務状況良好の企業であれば、GLに基づいて経営者保証を外してくれる事例も出てきたんです。これは金融機関向けにGLに関する勉強会をした上で支店長に提案したところ、実践していただけました。
この事例からも、TKCモニタリング情報サービスはGLの要件の一つである「適切な開示」のためのインフラとして推進の必要性を痛感しました。TKCモニタリング情報サービス利用を前提に、黒字決算・書面添付・GLの活用によって資金提供の形をつくる。これが関与先・金融機関・会計事務所三者協働のビジネスモデルになると思っています。
書面添付の意義を理解してもらうため金融機関に税理士法46条(懲戒規定)を説明
加藤 金融機関は人事異動もありますから、「伝える努力」を続けることはとても重要ですよね。金成先生はいかがですか。
金成 多摩信用金庫府中支店と西武信用金庫府中支店との間では、年に1回交流会をしています。うちの職員全員と金融機関の営業担当者が参加していて、もう7年くらいになります。続けていると行員さんと巡回監査担当者の連携が密になりますから、特段何か指示をしなくても「社長と一緒に銀行に行って、融資の打ち合わせをしてきました」という報告が上がってくるようになっています。
もう一つ、多摩信用金庫との連携事例としては、「志創業塾」をもう13年続けています。これは多摩市と多摩大学も参加する産学官連携の取り組みで、私は塾長を務めています。最近、かつて塾生だった人たちが「書面添付と自計化をしたい」と、うちの事務所に来られるパターンが多くなっています。もちろんお取引金融機関は多摩信用金庫。お互いの連携関係の賜物だと実感しています。
交流会を続ける中で最近思うのは、金融機関の支店長さん・副支店長さん・行員さんにも、税理士法をご理解いただくほうがいいような気がしていて。というのは、「志創業塾」で書面添付と中小会計要領の話をしたとき、金融機関が一番反応するのは税理士法第46条(一般の懲戒)なんです。「税理士法第33条の2にいう添付書面に虚偽記載をしたときは、懲戒処分されます」と説明すると、「そんなに厳格な制度なんですか」と驚きをもって評価いただけます。金融機関にとっては、書面添付が税理士の職業人生をかけて真実性を担保しているということが一番のツボのようです。これまでのアピール不足を反省しましたが、もっと税理士法と絡めた説明もしていきたいですね。
職員教育
年代・感性が近い職員が「指導役」になり研修カリキュラムを作成する
加藤 運動方針の推進には、職員さんたちが要です。職員教育や巡回監査士の育成についてはどうされていますか。
大江 TKCの研修を活用しています。新人研修はもちろん、巡回監査士補研修や現場力養成講座等にも積極的に行ってもらっています。従業員自らカリキュラムを見て積極的に行ってくれるようになって、この第2ステージでは巡回監査士が6名増えました。TKCの職員研修は実務に役立つスキルはもちろん、「何のために」というところまで含めた考え方や理念も学べます。研修に行ってもらうと勝手に成長して帰ってきてくれるので(笑)、本当にありがたいですね。
高田 外部研修も行ってもらっていますが、TKCのカリキュラムに沿った研修を受けていれば全体的な業務の流れを理解しやすいので、オンデマンド研修も含め、TKCの職員研修を一番活用しています。第2ステージでは、新たに巡回監査士が4人増えました。巡回監査士補も「3年以内の取得」が基本ですが、皆2年くらいで合格してくれます。
新入社員は何が必要な研修かを自分で選べないので、必ず指導役を決めて、その指導役が研修カリキュラムを組んでいます。最近は、5~6年前に入った職員に指導役をしてもらっていますが、これが意外といい。年代も感性も近いので、お互いにやりやすいようです。
金成 私は人の問題でものすごい苦労をした経験があるので、その観点から言いたいのは、「減点主義から加点主義へ」と所長の見方を変えたほうがいいということ。税理士は減点主義をとりがちですが、ゼロから一つずつ積み上げて加点していくほうがいいと思うんです。
もう一つ、私は人は育てるものではなく育つものだと思っていて、「教育」という言葉に違和感を抱いているんですよ。「教えて育てる」より、「育つように支援する」のほうがいい。というのは、今は募集してもなかなか人が集まりません。会計事務所業界の経験者や科目合格者の採用も難しい時代ですから、まっさらな新卒か、業界未経験者を採るしかない。そうすると、どうしてもできることには限りがあります。そういう「まっさら」な職員が自然と「育つ」環境を整えて支援するのが所長の仕事、と考えたほうが、結果的にうまくいくと考えています。
加藤 それは「包摂する」という考え方と共通しますね。育つのをじっくり待つ。所長には忍耐が求められますね。
10年後の会計事務所の役割
AIにはできない保証業務と経営助言業務 経営助言業務では「共感」がキーワード
加藤 10年後にも税理士業界が勝ち残るためには、何が必要だと思われますか。「AIが税理士の仕事を奪う」などと盛んに言われてもいますが、そこも含めて皆さんのご意見をお聞かせください。
高田 正直に言えば、私はAIが我々の仕事を奪うとは考えていません。30年ほど前、「コンピューターが人の仕事を奪う」と言われていましたが、実際は、そんなことは起こりませんでした。それと一緒で結局使うのは人ですから、AIをどう使うかを考えていくほうが、大きなチャンスになると思っています。
今後社会が成熟していくと、正しいものしか認められない時代になっていくのではないでしょうか。製造業をはじめ、あらゆる業界で昔よりも品質管理の問題が問われるようになってきていますよね。きっと決算書の品質に関しても同じ流れになっていくと思うので、TKC全国会が力を入れている四大業務で言えば、これからは保証業務がクローズアップされる時代になるはずです。
金成 私も保証業務はかなり大事になると思います。10年後を想像してみると、ほとんどキャッシュレスで決済が済むため紙の領収書はなくなり、バウチャー類も全部電子化されて仕訳も自動で切られる──という世の中になっているはず。そうすると、その仕訳データの正規性を保証する書面添付と、それを実践する税理士の存在価値が高まると思います。
もう一つ、税理士が行う経営助言業務も社会から大きく期待されることになると思います。挑戦して間違えるのは人間の特権。機械にはできません。言い換えれば、PDCAサイクルを回して業務改善していくことは人間にしかできない仕事です。それに我々税理士は、社長さんに寄り添って経営課題を一緒に考えることができる。いわばメンタルカウンセラー兼コンサルタントの役割も担えるわけですが、そこには「共感」が必要で、AIにはできないこと。そういう仕事をしていくためにも、心の鍛錬がより必要とされるのではないでしょうか。
経営支援の担い手になれるか否かで税理士業の将来は決まるはず
大江 10年先に間違いなく見えていることは、人口減少が加速して中小企業の数も減っているであろうということ。地域格差もあるでしょうが、就業人口も相当減るのは間違いありません。その中で、ビッグデータ解析や画像認証などAIの強みを活用できれば、事務作業の効率化が図れると私は期待しています。むしろAIの進展は大歓迎です。
10年後を考えたとき、キーになるのは経営計画だと考えています。創業期には創業計画、安定期には事業改善計画、そして事業承継期には事業承継計画──と、企業には成長のステージに応じた計画が必ず必要ですし、なおかつ計画は作りっぱなしでは意味がありません。それこそ、継続MASを活用して経営計画策定を支援し、そして巡回監査で経営助言を行ってPDCAサイクルをきっちり回していくという、TKCビジネスモデルの付加価値は高まっていくはずです。
近年、認定支援機関の活躍の幅が広がっていますが、基本的にはすべて経営計画が必要な制度設計になっていますよね。7000プロジェクトも早期経営改善計画策定支援も、特例事業承継税制もそう。その他の優遇税制も、計画ありきで受けられるものが多い。今後も、正しい会計をベースにした経営計画がより一層求められていくはずで、認定支援機関としての役割が発揮できる場面がたくさんある経営助言業務は、より必要とされる時代が来ると考えています。
高田 大江先生が言われたように、認定支援機関の業務は大事だと思います。10年後、経営支援の担い手になれるかどうかで税理士業は決まるはず。ですから、今からきちんとローカルベンチマークを活用することが必要です。関与先をしっかり理解するためのツールがロカベンですから、ロカベンを入り口として、企業のライフステージに応じた経営支援を行う。そして経営の「見える化」と「磨き上げ」の支援をきっちりできる体制を整えておくことが大事だと思います。
加藤 皆さん方と全く同感で、私も人間にしかできない仕事をする時間を確保するために、AIを活用するべきだと思います。今、TKC全国会では「自計化を前提とした巡回監査手法の研究プロジェクト」が立ち上がっていて、巡回監査の質を落とさずに効率化できる仕組みについて議論を深めているところです。巡回監査は非常に重要な業務である一方、会計事務所が莫大な時間を投下している業務でもあります。個人的には、データ収集・解析などAIの得意とする技術はどんどん取り入れて、作業的なルーティンワークは極力自動化できればよいと考えています。そうして空いた時間を保証業務や経営助言業務に充てることができれば、会計事務所の付加価値もより高まっていくはずですから。
向こう3年間の事務所経営戦略
第3ステージの3年間で事務所の基礎を見つめ直していく
加藤 それでは最後に、第3ステージの3年間はどのような事務所経営をしていきたいか、皆さんの思いと決意を存分にお話しいただけますか。
高田 第3ステージは書面添付、特に記載内容の充実に力を入れていきたいと考えています。先日、愛媛支部書面添付委員長の曽我孝志先生の出前研修を受けて、①巡回監査支援システムの徹底活用、②記載内容のパターン作成、③職員同士の相互チェック、④決算の早期化──の方針を打ち立て、早速実行しています。
また「経営者保証に関するガイドライン」の話が活発になっている中で、同ガイドラインが求める「外部専門家の検証」は、法的な裏付けがある税理士による書面添付が最も適切ではないかと感じています。今まで税務署を意識していた書面添付が、金融機関に対しても良いアピール材料になるということが分かったので、書面添付の力をもっと発揮させたい。TKCモニタリング情報サービスの利用が進めば、書面添付が金融機関本部の方の目に触れる機会も多くなりますので、ここもしっかり推進していきたいと考えています。同時に、巡回監査によって「会計で会社を強くする」我々TKC会計人のビジネスモデルを、より一層追求していきます。
金成 事務所の経営理念は「あなたの心のパートナー」です。それから「共感に基づいた伴走型支援」を事務所の強みとしているのですが、その土台がまだ弱い。自計化は8割ですから改善の余地がありますし、企業防衛もリスマネも伸びしろは残されています。その意味では、この第3ステージは事務所の基礎を強化していく3年間だと思っています。
「社会問題を解決するのが会計事務所だ」との思いで今まで走ってきました。最近、『TKC会計人の行動基準書』にこそ私の求める事務所の理想像が記されていることをあらためて認識しました。まさに成功のバイブルだと腹落ちしたので、『行動基準書』に基づいた事務所づくりを突き詰めていきたいと考えています。
大江 第3ステージでは、他の先生方のモデルになれるような事務所づくりが目標です。ただ、自計化率が71%と低く、企業防衛もリスマネもまだまだ。それから経営助言業務が脚光を浴びるときに備えて、継続MASをもっと強化していきたい。全てが90%超えの「オールTKC事務所」になったその先に、地域社会にとってなくてはならない事務所になれるのではないかと信じています。
すごく私が期待しているのは、第3ステージの最中(2020年)に提供予定のクラウド型次世代自計化システムです。販売・給与・会計もワンパッケージのERPシステムとして開発されていると聞いていますので、楽しみにしています。今回の次世代自計化システムには遅れないようにしたいですね(笑)。
加藤 皆さん、経験に基づく貴重なお話をありがとうございました。これからの10年を見据えた事務所経営に役立つヒントをたくさんお話しいただきました。いただいたお話を糧に、「社会の納得」を得られるよう共に頑張りましょう!
(構成/TKC出版 篠原いづみ)
(会報『TKC』平成31年1月号より転載)