事務所経営
医療機関の事業承継と会計事務所の役割について
TKC全国会医業・会計システム研究会代表幹事 丸山定夫
TKC医業・会計システム研究会(以下、医会研)では、日本医師会、都道府県医師会との3者共催による「医療機関税制セミナー」を平成28年から開催しています。セミナーのテーマは8年連続で事業承継となっており、事業承継への関心の高さがうかがえます。そこで、医療機関の事業承継の現状と課題についてご紹介し、会計事務所としてどのように関わっていくべきかを考えてみます。
医療機関は後継者不足
昨年11月に帝国データバンクが公表した「全国『後継者不在率』動向調査」によると、全産業の後継者不在率は53・9%となり調査開始(2011年)以降、過去最低を更新しています。これはコロナ禍前から官民一体となって推し進めてきた事業承継に関する取り組み(例えば都道府県単位での事業承継・引継ぎ支援センターの設置等)が一定の成果を見せていることを示しています。一方で業種別に見てみると医療機関はワースト2位の65・3%と依然として高い不在率です。医療機関の承継には、医師資格が必要となりますが、医療法人の8割以上は「一人医師医療法人」であり、特にクリニックは小規模な事業者が多く、内部に医師資格を持つ承継者を育成・確保することは容易ではありません。承継者の第一候補は院長の親族への承継です。日本医師会が令和元年に実施した「医業承継実態調査」の承継プランの選択肢では、親族への承継が「62・0%」と最も多い結果となっています。ただし、親族に承継させるとして、例えば、ご子息が医大に進学した際の学費は、6年間で3200万円(私立医大平均)にもなります。また、医大に進学されて、医師免許を取得されても、すぐに地元に戻り、自院を承継してくれるとは限りません。人口減少や高齢化が進む地方へ戻り、親の後を継ぐより、医局に残って最先端の医療に携わりたいと思うのも無理からぬことです。かくして親族に医師免許を持つ承継候補者が見つからなければ、身近な親族外(勤務医、代診医)が承継候補となります。
親族外承継の難しさ
親族外で承継候補者を探す場合、医師免許を有することが大前提ですが、その上でクリニックの経営方針やスタッフの就労状況を把握し、患者構成等を理解し、経営を維持・発展させる能力が求められます。医療機関は地域の社会インフラの一つですから責任は重大です。こうした優れた資質の持ち主が身近に見つかれば問題はありませんが、「医師偏在」が叫ばれる昨今では難しい状況です。実際、「代診を頼んでいる医師はいるものの承継となると話は別」という話は珍しくありません。院長の周囲に親族外の後継者が見つけられない場合、第三者承継(M&A等)が選択肢となります。自事務所の関与先医療機関から選定することも可能かもしれませんが、多くは紹介を専門とする仲介・コンサルティング会社に承継先を探してもらうことになります。また、個人開業医の場合は、都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターを利用することも可能です。都道医療機関の事業承継と会計事務所の役割についてTKC全国会医業・会計システム研究会代表幹事 丸山定夫医業・会計システム研究会医業・会計システム研究会75 TKC 2024・9府県医師会等が独自の承継支援窓口を設置している場合もあります(「○○県医師会事業承継」で検索可能です)。TKC会員の関与先であれば、株式会社TKCの中小企業事業承継支援部および株式会社TBCが支援してくれます。
譲渡価格と事業計画の重要性
第三者承継の課題の一つに譲渡価格の決定があります。譲渡価格は、クリニックの財務状況や地域の医療需要、競争環境などによって変動するため、適正な価格を設定するには、クリニックの経済的価値を正確に評価する必要があります。総じて、売り手は譲渡価格を高く見積もりがちで、買い手は低く抑えたい傾向があります。事務所の関与先の中から譲渡先を紹介できる場合でも利益相反を疑われないよう、譲渡価格の決定に第三者の評価を取り入れるといった配慮が必要かもしれません。また、事業承継に際しては、事業計画の策定も必要となります。先行きが不透明な医療機関を買いたいと思う後継者はいないでしょう。後継者がクリニックをどのように運営していくか、そのビジョンを明確に示すことが重要です。この事業計画には、現状の分析だけでなく、将来的な展望や成長戦略も含める必要があります。また、施設の修繕や医療機器の入れ替え時期、スタッフの就労状況や退職予定等を加味しておくことで、後継者の事業計画への理解が深まり、自信を持って経営に取り組むことができるようになります。こうしてみると事業承継と我々の業務が密接にかかわっていることがお分かりいただけると思います。前述の日本医師会の「医業承継実態調査」の承継プランの相談先では税理士が第1位となっています(上図)。事業承継の一面である「財産の承継」だけでなく、もう一方の「医業の承継」についても深く関わることが期待されています。
事業承継の最善手は「早期着手」
医療機関の事業承継において、最初の選択肢は、親族への承継です。そうなると、ご子息が大学進学を考える頃には事業承継についての考えを院長に確認しておくべきです。早いほど選択肢が多くなりますので、早すぎるということはありません。ライフプラン(本誌7月号で紹介)のアプローチであれば、院長の年齢40代でも確認できると思います。その上で継続MASを利用すれば、親族外承継に備えた企業価値向上(財務内容の改善)も着手できます。実は前述の「医業承継実態調査」の承継プランの第2位は「閉院(43・9%)」でした。さまざまな選択肢を検討できたのであれば良いのですが、時間切れでの結果だとしたら、これほど不幸なことはありません。院長が若いうちから、親族に承継候補を探し、見つからない場合でも、リタイヤする年齢までに誰もが承継したくなるクリニックにするためのご支援をしていきたいものです。医会研では関与先医療機関の事業承継に取り組む知識を習得できる研修会等を企画・開催します。ご期待ください
(会報『TKC』令和6年9月号より転載)