事務所経営
「全員経営」で関与先に感動と情熱を提供していく
清末会計事務所 清末和弘(九州会大分支部)
清末和弘会員
今年開業4年目を迎えた清末和弘会員は、開業直後に掲げた目標「5年以内に関与先件数百件、10年以内に職員数十名」という事務所体制構築のため、現在、関与先拡大と所内体制の整備、業務品質の向上に邁進している。清末会員は所長・職員が一体となった「全員経営」で、「もっともっと、挑戦し続ける事務所でありたい」と意気込む。
書面添付は「質」を重視
支援システム+独自の文例集で内容充実
──まず、税理士を志したきっかけを教えてください。
清末 私は国東市の出身で、実家はイチゴ農家です。小さい頃から、毎年確定申告の時期になると領収書の山の前でアタフタと青色申告に追われる両親の姿を見てきました。「慣れない仕事で大変そうだな」と子どもながらに感じたことを覚えています。大学3年生になって、就職活動の時期にさしかかると一会社員として一生を終えることに対して漠然とした不安を抱くようになりました。常に父親から「何か資格を取れ」と言われて育ってきたこともあって、税理士を目指すことを決めました。
そして大学卒業後に会計事務所業界に飛び込み、資格勉強を続け、紆余曲折ありましたが(笑)、なんとか税理士資格を取得しました。独立前、勤務税理士として働いていた職場が税理士法人大分綜合会計事務所(代表:蔵前達郎会員)で、ここでTKCと出会い、TKC会計人としての道を歩むきっかけとなりました。これは私にとって本当に幸いだったと思います。
独立前には新規開業への恐怖心を払拭したくて四国八十八箇所めぐりのツアーに参加したこともありました。60代の方からは、「若いのにお遍路さんに来るなんて、よっぽど悪いことしたんか、あんた」なんて言われましたが(笑)。でも全部回りきったら気持ちが落ち着いて、「やるしかない」という覚悟が定まりました。そして平成21年1月に独立開業、同年3月に巨額の借入をして(笑)、現在の事務所を建てました。現在開業後丸3年経ち、4年目を迎えたところです。
──「TKCニューメンバーズフォーラム2011」の重点活動テーマ・ニューメンバーズ部門表彰で、書面添付純増件数第1位に輝かれていますね。純増件数拡大の背景は何でしょうか。
ピンク色の看板(左端)が目印の清末会計事務所。
事務所は2階にあり、明るい光が降り注ぐ。
清末 書面添付は、大分綜合会計事務所では標準業務でしたから、独立してからも関与先完全防衛のための法的手段、という認識で積極的に実践しています。やっぱり税務署、金融機関に向けて質の良い申告書、決算書を提供していきたいという思いは強い。それに、事務所がきちんと法令に準拠して処理していることの証しにもなります。
ただ、現在は中途半端な書面は添付できない時代ですから、当事務所では「とりあえず出そう」ではなく、質を求める段階に来ています。私が職員時代に書いていた書面と比較しても、より充実した内容になっている実感があります。
──質向上の決め手は?
清末 ProFITの「添付書面文例データベース」の活用はもちろんですが、より内容を吟味した文例集を独自に作って、所内サーバーに保存して活用するようにしています。添付書面はすべて職員が作成していますが、私が添削してより良い内容に仕上げるような流れです。
「立上管理表」「顧客カルテ」で情報管理
翌月巡回監査率は100%!
清末 ただ、原点はやはり巡回監査にあります。チェックしなければいけない事項は巡回監査支援システムにすべて入っていますから、重視しているのはどれだけ関与先とコミュニケーションを取って、密度の濃い情報をどれだけ集められるか。FX2の借方・貸方の金額ばかり見ていても何も生まれてこないですからね。
──翌月巡回監査率は100%とうかがいました。巡回監査体制の確立はどのようにされたのですか。
清末 新規のお客様の場合、関与前に必ず「当事務所は記帳代行をしません」と事務所のスタンスを明確にし、「顧問料は安くてもいいので必ずFX2を入れてください。自社の伝票はご自身で入力しましょう」と自計化を強く働きかけます。その上で「毎月の巡回監査で経営をサポートします。一緒に金融機関から信頼を勝ち取りましょう」とお話ししています。
巡回監査を軌道に乗せるには最初が肝心ですから、立ち上げ・初期経理指導の時期は特に重視します。そこで当事務所では、オリジナルの「業務立上管理表」を作ってFX2やPX2等のシステム立ち上げの進捗状況をチェックし、並行して「お客様に指導するスタイル」を確立するようにしています。
ただ、私はいま巡回監査担当先を一件も持っていません。すべて職員に回ってもらっていますが、きちんと関与先の情報を把握しておかないと、例えば「家内には言わないでね」と社長から言われていたこと、あるいは奥様から「主人には言わないでね」と相談を受けていたことをどこかでぽろっと言ってしまうことがあるかもしれない。
これは信頼関係にもかかわりますから、所内の情報共有のために、OMS内とは別で「顧客カルテ」を作成するようにしています。内容は社長の性格や家族構成、趣味、悩みなどで、経営の範囲を超えるものがほとんど。この「顧客カルテ」の作成も、「業務立上管理表」の項目に入れて全社管理しています。
「先生業」をやめて「サービス業」へ「おもてなし」の精神を前面にPR
──HPを拝見すると、「おもてなし」「ホスピタリティ」という言葉がよく登場しています。こうしたお考えの根幹にあるものは何ですか?
応接室のテーブルの上に用意されている
ドリンクメニュー。来訪者はホット・アイス
8種の飲み物から自由に選べる。
清末 もともと人が好きで、「こうしたら喜ぶやろうな」ということを考えるのがすごく楽しいんです。人を感動させたい、今まで見えなかった部分を見させてあげたいという気持ちは強いですね。
ただ直接のきっかけは、ある関与先から「普通はお金を払っている人がお中元やお歳暮をもらうのに、税理士の先生はもらってばかり。税理士業界って変ですね」と言われたことですね。私も17年くらいこの業界にいて気づかなかったのですが、例えば決算後の食事会ではお客様に払ってもらうことが当然になっていた。「税理士は『先生業』なんだ」と気づいて、「『先生』と言われているうちに舞い上がってはいないか」と反省したんです。
だからこそ、「先生業」をやめて「サービス業」を前面に打ち出せば、差別化が図れるのではないかと考えました。今では金融機関の方や関与先との食事会、冠婚葬祭の出費は惜しみません。仕事関係はもちろんですが、社長のお子さんの学校卒業祝い、社長の奥様の誕生日などにも必ずお花を贈っています。交際費は年間数百万円使っていますね(笑)。
また、「お手本になれる事務所」を目指しているので、「おもてなし」にはこだわっています。例えばちょっとしたことですが、応接室には来所されたお客様が好きなお飲物を選べるよう、ドリンクメニューを置いています。そしてお客様が帰られる時は、私と担当者は必ず事務所の外までお見送りをし、お客様の姿が見えなくなるまでお辞儀をする。お客様はもちろん、通りがかりの人にも「清末会計は違うね」と思ってもらいたいからです。
もう一つ、名刺交換させていただいた方には極力、手書きのはがきを送っています。所長代理を任せている女性が書道八段なので、来客があったらすかさず、はがきを書くようにしてもらっています。
──今はメールの時代ですから、かえって手書きのお葉書は胸に響きますね。
清末 そうですね。こうした心がけは、特に新しく替わってこられたお客様にとっては、今までお付き合いしていた顧問税理士との違いを感じていただきやすいようです。よく「親しみやすい事務所だね」と言ってくださいますし、おかげでお客様からのご紹介もいただけています。
職員が定着しない苦悩の時期が続き「職員教育=事務所成長」と気づけた
──業務品質向上や差別化戦略のお話をうかがっていると、これまでの事務所経営は順風満帆でこられたようですね。
清末 いえ、いまだ苦悩の連続です(笑)。特に開業直後は毎日のように、深夜まで電卓をたたいて資金繰りや今後の経営についてどうしようかと悩んでいました。私のような新興事務所にとっては関与先拡大が最大のネックですが、純増件数も1年目22件、2年目18件と順調に推移していたのに、3年目の昨年は5件に留まってしまったのです。
──それはなぜでしょうか?
清末 職員の入れ替わりが激しくて、「外向き」になれなかったんです。入っては数ヶ月も経たないうちに辞めていく。この繰り返しでした。
私に問題があったんです。急激に関与先が増えたことで私が巡回監査に回りきれなくなってしまって。慌てて職員を採用しても、教える暇がないまま入所1ヶ月ほどで現場に行かせる。当然大事な電話は担当職員ではなく私宛にかかってきて「先生はいつ来てくれるの?」と言われてしまう状況がずっと続いて、「先生が来てくれないならいいわ」と解約されることも実は結構多かったのです。そのくせ自分の思うようにいかないと職員に当たってしまったり、クレームが出たらその後の対応を職員に丸投げしてしまったり。
私は「中途半端はゼロに等しい」と思っていて、職員にも完璧を求めてかなり厳しいこともガンガン言っていたのですが、今の若い人たちはついてこないのですよね。中途で私より年上の人を採用したこともありますが、TKCシステムになじめなかったり、旧態依然の会計事務所像を引きずっていたり。自分の目指す方向性を理解してもらえず、なかなか定着してもらえませんでした。
でも昨年の中頃から自分の事務所経営のあり方を見つめ直して、「すべての責任は所長の私にあるんだ」と思うようになってから、「職員を育てないと事務所も成長しない」ということにようやく気づいたのです。
今では頭ごなしに叱るのではなく、ぐっとこらえて(笑)、言うのは100のうち5だけにしようと。95は自分の中で消化しようと心がけています。そして「全責任は所長にある。とにかく現場で行動しよう」という方針にして、職員が行動を起こしたら、それが例え大きな「空振り三振」であっても行動を起こしたことに対してとにかくほめる。その上で、「次はどうしたら球に当たるか」を一緒に考えるようにしています。
──事務所経営でいま大事にされていることはどんなことですか。
清末 お客様を大事にするのはもちろんですが、職場でもホスピタリティを持って接することですね。職員には、人に助けられて初めて良い仕事ができるということを事あるごとに伝えています。私も経営者として未熟ですし職員も豊富なキャリアがあるわけでもない。一本一本の線は細いけれども、4本集まれば太い一本の線になる。その上で皆同じベクトルを向けば何でもできるはずだというのが今の私の考え方です。理想はいわば交響楽団のようなかたち。皆が一緒になれば一人の時とは違う、厚みのある音色を奏でることができますよね。
こうした考え方を基本に据えてから、事務所が変わってきました。職員も定着してくれて、やっと事務所の基盤が安定してきたのです。今年からようやく外向けに、関与先拡大のための集客セミナー開催もできるかなと思っています。
8つの所内委員会を立ち上げ「週1会議」でマニュアル整備
──現在ではどんな点を重視して職員さんへの教育をされていますか?
清末 コミュニケーション能力の向上と、バランスの取れた人格形成ですね。
いくら簿記や税法の知識があっても、コミュニケーション能力が乏しければ関与先との信頼関係を築くのは難しいですし、何より重宝がられません。もしかしたらたった一言の言葉で解約されてしまうリスクもあります。お客様への説得能力と営業能力。これは必須のスキルだと思っています。それに地方では町医者のように、耳鼻科に内科の症状で診断に来る人も、「歯が痛い」と言って来る人もいます。専門特化した事務所をPRするよりも、親しみやすさや間口を広げることの方が今の当事務所には大事だと思っています。だからこそ、オールラウンドにふるまえる、バランス感覚を備えた職員になってもらいたい。
ですから研修は重視していて、福岡や熊本、大阪、東京も含めて場所を問わず行ってもらっています。内容は医会研やコーチングなどさまざま。それからよっぽどでない限り、精神を鍛えるために福岡で開かれる坐禅会や「原点の会」にも職員と一緒に参加しています。飯塚毅先生の事務所を承継された関口明先生(関東信越会)の事務所見学会で、事務所の4階に設えてある広い畳部屋で毎週月曜日の朝7時から皆で坐禅を組むというお話を聞いて、影響を受けて(笑)。坐禅会に参加するようになってから、皆以前と比べて精神的にタフになりました。
また業務品質の向上と標準化のため所内に8つの委員会をつくり、各自2つ以上の委員会を担当してもらっています(上図)。そして週に1回開催している「週1会議」で業務マニュアルやチェックリストの作成、顧客満足度を高めるための行動や所内体制の整備について議論しています。以前からマニュアルはありましたが、それは私のためのマニュアルでした。今は当事者である職員が一番使いやすいものにしようと、数十個あるマニュアルを年内いっぱいをめどに改訂しているところです。私はあくまでオブザーバーで、事務所の方向性と合わない部分についてだけ口を出すようにしています。
──「コミュニケーション委員会」とは何でしょうか?
清末 所内の食事会や温泉など、月1回のレクリエーションを企画する委員会です。でも月1回というより、しょっちゅう行っていて(笑)。卓球したりバドミントンしたりすることもあります。
──部活みたいですね(笑)。
清末 青春していますよ(笑)。残業は多い方ですが、行事がある日は17時半でぱっと終わらせて行きます。去年は皆で沖縄にも行きました。仕事も大事ですが、仕事以外の部分でも楽しさを提供できる事務所にしたい。皆の喜ぶ顔を見るのが嬉しいんですよ。職員の誕生日にはケーキと誕生日プレゼントを用意して皆でお祝いもしますしね。
──職員さんの定着化や、モチベーションアップにもつながりそうですね。
清末 はい。もう一つ、モチベーションアップといえば給与体系を今年全面的に改訂しました。能力主義の面を採用し、職務段階や業務内容に応じた金額の査定を月次の給与でも行うようにしたのです。最低限の賃金はもちろん保障しますが、委員会活動の委員会手当や、巡回監査や決算の早期化手当など、頑張った人にはインセンティブをつける。皆、今までよりもさらに頑張ってくれているので、今後が楽しみです。
「もっともっと」を合言葉に挑戦し続けられる事務所でありたい
──今後のビジョンを語ってください。
清末 中期的には、開業時に掲げた目標「5年以内に関与先件数百件、10年以内に職員数十名」を達成すること。長期的には、信頼できるTKC会員の方と税理士法人をつくることです。もう、1人で戦えるご時世ではありませんから。
4年目の今年の目標は、月次巡回監査先60件で、残り16件です。今まではすべて私が営業していましたが、今年初めて職員にも新規獲得のノルマを課しました。1人3件、少ない人で1件。皆着実に結果を残してくれています。私のノルマがあと8件で、今年の目標を達成すると法人・個人あわせて75件ほどになりますので、このペースでいけば来年末には目標の100件は達成できる。何が何でも絶対に達成したいですね。
──関与先件数へのこだわりはどこからでしょう。
清末会計事務所の経営理念
清末 既存関与先を大事にするというモチベーションは変わりません。ただこういう不景気の時代には、事務所保全のための安定化がどうしても求められます。関与先10件のうち1件減るのと、100件のうち1件減るのとでは事務所のリスクが全然違いますから。これは職員を守るためにも、所長の私がどうしてもこだわらなければいけない部分だと思っています。その未来像に向けて、今年、経営理念も見直しました。挑戦する事務所であり続けたい。もっともっと良いサービスを提供していきたいという思いを込めて、「もっと、もっと…!!」を冒頭に掲げました。
正直言うと、開業後思うような事務所経営ができずに「全部投げ出してやめてしまいたい」と思ったこともあります。ちょうどその時期に、飯塚毅先生のDVDで「困難よ来たれ、困難よ来たれ、困難は我が克服するためにある」という言葉に出会って、ぼろぼろ泣きました。「こう考えたら楽だな」と思って、救われた一言なんです。それ以降、困難を楽しむというか、困難の先に何が待っているんだろうと思えるようになりました。
今は苦しくても、いつか良い時が絶対に来る。「困難よ来たれ」を胸に、もっと地域社会に貢献できるような会計事務所を、職員と一緒につくり上げていきたいと思っています。
職員のみなさん。清末会員の左へ、所長代理を務める松尾直美さん、佐藤さん。
右へ奥田さん。「年末までには、先行投資でもう1人採用したい」とも(清末会員)。
(TKC出版 篠原いづみ)
平成20年12月TKC入会、翌21年1月独立開業。職員数3名、関与先件数52件(うち月次関与先44件※平成24年4月末現在)。関与先は多様で、大分県一円に及ぶ。巡回監査率は100%。座右の銘は「俺が俺がの我を捨ててお陰お陰の下で生きる」。41歳。
清末会計事務所
住所:大分県別府市石垣東6-1-13
電話:0977-23-3175
(会報『TKC』平成24年6月号より転載)