事務所経営

TKCと連携して関与先のM&Aを支援 最良の形で事業を次世代に繋ぐことができた

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松本 彩会員

松本 彩会員(TKC近畿兵庫会神戸中央支部)

㈱TKCでは、2016年10月に中小企業事業承継支援部を設立し、㈱TKCが出資しているM&Aコンサルティング会社である㈱TBCと一体となって、TKC会員の関与先企業(TKC自計化システム利用)の親族外承継(M&A)を支援しています。本稿では、後継者不在で事業承継に悩む関与先企業に関してTKC中小企業事業承継支援部に相談いただき、成約に至った松本彩会員(近畿兵庫会)へのインタビューを紹介します。

自ら経験した親族外承継が関与先の支援にも生かされた

──開業の経緯などをお聞かせください。

松本 私は、平成19年に松本会計事務所の前身であるB会計事務所のハローワークの求人情報に応募しアルバイトとして入職しました。B事務所は、親子二代続く歴史ある事務所で、私は担当企業を持たず内勤業務担当として約4年お世話になっていました。そんなある日、突然二代目所長が体調を崩され入院することとなりました。思いのほか療養期間が長引き、唯一所内で有資格者であった私が副所長として業務を切り盛りすることになりました。内勤業務担当で関与先企業に出向いたことがない私にとっては、日々が新しいことばかりで、正解がどこにあるか分からないけれど、自分が正解と思うことを信じて進むという日々が続きました。今となってはとても貴重な経験だったのですが、当時は精神的にも肉体的にも大変苦しい思いをしました。他の職員の皆さんは、常に前向きに対応してくださいましたが、とても大変だったと思います。B事務所で約3年間副所長を務め、事務所を承継し松本会計事務所として開業したのは平成26年でした。B事務所は二代目からTKC会員であったこともあり、開業と同時に私もTKCに入会させていただきました。

自身の事務所開業時に奇しくも親族外承継を経験したことから、経営者はいつ何があってもおかしくない、高齢であればなおさらで、事業承継の備えは現経営者が健康なうちに早期に着手しておくべきと強く認識することとなりました。

──今回の対象企業A社はどのような状況で親族外承継(M&A)を検討されることになったのでしょうか。

松本 A社は、創業時からB事務所の関与先企業でした。大手企業との取引と公共事業で安定的な売上を確保しつつも、私が担当した当時は、債務超過で多額の借入金があり、地元信金である1つの金融機関から折り返し融資を継続している状態で資金繰りも大変苦労されていました。その様な中、資金繰り改善の糸口になればとTKC近畿兵庫会主催の金融機関交流会に参加した際のグループディスカッションで社名を伏せて相談してみたところ、某地銀の方が、親身にご相談に乗って下さり、とても良い条件の融資をご提案くださいました。

この融資をA社に紹介した当初は、社長から「これまで1つの金融機関と大切にお付き合いしてきたのにその関係性を壊すのか」と半ばお叱りをいただいたこともありました。しかし、A社取締役でもあるご子息からは、これからの会社のことを考えれば必要なこととご理解をいただき、当該地銀の融資が採用された経緯がありました。それ以来2つの金融機関との取引となり、資金繰りは改善され、A社の並々ならぬ経営努力が報いられ、数年で債務超過は解消されました。

──とても親族外承継(M&A)を検討されるような状況ではないように思えますね。

松本 私もそう考えていました。金融機関を2行取引にするのとほぼ同時期に私からA社社長に事業承継に関する問題提起をしていたのですが、当初は親族内承継を想定し家族会議を重ねながら承継の方向性を模索する日々が続いていました。数年後のある日、A社社長から会社を閉めようと考えていると相談がありました。私はとてもショックでした。おそらく近い将来に承継されるであろうご子息が中心となって、経営改善に取り組まれ、会社経営も安定してきた矢先に「なぜ?」という思いでした。きっかけは、ご子息は仕事にやりがいを感じつつも、自身が経営者となるつもりはないと明確に宣言されたことでした。伴走を続けてきた私としては、廃業の選択にどことなくやるせない気持ちでした。

一方で、A社の規模や業界の先行き、人材難、原材料高騰等の環境変化を考えれば、ご子息の決断は間違っていないかもしれないとの思いもありました。しかし、ご子息の仕事への情熱、従業員の皆様の今後のこと、公共事業及び大手企業との長年の事業実績などを勘案し、これまで長くお付き合いさせていただいたA社の立場で真剣に考え抜いた結果、第3者へ会社を譲渡するという選択肢を提案してみようとの考えに至りました。

某大手M&A仲介会社からアドバイザリー契約を切り替え

──TKCに相談していただいた経緯をお聞かせください

松本 自身が親族外承継(M&A)を経験していたことから、事業承継の一手段として関心を持っており、研修会が開催されれば参加するようにしていたものの、実は親族外承継(M&A)を検討し始めた時点でTKCがその支援をされていることを知りませんでした。
令和3年10月ごろ、支部で開催された親族外承継(M&A)研修会をきっかけに、某大手M&A仲介会社C社の担当者と名刺交換、メールによる質問、簡易査定を通じて関係性を築いていたことから、令和3年12月にA社にC社を紹介し、支援を開始してもらいました。支援開始当初は積極的にご支援くださっていると感じていたのですが、A社の規模がC社の想定している企業規模よりも小さいためか、C社の動きは徐々に鈍化し、候補先リストの提示、候補先への打診結果のフィードバック等、私から問合せしないと回答が無い状態でした。また、途中で担当者が変更となった際にはC社社内での引継ぎがされていないのか、A社がインタビューシートに基づき旧担当者へ詳細に説明した事項についても、新担当者から同じ質問をされるなどということも重なり、A社からは「このまま本当にC社に任せても大丈夫なのか?」という不安の声をお聞きするようになりました。私も同様の不安を感じるようになる一方で、「C社が想定するコアターゲットから外れているかもしれないA社を支援することがC社にとっても負担となっているのではないか?」「税理士からの紹介案件なのでC社から断ることは難しいのではないか?」「A社・C社双方のミスマッチを解消できればA社にとってよい方向に進展するのではないか?」と考えるようになりました。

その様な状況で、TKC中小企業事業承継支援部主催のWebセミナーに参加する機会があり、TKCでも親族外承継(M&A)を支援していることを知り、TKCであれば安心感もあり、やりとりもスムースなのではないかと考え、アドバイザリー契約の切り替えを提案してみようと思いました。しかし、TKCと正式に契約するためには先にC社との契約を解約する必要がありました。というのもM&Aの仲介提携契約やアドバイザリー契約の際は、専任依頼契約という、他社に同じ業務を重ねて依頼することを禁止する条項が盛り込まれていることが一般的で、C社との契約も同様だったからです。また、注意しなければならなかったのはテール条項と言われる部分で、解約後であっても一定期間内にC社が紹介した相手先と株式譲渡契約等の契約が成立した場合には、C社に報酬を支払わなければならないというものです。つまり、TKCに支援いただいてM&Aが成立したとしても、そのお相手が「C社が紹介した相手先」であった場合、A社は二重で(C社及びTKCの双方に)報酬を支払わなければなりません。そのため、「C社が紹介した相手先」を明確にする必要があります。C社に確認したところ、当初はC社がこの案件に関わってから候補先として1度でも提示したことのある250社近い社名が挙げられました。テール条項に抵触する会社の数が今後のA社の親族外承継(M&A)の成否を左右すると考えていた私は、TKCの担当者に助言いただきながら粘り強くC社と交渉し、最終的にはA社にとって深度のある提案がなされたと認められる5社まで絞り込むことができました。非常に慎重な対応が必要でしたが、令和6年2月にC社と合意解約書を締結し、その後A社とTKC※とのアドバイザリー依頼契約締結に至りました。
※正確にはTKCのグループ会社であり、中小企業事業承継支援部の社員を常駐させ一体となって支援している株式会社TBCとの契約となります。

TKCによるM&A支援開始からわずか5か月後には譲渡を実行

──TKCに相談してから成約までの過程をお聞かせください。

松本 A社とTKC担当者との初回面談に私も同席し、令和6年5月からTKCによるM&A支援が開始され、そのわずか5か月後の同年10月には譲渡が実行されました。いいお相手に早く巡り合えた幸運もありましたが、TKC担当者がとても熱心にきめ細やかなサポートをして下さったおかげで、安心してお話を進めることができました。C社との比較もあり、A社側も同じことを感じておられました。これは、仲介方式とファイナンシャル・アドバイザー(FA)方式の違いもあると思います。譲り渡し側と譲り受け側の両者と契約する仲介方式(C社が採用している方式)は、中立的な立場という前提がありながらも譲り受け側の意向を強く受けて動いていることを随所に感じました。しかし、TKCが採用する一方当事者(譲り渡し側)とだけ契約するFA方式は、常に関与先であるA社側の視点で支援してくれるため、安心感が全く違いました。M&Aにあたっての自社の課題整理、譲り受け候補先の選定、譲り受け側との交渉・調整、経営者同士のトップ面談、M&A後のA社役社員の処遇等を盛り込んだ契約書内容の調整、そして株式譲渡実行に至る全ての局面でそれを実感しました。また、信頼感や安心感といった面では、TKC会員事務所のビジネスモデルを熟知しているTKC社員(SCG経験者)が担当してくれることがとても大きなポイントだと思います。

また、A社は素晴らしい譲り受け企業とめぐり会えたと考えています。譲り受け企業D社は、A社と全くの同事業ではなく基礎工事をメインとされ、エリアや取引先も微妙に異なるためM&Aによるシナジー効果は大きいのではないかと考えています。また、D社社長はお若いながらも丁寧なご対応で、A社事業を常に尊重され、契約前には何度か面談いただき、契約時には両社間である程度の信頼関係が構築された状態になっていました。事実、ご子息を含めA社社員とっては、雇用はもとより従前の待遇面を維持したまま引き継いでいただき、さらにA社法人に賃貸していたA社創業家個人所有の不動産賃貸借契約も賃料をかなり引き上げたうえで契約継続となりました。そして、何より私にとって嬉しかったことは、ご子息がM&A後も、良い環境でより一層いきいきと仕事されていることです。私が思い描いていた一番良い形で親族外承継(M&A)が実現したと思っています。TKCはFA方式を採用していることで、譲り受け先をどのように探すのか多少の不安もありましたが、複数社の譲り受け側アドバイザーと連携し、エリア、業種、規模等を考慮して探索できるメリットを実感することができました。

譲り受け企業側から月次決算体制の指導が高く評価される

──今回の過程で松本先生が具体的にご支援された内容はどのようなことでしたか。

松本 TKCの担当者の方が相談受付から、成約・実行まで全ての段階を主導的に進行してくれます。私は顧問税理士としての立場で、A社との初回面談やその後の打合せにもWeb形式を含めてほとんど毎回参加しました。また、弁護士を紹介し、親族外承継(M&A)の障壁となる可能性のある法的事項について事前に法律相談の場をセッティングし、その会議にも同席支援しました。加えて、譲り受け側主導で実施されるデューデリジェンス(DD)に対応するための資料要請に対応しました。この一環で税務、会計に関するインタビュー形式のDDが実施されましたが、そこにも同席支援し、A社社長が即時に回答できない税務、会計上の質問に対しては私が回答する場面がありました。後日、D社社長が「A社は月次決算の体制がしっかり整備されていて、細部にわたって松本先生のご指導はしっかりされていますね。松本先生がA社から信頼されていることがよく分かりました」とおっしゃっていたことをTKC担当者から聞きました。このことがきっかけになったのか、D社社長からM&A後も顧問契約を継続して欲しいとの依頼をいただきました。正直なところ、私はM&A後、A社とは顧問契約が終了し、D社の顧問税理士の先生への引継ぎが私の最後の仕事になると思っていました。そうであったとしてもA社設立時から50年あまり、事務所三代に亘りご支援させていただいた会社を最良の形で次世代に繋ぐことができた、その場に立ち合える巡りあわせに感謝していました。

D社社長からこのような評価をいただけたのは、事務所承継当時は記帳代行だったA社の会計をTKC方式による自計化に切り替え、翌月巡回監査の体制を構築できていたことも大きな理由の一つだったと思います。

──苦労された点などはありましたか。

松本 A社の事業承継については今回の親族外承継(M&A)に辿り着くもっと以前の平成29年ごろ、私から問題提起をしてそのご相談を受けていました。当時A社社長、社長の妻、ご子息、ご子息の妻、私のメンバーで何度も会議を重ねながらも、なかなか「これ」という方向性を見出すことができず懸案を抱えつつも、会社業務を遂行し財務状況健全化に向けた動きをするという忍耐が必要な時期を相当期間過ごしました。事業承継に関しては、普遍的な正解というものが無く、会社の数だけそれぞれの「最適解」があると思っています。その「最適解」に行き着くまでの試行錯誤の道のりが苦労といえば苦労かもしれません。

あとは最終局面での助言のあり方と申しますか、D社から提示された譲渡対価が、A社社長にとっては想定よりも若干低かったようで、このお話を最終的に受け入れるか否かを迷われていたときのことです。D社からの条件提示を受けた後にご子息も含めA社社長と面談した際に、私からA社社長には「ここでM&Aをやめる選択肢もあると思います。しかし、A社で働いているご子息や従業員さんの今後、長年A社社長が大切にされてきた取引先企業との関係性、A社社屋の不動産賃貸借契約の継続など、譲渡対価以外の要素も含めて総合的にご判断ください」とお話ししました。信頼できるTKCのご支援を受けて「最適解」と思えるご提案をするところまでが顧問税理士として役割であり、助言に関しては必要なことだけを簡潔にお伝えするように心がけました。

──最後に他の会員事務所の皆さんにお伝えしたいことをお聞かせください。

松本 今、世間では、金融機関を含め沢山のM&A支援機関がありますが、TKC会員事務所であれば、まずTKCに相談してみることをお薦めします。TKC社員の方が支援してくれることは会員事務所にとっても非常に安心感があります。TKC会員の業務を理解されているだけでなく、自計化システムを熟知されているのでDDの際にも対応がスムースでした。会員事務所とTKCが連携して支援することは、関与先企業経営者の視点からも安心感があったと思います。

私は、先代所長の入院を機に突然親族外承継を実行したことで、親族外承継そのものの難しさと、承継と並行して従前の取引先様一社一社と信頼関係を構築していくことの苦労を経験しました。できれば関与先企業にはそのような苦労をしてほしくありません。ですから関与先にはしっかりと先を見据えて事業承継に取り組んでほしいと願っています。事業承継の問題は、経営者の引退ということが前提になる話ですので、経営者も会計事務所側も切り出しにくいかもしれませんが、確かにそこに存在するというのが厳然たる事実です。私は、今後も勇気と覚悟をもって、「事業承継についてどのように考えていらっしゃいますか?」と問題提起をしていこうと思っています。

(TKC中小企業事業承継支援部 佐々木 学)

事務所概要
事務所名 松本彩税理士事務所
所在地 兵庫県神戸市中央区下山手通3-13-4-401
開業年 平成26年
職員数 3名
関与先数 約45件

●対象企業A社
造園・土木工事業、創業約55年、社長年齢80歳代、年商約1億円、黒字決算、従業員 約10名(パート含む)、利用システムFX2クラウド、PX2、書面添付実践

(会報『TKC』令和7年2月号より転載)