事務所経営

「書面添付」の実践は、会計事務所にとって1年間の集大成

目次
清水智文税理士事務所 清水智文会員

清水智文会員

2013年5月に福岡県福岡市で開業した清水智文会員。開業翌年から書面添付の実践を意識し始め、実践件数は2016年の6件から2024年は29件と、着実に件数を伸ばしている。また、書面添付はもとより、FXクラウドシリーズへの移行や「月次決算速報サービス」の活用にも意欲的だ。九州会の三浦貴海書面添付推進委員長の同席のもと、清水会員にこれまでの事務所経営全般や書面添付推進の取り組み、効果等について伺った。

「税理士という仕事がある」と指導教授が教えてくれた

──はじめに、清水先生が税理士を目指したきっかけを教えてください。

清水 実は高等学校の日本史の教師になりたいと思っていました。ただ、残念ながら志望大学には縁がなかったようで、地元福岡の大学の商学部に進学しました。学部の選択は、友人が一番多く進学するという理由だけで、無目的でしたが、大学2年生のときに商学部の必須授業である「会計学原理」を受講した際、簿記の成り立ちを学んだことで、歴史好きも講じてだんだんと簿記や会計に興味を持ちました。
 大学を卒業した1999年はバブル崩壊後の不況が続き、中小企業の倒産というニュースが新聞によく載っていました。「地元で頑張っている中小企業の倒産を防ぎ、どうにかして力になれる仕事はないのだろうか……」と考えていたところ、指導教授から「清水、税理士という仕事があるぞ」と教えていただきました。父は製薬会社の営業マン、母は専業主婦という商売とは無縁の家庭で育ちましたので、税理士という職業を深く理解して目指した訳ではありませんでした。

──その後はどのようにして、TKCに入会されたのですか。

清水 大学卒業後、北九州のTKC会員事務所で、5年間お世話になりました。新日本製鐵で栄えた土地柄で製造業や建設業を担当しました。当時からTKC北九州支部では職員勉強会が活発で、今日ここにいらっしゃる同い年の三浦貴海先生とは職員勉強会仲間としてその場で出会いました。

三浦 当時は、職員勉強会を通して職員同士が切磋琢磨できる素晴らしい環境でした。懐かしいですね。

清水 今ではTKCヘルプデスクなど質問をしやすい環境を整えていただいていますが、当時はFX2や継続MASの便利なシステム活用方法や困りごとを持ち寄り、この勉強会で解決していました。業務時間内に勉強会への参加を許していただいた当時の所長には感謝しています。
 その後、福岡市の会計事務所に5年間勤め、税理士資格を取得し2013年5月に開業、6月にTKCに入会しました。

TKC全国会の先頭集団に歯を食いしばってついていきたい

──事務所の経営理念や、顧問契約の際に心掛けていることなどについてお聞かせください。

清水 弊所の経営理念は「クライアントのハッピーライフを全力でサポートし共に成幸人生を楽しむ」で、開業当初から変えていません。
 成幸の「幸」は当て字で、顧問先皆さまの一回きりの人生が「自分が望んだ結果を手にして、それを楽しむ人生」となるような応援団として私たちがありたいと思い、考えました。
 顧問契約する際には自計化を前提とし「なんでも相談してください。ただし、脱税と粉飾決算はお断りしています」とお伝えしています。全ての顧問先さまで自計化を導入し、書面添付についても基本的には付けるように心掛けています。また、独自に作成した「My Happy Life」というシートを顧問契約時にお渡しし、事業だけではなく、家族や個人・リタイア後に望む生活費の金額・将来の夢などを書いていただき、経営者とその家族も含めてご支援できるようにしています。実は、職員にも採用面接時に書いてもらっていて、最近は「書けば書くほど願いが叶いますよ」と職員が顧問先さまに対しても伝えるようになりました。

──FXクラウドシリーズへの移行提案についてはいかがですか。

清水 移行を「提案」するというよりは「●月からクラウドシステムへ変更します」と決定事項として伝えています。決算が終了するタイミング等で順次変更してきました。会計システムについては、顧問先さまより私達の方が当然習熟していますし、職員に複数のシステムを使用させるのは非効率だと考えています。顧問先さまにとって請求書システムを変更する(e21まいスターからSX2)のは得策ではないと職員が判断した顧問先さまを除き、今は自計化の9割がFXクラウドシリーズです。2030年末にFXシリーズ(スタンドアロン版)のサポートも終了しますし、変えるなら早い方がいいとも思いました。スピードを重視する理由を職員にはこう伝えています。
 「坂本孝司会長率いるTKC全国会のトップランナーである先生方は、マラソンで例えると第一集団の先頭を走られている。私に、そこを走る能力はない。今は、ちょうど時代の変わり目で、走るペースが変化する時と考えており、第二集団以降にいるとその変化に対応するのが遅れてしまう。だから、何としても先頭のペースを感じることのできる第一集団の最後尾に歯を食いしばってついていきたい。だから、全国会から方針を新たに示していただいたときに、私達はただ素直に行動に移すのみだ」と。
 実際にFXクラウドシリーズへ移行し、証憑保存機能の導入、巡回監査機能の活用により、大幅な業務効率化を実感しています。3月末頃に職員の仕事を観察していると、3月分の会計データの事前確認を行っていました。事前確認後に、巡回監査に向かうので現場での確認業務の時間が圧倒的に減り、その分しっかりと経営助言業務に充てられるようになりました。経営者との対話の時間が増えたため、顧客満足度が高まり、顧問料の増額にもつながっています。

──「月次決算速報サービス」も積極的にご活用されているそうですね。

清水 新しいシステムや機能は、すぐに利用するようにしています。スタートラインが皆一緒で、今回は、ありがたいことに無料ですし。30件ほどの顧問先さまで利用を始め、顧問先経営者からは「売上高や限界利益、経常利益が表やグラフで分かりやすく見ることができて、数字に弱い私には大変助かります」という声もありました。弊所では顧問先さまに対し以前からマネジメントレポート(MR)設計ツールを活用して、視覚的に経営状況が分かる資料を提供していましたので、当サービスもスムーズに推進できたのだと思います。

添付書面への記載は1日スケジュールを空けて集中する

──清水先生の書面添付の取り組みについて伺います。書面添付を実践したきっかけを教えてください。

清水 書面添付に初めて取り組んだのは開業3年後でした。開業後は、「自計化」と「継続MAS」には積極的に取り組む一方で、「関与してから3年経過していない」、「忙しい」など身勝手なできない理由を並べて書面添付に取り組んでいませんでした。振り返るとお恥ずかしい限りです。その後、制度の意義を勉強するにつれ「真摯に経営と向き合っている経営者に対して、責任を持って書面添付を実践したい」と考えるようになりました。
 勤務時代は、書面添付を全くしていない事務所でしたので、1件目を提出する時は不安でした。そこで、厚かましいことを承知で、当時の支部で尊敬している先生の事務所で開催されたニューメンバーズ会員対象の勉強会に、参加資格がないのにお邪魔して、記載した添付書面を読んでいただけませんかとお願いをしました。パッと一目見られた先生から、「文字数が多くしっかり書いているようだから、とりあえず出してみたらいいよ」と背中を押していただき、最初の1件を実践できました。その後は地道に少しずつ件数を増やすことができました。ただ、未だに、書面添付の内容など、これでいいのかという思いは持ち続けていて、書面添付の勉強会へは、職員と一緒に参加するように心がけています。

──工夫されていることはありますか。

清水 添付書面の「6 その他」欄にはいつから関与しているのかと、経営者の人となりやエピソード等をしっかり書くようにしています。
 例えば、現金商売で営業終了後、どんなに夜遅くなってもその日の売上を入力し売上高グラフで予実の進捗管理をしている経営者などは、その旨を添付書面に記載しています。これは経営者自身が記帳に対して真摯だという証しですから。
 また、職員には添付書面の「3 計算し、整理した主な事項」には、必ず「売上高」、「原価」、「人件費」については計上基準・締め日・支払日・支払方法などを記載するように、と伝えています。加えて「顕著な増減事項」についてもしっかり記載するよう指導しています。
 職員も書面添付の重要性を理解してくれてきたのか、添付書面を書くために1日以上スケジュールを空けて、集中して取り組むようになってきました。最近は少し短縮して書けるようになってきましたが、職員各自の時間管理に任せています。最終的に「てにをは」も含めて、担当者が記載したものを私と他の職員で相互チェックして提出しています。

──書面添付の標準業務化に向けて、心掛けていることは何ですか。

清水 「取り組むと決めた以上は続ける」ことを念頭において、職員には推進する意義やどのような利点があるかを折に触れて話すようにしています。繰り返し伝えているのは「巡回監査で確認したことだけを書く。確認していないものを確認したなど、嘘は書かない」ということです。その結果、今では、所内で書面添付を標準業務化する入口にたどり着いたように思います。職員は添付書面に書く内容について考えた上で月次巡回監査をしており、「担当する全顧問先に書面添付を付けるつもりで指導します」と言ってくれているので、非常に頼もしいです。

──顧問先さまの反応はいかがですか。

清水 所見を読まれて、褒めていただいて嬉しいと言われたことはありますが、実際どうなのでしょうか。お尋ねをしていないから分かりませんが、ある顧問先さまでは従業員全員の前で「書面添付連続提出表敬状」をお渡しする「授与式」を行った際、「貴社は社長が真摯に経営されているよい会社なので、従業員の皆さんは幸せですね」とお伝えしたことがあります。社長は照れくさそうにしながらも、喜んでいました。
 書面添付制度は税理士だけに認められた権利であり、顧問先さまとしっかり向き合った結果であるとも考えています。そして日頃の正しい会計処理に基づいて、信頼性の高い決算書・申告書を作成している顧問先さまの真摯な姿勢や思いをしっかりと記すことでは意味があると思っています。

──書面添付をする上で選考基準などはありますか。

清水 顧問契約の時に事務所の方針を説明していますので、特にありません。全顧問先さまへの実践を心掛けていますが、私の判断でまだ実践していないところもあります。まだまだ道半ばです。

──実践されて効果はいかがですか。

清水 書面添付を実践してから、実際ほとんど税務調査はありません。意見聴取は昨年の2月に初めて経験しましたが、20分程度で、調査省略となりました。
 ただ、金融機関には正直まだまだ制度自体の認知が進んでいないと感じています。こちらからしっかりと添付書面の内容に関する説明をすることで、融資担当者の方から「まさしく調べていたことでしたので助かりました。本当にありがとうございました」と感謝していただいたこともありましたので、さらに周知が進むよう、書面添付制度を金融機関に積極的に説明したいと思います。

清水智文税理士事務所

今後も書面添付制度の実践を通して顧問先企業の「成幸人生」を応援したい

──これから書面添付に取り組む会員に向けて、メッセージをお願いします。

清水 やはり「まずは1件」取り組むことが大切かと思います。私のように勤務時代に全く書いた経験がない方は、支部例会や書面添付推進委員会主催の研修に参加して、ぜひ他の会員に聞いてみてください。私もそうでしたが、きっと先輩会員が丁寧に色々と教えてくれると思います。

三浦 清水先生の事務所では書面添付の推進が標準業務化されていることがよく分かり、とても勉強になりました。特に職員さんの意識が素晴らしいですね。

清水 職員は書面添付制度について「顧問先さまとのコミュニケーションであり、1年間の仕事の集大成でもあると考えています」と言ってくれています。そういった捉え方をしてくれるのは非常に嬉しいことです。今後もTKC全国会の運動方針を素直に実践し、書面添付制度を活用して、顧問先皆さんの「成幸人生」を応援できるよう、職員とともに全力でサポートしていきたいと思います。

(インタビュアー/TKC全国会事務局 高須亮二、構成/TKC出版 米倉寛之)

事務所概要
事務所名 清水智文税理士事務所(TKC九州会)
所在地 福岡県福岡市中央区薬院1丁目8-20 KYOYA薬院ビル401号室
職員数 4名(内、巡回監査担当者4名)
関与先数 55件(法人42件・個人13件)

(会報『TKC』令和7年5月号より転載)